unavoidable expenses ~俺の諭吉が大号泣~
「金、金、金! 騎士としてはずかしくないのか!」
【黒木勇斗語録・ロマンシングサガ 騎士見習ラファエル】
この世界の、特にボクたちが拠点にしている大陸セーヌリアスの文化は、ラノベやゲームでよく見かけるコテコテの中世ファンタジー程度の文明にしては異様にレベルが高い。
宗教・政治・道徳といった思想形態の完成度の高さはもとより、照明に水道に街道などのインフラ整備、大陸をめまぐるしく巡る交通機関の確立、工業と商業の独自の発達、統一言語に統一通貨の普及、食文化の多様性にその調理技術の精巧さ、魔術を利用した情報管理と伝達技術の進化。
ガワだけ眺めると、この大陸は西洋の16世紀で文明も文化も停滞してしまっているように見えるけど、実際に暮らしてみると暗黒時代なんて呼ばれていた当時の西洋諸国なんかとは比べ物にならない快適な生活を送れることが分かる。
蒸気機関以上の工業技術が未発達で電気の概念もないから産業革命レベルの科学力は無理なものの、それでも王国の都市圏の暮らしは日本で例えるなら江戸時代……それも進んだ西洋文化に影響されつつあった幕末の生活水準に近いものを持っている。
この世界の異質さを唱えた本に『銃の伝来』という歴史家の著書がある。
クセ強さと弾薬の出費が凄すぎて人気はあまりないが、瞬間火力の高さに定評のある『ガンナー』という狩人の上級クラスがある。彼らが使うクラス専用武器の中で、特に強力なものを挙げるなら『ボルトアクション式ライフル』が有名だ。
最初に生まれた『マッチロックガン』から約二百年。基本構造は黒色火薬銃から脱却できていないものの、現在流通している長銃の最先端は紙製薬莢を用いた後装式。地球の世界史と照らし合わせれば西部開拓時代のシロモノという有り得ない完成度を誇っている。
この銃という機構と黒色火薬の精製法。
如何にしてこれらが生まれたかを調べれば調べるほど、その発祥が前触れも無く異質だったと歴史家は語っている。
これらを発明したのは鍛冶技術に秀でたドワーフでも、医学薬学化学に優れた錬金術師でもなかった。
爆発のメカニズムは知っていても、それと同じ現象を炎の精霊の力を使わず化学反応だけで発生させる方法を当時の錬金術師たちは発見できずにいたし、ましてやクロスボウを担いだ弓兵が騎馬隊や魔術師に勝る戦争の最強部隊として猛威を奮っていたこの時代に、それに勝る携帯型遠隔武器を開発するなど誰もが考えもしなかったからだ。
なのに銃と火薬の二つは、聖王暦200年代のある年に突然『ぽん!』とセットで魔王軍との戦いの中で出現しているのである。
何故なのか。
どう考えても、0から生まれて1から始めたにしては進化が早すぎる。
まともな歴史家なら誰もが疑問に思うコレ──
ボクもこの世界に来て初めて感じた違和感が「なんで異世界にカツ丼とかあんの?」だった。
考えてみたら当たり前なのである。
だってこの大陸文化の半分以上は、渡来人──ここよりもずっと文化レベルの高い世界からやってきた『異邦人』が持ち込んだものなんだから。
【舶来】【渡来】【伝来】
新石器時代に大陸からやってきた渡来人から稲作と鉄器の技術を継承した弥生人しかり、唐の国へありがたい仏教の教えと文学を学びに行った遣唐使しかり、異人と交流して古今東西の珍品名品を買い漁った南蛮貿易しかり、周辺諸国の文化を吸収しながら、もはや元ネタの原型を留めない魔改造レベルの独自文化を完成させてきた日本人ならよく分かる感覚だろう。
地獄の釜が開き魑魅魍魎が跋扈するハロウィンはコスプレパーティー。
神の子の降誕を祝うクリスマスはバカップルどもが集う憩いの日。
