Deep wood dungeon.s ~続・メイプル村の怪異4~
このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが
【黒木勇斗語録・FINAL FANTASY11 ブロント】
この僕、マウス・リバーには幼い日から叶えたい夢が2つあった。
ひとつはメイプル村を飛び出して冒険者になること。
これはわりと早い段階で叶えられた。
クソみたいな村の労働者として腐っていく自分に悲観した現実の先。
同じ夢を抱く幼馴染に恵まれ、恩師に恵まれ、出逢いに恵まれて、僕は幼馴染のサラと一緒に未来のないメイプル村を抜け出して王都の冒険者訓練所の門を叩いた。
これで冒険者にあっさりなれるほど世の中は甘くない。
よしんば簡単になれたところでデビューして数年もせず大半が死ぬ。
とくにとりわけ王都グローリアの訓練所は七割が脱落する有名な難所。
おにぎり教官は身内でも容赦せず、訓練は何度も脱走したくなるほど厳しかったし、血の汗と血の涙と血のションベンを垂れ流して冒険者デビューを果たしても、そこからまた業界の現実とディープな暗闇が待ち受けていて苦労の連続。
なんとかかんとかデビューから三年でDランクになることはできたけど、天下泰平で仕事は減る一方の冒険者斜陽時代の現在、冒険者ギルド関係者の特別なコネに恵まれていてもなんとか飢えない程度にやっていけてるラインで、現実問題としてマウスリバー探検隊のギルド内での評価はパッとしない。
憧れの職業につく夢は叶えてからが本番にして地獄の始まり。
職業ものでよくある話だけどほんとそう。生き残るだけで大変。
でも充実はしてる。メイプル村の村人Aのまま過労死するよりもずっとね。
もうひとつの夢は結局、夢の入り口をウロウロするだけで終わった。
理由は挫折であり、不向きの自覚であり、甘ったるい幻想の崩壊だった。
英雄譚に出てくるような立派な勇者になりたい。
男として生まれたなら誰しも一生に一度くらいは抱くこの夢。
僕もまた多くの夢見る少年の御他聞に漏れなかった。
僕の生まれた時代は勇者が大ブームの七大魔王大戦の渦中。
勇者として第一線で活躍すれば権力も財力も武力も思いのままだった。
実際、当時に大活躍した冒険者の大半が国家の中枢まで登り詰めた。
だから誰もが勇者職デビューを目指し、魔王退治の一攫千金を夢見た。
冒険者の死亡率も今とは桁違いだったけど成功のドリームも桁違い。
今じゃ雲の上の存在なAランク冒険者がポンポン生まれたそんな時代。
もし大陸を脅かす七人の魔王のどれかを倒せれば伝説的英雄の仲間入り。
ランクの落ちる雑魚魔王でも一体倒せば引退後の資金は得られる。
とまぁ、蓋を開けるとカネカネカネの泥臭い夢になっちゃうんだけど……
中には金も権力も度外視で冒険のための冒険をするロマンチストもいた。
聖竜騎士ユート。僕が幼い頃に憧れ、こうなりたいと想った真のヒーロー。
彼はまさしく僕が思い描いていたヒーロー像そのままの勇者様だった。
神々に選ばれ、さらわれたヒロインを救い出し、魔王と戦い退治する。
弱きものを助け強きものを挫き、ピンチのときに颯爽と現れ勧善懲悪!
