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たわだん!~タワーディフェンスとダンジョントラベルの懲りない日常~  作者: 大竹雅樹
休憩地点 ダンジョントラベラーはつらいよ
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Rank "B" traveller.s ~書庫の中の真面目な面々~

おまえ何様だよ。

テネブラエには寄らねえぞ。いい加減切り替えらんねえのか。

切り替えたヤツが今いちばん大変なあいつに声のひとつもかけらんねえのか。

指輪はどうした? 大事に持って歩くだけか?

命と引き換えに届けられたもんを眺めてるだけで責任が果たせんのか。


  【黒木勇斗語録・FINAL FANTASY15 グラディオラス】

 王立図書館司書補『イスカ』の日常の大半は学の坩堝に消費される。

 ここは知の静寂が支配する王立大図書館書庫の一区画。

 黙々と読書しながら合間合間に口にする黒パンとコーヒーの味は格別だ。 


 ゆっくりとゆっくりと食べカスで本を汚さぬように黒パンを口に入れ。

 間に間にバターで炒めたナッツ類を指に油がつかぬよう心得つつ齧り。

 すすりすすりと砂糖の効いたコーヒーをページにこぼさぬように飲む。

 書物に刻まれた学に敬意を払い、捲るページを穢さぬように気を配り、

 腹を満たして脳にも栄養を与える。これぞ本の虫の至福のひと時。

 いつまでもいつまでも。千年万年でも続けていたい普遍の快楽だ。


 麦は恵み。知もまた恵み。

 始まりの時神の第二子たる光の神は、生命を未来へ繋ぐ麦をこよなく愛し、

 歴史を積み重ねていくごとに積もり積もっていく知識の尊さを慈しんだ。

 光神信徒の御他聞に漏れず、私もまたパン食を愛し学問を愛している。

 無論、米食を軽視しているわけではないが、軽食はやはりパンに限る。


 古き光の聖女は『人はパンのみにて生くるものに非ず』と人々に説いた。

 パンのみは不健康。栄養バランスを考えてパンを主食におかずも増やせと。

 彼女はこ貧乏人の主食と蔑まれていた黒パンの栄養学的な重要性を提唱し、

 白パンのみの食生活は病の元であると王都の市民の偏食ぶりを非難した。

 身体を蝕まれた者は黒パンを食せ。白パンに拘るのなら間におかずを挟め。

 栄養学未発達の時代に彼女は長い研究の末にひとつの真理に到達したのだ。

 これこそ知の賜物。のちに彼女の名を冠しサンドイッチの概念が生まれる。


 この大陸の麦食文化は光神信仰の知の規範であり大土台だ。

 やがて包み物が発明され、麺類が誕生し、麦の知は歴史の中で発展を遂げ、

 ときに異世界から渡来した外来の知恵をも取り込んで現在へと到る。


 この大陸が誇る文化は神への信仰と麦の歴史のみならず。

 この国家が刻んできた歴史もまた同様。それは傷跡であり足跡でもある。

 私のいる書庫にはグローリア王国600年の歴史が本となって詰まっている。

 ある時代は活字として、ある時代は絵として、恥部も栄光も分け隔てなく。

 記録は記録として中立に。ほんの少しの勝者の改竄と誇張をまじえつつ。

 そんな紙とインクで成立した時間の残滓に囲まれて暮らす素晴らしき快楽。

 僧侶であり学者でもある自分にとって、このひと時こそ至上の安穏。


 ただし真の知の追求者は己の目と肌で真実を知らねばならず。

 ときに書庫を出て外界の実物に触れ合わねばならない。

 今は亡き父が冒険者兼業の考古学者として大陸中の遺跡を巡ったように、

 紙とインクの知の上に生の知を被せねば真実の知は完成しないからだ。

 

 坊主は神殿に引き篭もって祈りと写経だけしていれば相応に幸福であるが、

 私の場合は少し違う。どうも自分は父親の血が濃いようで、血が知を求め、

 定期的に机上の知だけに満足できず外に飛び出したくなる衝動にかられる。

 父いわく書物を漁って得られる知は試合と同じ。実物に触れる知こそ本番。

 だから普段は書庫に引き篭もりがちの私も、いざ知の求道に走れば──


「ああ、いたいた。イスカぁ~っ」

「読書中に悪いな。俺が頼んでた資料は集まったか?」


 ……空気を読めないうるさいのがやってきた。

  

