Deep wood dungeon.s ~続・メイプル村の怪異2~
グラットンは尖った部分が多く
あの部分でさらに敵に致命的な致命傷を与えられる
色も黒っぽいのでダークパワーが宿ってそうで強い
【黒木勇斗語録・FINAL FANTASY11 ブロント】
話をしよう。あれは一ヶ月近く前の話だったか。
僕たち『マウスリバー探検隊』はリップルさんからの推薦で、グローリア王都の近郊にある楓の群生地【メイプル大森林】に内部調査に向かうことになった。
クエスト内容はそれなりに冒険の経験を積んだDランク向けの簡単なおしごとで、難易度も★★★の危険性の低いもの。主な活動内容は楓の森の区画調査と危険生物の排除など。
これからシロップの収穫期が訪れるにあたり、人足が安全に作業できるよう食人植物や灰色狼やグリズリーといった野生モンスターの間引きと、長いこと放置されている深部の現状調査、それらを適度にこなしてギルド報告するのが僕たちの仕事だった。
クエストを受注したときは気楽な仕事と思っていたんだ。
なんせこのメイプル大森林は僕とサラの生まれた村が管理してしるド地元。
小さい頃はさんざんそこで働かされて、どこになにがあるのかは全体地図を含めて完全に頭に入っている。だからリップルさんも地元民の土地勘のあるなしをふまえて僕らに優先的にクエストを任せてくれたんだろう。
しかし僕らを待っていたのは──
幼少期の僕らが知っているメイプルの森とはまったく違う異郷だった。
昔懐かしい故郷の森は動物の気配すらない異界と化していたのである。
おまけに脱出経路が見つからない。完全に取り込まれてしまったのだ。
カタチや景色こそ似ているけど、本質がまるで違うまがまがしい世界。
聖職者じゃなくても森全体に漂う邪気を感じ取れてしまうほどの魔界。
業突く張りの地主の横暴さに嫌気がさして母親と村を逃げ出して数年。
いったいなにが起きればたったの数年でこれほどの汚染が進むのか。
つくづく。ほんとにつくづく。
料理と酒に舌鼓を打ちながら気楽な調子でミルちゃんに語っているけど、幸運に幸運が重なったとはいえ、よくこうして生きてアソコから抜け出せたと思うよ。いやほんとに。
◆◆◆◆◆◆
「マウスどう? 出口は見つかりそう?」
「ダンジョンの掟を考えれば必ず脱出径路あるはずなんだけど」
「いまのところ厳しい?」
「かなり深いところ臭い。こんな散歩がてらの探索じゃ難しそうだ」
「構造そのものは勝手を知るメイプル大森林そのものみたいだけど」
「なんだけど、ある一定のところで見えない壁に阻まれるんだよな」
僕とサラは様子見で安全地帯を中心に周囲のマップ探索をしていた。
遠くに行かないように丁寧に丁寧にゆっくりめに記録を重ねていく。
だいたいの区画の地図は頭に入っている地元民の僕ら。
それでもマッパースキル持ちの探険家としてマップ埋めは基本。
マッピング画像に空欄マスがあれば埋めたくなるのが人情だ。
「こうやってグルグル回ってどんつきにあいまくった結果……」
「唯一先に行けそうだったのが封鎖されてる第八区への道か……」
僕たちは0区休憩所の手前にある十字路の真ん中で立ち尽くす。
この十字路の南に行けば第0区。東が六区で西に行けば七区だ。
しかしまず左右にいった結果、僕らは見えない壁に阻まれ立ち往生。
異界化は一種の結界。心象風景を使った箱庭のようなものだ。
そこで行き止まりということは、もう先には世界がないということ。
まず最初に探索した0区にもこの十字路に続く道以外はなかった。
「たぶん0区に迷い込んだ時点で現実の区画には戻れそうにないな」
「最悪ね」
ここでいう最悪は、あえて最後まで選択しようとしなかったルート、禁断の第八区へ繋がる北の道しか進行先がないという事実を含んだものだ。
禁断の第八区。
幼少の頃から大人から決して近寄るなと言明されてきた汚染区域。
リップルさんの一族だけがあそこに入ることを許された禁忌の森。
「あそこだけは好奇心旺盛な僕でも二の足を踏むな」
「大人から刷り込みでトラウマ植え付けられてるからね」
「実際、灰色熊の親玉が住み着いてる危険区域でもあるし」
「肝試しの気分で好き好んで入りたいとは思えないわよね」
ザワッ……
「どうする?」
「行くには行くけど、さすがにアソコだけは下準備が欲しいわね」
「同感。間違いなく脱出径路は第八区の向こうにあるだろうけど」
「いろいろと悪い噂のある八区にチックとガンナなしはさすがにね」
ザワッ……ザワッ……
「………………」
森が──
闇が──
樹が──
ざわっと……ざわりと……
ザワザワ。ザワザワ。ざわめく。ざわめく。
ざわっ。ざわりっ。ざわりざわり。ざわりざわりざわり。
「マウス……」
「サラ……」
チッ チッ チッ
