Maize of Doom"Dynamis Energeia" ~迷宮血風録・八~
Women always figure out the truth. always.
女はいつだって真実を掴むぞ。いつだってだ。
【黒木勇斗語録・スターウォーズEP7 ハン・ソロ】
兄と慕ってきた先人に敬意という名の正義の刃を向け。
一切のコケ脅しも誇張もなく。微塵の牽制も様子見もなく。
少女は真っ直ぐに、その一太刀に、全身全霊を込め、必殺の一撃を放った。
セイクリッド・メガデス──
それは【神聖なる大量殺戮】の意。
戦争において千よりも万よりも上、百万の骸の数を1とする死の単位。
この単位が初めて世に生まれたのは、人類史最大にして最悪の天空の裁き、
天空城最強の殺戮兵器メギドアークによるハイエルフ帝国の崩壊のときだ。
享楽と廃頽の帝国都市ソドムとその周辺地域で滅却された犠牲者の数は、
ハイエルフ市民と奴隷階層の二等市民ら総計して百万人規模と伝承にある。
その一件以降、メガデスの単位が使われるほどの災厄は起こらなかったが、
よもや死神の単位と忌み嫌われるこの言葉を技名に刻むものがいようとは。
彼女が捨て身になるほど、あの技は禁じ手とするに相応しいデタラメな技。
扱いの難しい竜闘気の属性エネルギーを、あえて自らの意思で大暴走させ、
ありえぬ威力の剣圧と竜闘気の奔流で広範囲にわたって破壊を撒き散らす。
打ち方を誤れば敵どころか味方まで巻き込み、自身すら破壊する諸刃の剣。
局地的ながら、その破壊は名の元になったメギドアークに匹敵するだろう。
百万は言い過ぎでも、一撃で千の兵士を屠るだけの威力はあるはずだ。
本来これは単騎で師団クラスの敵軍を相手取るときに使用する戦場の技。
対個人での戦いで使用するにはあまりにもリスクが高く残虐にすぎる。
伝承に曰く、本気になった神竜騎士の力は自然災害に匹敵するという。
まさにソレである。地形すらも変えうる神がかりの暴力がそこにあった。
なのに──
「マジかよ……」
死の舞踏会に招かれ、宙を舞ったのは、技を放ったもりそばどのだった。
「なんで……なんで必殺技を繰り出した嬢ちゃんのほうが吹っ飛んでんだよ」
状況が飲み込めないといった顔のイカルどの。
二人の攻防は一秒にも満たない一瞬のものであった。
もりそばどのが飛び掛り、聖剣を振り下ろし、闘気の爆発を叩きつける。
蒼白い烈光と爆風が一面に波状し拡散し、気が付いたときには……
ボロボロになったもりそばどのが爆煙から飛び出し宙を舞っていた。
「かはっ!」
拙者たちの目の前で床に叩き付けられるもりそばどの。
「イカルどの、急いで彼女に回復薬を」
「こいつぁひでぇ……」
見て即座にわかるほどの戦闘不能の状態であった。
伝説の防具クラスの防御力を誇るであろうプロテクターが意味をなさず、
竜闘気の防護膜を突き抜けてこれほどの大ダメージを一度にとは。
酷い傷だ。鎧が裂けるほどの袈裟懸けの刀傷に全身に至る火傷の痕。
自身の放った属性エネルギーによって受けた傷でないことは明確。
あの一瞬の立会いで、これほどのダメージを彼女に与えたのはもちろん。
「当身返し……でござるな」
彼女の超必殺技を真正面から受けとめた闇騎士ユート!