「館内ではお静かに」


 私は食事の手を止めて司書補として儀礼的な注意を来訪者二名に促す。

 自分が所属するパーティー『斑鳩空艇団』のリーダーとクルーの一人、

 空艇士のイカルと魔術師のインコである。


「静かすぎて気味悪いんだよここは」

「わかるわかる。おまけに迷宮みたいだから喋ってないと怖いのよ」


 私と二人は同郷の仲で幼馴染であり、なかなか縁の切れない腐れ縁。

 静寂の中の思考を愛する私と異なり、二人はどうにも騒がしくて困る。


「そもそも探知スキル使わないとお前の位置も特定できないってどうよ」

「どの方角から見ても本棚の十字路ばかり。よくここで生活できるわね」


 よほどここに到達するまでに迷いに迷ったのかウンザリとした顔の二人。


「なにしろ自分、司書補ですから」


 今回のミーティングはなるべくなら他人の耳に入れたくない情報交換。

 そうなると人気のない場所が好ましく、関係者以外立ち入り禁止区域が

 望ましい。なら必然的に王立図書館地下書庫の奥地が選択に入る。

 腐っても二人はギルドが最新鋭のエリートと誇るBランク冒険者。

 司書補の許可と立会い限定であれば、ここへの入場も許されている。


「まっ、さすがは空艇団が誇るパーティーの知恵袋ってところか」

「次のミーティングはもっとわかりやすい場所でおねがいするわ」


 この程度で道に迷っていては王立図書館の管理者は務まらない。

 蔵書の位置をすべて把握し、死蔵された資料もすぐに取り出せる記憶力。

 王立図書館の司書補ならば当然の技能。本の位置関係を把握していれば、

 素人にはダンジョンとしか思えないこの地下書庫も単なる本の倉庫だ。


「これから本格的に迷宮に挑むなら、二人にはもう少し学が必要ですね」


「うはぁ」

「辛辣ね」


 Bランク冒険者になって一人前を気取っても、二人はまだまだ甘い。

 当然、この私もだが……


「コーヒーと菓子ぐらいは出せますので好きな踏み台に座ってどうぞ」

「踏み台が椅子とテーブル代わりかよ」

「さすがは王立図書館地下書庫のヌシ」


 テーブル代わりの踏み台に追加二人分のコーヒーカップと皿を用意。

 用意できるものはパンと豆ぐらいだが、この集まりは単純な情報交換。

 現状を話し合うだけならこれぐらい質素な軽食でも十分だろう。


「忠告しておきますが、汚れた手で本を触らないように」

「わーてるよ」

「ほんと本のことになると潔癖ねあなたは」


 知の記録物には敬意を払え。これ亡き父の口癖ですから。


「それで、ここ一週間ほど自分は図書館から出てませんが外での具合は?」

「先週言ったように王都と南方を繋ぐ冒険者の輸送で荒稼ぎだよ」

「例のダンジョンの調査は双子に任せてるわ」


「その様子だと四人とも身体のほうはだいぶ回復したようですね」

「俺とインコはまだ冒険に出られるほどの完全復帰じゃあないがな」

「そういうイスカも重傷だったんだから、もっと休んでていいのに」


 ですからこうして安静に地下に引き篭もってます。

 読書と本の管理は出来ても、まだ激しい運動や魔法の行使は難しい。

 それだけ酷いダメージを私たちは先々週に嫌というほど味わった。

 いまだに夢に見る第四次探索隊の悲劇。謎の騎士との遭遇と大壊滅。

 突如として現れた正体不明のエネミーに私たちはなにもできず敗れた。

 精神的にも肉体的にも……まるで鬼城王に蹂躙された幼年期のように……


「まったく。ギルドの報酬はほとんど見舞金も同然でしたね」

「ほんとだな。結果を見れば最初から仕組まれていた糞クエストだったよ」

「BランクもAランクも伝説の勇者も全滅とか……よく生き延びれたわね」


 闇の騎士にいともたやすく叩き潰され戦闘不能になった私たちクルー陣は

 意識を取り戻したダンジョンの外で、半死半生で帰還してきたイカルと

 コクロウ先生からことの顛末を聞いた。にわかには信じがたい真実を。


 迷宮王ミノスの後継者を名乗る魔王が出現したこと。

 八年前に七大魔王の一角を斃した伝説の聖竜騎士が魔王の手先になったこと。