聖人の偉業を称えるバレンタインは菓子屋の陰謀渦巻くチョコレート祭り。
その……なんというか……現地民の皆さんごめんなさい。
ボクたちがWEBゲーやMMOの知識を生かすことで、この千年間ずっと変わり栄えしなかったダンジョン攻略に新しい時代が訪れようとしているのもそうだ。
この世界は『異邦人の知恵』と呼ばれる異世界の文化を定期的に喰らうことで、歴史学者がウンザリするほどの独特の進化を遂げている。
物品貨幣による物々交換が主流だった千数百年前のこの大陸に、湧いたようにいきなり硬貨による共通貨幣の概念が生まれたのも、当時の魔王を退治するために召喚された『異邦人』が持ち込んだ知恵が始まりだったと伝え聞く。
大陸で最初のガンナーになった異邦人『ザイガー・マゴイチ』。
凄いね雑賀衆。カタカナ読みにするとなんかサイバーパンクっぽい。
もしかしたらボクたちの世界にある錬金術や魔法などといったファンタジー要素は、エストみたいに地球にやってきた異世界人が地球に持ち込んだ文化なのかもしれない。そう考えると地球に根付きこそしなかったけど、神話や昔話にある悪魔や魔法使いの伝承がソレっぽく感じて面白い。
異世界人がもたらす知恵や技術。未知なる地から渡来する新しい価値観。
これらに影響されるのは、なにも人間だけに限らない。
じゃらりとテーブルに並べた三種類の貨幣。
異邦人を外来種呼ばわりして嫌悪する魔王たちだって、渡来してきたソレが魔界にも利がある技術だと分かれば平然とパクるのだ。
「ここに並べた硬貨は迷貨幣っていって、ミルちゃんの持ってきた文献によると、千年前に迷魔王のダンジョン街で流通していた専用通貨だったそうです」
この世界の歴史についてはエストのほうがずっと詳しいので説明を任せる。
もってきてくれた文献の中身、古代語だらけでチンプンカンプンだったし。
「硬貨の素材は黒真鍮・魔霊銀・闇剛金か。どれも地上の鉱物に魔界の暗黒鉱を混ぜ込んで造った【邪属性】の合金じゃない。呪い効果はないようだけど、あんまり縁起のいいものじゃないわね」
鍛冶屋でもないのに良く分かるな。賢者クラスは伊達じゃない。
「都市圏以外はまだ物々交換や秤量貨幣が主流だった千年前に、これだけしっかりした計数貨幣は珍しいわね。ただ、当時の鋳造技術にしては出来はいいけど金属としての価値はほぼなし」
やっぱり需要ないんだ。
三種類のどれも魔界の瘴気を吸った魔界鉱との合金だもんね。
一般的にこれらは魔界の住人用の武具に使用される金属らしくて、これを素材に武器防具を造っても普通の人間には装備できないし、もし一部クラスの特権で装備できたとしてもバッドステータス『呪い』が確定。どう足掻いても魔族御用達の金属にしかなれない。
とにかく魔界鉱は性質的にも縁起が悪くて地上じゃ誰も使わない。
ドワーフたちも【忌金】って呼んで触れることすら嫌がるって話だ。
それならブラスもミスリルもアダマスも、わざわざヘンなもの混ぜないで素のまま使ったほうがいい。そのほうがずっと価値が出る。故に金属としては無価値。評価としては正しい。
「だけど保存状態はなかなかだから、学術的価値と収集家の目で見ればコレクター価値はそれなりにありそうね。コインコレクター相手に世界各地の通貨の古美術商売やったことあるけど、これは初めて見るシロモノよ」
さすがは商人兼業賢者だ。歴史でも博識でいらっしゃる。
他にもオリハルコンやヒヒイロカネを用いた記念硬貨も発見されたけど、種類が多くても混乱するだけなので、今回は流通していた代表的なものだけを持ってきた。
