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たわだん!~タワーディフェンスとダンジョントラベルの懲りない日常~  作者: 大竹雅樹
休憩地点 ダンジョントラベラーはつらいよ
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Rank "B" traveller.s ~雪辱の中の真面目な面々~

過去は変えられないよ。私、やっとわかった。

私がエスタにさらわれたときに ラグナおじさんは旅に出た……でも、

そのせいで、レインが死んじゃう時にラグナおじさんは傍にいられなかった。

レインは生まれたばかりの赤ちゃんをラグナに見せたがっていた……

レインはラグナ、ラグナって呼んでた。

だから、何があっても村にいるように……

でも、ダメだった。 もうあの瞬間には戻れない……


     【黒木勇斗語録・FINAL FANTASY8 エルオーネ】

 魔王──

 それはこの大陸とは次元のズレた北の果て『魔大陸』に住まう古き者ども。

 魔大陸にはこびる多くの魔族を支配し従えるほどの魔界屈指の実力を誇り、

 魔の地の領主として彼らの生みの親である邪竜神に爵位を許された者たち。

 邪竜神と闇竜神の兄妹神を偉大なる魔の祖として崇めるこの侵略者たちを

 人々は悪魔と畏れ、不倶戴天の敵として争いを繰り返してきました。


 魔王がいつごろから地上侵略を始めるようになったのかは諸説いろいろ。

 人間と神々が今よりもずっと親密に関わっていた神話の時代から既に、

 原初の人の間で思想性の違いが燻り、勢力争いの紛争はありました。


 そこから神々の黄昏が生まれ、天地魔の三大勢力に人類は大陸ごと分化し、

 天に昇った者は天使に、地上に残った者は我々に、魔に堕ちた者は悪魔に、

 それぞれがそれぞれの神と己の思想性を正義と信じ新世界を興しました。


 魔族の侵略活動が詳しく歴史書に記録され始めるようになったのは、

 セントラル時代が終焉を迎えて七カ国の統治が始まる七央時代から。

 それよりも以前、人類史で最も古い『オーニンの乱』の戦国乱世の時代、

 そのころはまだ魔族の地上侵略活動も非常に小規模で限定的でした。


 一説には当時のハイエルフ族の古代魔法技術は魔界すら凌駕しており、

 ハイエルフ族は地上支配の目の上のタンコブであった天使や悪魔たちが

 地上にこられないよう強力な結界を張っていたのではないかとあります。

 その一方で悪魔を召喚使役する技法の開発にも熱心であったようで。


 つまり──

 古代帝国時代の魔族は首輪をつけて使役できる都合のいい怪物だった。

 悪魔と契約し、だまくらかし、見事にダシ抜くエルフのおとぎばなし。

 魔族とハイエルフの関係は現代でこのような物語として残されてます。


 やがてハイエルフ族が凋落し、人類の人類による統治が始まりだすと、

 先ほどの動画が語るように『古きものども』の活動が活発化を始めます。

 ハイエルフたちが封じ込めていた魔界との繋がりが解けたのでしょう。

 神々が異世界から勇者を招いて救世主を派遣しだしたのもこの時期。

 天空人たちが地上の管理者を気取り干渉を強め始めたのもこの時期。

 そして冒険者と呼ばれる英傑たちが本格的に地上に現れるのも……


 以降、地上では小規模大規模を問わず三つ巴の争いが繰り返されます。

 こんな状態でも地上の民の歴史に限定すれば穏やかな時代でした。


 答えは簡単。

 群雄割拠の熱が冷め切らぬ七央時代、七つの国が永い冷戦状態のまま

 三百年の平和を維持できたのも魔族という共通の敵がいたからです。


 七央時代が終わりグローリア歴が始まること600年。

 これまで東方の妖魔諸氏族・山岳のドワーフ国家・西方の亜人連邦、

