Maize of Doom"Secret Ingredient" ~迷宮血風録・九~
Next time, try not to lose it. This weapon is your life.
次からは落とすな。この武器は命だ。
【黒木勇斗語録・スターウォーズEP2 オビワン・ケノービ】
ユートどのの説明をかいつまむと以上のようになる。
壱の神威は金剛不壊の竜鱗。
邪竜王が得意としていた魔王空間『金剛不壊』を左掌に顕象させ防御。
敵のありとあらゆる攻撃エネルギーを亜空間に消し飛ばすこの竜鱗は、
光竜神の奇跡の秘法『イージスの盾』に匹敵する完全防御力を誇る。
たとえそれが掌大の鱗一枚の展開であっても、物理的に崩すのは至難。
弐の神威は黒き雷光の一閃。
邪竜四天王の一角『雷竜将』が操る漆黒の雷を手刀に帯びさせて顕象。
この黒色の雷『暗黒雷光剣』は金属鎧を透過する防御無視の神雷。
それは魔界の神である魔皇帝ルーシェルより賜った神威の片鱗。
一閃の雷だけで燃え盛る火山弾の衝撃に匹敵すると謂われる一撃を、
必殺技を放ち完全に無防備になった相手に向けて袈裟懸けに放つ!
参の神威は先に見せた太陽鳥の獄炎『鳳魔獄炎翔』。
弐の動作による迎撃で放った神雷の太刀で既に決着はついている。
そこから完全決着のための追い打ち。噛み砕いた敵を咀嚼するように。
もし弐の激が不完全に終わったとしても、参の激がトドメを刺す。
ほぼ一瞬、一呼吸、一挙動にて、三種の超必殺技級のスキルを発動。
敵の攻撃を受け、カウンターで迎撃し、トドメを喰らわせる。
相手の攻撃が強大であればあるほどカウンターの威力は増大するもの。
対個人用の近接反撃技として、ここまで完璧な武は見たことがない。
通常、人間大の相手を囲んで攻撃するのは三人が限界とされている。
ならば二人がかり、三人がかりの攻撃になったとしても結果は同様。
彼の言動からしてスキルの切り替えによる対処は織り込まねばならぬ。
救いなのは迎撃技の特性上、むこうから先に攻撃できないということ。
あれほどの超スキルを発動させるには十分な溜めが必要なのだろう。
もりそばどののセイクリッドメガデスがそうであるように。
あの技にも竜闘気を溜めに溜めてから一気に発動させるという制限と
スキル発動の瞬間までは不動でいなくてはならない手順が必要ならば、
一見して完璧に見える神威顕象にも多大なリスクがあるという証明。
実際、彼はもりそばどのを倒した後、このような時間稼ぎを行ってる。
見た目ほど余裕ではなく、見た目ほど元気でもない。
拙者が予測するに、一般的な多くの冒険者スキルがそうであるように、
スキル使用直後からの再発動には相応の再充填時間が必要と見える。
攻略法があるとするならば、まず三人を生贄にして神威を使い切らせ、
四人目以降が特大火力の遠距離攻撃を叩き込むことぐらいだろうが……
現状、その方法はとれぬ上、仮説はあくまでも仮説にすぎない。
「自分の能力をベラベラと自慢げに敵に話すのは褒められたものでは
ないでござるよユートどの。奥義とは初見殺しであればこその奥義。
切り札が真の効果を発揮する基本条件は相手に知られぬことが最重要。
近年、通信技術が目覚しい発展を遂げつつあるこの近代情報化社会、
自ら秘術の理合いを口走り、対策をとらせるのは自殺行為でござるな」
拙者の挑発に対し、ユートどのは動揺のそぶりすら見せず。
「システムが判明したところで対処のしようがないからこその超奥義。
攻撃の手順を理解したところで誰にもマネできるようなものでなく、
技術の理合いを知ったところで自分らでは攻略のしようもない……
わざとらしく技名を雄々しく叫び、これみよがしに予備動作を行使し、
新技獲得で型落ちになるまで馬鹿の一つ覚えで繰り出される必殺技。
それでも敵は避けきれないし防げない。技の重みと鋭さが違うから。
勇者にとっての奥義とは、元来そうものなんですよコクロウ先生」
純然たる誇り高さを持ってそのような美学を口にした。
「武士の拙者には理解しがたい美学でござるな」
さて──
「どうします? この負け戦、まだ続けますか?」
「降伏勧告でござるか?」
「正直なところ、恩師のあなたを殺したくありませんので」
「魔道に落ちたにしては甘いことをいうでござるな」
「できればギルドに敗戦報告をする広告塔になってほしいので」
「なるほど。己が存在を知らしめるには効率のよい策にござるな」
八年前に共に八大魔王と戦った多生の縁。
冒険者同士の掻き捨ての同行ではあったが、旅路で育まれた情もある。
これほどのものを見せられれば命乞いのひとつもしたくなるもの。
尻尾を巻いて頭を下げ地に伏せれば逃がしてもらえるかもしれない。
かつての縁からくる温情で見逃してくれるというのならば。
もはや戦闘続行は不可能のもりそばどのと戦力にならぬイカルどの。
この二人を抱えている状況、もはや拙者一人の命ではござらぬ。
ならば自分のとるべき選択は……
「それはおぬしをこの場から退けてから考えるでござるよ」
太刀抜刀──!