世間から「そんなコテコテの勇者なんていねーよ」と指差して笑われる。
それくらいガキの夢でしかなかったヒーローぶりをユートさんは魅せた。
僕が勇者を志したのも身近なところで彼がいたからだ。
……まぁ……うん……そんな彼もプライベートはアレだったらしいけど……
それでも聖竜騎士ユートが悪竜退治を成し遂げて世界を救ったのは事実。
実績は光竜騎士ディーンに及ばなくても、見ず知らずの英雄なんかより、この目で見て触れて憧れた勇者のほうがずっとずっと素晴らしい。
だから夢を見た。
彼のような大業を果たす勇者になりたいと。
才能がない。向いていない。そもそも勇者自体が時代のあだ花。
訓練段階で教官にそう言われても僕は勇者になることを諦めなかった。
結果、王都冒険者訓練所にひとりの三文【村勇者】が誕生した。
その後、いろいろあって僕は勇者を廃業した。
下級勇者になれはしたけど才能が花開くことはなく底辺のままズルズル二年。
で、数ヶ月前のフォートリアでの探索クエストが転職の切っ掛けになった。
今こうして結果だけを見れば英断だったと思う。
結局、僕はサポート職のほうが向いていて、立ち回りもずっとよくなった。
人には向き不向きがあって、才能の差があり、憧れのみではやっていけない。
なにかを夢見てそれを成し遂げ、夢の先を突き進むには燃料が必要だ。
燃料にはいろいろある。体力に精神力はもちろん、腕力に魔力に運も必要。
夢がでっかければでっかいほど、情熱の炎にくべる薪の量も多くなる。
で……
勇者を続けていくためのモチベーションの焚き木を僕はついに失った。
牛頭のデーモン戦で器の限界を自覚したことによる情熱の消失。
最終的な結論はこれに尽きる。
僕がすんなり勇者を辞められた理由はもうひとつある。
僕とサラが訓練所の扉を叩いたのと同時期に、近郊の村に住むひとりの年下の女の子が僕と同じ勇者への道を目指した。
これがヤバかった。
神の気まぐれが生み出したかのような神童。
僕たち凡人の常識がまるで通用しない天才を超えた天才児。
小さな村の小さなパン屋の小さな娘。その名は『もりそば』。
鍛の速度が違う。憶えの速度が違う。極めの速度が違う。
僕が一週間かけても無理なことを彼女は初日にやってのける。
そもそも初期ステータスの数値からしてもうおかしい。
真の勇者になる者は最初からモノが違う。
僕は当時早くも才能の差という現実の無情を思い知らされた。
卒業後、彼女は北にある神都の大聖堂からスカウトを受けた。
なんでも教皇じきじきのお誘いだとか。早くもエリートコースだ。
ゆくゆくはいっぱしの聖騎士か。
もしかしたら神様に認められて神竜騎士になれるかもしれない。
おにぎり教官をして「あと10年早く生まれていたら、異邦人なんかに頼る必要もなく光騎士ディーンと一緒に七大魔王を総なめにしていただろうよ」と言わしめ、その戯言が納得のヒトコトになるくらい夢想させる才覚を彼女は持っていた。
ふと僕は思った──
彼女ならあるいは──
僕や大多数の少年たちが捨てていった夢を集めて──
この世界から去った聖竜騎士ユートを超える真の勇者に──
次世代の子供たちの夢や憧れになってくれる大英雄になるやも──
しれ──
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ
閃光と爆発。爆音と暴風。
暗い夜の大森林が蒼白い光に呑み込まれ裂光に染まる。
光に目が眩む。轟音で鼓膜が揺れる。爆風に足元がよろける。
軽く見積もってもサラが絶好調のときの爆炎魔法の数倍の威力。
しばらくすると光は収まり巻き上げられた塵芥が晴れていく。
爆心地は大きく抉られ、人面樹たちは跡形もなく消し飛んでいた。
「ぐえええっ。目と耳がパニくってやがる。なんなんだよいまのは」
チックが耳と目をグシグシ擦りながら愚痴る。
人一倍聴覚と視力が鋭いリトルフットにはこたえる爆発だったろう。
「聖属性の神聖魔法かい? こいつは不死系には猛毒だねぇ」
ガンナは一番早くに目前で起きた現象を分析していた。
さすがは聖職者。おおむね正解だ。ただし二割ぐらいはミステイク。
「マウス……これって……」
「ああ、聖竜騎士ユートさんが得意としていた……」
僕とサラは知っている。
これは神竜の剣と称される神竜騎士のスキルのひとつだ。
神竜の加護を得た神竜騎士のみが操れるという竜闘気。
それを己の武器の切っ先で高密度に圧縮して対象にブチかます。
解放された気は爆裂魔法もかくやの大爆発を起こし敵を粉微塵にする。
使い手によって属性や威力や範囲も異なり技名もまちまちだけど。
聖竜騎士ユートはこの闘気剣を『聖竜爆裂波』と名づけていた。
僕とサラは八年前に一度、ユートさんがこの技を使うのを見たことがある。
だから二人して錯覚してしまった。
八年前にこの世界を去った聖竜騎士ユートが帰還したのではないかって。
もちろんそんなことはない。
あの人は使命を果たしてセーヌリアスからいなくなった。
もう二度とこの世界にはやってこない。これまでの異邦人がそうだったように。
なら、いまここにいるのは──?
「「もりそば……?」」
地表を豪快にすり鉢にしたクレーターの前に彼女はいた。
聞き覚えのある声の次は見覚えのある後姿。
けれどその背中はまるで八年前のユートさんにそっくりで。
訓練所時代に同じ釜の飯を食った同期の華は。
「マウスくん、サラちゃん、おひさー♪」
黄金の獣を付き従えて。
誰もが夢見て、誰もが諦め。
誰もがうらやみ、誰もが羨望する。
そんな僕たちの手が届かない高嶺にある夢の花を咲かせていた。