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Maize of Doom"Wonderful Megadeth" ~迷宮血風録・七~

    I’ve seen this raw strength only once before.

    It didn’t scare me enough then. It does now.


   これと同じような剥き出しの『力』をかつて一度だけ見たことがある。

       そのときは恐ろしくなかったが、今は恐ろしい


    【黒木勇斗語録・スターウォーズEP8 ルーク・スカイウォーカー】

 見目麗しく可憐だった女勇者の姿はそこにはない。

 焼け焦げた髪、全身に刻印された裂傷に火傷に打撲傷、夥しい出血。

 煌びやかだった蒼銀の聖鎧はバケツいっぱいの血を浴びたように真っ赤だ。


 特にバンシーの音波攻撃によってやられた血管と内臓のダメージが酷い。

 両耳から、両目から、鼻穴から口からと、激しい七孔噴血を起こしている。

 見ると彼女の股間が薄く塗れていた。おそらく膀胱と肛門からも……

 血液、唾液、鼻汁、涙に尿、あらゆる体液を噴出させるおぞましき絶技。


 もはやマトモに意識があるのかないのか。

 あれだけ振動波に激しく脳を揺らされれば脳震盪は免れない。

 意識は間違いなく混濁している。まるで焦点が合っていない。

 それでも彼女の視線は、虚ろな目は、ユートどのを一直線に見ていた。


 まるで幽鬼だ。

 剣を浅く握ったままダラリと下げた両手。フラつく正中線。震える両脚。

 常軌を逸した妄執が敗北も同然の現実とは裏腹に肉体を動かしている。

 ただ立っているだけ。聖竜騎士としての意地が肉体を立ち上がらせただけ。

 そこからなにもできやしない。そうとしか見えぬ。見えぬのに……


 どうして全員が無意識に構えを取るほどの戦慄を感じるのか。


 ──鬼笑わらっていたからだ。


 目は虚ろのままに、彼女の口元には強烈な笑みが浮いていた。

 吊り上った口の両端。めくれあがった唇。そこから見える悪鬼の八重歯。

 獣や幽鬼どころではない。もはや修羅すら喰らう悪鬼羅刹の凶相だ。


「……おじさま……」


 隙間風のような儚い声で彼女は言った。


「……予言……当たってたよ……」

 

 おじさまとは、いったい誰のことか。


「……おじさまはあの日に死んだけど……おじさまの……は……に……」


 夢遊病者のうわごと。

 彼女自身、自分がなにを言っているのか理解していないであろう。

 ただ、ただ、ふらりふらりと、おぼつかぬ足取りで前に進み……


「……聖竜剣『つい』の剣……セイクリッド……メガデス……」


 こんな状態でも尽きぬ闘争心。

 生存本能よりも優先される戦意に殺意に熱意。

 絶命に近づくほどに、より一層に凶暴に、より一段と好戦的に。

 半ば意識を失いながらも彼女の肉体は闘争本能を支えに敵に向かう。

 立ち向かうべき相手を見据え、やるべきことをなそうと剣を振りかぶる。


「イカルどの、下がるでござる」


 拙者は構えを解き、イカルどのに大きく間を空けるように指示する。


「でも先生……」

「巻き添えで死にたくなければ、言うことをきくでござる」


 もりそばどのは立ち上がった。

 致命的な致命傷を受けながらもギリギリのギリギリで死の淵から生還した。

 真の勇者にはコレがある。何度倒れても奇跡的な力で不死鳥のように甦る。


 挫けぬ心。不屈の闘士。火事場のなんとやら。

 愛するものの眼差しが、倒れるたび傷つくたび彼女を強くする。


 狙っていたのか、そうでないのか。意図的か、それとも偶然か。

 まさかユートどのはコレを見越して死の寸前まで彼女を追い詰めたのか。

 彼女は生死の境目で眠っていた本来の力を覚醒させる糸口を掴んだ。

 これも勇者にはよくあること。ここまで命を削らねば見出せぬモノもある。


 ただし──


「今の彼女は目に付くものを見境なしに斬る羅刹。近寄れば死ぬでござるよ」


 そういった『力』は必ずしも、我々のための希望になるとは限らない。


「……Wer bist du, kühner Knabe, der das Herz mir traf……」


 もりそばどのの口から零れ落ちる呟き。


「……Wer reizte des Kindes Mut zu der mordlichen Tat……」


 詠唱? 大陸の言語とも古代エルフ語とも違う。これは異世界の言語か?


