the deal was done offstage ~酒場で打ち合わせ~
そうだよ、人間にはおかしなところもあるけど
いいところもいっぱいあるんだよ!
うまくいえないけど愛や優しさ!助け合う心!
アグニさまも見ていたでしょう?
スバルの目を通して地上の人間を!
【黒木勇斗語録・天外魔境zero 妖精スバル】
会議の翌日──リップルの酒場のとある一部屋。
「いいんじゃない?」
先日、ボクたちが会議でまとめた迷宮テーマパークの企画書を二度三度と繰り返し読みふけっていたリップルは、読了後に三分ほどの間を置いてから前向きな返答を口にした。
「悪くない?」
「企画に多少の穴はあるけど、そのあたりは逐一修正していけばいいし、人間側の常識じゃ無茶振りもいいところな建築関連の問題も魔王側の技術ならなんとかなるんでしょ? なら、ダンジョン作成の手順だの構造の問題だのなんだのはギルドが関与するべきじゃないわ。好きにやっていいわよ」
「うしっ」
「よしっ」
リップルの肯定を承諾と受け止め、ボクとエストはパンと掌を叩き合う。
本企画ギルド代表の言質いただきました。
正直、ここまであっさりとギルド側の人間に魔王側の提出した企画案を呑んでもらえるとは思っていなかった。数日は「ああでもない」「こうでもない」とギルドのお偉いさんたちと議論するハメになると覚悟してたよ。
「ひやひやものだったって顔ね、ユート」
「そりゃそうだよ。ほとんど突貫で纏めた企画書だし、実際に邪竜王退治で得た資金を元手に商売始めて大成功したベンチャービジネスの先輩に内容を見られるんだから、緊張するなってのがムリ」
「そんな大したモンでもないわよ。たまたま遊び人として娯楽産業を回りまわって【そのテ】の情報に句詳しくて、それなりに裏の人脈があって、戦後に求められていた世間様のニーズと自分のやりたいことが上手く合致しただけ。運が良かったってのもあるわね。それに成功よりも失敗の回数のほうが断然多いわよ。この七年間、試行錯誤で事業を試しての大コケを何度繰り返したことか」
「それがもう凡人には誰にもマネできない天才起業家の地力だと思うんだ」
「そう?」
「「そう」」
きょとんとするリップルに対してコクコクと同時に頷くボクとエスト。
「前々から思ってたけどリップルってアレだよね。某亀有公園の派出所にいる警察官。ノリがまったく同じ」
「あー、分かる。バクチ好きで娯楽好きで企画屋としての才気に溢れてて、一杯大当たりしたあとに調子ぶっこいて失敗するのがデフォなあたりとか特に」
言われて見るとホントにそうだよな。
遊び人だったころからアレとキャラそのまんまだから困る。
「……亀の公園とか『はしゅつ』とか良く分からない例えだけど、それって褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「うん」
「たぶん」
少なくとも悪口じゃあない。
「マップ配置に具体的な大きな修正箇所とかはある? ダンジョンの内容とかに問題があるなら、レイアウト変えられるのは今のうちだから」
「特にないわね。攻略するダンジョンはこの企画案通りの配置でやってちょうだい。ただ、冒険者が集まる拠点の建設予定地の構成については、企画案をふまえつつ後々でタマとギルド側で要相談かな。フォートリアに既にギルド支部があるとはいえ、迷いの森のド真ん中に新たに出張所の建設となると手続きが面倒だからさ」
「了解」
とりあえず魔王側で煮込んだテーマパークのプランは冒険者ギルド側に前向きに受け取ってもらえそうだ。雛形である第一企画案さえ通れば、あとはもう日を分けて相談しつつ段階的に組み立てていけばいい。
「じゃあ、迷宮の建設や企画内容に関しては、こっちである程度、好き勝手やっても構わないかな?」
「いいわよ。つぅか、さすがの私でもダンジョン経営のアドバイザーなんて初の試みだしね。酒は酒場で武器は武器屋。ダンジョンについてはそっちが専門家だし、あまりうるさいことは言わないわ。こっちでやることは冒険者側の視点で必要なものを揃えること。あと冒険者側に不利益になりすぎることに意見することぐらいかしらね」
「その点は任せるよ。こっちも冒険者ギルドでやれることやれないことの知識はまったくない状態だから」
「そのわりには冒険心をくすぐるアイデアがしっかりしてるわね。この企画、かなり上手い煽り方と思うわよ」
「そりゃ腐っても勇者だからね。冒険者心理を突くのはおてのもの」
加えて日本のファンタジー作品の造詣も深いから喃。ゲームにラノベにアニメにTRPGとサブカルチャーで得た知識もあって、こういった企画作りに関しては手馴れたもんよ。
「だいたい向こうの世界の既存作品のパクリだけどね」
エストさん、そこで人の心を読まないでクダサイ。
「価値観と文化の異なる別世界の知恵からくる発想。そこが異邦人の強みであり怖いところよね」
「異世界人のアドバンテージはこういうところで生かすもんさ」
「八年前はあんまり異世界の知識を生かせてなかったようだけど?」
「当時はたいして知識のないガキだったからね。でも今回は違う」
「オトナになって悪知恵つけたから?」
「ぶっちゃけちゃえばそんなカンジ」
八年前のボクは異世界召喚されてチート能力を得ただけで満足し、コテコテのファンタジー世界でヒーロー気取りをロールプレイしていればそれでいい単なる功名餓鬼だった。
けれど今は違う。
元の世界に戻ってから現実世界の酸いも甘いも味わって社会のなんたるかを知り、騙し騙されなオトナの世界を理解し、あのときになんで『こう』やれなかったのかと立身出世についてまったくの無知だった過去の自分を恥じるようになった現在のボクは違う。
この八年間で元の世界にあって異世界にはない知識を生かせる知恵を得た。
この八年間で元の世界では叶えられない出世を果たしたい野望に目覚めた。
この八年間で元の世界で蓄えたオタク知識を存分に生かせる機会を得た。
異世界召喚ヒーローものにも大きく分けてふたつのジャンルがある。
ひとつはチート能力を駆使してバトル的無双で魔王退治を果たすコテコテの正義の味方もの。
もうひとつは元の世界の知識を生かして文化レベルの低い異世界で文化的無双をするベンチャーもの。
八年前のボクは前者だった。
そして二度目の異世界召喚を果たした現在のボクの歩む道は後者だ。
やるよ。やってみせるよ。
降って湧いたダンジョン経営のお誘い。企画を持ちかけてきたミルちゃんのためにも必ずこのテーマパーク案を成功させてみせる。
元いた地球の、それも底なし沼よりも深く、深遠よりも業の深い、歴史ある日本ライトファンタジー業界のえげつない知識を元手にね!