「真鍮硬貨が1単位。霊銀硬貨が100単位。剛金硬貨が10000単位として迷宮街で取引されていたらしいですよ。迷宮内にある魔王直営店舗以外では迷貨幣は通貨として使えないルールだったので、たとえ外に持ち出しても当時は観光地の記念コイン以上の価値はなかったですし、迷魔王が人間界から撤退するときに迷貨幣の殆どを冒険者から回収したため地上のアンティーク市場にまったく出回らなかったという話なので、コレクターアイテムに敏感なリップルさんでも知らないのはしかたのないことだと思います」
「貨幣を宝箱に入れてバラ撒くって言ってたけど、目標数を集めさせるクエストとしてよ、どういう風に発注するつもり?」
「そうですねー。そこは依頼人の好事家が集めてるて報酬がたまたま武器強化素材だったとか、鍛冶屋そのものが依頼人で硬貨に使われている素材そのものが武器強化に必要とかテキトーに」
「設定ガハガバね」
あとで練り直します。必要個数も含めて。
この企画は上級クエストだから実装に関してはそこまで急がない。
まだ武器強化を受け持ってくれる鍛冶屋さんもみつかってないしね。
「迷魔王ってのはやり手ね。千年前のダンジョンブームのときにはもう専用通貨を持ち込んで、そこでしか使えない店を開くっていう独占商売をやってたんだから。たぶんアイテム交換所の先駆けみたいなこともやってたと思うわ。この貨幣を使って魔王はどんなサービスを冒険者たちに提供していたのかって考えると、歴史学的にも興味が湧くわね」
ロマンがあるな。今度、もうちょい文献を探して当時のこと調べてみよう。
経営のノウハウ、出店した店舗、冒険者の傾向、開催したイベントなど、第一次ダンジョンブームの状況が書かれた記録帳や書物がもし見つかれば、ダンジョン経営を成功させる重要なヒントになるだろうから。
「次の案は拠点になる城下町の構想ね。うちはギルド出張所と酒場の建築さえできりゃあ問題ないけど、他の施設はどうすんの?」
「そのへんはタマちゃんと明日現地で相談します」
「城下町にする予定の場所には、もうLP使って広場を創ってあるから」
最初から山と施設を造ると失敗しそうなので、初期は冒険者ギルドと直営酒場、最低限の宿泊施設だけにする。
武器防具などは露天商を中心に設置して、人が集まったら続々とニーズに合った店舗を増築していくつもりだ。
「それにしたってユート」
「なに?」
「アンタ、この七年で随分ときったなくなったわね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「そしてちょうだい。褒めてるつもりだから」
「いつまでも青臭いガキのままじゃいられないっことさ」
と、キリっとかっこよくポーズしたら、なんかエストに睨まれた。
「よく言いますね。つい半月前まで日がな毎日ゲームばっかりやってた、見た目はオトナで頭脳は子供のクソニートだったくせに」
「はいそこのウンコ、おだまりっしゃい!」
リップルとの打ち合わせは、このあとも「ああでもない」「こうでもない」と続き、おおまかに話がまとまった頃には時刻はすっかり夕暮れになっていた。
必要な事前情報は伝えるだけ伝えたので、今日のところはここで撤退。
いやはや、持ち込んだ企画案がおおむね通って安心したよ。
ダンジョンの宣伝だの口裏合わせのクエスト発注だの、広報関連でギルドにはまだまだやってもらいたいことはあるんだけど、そのへんのことはオープン間近のときに再度打ち合わせの方向で。
よし、冒険者ギルドとの連携話はこれで問題なく取り付けた。
あとはリップルが企画書の内容をもとに、冒険者ギルド本部のお偉いさんやフォートリア支部の担当相手にうまくやってくれるだろう。
明日からはタマと一緒に城下町予定地の構想を練らなくちゃ。
まだまだ忙しくなるぞー。