 臨時クルーとして参加していた切り札のもりそばが子ども扱いされたこと。

 どれもこれも耳を疑うもの。けれど信じるしかない惨敗を私たちは喫した。


 今、私たちは怪我を癒しつつ迷宮王関連の情報収集に躍起になっている。

 千年前に大陸を震撼させた大魔王ミノスのダンジョンが復活した。

 これがどれほど大変なことかは歴史家ならば分かるはすだ。

 同時に考古学者としてこれほど興味深いネタはない。

 グローリア王国が建国される以前、大陸に七つの大国家が覇を唱えていた

 群雄割拠の戦国時代『七央』末期に訪れた史上初のダンジョンブーム。


 好きものの冒険者ならばおとぎばなし程度には知っている伝説の物語だが、

 千年もの昔のことゆえに史科も少なく研究も進んでない考古学分野。

 探索隊として参加する以前からおおまかなことはギルドから知らされてた

 ものの、私自身は迷宮王復活の件はかなり眉唾なものといぶかしんでいた。


「では早々に本題に入りますが」


 しかし実際は……


「七央時代の歴史資料から冒険者ギルドの過去の記録まで、この地下書庫の

 蔵書を漁りに漁って可能な限り迷宮王関連の情報を抽出してみましたが、

 正直なところ今後の攻略の役に立つものは発見できませんでした」


 言いながら私は纏め上げた資料をイカルに手渡す。


「それでも千年前の情報を纏め上げられたのはありがたいよ。サンキューな」


 感謝の意を述べて、彼は受け取った資料をペラペラと斜め読み。


「千年前の記録から『むこうさん』のダンジョンの傾向が読めれば十分だ」


 確かに。

 聞いたところでは現れた魔王は迷宮王の後継者を名乗る女魔王とのこと。

 あの森林ダンジョンで使われていた機構の法則は過去の資料と同じだった。

 擬似生命のモンスターに出現する宝箱。どれも古文書に記されたもの。

 おそらく千年前からダンジョン構築のシステムはほぼ変わっていない。

 ならば七央の冒険者が体験したものがほぼそのまま再現されることになる。


 迷宮王ミノスのダンジョンは通常の遺跡とはまるで異なる異質なものだ。

 定期的に湧き出すモンスター。常に補充され続け決して枯れぬ資源。

 自然では発生し得ない超自然的環境や半永久的に稼動し続けるトラップ。

 まるで生き物のように時期が来ると変化や拡張が行われる迷宮の内部。


 こうして思考しているだけで腹の中がウズウズしてくる。

 どれもがリソースが一度限りで有限の古代遺跡にはないものばかりだ。

 近代になって生み出された固有結界魔術『魔宮パレス』とも違う。

 とある歴史学者はミノス式はダンジョンの起源にして頂点だと語っている。

 いまでは廃れたが昔はダンジョン学という研究分野が業界にあったそうだ。

 その遺失した分野、ひとつ掘り返してみる必要があるかもしれない。


「ふんふんふふんふーん♪」


 そんな真面目な空気の中でインコは魔道具で音楽を聞いていた。

 魔術師としてそれなりの地位にいる彼女は最新鋭の魔道具に詳しい。

 Bランクの魔術師ともなると高額な魔道具のレンタルも許される。

 私はこういうのに詳しくないが、水晶板で作られた情報端末のようだ。


 ここ最近、遠見の水晶玉と伝声球の昨日を兼ねた新型の携帯魔道具が

 一部の冒険者にモニタリングとして貸し与えられてると聞いているから、

 おそらく彼女が持つ手のひらサイズの水晶版が噂の『それ』なのだろう。

 インコ……イヤホンで気を使っているつもりでも口から音漏れしてますよ。


「私から出せる迷宮王関連の情報は以上です」


 自分の情報提供の番が終われば、次は外に出た二人の出番だ。


「じゃあ次は俺が巷で仕入れてきた情報を話すよ」


 イカルは本題の前にズズッとコーヒーを一口して、


「迷姫王の側近、聖竜騎士ユートについて調べたら色々と出てきたわ」


 ポツポツと王国暦史上稀に見る人類の裏切り者について語り始めた。

メタい世界を知るギャグの面々からメタを知らぬシリアス側の視点へ。

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