「コクロウ先生、あなたはいま選択を誤りました」
「そうとは限らぬよ。おぬしの状態を見る限りは」
ぽぉかぁふぇいすで隠し通そうとしても拙者には分かる。
「その左手、使い物にならぬのでござろう?」
もりそばどののセイクリッドメガデスを受け止めた左手。
一見、金剛不壊の神威で彼女の技を無傷で受けきったように見えるが、
実際は無軌道に荒れ狂う破壊の本流は完全には無効化しきれていない。
彼が顕現させた竜の鱗は一枚。それが人間の身で展開できる限界か。
その範囲からこぼれた余波は確実に彼の全身に衝撃を与えたはず。
バキン……
ようやく現実を認めたかのように砕け散る彼の全身鎧の左手左腕部分。
やはり、あれほどの超破壊を受け止めきるのは無理があったか。
もしくはユートどのはまだ神威顕象を完全にモノにしていない段階か。
「あれほどの絶技、片腕ではとてもこなせるものではないと判断する。
もはや我々にとって最大の脅威である『神威顕象』の迎撃は使えず、
ここまで累積しているダメージも相当なものであるとおみうけする」
「コクロウ先生、だからあなたはもりそばよりも油断ならないんです」
「いいや、もりそばどののほうが拙者よりもずっとずっと上でござるよ。
彼女のセイクリッドメガデスがなければ、この状況はなかったはず」
感謝するでござるよ。
紛れもなくキミは勇者。
絶望の荒野に一筋の光明を与える真の勇者だ。
「でも、神威顕象を封じたくらいで勝てるほど僕は甘くないですよ」
「重々、知っているでござる」
右手で大剣を担ぎ、腰を低くするユートどの。
奥義の一つを潰したから勝てる。そのような甘い目算は有り得ぬ。
通常状態だけでも彼は我々を圧倒する尋常ならざる実力を備えている。
手負いなのは両者共におなじ。条件はまだまだ五分以下。
ならば何故に拙者は戦闘続行を選択したのか。
安っぽい誇りのためにか? 否、武人の魂に火を灯されたからだ。
ここで逃げたら、ここで退いたら、ここで見逃されたら拙者は終わる。
敵の好意で尻尾を巻いたら、二度と牙を剥けぬ負け犬に成り下がる。
「拙者は言ったでござるよ」
彼女の身を捨てた戦いぶりを見て反省せねばならぬことがある。
勝利への道標となるべく闘いヘシ折れた聖剣エクスカリバー。
ユートどのの度重なる攻撃から主の命を守り続けて砕けた聖鎧。
どちらも億万の金塊を積んでも得られぬ唯一無二の神器。
もりそばどのは伝説の武具を犠牲にしてでも彼に勝とうとした。
それどころか自身の未来まで犠牲にして必殺の一撃に賭けた。
重要なのは結果ではない、一縷の望みのために費やしたものの価値。
「奥義とは誰も知らない初見殺しであって初めて奥義と呼べると」
ならばなにを惜しむことがあろう。
人目を気にして切り札を出し惜しみすることを拙者は恥じる。
この一手のために費やす犠牲を考え踏みとどまっていた自身を恥じる。
機は熟した。
呼吸は整った。体力も回復した。スキルの再充填も完了。
ここまでもたせてくれたイカルどのともりそばどのに心からの感謝を。
「これが拙者の最後の一太刀」
我が愛刀『にっかり青汁』よ──
「野獣新陰流が秘剣、刮目し御覧じよ」
さらばでござる。