To Be Continued"Cobold END" ~終の章・壱~
We’re going to win this war not by fighting what we hate,
but saving what we love!
私たちはこの戦いに憎しみと戦って勝つのではなく
愛するものを守って勝つのよ
【黒木勇斗語録・スターウォーズEP8 ローズ】
邪竜の月──初日。
闇竜の月が終わりを告げ、聖王暦608年もいよいよ残り二ヶ月となった。
この時期に入ると、じわりじわりと年の瀬の気配が大陸に這い寄ってくる。
大陸北部では先月末に初雪が観測され、中央部でも冬支度が始まった。
あと半月もすれば王都も薄い雪化粧に彩られることになるだろう。
冬は大陸中央部を拠点とする冒険者たちにとって厳しい時期だ。
王都中央部と神都がある北部は決して肥沃で温暖な地形とは言えない。
年末年始は冬精が極端に活発になり氷点下が当たり前の時期に入る。
人間も動物もモンスターも邪竜の月になると冬越の準備におおわらわ。
灰色熊や大蛙などの定期収入になる動物系モンスターたちが冬眠に入り、
大型植物系モンスターも秋に種を撒いて休眠し雪景色に消えていく。
山賊たちですら街道が雪に埋まって獲物の往来が減りだす真冬は冬篭り。
そうなると自然と討伐クエストも採集クエストも激減することになる。
一部は冬の影響が少ない南方や西方に拠点を移動して食い繋ぎを計るが、
だいたいの冒険者は秋の終わりまでに稼ぐだけ稼いで冬は仕事を休む。
実家に帰るなり、本業に戻るなりで、冒険から当たり前の日常へ戻る。
多かれ少なかれ、遅かれ早かれ、冒険者にも日常に還る日がやってくる。
冒険はいいものでござる。
浪漫があり、光輝く希望があり、値千金の夢があり、果てに死地がある。
けれども血生臭い命懸けの毎日ばかりでは気が滅入ってしまうもの。
ホッと息をつける帰るべき居場所。当たり前の日常があってこその冒険。
クエストを終えたら平穏な日常に戻り、次のクエストの日まで静養する。
理想的な冒険者の生活とは、波乱と平穏、清濁と起伏が折り合ってこそ。
死地から生還してきた戦士にこそ身と心を癒す休息の場が必要にござる。
「ふむ」
こぉひぃぶれいく。
相変わらず不味い南方の薬草茶を啜りながら、拙者は今日を満喫する。
三日も食べればウンザリな茸と魚と薬草尽くしの南方名物メニューも、
血も精力も元気も足りぬ病み上がりの身には臓腑に優しくありがたい。
『あの日』から、どれだけの年月が経過したであろうか。
まるで遠い日のことのように思えて、つい昨日のような出来事に思える。
実際には六日ほどらしいが、正直あまり現実として認識できていない。
まぁ、四日も養生所で昏睡状態に陥っていれば当然のことでござるが。
現実味があるとするなら。
柔らかい薬草炒めを口にするたびに感じる頬の痛みに顎の痛み。
湯飲みを掴んで熱めの茶を啜るたびに感じる舌の痛みに指の痛み。
それだけではない。手首も、腕も、肩も、四肢のいたるところで鈍痛。
毛並みのおかげで隠れてはいるが、関節のどこもかしこも炎症だらけ。
両手両足の亜脱臼に筋繊維の断裂。腫れに捻挫につき指に打撲傷。
松葉杖なしでは移動もままならぬ手負いの状態。
これが現実。この全身の熱い痛みこそが現実。命があるという現実。
御世辞にも元気とは言えない状況なれど、だからこそ生きる喜びがある。
そもそもである。
あの状況下で五体満足で帰還できたことが奇跡のようなもの。
たとえ全員が満身創痍でダンジョン入り口付近のキャンプ地で発見され、
手当てが遅れていれば再起不能もありえたと危険な状態だったとしても、
我々は絶望下から生き延び、あのダンジョン最奥から生還したのである。
……安易に他人に口にするのがはばかられる重い手土産を持参して……
「相席、かまわんか?」
「かまわぬでござるよ」
そんなひと時の『てぃーたいむ』を愉しんでいるときに限って現れる巨岩。
「ようやくメシがマトモに喉を通るようになったみたいだな」
「おかげさまで。もう水で溶いた糊みたいな粥はカンベンでござるよ」
地竜騎士ガッサー。
八年前に共に鬼城王討伐に赴いた拙者の盟友。
「養生所で眠り込んでいた間、何度も見舞いに来てくれたそうでござるな」
「このまま死なれでもしたら寝覚めが悪いのでな」
「拙者らが早く退院できたのも、おぬしが治癒術を施していたからとか」
「詫びの代わりだ。慣れない地脈気功治癒は毎日はさすがに骨が折れた」
「こっちはリアルにあちこち骨折したでござるよ。自業自得ではござるが」
「やつらを相手にして、その程度ですんでなによりだ」
数秒の沈黙。
「騙して悪いが仕事なんでな」
「そんなことだろうとおもっていたでござる」
「恨むか?」
「まさか、でござるよ」
フフッと拙者は笑みをこぼす。
