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Why are you changing fields? ~ダークヒーローのススメ~

『堕天使の選択』を認めるとは

私も随分と、人間に感化されたらしい


【黒木勇斗語録・天使の詩2 ラファエル】

「改めまして、私はこの迷魔城の主『迷姫王めいきおう』ミルと申します。このたびは私たちの立ち上げた第二次迷宮ブームの企画のために遠路はるばるお越し頂き、まことにありがとうございます」


 『迷姫王ミル』と名乗る魔族の少女に導かれ、ボクたちは現在、千年ぶりに真の姿を現した魔王の城の中にいる。

 『迷いの森』の中枢部に存在するこの迷魔城は、本来ならラストダンジョンの扱いになる施設だけあって、その敷地も広大だ。

城ってのはもともと乗り込んできた敵兵を迷わすように幾重にも回廊が作られているもの。城主であるミルの案内で簡単に本丸まで辿りつけたけど、実際は滅茶苦茶な難易度設定なんだろうな。


 恐ろしい数のトラップやモンスターが配備されていた痕跡が所々に見受けられるところからして、千年前はFFⅡのパンデモニウム、あるいはFFⅢのクリスタルタワーなみの理不尽のダンジョンであったことが伺える。

 そうなんだよなぁ。往年のダンジョンものは冒険者に優しくないのがデフォだった。昨今のようなセーブポイントやら回復ポイントなんていう救済措置なんてなかった。

 進んで侵入者を殺しに来る迷宮。これが本来あるべきダンジョンの姿。レトロゲーマーとしては嬉しい限りだ。


「粗末ではありますが、私どもが住む魔界第二層の郷土料理を可能な限り人間界の食材を用いて再現してみました。みなさんのお口に合えばよろしいのですが。あとお酒のほうも魔界産のものを各種取り揃えておりますので、よろしければどうぞ」


 旅人のローブから豪華なドレスに着替えた彼女が食卓を挟んで座るボクたちに恭しく礼をする。

 さすが魔界の公爵令嬢。一挙手一投足に育ちの良さが滲み出る。この気品はそうそうあるもんじゃない。


……どっかのうんこ姫と御転婆山猫と違ってネ。


 会議は食事をしながらのんびりと、という社交界のセオリーもしっかり守ってるのもミソだ。

 この食卓に並べられたディナー、この世界の食文化事情から考えればかなり豪華な食事だ。

 肉料理に豆スープにサラダ。使用人の姿は見受けられないところから、これらすべて彼女の手作りだろうか。

 だとしたら彼女はかなりのヤリ手だ。女子力は推定でも8000以上! スカウターで正確な数値を測ってみたい。


「ほへへ、ひっはいのほほろ、わらひはひになひほひてほひいはへ?」


 ああもうっ、話が始まる前にさっそく喰ってるよ、この女子力たったの5のダメ聖女は。


「だからメシを頬張りながら喋るなって言ったろうんこ姫」


「むぐっ、うんこうんこ言うな! クソニート!」


「人のことうんこって言うヤツがうんこだバーカっ!」


 聖女はうんこなんかしないとか偉そうなこと言ってたのに、生ガキに当たって人ん家の便所を三日三晩占拠しやがった三年前の夏コミ打ち上げあとの事件は忘れてないからな。


「キミたちさぁ~、食事中にうんこうんこ連呼するのは止めようよ~。こどもじゃないんだからさ~」


「ぎゃあ! こっちはこっちでもう出来上がってやがる!」


「食前酒だよ食前酒♪ ほら、かけつけ三杯っていうじゃないか。せっかく向こうからお呼ばれして駆けつけたんだから、そこは遠慮せずグイっていかなきゃ」


「三杯どころか食事前から酒瓶三本もあけてんじゃねーか! 少しは遠慮しようよ! この飲んべぇは!」


 こっちの聖女はこっちの聖女でウワバミだしもう。この国って本当に大丈夫なのか?