 属国あるいは自治区として王国に属するフォートリアとホーリーレイク。

 その気になれば王都グローリアに攻め入られる軍事力を誇る各小国が、

 600年もの間、聖王ベリアとの盟約を守り続け平和を維持しているのも、

 地上を狙う『魔王』という共通の敵がいるからにほかなりません。


 過去に多くの魔術師や賢人が悪魔について様々な研究を行いましたが、

 分野が増え続ける一方で魔族の研究はまったくといいほど進んでません。

 それというのも魔族はあまりにも個人主義で自由であり、生態系的にも

 我々人類以上に個体差が激しく、思想性質がバラバラすぎるからです。


 彼らを繋いでいるのは祖である邪竜神にたいする絶対的な信仰と服従。

 それと邪竜神が提唱した『力こそ正義』の完全実力主義の思想だけ。

 魔界では立身出世を目指す魔族たちが虎視眈々と下克上を狙っており、

 日々、畜生と修羅が牙と剣を突き立てあう地獄と化しているとか。


 地上よりも激しい生存競争を勝ち抜き、邪竜神にその暴力を認められ、

 見事爵位を得たものだけが魔王を名乗ることを許されます。

 中には『真祖』という生まれながらにして魔王の座を約束された王族も

 存在するらしいですが、これは滅多に出現しないきわめて稀なケース。


 地上に現れる魔王の大半が『たたきあげ』と称されるものたち。

 爵位も男爵から子爵と低めで、一般に雑魚魔王と蔑称される男爵級なら、

 一般人や一般兵、Dランク冒険者にとっては驚異の存在ではありますが、

 そこそこの実力のBランク勇者なら十分に対応が可能といわれています。

 子爵級はワンランク上ながら上位Bランクパーティーで勝ち負けは可能。


 伯爵級ともなるとさすがに市街範囲災厄レベルになるためAランク推奨。

 Aランクへの昇格を本気で望むなら伯爵級を倒せといわれるほどです。

 八年前の大戦時はそんなのがゴロゴロいたというのですから恐ろしい。


 ならば軍が動くレベルの侯爵級となったらどのような災厄となるのか。

 それよりも上の公爵級、副王に該当する大公爵級、魔族の王たる皇帝級、

 これら王族クラスの大魔王たちが地上に現れたらどうなってしまうのか。


 もっとも有名なのが聖王ベリアと魔皇帝ルーシェルの戦いでしょう。

 これはもはや語るまでもなくセーヌリアスの誰もが知っている伝説。

 Sランク冒険者が六人揃ってようやく撃退に成功した神話レベルの戦い。

 一歩間違えば東大陸が次元の塵になっていたといわれているほどです。


 そして次に有名なのが七人の侯爵と公爵が覇を競った八年前の大戦。

 神々が異邦人と神竜騎士を大量派遣しなければならなかった世界災厄。 

 八年経ってもフラッシュバックしてくる私たちのトラウマです。


 侯爵級魔王『鬼城王』のシダテル。

 生ける城砦にして自我を持つゴーレム。カラクリ仕掛けの大巨人。

 あの魔王によって私たちの村は無惨に踏み潰され焼き尽くされました。

 当時の私は10にも満たなかった。私もインコも無力な戦災孤児。

 3つ上のイカルだけが大人たちに混じって戦場を駆け回っていました。


 鬼城王を倒したコクロウ先生に地竜騎士ガッサー、他の冒険者の方々、

 ドワーフ国家のみなさんに、王国飛空艇団の騎士さまたち。

 そして幼い私たちを支えてくれたイカルには感謝しかありません。

 私とインコが冒険者を志したのもこのエピソードがあったから。


 訓練場を卒業し、後に同じ境遇で森を焼かれたダークエルフ姉妹を加え、

 旅の先々で仲間を増やして『斑鳩空艇団』を結成してBランクになって、

 これまでの成果を認められて王立図書館の司書補になったのが今の私。


 ここまではうまくいっていました。ここまでは……