「先生、いまなんて!? 彼女に何が起きたのか見えてたんですか?」
「かろうじて……で、ござるがな……」
無差別に破壊を撒き散らす烈光と爆風の中にいた二人の状況。
かろうじて、本当にかろうじてではあるが、拙者の目はとらえていた。
「ユートどのが彼女の剣を受けた瞬間に、強烈な連撃を打ち込んでいる。
ようするにカウンターでござるよ。あえて技を受けてから反撃する術理、
必殺技というものは強力なものほど繰り出した後の隙が大きくなるもので、
あれほどの大技を発動すれば、数瞬は避けることももままならぬ硬直状態。
そこを狙って反撃されれば無条件で痛恨の一撃。ひとたまりもござらんよ」
「カウンターって……いったいどうやったら彼女のあんな超大技を……」
「魔王空間【金剛不壊】。たしか邪竜王が得意としていた技でござったな」
拙者はユートどのを見据えながら、自分なりの説を彼に投げつける。
「喰らったのでござろう? おぬしはあの邪竜王グランスタークの血肉を」
拙者の言葉にユートどのは初めてこちらに向き直り、
「見事な慧眼です。さすがはコクロウ先生」
八年前のあの時とまるで変わらぬ少年の目で、拙者に敬意の言葉を返した。
「一挙動に三連携の必殺技。防御・攻撃・魔法のスキル同時発動技とは喃」
当時も常人の発想の埒外にいる奇抜な術理を見つける御仁でござったが。
この数年で大人の知恵を身につけた現在、ますますもって健在以上。
「後の先を制す攻防一体の戦陣。対個人戦の技としては完璧な武でござるな」
拙者は見た。
もりそばどののセイクリッド・メガデスを左手で受け止めた彼の防御を。
拙者は見た。
超必殺技を放った直後の硬直を狙って袈裟懸けの手刀を放つ彼の反撃を。
拙者は見た。
その一刀で半ば決着がついていながら、爆炎で追い打ちする彼の追撃を。
左手を高く掲げ竜の上顎に見立て、右手を低く構え竜の下顎に見立てる。
不動の状態で相手の攻撃を待ち、飛び込んでくる敵を大顎にて迎え撃つ。
竜穴に入らずんば竜卵を得ず。されど容易には踏み込めぬ。
不用意に竜の巣穴に飛び込めば、待ち構える竜の顎に頭から齧られる。
当身返し。
相手の攻撃を受けることで初めて発動するカウンター技。
さらにこれは一呼吸一挙動で3つの大技を「同時に」放つという絶技。
単なる三回攻撃を繰り出すのではなく、その1つ1つが超必殺技の性能。
攻撃を受け止められたら最後。獲物は完膚なきまでに丸齧りにされる。
「おおよそ正解です。詳しい説明が必要ですか?」
「是非とも」
拙者は快くユートどのの好意に甘えることにする。
奇妙なもので勇者という人種は自分の能力の説明をしたがる悪癖がある。
自分の技に対しての絶対の信頼。知られても対処不能だと言い切る自信。
そういった慢心と技への溺れが、自己顕示欲となって彼らの口を滑らせる。
もりそばどのの治療のためにも少しでも時間を稼がねばならない。
「創世記に曰く、創造の竜は国生みの最初に始と現と終の三竜を生んだ。
すなわち始まりと現在と終わりの神。三柱は一説には防武魔の三神とも。
かの神々の神威に肖ったか、それとも偶然かは拙者は存ぜぬでござるが……」
「コクロウ先生の推察の通り、この技は同時三回攻撃を機軸にした受身技。
つまるところ1ターン中に三つの竜スキルを繰り出すカウンター奥義です。
厳密には三種類のドラゴンのブレスを顕現させて放つだけの技法ですが」
「それがすでに異常なことなのでござるよ」
三つのブレスを組み合わせて一挙動三連撃として撃ち放つ。
言うは易し。実現させるは至難。理屈だけで習得できるものでなし。
数多くの竜を喰らい、その能力を得てきたユートどのだけのオリジナル。
スキルの組み合わせによってこのような形に昇華させることも可能なのか。
三属性の異なるブレスの同時行使。
誰にもマネなどできぬ。誰にも再現などできぬ。故に攻略の糸口が見えぬ。
おそらく竜族最強種である真竜でも、このような異形の神威は行使できぬ。
「技の名は?」
「神威顕象」
ヒトはそれを奇跡と呼ぶ──