 ドクン──!


 心臓が脈動する音が聞こえた。


 これは誰の鼓動であったか。

 彼女か? 拙者か? イカルどのか? ユートどのか? あるいは全員か?

 その場に居る全員が、これから起こる災厄を予兆し、心臓を跳ね上げた?


 そう思考した直後、もりそばどのの体から稲光に似た蒼白い裂光が迸った。

 なんだ!? この人のものとは思えない異様なまでに巨大な闘気は。

 この少女の繊細な身体の何処に、これほどの力があるというのだ。


 駆け回っていた。彼女から解き放たれた獣が雄々しく駆けずり回っている。

 とてつもなく強大で、あまりにも凶悪で、純真無垢が故に無慈悲な暴が。

 足し算? 否! 掛け算? 否! 乗算? それほどの気の膨張速度!


 跳ねている。吼えている。暴れている。

 彼女の獣性が狂ったように魂を沸騰させ竜闘気を練り上げていく。

 命の炎を燃料に爆発的に燃え上がっていく彼女の聖属性エネルギー。

 光はより輝きを増し、彼女自身が閃光と化したかのような錯覚すら覚える。


 もりそばどのは今、獣の生む圧倒的な暴に身を任せている。

 怒りに我を失い暴虐の徒となった狂戦士バーサーカーと同じ破壊の権化に成り果てた。

 リミッターは外れ、自身の崩壊も厭わず、属性力が加速度的に累積される。

 こんなもの、瀕死の肉体で制御しきれるようなシロモノではない。

 だから彼女は暴走する獣を好き放題にさせ、わざと肥大化させている。


 あえて──!

 あえてだ! 


 事前に独自の詠唱を唱えねばならない予備動作の制約。

 技を放つまでに長時間の気の練り上げを必要とする制約。

 死の淵スレスレの追い込まれた状況下でしか発動できぬ制約。


 そこまで不利な条件と手順を経ねば行使することもままならぬ技。

 コレはあまりにも技として不完全すぎてとても奥義とは呼べぬ。

 彼女とて実戦で使用するのは初めてのことではなかろうか。

 普通なら打てぬ。打つことも躊躇う。そもそも敵が打たせまい。


「これは『聖竜核撃斬』……いや違うな。それを飛び越えた更なる……」


 ユートどのも驚異を感じたか表情から余裕が消えた。

 この獣が自身に飛び掛ったら、いったいどうなってしまうのか。

 完全に自由になった獣の牙がどれだけの範囲に破壊を拡散させるのか。

 予測するにコレは敵も味方も区別なく貪り喰らう聖なる凶獣の力。

 逸話で知られるメギドアークのような破壊と殺戮だけしか生まぬ暴。

 その力はきっと、力を解き放つ自分自身にも破滅をもたらす諸刃の剣。


「もりそば! ダメだ! そんな!!!」


 止められぬと判っていても、イカルどのは叫ばずにいられなかった。


「もうこれ以上、そんな力! この先、いったい、どれほどの──!」


 誰の目から見ても明らかな自爆技。

 敵も味方も自身も巻き添えにしかねない無軌道な暴力。

 そんなものを解き放てば、敵よりも先に術者の命が先に吹き消える!