 結果を見れば、私たちは戦争の最前線を知らない井の中の蛙でした。

 Bランクになって調子に乗っていた私たちは魔王の手先にやられました。

 あのときに感じた絶望は幼き日に叩きつけられた鬼城王の暴と同じもの。


 表にこそ出しませんが。

 私の腹の中では新たに出現した魔王にたいしての雪辱でいっぱいです。

 口に出さなくてもイカルもインコもみんなも同じ気持ち。

 だからこうして療養期間を使って、可能な限りの調査を行っている。

 司書補の権限をフルに使って埃をかぶった迷宮王関連の文献を掘り返し、

 いままで以上に魔王に関係する考古学研究にも熱を入れました。


 その真っ只中に魔王からの挑戦状です。

 一昔前は大空に巨大な幻影を出して宣戦布告するのが定番でしたが。

 リューチューブによる動画配信というのが時代を感じさせます。


 大魔王ミノスは大公爵級。魔界の副王の地位にいたと文献にあります。

 ならばその縁者たる今回の魔王は最低でも王族。公爵級以上のはず。

 私はイカルからの口伝でしか迷姫王ミルという魔王のことを知りません。


 彼いわく『牛おっぱい』。

 もちろんグーで殴りましたよええ。命懸けで得た情報がそれですかと。

 『牛おっぱい』という独自の説明だけでなにをイメージしていいのやら。

 

 視聴したふたつの動画からは魔王の片鱗すら感じ取れませんでしたが。

 

「では拝見」


 もしかしたらこの最後の動画で見せ付けてくるかもしれません。


「覚悟して見ろよ」

「ほんぽーはつこーかん。迷姫王の初おひろめムービー」


 なるほど。

 そんな前振りをされては覚悟を決めるしかありません。

 私は目に焼き付けます。

 雪辱を晴らすため、終着点にいる敵の姿を記憶に写し取りましょう。

 写本や翻訳の作業中のように。一字一句を逃さぬように。

 私たちを二度目の絶望に追い込んだ魔王の姿を。

 

 カツン……カツン……


 映し出されたのは宮殿と思しき古くも絢爛な石造りの建物内。

 無人の回廊にゆったりとした足取りの足音だけが聞こえている。

 足音にあわせて映像は前へ進む。宮殿の奥へ奥へと向かって。

 この間取り……魔王関連の文献や資料でよくみかける構造だ。


「……魔王殿……」

「おそらくはな」

「PVでラスダンを映す大盤振る舞い」


 回廊に各所に並べられる時代を感じさせる調度品の数々。

 風化と侵食の進んだ彫像や絵画は絢爛さと同時に千年の歴史を物語る。

 ところどころに転がる白骨死体。これは遥か昔の冒険者の亡骸か?

 今、窓の外からチラリと見えた巨大な影はまさかドラゴン?


 もしかして──

 これは大一枚岩ダイダロスロックの上に聳える迷宮王の城?

 探索隊として冒険に入る前にさんざん望遠鏡で見たあの廃城ですか。

 いえ、もはや廃城というのは正しくはないですね。


 昨年までは千年前から存在する迷宮王の遺跡として観光名所に指定され、

 『迷いの森』付近のどこからでも見られたフォートリア名物でしたが、

 一ヶ月ほど前に内部に明かりが灯るようになったのは有名な話。


 私も考古学者として幾度となくあの城の調査申請を試みたものですが。

 フォートリア大統領の返事は『むりですにゃ~』の一点張り。

 歴戦のレンジャーですら命の危険にみまわれる迷いの森。

 古くから無数の探検家や冒険者を呑み込んだ大迷宮ダイダロスロック。

 千年経過してもいまだ消散する気配のない城を囲む迷宮王の絶対結界。

 幾重の防衛網でAランク冒険者でさえ近寄ることすらできない難攻不落。


 あそこの危険性を考えればフォートリアの返答も当然のものといえます。

 そんな千年も手付かずだった魔王城のベールが剥がされ私たちの眼前に。

 もしかしなくてもコレは学会にとってとんでもない希少映像です!


