表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/177

To Be Continued"Pigeon END" ~終の章・弐~

    Good.Twice the pride, double the fall.

      よかろう、うぬぼれが2倍なら、落差も2倍だ


  【黒木勇斗語録・スターウォーズEP3 ドゥークー伯爵】

 とんとん拍子の成功に自惚れていた斑鳩は一発の豆鉄砲で地に落ちた。

 柔肌をなでるようにそっと触れただけで砕け散った砂の楼閣のように。

 自信も、誇りも、慢心も、これまで得てきた栄華や賞賛が灰燼に帰した。


 無力だった。無様だった。屈辱だった。

 あまりにも強大すぎる敵を前にして俺はなにも出来ずにいた。

 ここにきては牽制も陽動も役に立たない。鳩の嘴で竜は倒せない。

 戦闘力のインフレに追いつけず、やれることといったら驚き役だけ。


 切り札になりうると思っていた神竜騎士が完膚なきまでに敗れたいま、

 俺たちに残った最後の希望はコクロウ先生の隠し玉の一手のみ。

 あの人が最後の一撃を放つための時間稼ぎ役を果たしただけでも上等。

 自分でなければ勤まらなかった。自分でなければここまでいけなかった。

 そうと判っていても、そうと理解していても、戦力外の無力感に臍を噛む。


 中堅のBランク冒険者など時間稼ぎ役にしかなれない厳しい世界がある。

 それは魔王討伐の領域。Aランク以上の冒険者のみが立ち入れる世界。

 英雄譚や伝説に刻まれた真の勇者と英傑だけが辿りつける空の彼方。

 そこへ辿り着けはしても、飛び続けるには俺の翼はあまりにも貧弱すぎた。


 高難度のクエストを多くこなして、冒険者ギルドに多大な貢献を果たして、

 一流冒険者と世間にも認められることでようやく得られるBランクの称号。

 誰もがうらやむゴールドカードの所持者。全体の一割に満たない選ばれし者。

 それがBランク冒険者という歴戦のツワモノの立場であるはずだったのに。


 この場においては、BランクなんてCランク以下の『一山いくら』と同じ。

 これほどのものなのか。Aランク推奨の世界とはこれほどのものなのか。

 たかだかワンランクの違いが、ここまで天地の隔たりをつくるものなのか。

 今の俺たちなら雑魚魔王退治もいけるなんて息巻いていた数日前を恥じる。

 雑魚と呼ばれていようが魔王は魔王。その強さはおして知るべしなのに。


 そして──

 俺たちが相手しているのは、七大魔王を斃したSランク勇者の成れの果て。

 魔王討伐経験者でAランクのコクロウ先生ですら勝ちスジの見えない難敵。


 場違い。

 冒険者デビューからこれまでにいたる三年余りの成功の日々が無価値の空。

 頭に乗った小鳩ふぜいが気軽に立ち入っていい航路ではなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっっっ」