「うふふ、みなさんとても仲がよろしいんですね」


 頬をつねりあうボクたち三人の姿を微笑ましく見る公爵令嬢。いかにも世間知らずの御嬢様って反応だ。

 正直言うとまだ信じられない。こんな淑やかな御嬢様が、穏健派とはいえ魔界の上位者である魔王の一角だなんて。


「人間の口に合うようにアレンジしてあるんだろうけど、魔界料理もけっこうイケるね。このミートボールとステーキなんて絶妙な火加減と香辛料の使いかたしてるし、これってもしかしてキミの手作り?」


 それはそれとして会食のほうはちゃんと愉しむ自分。

 魔界の料理と聞いて若干尻ごみはしてるけど、おそるおそる口にしてみると案外イケる。


「はい、大公爵の孫といっても私たちの住む領土はあまり広いほうではなかったので、お城も小さく使用人も最低限でして。自分のことはなるべく自分でする性分なせいか料理とかも独学ですが多少嗜むようになりまして。あの、そのハイドラ・ミートボールとケルベロス・ステーキ、魔界産の食材なんですけどお口にあいましたか?」


 もふっ、なんかすげー名前が出てきたぞ。討伐推奨レベル☆7つの上位モンスターだぞソレ。


「ああ、そこんところはぜんぜん大丈夫。モンスター食は人間界でもそこまで珍しいものじゃないから」


「エストの言うとおり。最近はダンジョン飯なんていうジャンルが出来てるくらいだし、問題なし。むしろ美味い!」


 かの名作『ダンジョンマスター』をやりこんだ身として、モンスター食はある種のダンジョンロマン。

 さらにいえば日本人は食の求道者。洋の東西を問わず、美味いものならなんだって食べますよ。


 気分は某少年誌のバトルグルメ漫画だね。ボクの異世界食巡りにまたひとつ新しいジャンルが加わった。

 魔界の茸を食べ過ぎてマタンゴになるとか、魔物の食いすぎで変異起こしてクリーチャー化とか、そういうのはさすがにゴメンだけど。

 まぁ、モンスターだけど犬肉や蛇肉ならそういった危険性はないだろう。たぶん……


「そう言って頂けると幸いです。それにしても意外でした、天空の聖女さんがプランナーとしてこの城にお越しになられることは前々から承っておりましたが、まさか千年間もこの森を管理してくださったフォートリアの聖女様と、あの七大魔王の一席を倒した異邦人エトランゼの勇者様まで一緒に来ていただけるなんて」


「最初は森の管理を管轄している枝の院長を派遣しようって話だったんだけど、やっぱり国家事業に関わる企画だからね。フォートリアの狩人は迅速に正確にがモットー。聖女じきじきに顔出したほうが話も早いでしょ?」


 それって絶対に口うるさい院の連中を黙らせるための口実だよね。

 ほんとは聖女の仕事がかたっくるしいから、気晴らしの冒険をやる理由が欲しかったのが本音でしょ?


「そこの異邦人エトランゼの方は……あっ、すみません。危ないところを助けていただいたのに、まだお名前のほうを伺っていませんでした」


「そういえばまだ伝えてなかったっけ。彼の名前はクソニートで……あいたぁっ!」


「もといユートです。以後、お見知りおきを」


 さらりとウソを伝えるエストの足をボクをおもいっきり踏んづけた。

 まったく油断も隙もない。


「ユートさんですか。いいお名前ですね。異邦人エトランゼのかたはこの世界の言語風習とは少し掛け離れた独特の名称が多いと聞いていたので、どんな変わった名前なんだろうってちょっと身構えちゃってました」


 くすっと微笑むミル。ああ~かわいいなぁ。どこぞのうんこ女神やのんべぇ山猫とは大違いだ。


「それで、そろそろ本題に入るんだけど、ボクはどういったカタチでここに推薦されたのかな?」


 エストは就職活動の最後の手段として今回の話をもってきた。で、ここで面接を受けろとしか聞いてない。

 迷宮の管理人といわれても具体的なところでピンとこないのは、やっぱり役職から連想できる範囲が大雑把すぎるせいだろう。

 ラノベでよくあるダンジョン経営ものをイメージしてるけど実際はどうなんだろうか。


「ええ、今回の企画は千年前のような魔王による冒険者への平和的な挑戦が機軸になっておりまして、かつて祖父たちが人間界でそうしたように、私も自前のダンジョンを介して冒険者さんたちと知恵比べや腕比べを行いたいと考えているんです。でも冒険者さんたちがダンジョンにどういうものを求めているかがわからなくて、それで天界の方と人間から何人か協賛という形で情報提供などの協力が得られないかと思いまして」


「ようはボクたちに冒険者のニーズに応えたダンジョン造りのプランナーをやってくれと?」


「はい、この件に異邦人エトランゼの方まで参加していただけたのは僥倖のほかありません。祖父はよく私に昔話をしてくれました。異邦人の知恵はこの世界には類を見ない特殊な価値観の宝庫だと。遠い異世界からやってきた魔術師『アベノハルアキラ』との謎解き合戦は、それはもう最高のものであったと」