 映像は真っ直ぐに宮殿内を進み仰々しい大扉の前へ。


 解る。これは王の間だ。

 物々しい重い音を立てて開かれる大扉。

 その先に広がる景色は伝説に記されている魔王ミノスがいたラスボス部屋。

 中央に敷かれた真紅のカーペット。カーペットの両サイドに傅く鎧騎士。

 王の間の景色を見下ろせる階段の先、赤く薄いベールに包まれた玉座、

 そこに『魔王』はいた。正確には魔王とおぼしき女性の影。


 なるほど……


「牛おっぱいだ」

「牛おっぱいだろ?」

「これだけで全人類の半分を敵に回せる」


 ベールで隠れても分かる豊満な体型。

 巨乳は財産・貧乳は人にあらずといわんばかりに無駄にデカい。

 王座に座り、ワイングラスを片手に本を読む姿には貴人の風格を感じる。

 これが魔王──


『無謀なる冒険者たちよ。ようこそ我がダンジョンへ。我が名は迷姫王ミル。

 かつてこの大陸に迷宮を築きし大魔王【迷宮王ミノス】を継ぐものである」


 魔王は動画を見る我々に向けて視線を合わせもせず言った。

 宣戦布告をしておきながら私たちなど眼中にないとでもいうのか。

 傲慢にして不遜。たけどそうあってしかるべき圧倒的暴力を備えしモノ。

 腹立たしいが魔王とはかくあるべきだ。


『千年の時を越え、祖父の野心は型を変え姿を変え、世代を変えて蘇った。

 これより始まるは命をチップにした遊戯。これより冒険者たちの前には

 我の用意したゲーム版と優秀なる駒たちが賜物を用意して待ち受けよう。

 以前、我が庭に入り込んだ愚者が味わった【敗北】という名の賜物がな』


 言ってくれますね。


『人とは実に弱いいきものだな。それが修羅に身を投じながら人であろうする

 脆弱な信念で得られる質的境界の限界線か。だがそれでいい。足掻きもがき、

 絶対強者たる魔王の領域に挑まんとする弱きモノたちの想いこそが美しい」


 ワインを一口し、ペラリとページを捲りながら魔王は語る。


「執念しかり。執着しかり。執心しかり。想いを遂げるため激しく粘りつく、

 そんな人間の心は、ときに神域に至るほどの奇跡を起こすものだからな。

 さぁ、冒険者よ。八年前の大戦時のように、千年前のあの瞬間のように、

 その種火の如き力を奮い、心惹かれるほどの価値ある輝きを我に見せよ!

 我は光に焦がれる闇。絶望に逆らい希望に媚びる者すべての……てっ……」


「てっ?」

「ここまではよかったんだよなぁ」

「シリアス終了のお知らせー」


 バサリ──


『無理ですぅ。むりむりっ。カットですカット。カメラ止めてください!』


 ここまでの真面目な空気はなんだったのか。

 突然、王座のベールが剥がされて中から涙目の女の子が飛び出してきた。

 台本と思わしき市販のノートを片手に。


『このキャラなし! 魔王っぽいのなし! ううっ、恥ずかしいです……

 <ピー>さま、<ピー>さん、普通にやりましょう普通に! 普通にっ!』


『いや、なんか面白い映像取れたからこれそのまま流すよ』


『編集は任せろーベリベリ』


『ふぇ!? まっ、ほんとに待ってください。セット片付けないでぇっ』


 撮影班と思われる男女の声に顔を真っ赤にして駆け下りようとする魔王。


『ぶぇっ!!!』


 あ。


「コケた」

「ドレスの裾踏んだな」

「天然あざとい」


『ミルちゃん、ナイスボケ』

『はい、そこで頭をコツンと叩いてテヘペロしよう!』

『そんな恥ずかしいことできばっ……!』


 ……………


『……ひは……かみまみま……』


 ここでカミングスーンというテロップが現れムービー終了。


「「「…………」」」


 しぃん……


 なんだろう。このいたたまれない空気は。


「一言いいかな?」


 しばらくの沈黙の後、私は静かに口を開く。


「これまで真面目に魔王研究してきた時間をかえせ」

「言うと思った」

「時代は変わったなー」


 魔王研究はいつだって袋小路。

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