 コクロウ先生と闇騎士との戦いはついにオワリを迎えようとしている。

 切り裂かれる空間。破壊されるボス部屋の結界。吸い込まれる闇騎士。

 信じられない逆転劇。圧倒的戦闘力差を覆す裏技の一手。

 チェックメイト確定の盤面からまさかのテーブル返しだった。


 俺たちは絶望的な乱気流と雷雲の海を抜け、ついに空の彼方へ──


「っぶないなぁもうっ」


 到れるハズだったのに──


「まさか対界スキルなんて予想もしてなかったわ」


 最後の最後に来て、俺たちの船は暗礁に乗り上げて座礁した。


「天使……?」


 突如出現した第二の敵を目撃して、俺は呆けたように呟いた。

 地上を這う俺たちにフワリフワリと降り注いでくる漆黒の光の羽。

 光を蝕むような黒光の両翼を羽ばたかせながら俺たちを見下ろす少女。


 非現実的な光景だった。

 禍々しく妖艶な女悪魔が蝙蝠の翼を羽ばたかせて登場するなら分かる。

 無駄にエロスな鎧を着込んだ悪の女幹部が登場するならまだ分かる。


「加勢を頼んだおぼえはないぞ」

「顔見世興行なんかでボス役がやられちゃシャレにならないのよ」


 しかし現れたのは天使。

 それも神々しさと神秘性を備えた幻想的な容姿は下級のそれじゃない。

 空を駆け回る仕事柄、天空人との交流もわずかながらだがある。

 でも、彼女はこれまで出会ってきた天空人のどれとも違う威厳がある。

 女神と見紛うような人間離れした美貌は御伽噺に聞く大天使そのものだ。

 でも、俺たちの前に現れたソレは明らかに人類の味方ではなかった。


「冒険者のみなさん。初めまして……」


 続いて彼女の背後から影法師のように出現するもうひとりの少女。


「わたくしはこのダンジョンの主、迷姫王のミルと申します」


 見てすぐに分かった。コイツがこのダンジョンの元締めの魔王だと。


 魔王を守るように闇騎士と大天使がそれぞれ左右に立つ。

 伝説のひとつに人間の男に恋をして堕天した大天使の逸話があるが……

 なぜ、魔王軍にそんな偉大な存在が紛れ込んでいるのか。


 詰んだ。

 闇騎士ひとりでもどうにもならなかったところに、さらに援軍。

 立ち位置からして大天使の彼女は闇騎士と対等の立場なのだろう。

 それだけでも絶望なのにラスボスの魔王までもが直々にやってくる。


 なら──


「よくぞ我が僕の一人『ダークナイト』をここまで追い詰め──」


 魔王が口上を述べたところで俺は鳩の最後っ屁を放った。

 急所狙いの『必中』に『狙撃』、残弾すべてを使う『連射』に『速射』。

 所持しているありったけのガンナースキルを使ってマグナム六連射。

 狙いはもちろん二人の後ろにいる女魔王! このタイミングなら当たる!


 コクロウ先生は疲労困憊。もりそばは戦闘不能。動けるのは俺だけ。

 どうせやられるのならば雑鳩ザコ雑鳩ザコなりの意地を見せる。

 せめて魔王に冷や汗のひとつでもかかせてから全滅してやる。

 大口径とはいえマグナム程度でどうにかなる相手とは思ってないが。

 魔王に銃創のひとつでもつけてやりゃあ、俺の船旅にも意味はある。


 フッ…… 


「え?」


 正確に女魔王を狙っていた六つの弾丸が大天使のいるあたりで消失して──


「ごぶぁっ!!!」


 一呼吸も待たずに全弾が俺の胸部に命中した。

 着弾の衝撃で吹き飛ぶ俺。スキル上乗せのマグナム弾が全弾直撃。

 防弾性能の高い防具のおかげで致命傷は免れたが胸骨がイカれた!


「な……なにぃ……?」


 なにを……された……?

 骨折の痛みと呼吸困難で思考が現実に追いつかない。

 弾き返された? 物理反射魔法? なんらかのカウンター防御?


「天に唾を吐き掛ける愚物は、己の唾棄をもって罰を受ける」


 大天使が言った。


「キミの放った痰唾だんがんは、空間を捻じ曲げて、送り返してあげたわ」


 空間を……捻じ曲げた……?


「あまりあそぶなよエル」


 闇騎士のセリフに少しだけ注意が向いたそのとき、


「?」


 いつのまにかエルと呼ばれた大天使の姿が消えていた。


「せっかく拾った命は大事にしなくちゃね、イケメンくん」


 ゾワッ……


「少し髪が傷んでいるわね」


 いつのまに背後に──?


「トリートメントはちゃんとしてる? ヒュームは痛みやすいわよ」


 そっと後ろ髪を触られた。

 シーフ系統の上位職にいる自分がいともあっけなく背後を取られる意味。

 いつでもおまえを殺せるというポーズに俺は心底から恐怖を感じて……


「ガァッ──!!!」


 胸骨の痛みも関係なく、反射的に背後の気配に向けて裏拳を放っていた。


 スカッ──


「!?」


 一瞬前まであった気配が空振りの寸前で完全に霧散する。

 さっきと同じだ。一瞬で俺の触覚レーダー範囲から消えている。

 俺の気配感知スキルが大天使の移動をまったく捕えきれていない。

 天空人は転移魔法に長けていると聞いているが……


「軽い冗談♪」


 こんどは右ナナメ上空から声。


「クールガイっぽい外面のわりに中身のほうはなかなかの激情家みたいね。

 嫌いじゃないわよそういうタイプ。見た目もDMCのダンテっぽいし」


 と、思えば。


「時代が時代なら、七大魔王のどれかを斃していた逸材になれたかもね」


 いつのまにか左方向にある折れた脊柱の上で軽い拍手。


「…………ッ」


 移動が速すぎる。

 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。

 転移魔法よりも高位の能力? 時空操作? 瞬間移動? 時間停止?

 そのどれかによるものだとしたら、俺ごときにどうにかなるものでなく。


 ──格が違いすぎる。


「もういい……殺せ」


 俺はマグナムを投げ捨てて白旗を挙げた。

 これ以上の足掻きは無作法。全滅が確定したのならせめて潔く逝こう。

 晴れやかなる絶望感。

 まるで大蛇に呑み込まれる寸前のガマガエルの気分だな。


「いいえ、殺しません」


 俺の覚悟を否定したのは、最も俺たちに敵対しているはずの魔王だった。


「カタチはどうであれ、あなたたちはダークナイトを退けたのですから」


 このとき、俺たちは魔王の口から信じられないものを聞いた。


「この勝負はあなたたちの勝利です。攻略おめでとうございます」


 ラスボス直々の賛辞の言葉だった。  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