サラの問いかけに僕は舌打ちを三回打って返す。
これは敵襲&不意打ちに備えろと厳戒態勢を告げる暗号だ。
風も吹いてないのに、この森のざわめきは尋常じゃない。
僕はタブレットのメニューをオートマップから別に切り替える。
マッパースキルのひとつ【エネミーサーチ】の探知モード。
これは盗賊スキルの気配感知と同様のもので、スキルを使用してこのモードに切り替えれば、周囲に大きな動体反応があればマップに対象が●で表示されるようになる。
モニターに表示されているマップに即座に現れるいくつかの●マーク。
ひとつふたつどころじゃない。さらにいえば●の色は敵性反応の赤丸。
そんなのがいつのまにか。僕らの背後に複数忍び寄っている。
ズリ……ズリッ……ススズッ……
振り向かない。
間違ってもココで振り向いちゃいけない。
背後から大きなものが這ってくる気配に気付いたらいけない。
頭上からべちゃりと粘液が落ちてきたが気にしてはいけない。
もし気配を感じて振り返れば、まず確実に頭からパックンされる。
「ところでサラ」
「なによ?」
こっちもダテに異世界のモンスターパニックものの本を読んでいない。
こういうとき慌てるやつやのんきしているやつほど食われ役になる。
すぐに反応してもダメ。かといってのんびり襲撃をまっているのもダメ。
不意打ちのために背後から忍び寄ってくるナニカに対処する方法は……
「ヤマダさんがさ、今夜の晩飯のメニューどうすんだって」
「ああ、ヤマダさんね。さぁて、どうしようかしら」
なんにも気付いていない無防備な姿をさらしつつも──
その場に立ち止まらずスタスタ歩きながら間合いを広げ──
世間話にしか聞こえないパーティー内の暗号で打ち合わせして──
「焼肉がいいんじゃないか?」
「そうね。コンガリでいきましょうか」
んじゃ、そろそろ……
「急いでセーフルームに帰るぞ!」
「おっけぇ♪」
不意打ちよりも早く不意打ち攻撃をブッぱなすとしましょうか!
「──【塔炎】ッッッッ!」
振り返りもしない。見上げもしない。視認もしない。
わき目もふらずの突然のダッシュからすかさず、サラが無詠唱作で範囲型の炎攻撃魔法を背後の気配に向けて炸裂させた。
ShiyaaaaaaaaaaaAAAAAッッッ!!!!
噴きあがる火の音と弾ける輝き。背中に触れてくる強烈な熱量。
複数の火柱を生むサラの炎系魔法が容赦なく背後の森を焼き焦がす。
背後から轟くのはこの世のものとは思えない悲鳴。
人のようで、獣のようで、魔物のようで、どれでもないイカれた絶叫。
この理性のブッ飛んだ狂気的な鳴き声。まともな相手じゃない!
「サラ、絶対に振り返るなよ!」
「わかってるわよ。でも手応えはあったわ!」
正体不明のナニカは不意を突かれて火柱の直撃を受けた。
火に弱いのかサラの魔法に強烈に怯んだようで、うまく逃げ出せた。
やばいな。あの気配からしてそうとうにデカい相手だった。
そんなのかエネミーサーチの表示で4体も5体も群がってた。
わかっていたことだ。わかってたことだけど……
もうこれは僕らDランクがなんとかできるレベルの世界じゃない!
「やっべ……」
ザワッ……ザワッ……
第八区方面から動体反応アリ。
こっからさらに追加エネミー出現だよ。
ウヨウヨしてる。さっきのナニカが他にもあちこちでウヨウヨしてる。
僕らがハデにやらかしたことで森に潜んでいた異形が目を覚ましたか!
「ああもうっ! 【炎壁】【炎壁】【炎壁】っっっ」
やつらに追いつかれたら最後。サラも牽制に必死だ。
追跡ルートを塞ぐ形で聳え立つ炎の長城。炎の壁の横一線重ねがけ。
さすがサラ、魔道士に転職して魔法威力と魔力容量が以前よりも増してる。
「マウス! これでしばらくは足止めになるわ。もうMPからっけつ!」
「サンキュー! 全速力でセーフルームまで逃げるぞ!」
安全地帯ことセーフルーム。
あそこなら異形のモノたちは入り込めないはず。
絶対に安全の確証はないけれど、今はあそこしか逃げ込む場所がない。
なのに──
「マウスでめぇええぇぇええぇっっっ!」
「ちょっとふざけるんじゃないよ! なにが安全地帯だい!」
セーフルームのある0区ルートからチックとガンナが走ってきた。
すんごい泣きそうな必死の形相で。
しかもその背後には……
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
半分ジョークで言っていたメイプル大森林のヌシ【鬼兜】がいました。
ちなみに推定モンスターレベルは40以上でBランク冒険者推奨相手。
僕らだとワンパンで首もげます。
「あ……オワタ……」
ざんねん 僕の冒険は これで終わってしまった!
今回から物語は『第7階層』メイプル村の怪異シリーズの続きとなります。