 よしんば生き残れたとしても、どのような後遺症がまっているか。


 身の丈に合わぬ高位スキル使用の反動で廃人になった冒険者は数多い。

 このような生命そのものをぶつける暴挙を行えば消失ロストもありうる。

 そこまでせねばならぬのか。そこまで命を賭して進まねばならぬのか。

 互いに命懸けで意地を貫かねば己の存在意義を世に示すことが出来ぬのか。

 神竜騎士のなんと難儀な生き様よ。拙者らにはとてもマネできぬ。


「いいだろう。お前にはこの技の洗礼を受ける資格がある」


 そこらの雑魚魔王なら鼻水を垂らして逃げる算段をするような状況の中で、


「その不退転の覚悟、その暴竜が如き闘志、その神をも畏れぬ自己の正義……」


 彼はザンっと大剣を床に突き立て、無手の状態で奇妙な構えを取り始めた。


「あれは格闘家が使う天地上下の構え……あいつ格闘スキルも使えるのか?」

「いや、構えは似ているが微妙に違うでござる」


 両足を広げ、右手を上に、左手を下に、互いの掌を上下で合わせるように。

 イカルどのの言うとおり、一見にはカラテと呼ばれる格闘スキルの構えだ。

 天地上下の構え。様々な攻防に対応したカラテ独特の構えと聞く。


 生粋の剣士であるあのユートどのが不慣れな格闘スキルで応戦する?

 馬鹿な……そんなわけがあるものか。

 それに構えをとった彼から漂う、不気味で薄ら寒い威圧感は何だ。

 まるで巨大な竜が上顎と下顎を広げてブレスを吐かんとしているような。


「どれも合格だ。足掻きもがき強者の領域に挑まんとする想いこそが美しい。

 執念しかり。執着しかり。執心しかり、想いを遂げるために激しく粘りつく

 人の情念というものは、ときに神に至るほどの奇跡を起こすものだからな。

 さぁ、その種火の如き儚い力を奮い、心惹かれるほどの価値ある魂の輝きを

 見せてみろ。お前がこれまでの旅で積み重ねてきたすべてを一撃に込めて、

 この俺に見せてみろ。もし魅せられねば、そこでお前の旅は終わりだ」


 ゆっくりと、もりそばどのが身をかがめる。

 忍んでいた猫科肉食獣が獲物に飛び掛る寸前の脚の筋肉の張りと緊張感。

 彼女は大きく息を吸い込み、胸を膨らませ、喉を鳴らしながら力を放つ。


 蒼白き獣が翔けた。

 剣を上段に構えたまま、己を迅雷に変え、風を切り、一直線に飛び掛る。

 脇目になど触れない。彼女の虚ろな目にはユートどのしか映っていない。


 動体視力に優れた拙者の目をもってしても追い切れぬ俊足。

 さながら大地と空間が自らの意思で距離を削り取ったかのような縮地の域。

 ユートどのは構えを維持したまま動かない。


 間合いに入った次の瞬間、彼女が天に掲げていた聖剣を振り下ろした。

 この剣の中にどれだけの聖なる暴が濃縮され、圧縮され、凝縮されたのか。

 これまでとは比べ物にならない破壊エネルギーを突き詰めた剣が牙をむく。


 振り下ろされる聖剣がユートどのの左手に触れる。

 敵への接触を起点として、剣にありったけ詰め込まれた竜闘気が爆発する。

 視界を焼くほどの眩い光が二人を包み込み、戦場の闇を蒼白の色に染める。


 質量が限界を越え、力が臨界を突き抜け、器が耐え切れず拡散する超暴発。

 無尽蔵に積み重ねられるエネルギーの大質量を支えきれず生まれる破壊は、

 天文学における星の最期の輝きと同質の超爆砕『超新星爆発スーパーノヴァ』──!

 年端もいかぬ娘が、これほどの境地に達したのは如何なる過去を以ってか。

   

 攻防は一秒もかからなかった。

 天地鳴動し、次元すら震わす大破壊が、辺り一面を粉塵の煙で覆いつくす。

 やがて裂光が収まり、静寂が訪れ、煙が次第に晴れようとしたときだ──


「────ッ」


 ついに勝敗が決した。

 厚く漂う煙幕を吹き飛ばしながら天空を舞った敗北者は……


「もりそばどの!」


 必殺の技を放った彼女のほうだった。

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