「まっこと、とんだ負け戦を気楽に紹介してくれたものでござるな」
「ある程度は予感してて、それでも嬉々として受けた男がぬけぬけと」
「事の裏を知っていて、拙者を噛ませ犬に抜擢するとはやってくれたものよ」
「やつらの力を喧宣するには魔王討伐経験者のアンタじゃなきゃダメだった」
「ガッサーどのでは務まらなかったと?」
「俺が表舞台にでたがらない性分なのは知っているだろう?」
「で、そこそこ名の知れた拙者がユートどのの生贄として最適だったと」
「生贄の噛ませ犬はアイツの喉笛に手痛い噛み傷をつけたりしねーよ」
恨み節というわけでなく、ただの談笑をまじえた気兼ねない会話。
「おかげで久方ぶりに獣の血が騒ぐ真剣勝負を堪能できたでござる」
これは偽らざる本音。
「嬉しそうに言うな」
「奥義の連発は鬼城王の防衛システムとの戦以来でござったからな」
ああも獣性をむき出しにして本気になれたのは八年ぶりのことだ。
斬っても斬っても斬り切れぬ強敵。見事なるは肉体に秘めた竜の牙城。
これまで鍛えてきたすべてを。
これまで学んできたすべてを。
これまで磨いてきたすべてを。
あの日に拙者は思う存分に奥義を絞り尽くせるだけ絞り尽くした。
それでも断てず斬れず崩しきれなかった神竜の騎士という巨大な宮。
守るべきもりがいなければ、あそこを死に場所にしてもよかった。
そう心から思えるほどに、ユートどのとの死闘は有意義であった。
「おかげでむこうさんは予定が狂ってさんざんだったそうだぞ」
「ほうほう」
「本来ならもっと簡単に全滅させて御帰還いただく予定だったそうだ」
「はははは。内心、焦っていたのは刃を交えながら感じてたでござる」
「正直、あいつが真の姿を晒すほど食い下がるとは想定してなかった」
「拙者ひとりなら闇の衣を半分引き剥がすので精一杯でござったよ」
「でも勝った」
「譲ってもらった勝ちでござるよ」
「ボス部屋を真っ二つにしたって聞いたときはさすがに笑い転げたぞ」
「ああでもしなければユートどのを退けられなかったでござるからな」
「アイツ、愚痴ってたぞ。だからコクロウ先生は苦手なんだって」
「むこうとこっちを入ったり来たりで大変でござるなおぬしも」
「それが今の仕事だからな」
「つまるところ、あの山猫もおぬしも今回の件についてはグルだと」
「それどころかこの冒険者ギルド南方支部もやつらとは協力関係だ」
「それはクエストを請け負った直後からなんとなく察していたでござるよ」
二人してズズッと茶を一口。
「少し痩せたな」
「がっつりレベルダウンしたでござるからな」
「鬼城王を倒したときもそうだったな。次元斬りを敢行したひずみか」
「あれは精神力はおろか精力まで燃焼させて寿命を縮める奥義ゆえ」
「かなり強力なエナジードレインを喰らったようなものか」
「更新された冒険者カードのステータス欄を見たら唖然でござった」
「まさに死闘だな」
「レベルも愛刀も失い、百万ベリアでは割にあわぬ仕事だったでござる」
「でも笑ってるぜ」
「久々に充実した戦場を堪能したからでござろうな」
「まずは衰えた勘を取り戻すためにイチから修行のしなおしだな」
「現役復帰までおよそ三ヶ月……といったところでござるかな」
「ところで本件についてギルドへの報告は?」
「ついさきほど、同じく退院したイカルどのと一緒に」
そうか……と、ガッサーどのは軽く目を伏せる。
「これからあわただしくなるな」
「で、ござるな」
これまで眉唾として南方拠点の冒険者間で噂になっていた迷宮王の復活。
真偽を確かめる調査隊が複数回派遣され、眉唾は真実味を帯び始めていき。
拙者たち第三次探索隊のクエストをもって、ついに真実が明るみになった。
「迷宮王ミノスの後継者、迷姫王ミルのダンジョンでござるか……」
「しおりをはさんで放置されていた千年前の伝説の再開だな」
「あちらの動きは?」
「まだだが下準備は万端だ。ギルドに報告が入ったのなら今日中に動き出す」
「彼女が言っていた『ダンジョンのグラントオープン』でござるか」
「じきに集会場も本格始動する。これで各地のギルドに情報が出回れば」
「腕に覚えのある冒険者たちが、この地にわんさかと訪れる」
「そうなるな」
迷姫王ミル……か。
「彼女はユートどのたちを抱きこんでいったいなにを企んでいるのでござるか」
「さぁな。だが、とてつもないことをやろうとしていることはたしかだ」
「とてつもないこと?」
「ユートのやつは1000年越しの新時代の幕開けだって言っていたよ」
「1000年ごし?」
「七央時代に冒険者界隈を賑わせたダンジョンブームを復活させるんだとよ」
二口、三口と茶を啜り、やがて空になった湯飲みをおいて拙者は想う。
「これまでの戦争とは違う、魔王と冒険者の純粋な知恵比べでござるか……」
いま自分はなにか途方もない時代の変わり目に立っているのではないか──と。