 わぁ、すっごい有名人の名前が出てきた。規制が入る前の異邦人召喚判定ガバガバじゃないですか。


「あとですね、プランナー採用とは別に、これは私の勝手なお願いになってしまうんですけども」


 ここでミルは急にうつむき加減になり、モジモジと頬を赤らめながらボクにひとつの提案をしてきた。


「恥ずかしながら私はダンジョンを生成するのは得意なんですが、先ほど転送機前でゴロツキさんたちを前にして腰を抜かしてしまったのを見てお分かりのように、魔王なのにボスキャラを担えるほどの戦闘力がないんです。もし、もしですよ。ユートさんさえよろしければ、私の造った迷宮を守ってくれる『契約者』になってボス役を長期契約でやっていただけないかなー、なんて……」


「契約者?」


「一般的な言い方をすれば魔王と契約を交わした戦士のことよ」


 二人の話に割り込むかたちでエストが説明した。


「闇の落とし子とかダークサイダーとか呼び名は様々だけど、いわゆるひとつの闇堕ち。リップルの酒場でニートさんに言いましたよね? 闇堕ちしてみませんかって」


「あ~っ、そういうことか」


 魔王のダンジョンを守るボスキャラをやる仕事。これが迷宮管理の詳しい業務内容ってわけか。


「契約のあかつきには世界の半分……とは言えませんが、ささやかではありますがユートさんに公爵家直属の騎士の位を授けたいと思って──」


「ハイハイハイハイハイ! やります! ボクやります! 闇落ちやらせてください!」


 ミルが全てを言い切る必要なんてなかった。黒木勇斗は今此処に修羅に入ることを宣言します。

 魔王に傍に立つ闇の騎士。すばらしい。なんとステキな響きだろうか。公爵家直属とか名誉中の名誉じゃん。


「あ、あっ、あのっ、本当によろしいんですか? 一応、私はこう見えても魔王ですし、ユートさんは神竜の加護を受けた異邦人エトランゼですよね? そんなポンと簡単に転職を決められたのは私もかなりビックリというか」


「いえいえいえいえいえ。神竜直属の聖竜騎士の任期は七年も前に切れてますから問題ナッシングですよ。ほら、英雄譚でもよくあるじゃないですか。世界を救った英雄が後々に人類に絶望して第二の魔王になるってダークファンタジー展開。ボクもまた彼らと同じなんです。闇への誘惑、謹んでお受けしましょう」


「で、では、こちらの契約書のほうに拇印でよろしいので捺印を」


「はい、押したぁっ!!!!」


「はやっ!」


 いや、もう速攻で承諾ですよ。内容もよく読まず契約書に捺印です。はい、これで内定確定!

 ははっ、皮肉なもんだ。七年物の自宅警備員が何の因果かダンジョンを守護する迷宮警備員になるとはね。

 日本はボクに優しくないクソ素晴らしい祝福なき世界だった。王都もまた用済みの勇者を煮込むクソな土鍋だった。


 二つの世界に裏切られ彷徨するボクに無垢な笑顔で手を差し伸べてくれたのは敵であるはずの魔界の王。

 ここまで闇落ちに足りる正当なシチュエーションが揃って断れるわけがないじゃないか。

 ましてその魔王が自分が助けたヒロインならなおさらだ。勇者道のロマンここに極まれり。

 さぁ、この城にラブコメという品種の種籾を撒こう。これがボクの『勇者』としての最期の仕事だ。 


 かくして──

 ボクはその身も魂も心地よき深遠に堕ち、魔王の寵愛を受ける闇の騎士となった。


 後年、人々は語り合ったという。何故に神竜の御使いであった聖竜騎士が闇の騎士に堕ちてしまったのかと。

 その答えはこの胸中にある。この胸の奥底で滾る世界への憤怒。これが光の使途を闇に堕とした理由のすべてだ。


  それは‥‥

  太古の昔より‥‥

  はるかなる未来まで!

  平和なる時も‥‥

  混乱の世にも!

  あらゆる場所!

  あらゆる時代に!!

  戦いの火ダネとなるものッ!!

  それは人間が存在する限り

  永遠に続く『感情』であった‥‥

  その感情の名を‥‥

  『憎しみ』あるいは‥‥

  『ユート』というッ!!


「人類への憎悪ねぇ」


「クソニートのやりすぎで親に家を追い出されて、就職活動に失敗してやさぐれただけなのに、なんだか随分と仰々しい話になってますね」


 はい、そこ、うるさい!

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