Maize of Doom"Wild Hunt" ~迷宮血風録・伍~
It's over, Anakin. I have the high ground.
私の方が優位だぞアナキン、地の利を得たぞ!
【黒木勇斗語録・スターウォーズEP3 オビ=ワン・ケノービ】
── 鳳魔獄炎翔 ──
膨大な竜の気が渦を巻き、炎に変質して集約され、太陽の鳥に変質する。
なんと美しく、なんと猛々しく、なんと恐るべき絶技か。
伝説の魔鳥の姿を借りた黒炎塊が真っ直ぐにもりそばどのへ向かっていく。
この鳥そのものが超高熱の炎。触れれば聖竜騎士とて無事には済まぬ。
「う……あ……っ」
もりそばどのも初めて見るユートどのの攻撃に狼狽を隠せない。
彼はこれまで剣の技のみで戦ってきた。
斬撃、爆裂、遠当て、なんでもありの神竜の剣でも剣技は剣技。
同じ聖竜騎士として型が似通っているからこそ、彼女も多少は渡り合えた。
しかし別属性の魔法スキルまで操れるとなると話は違ってくる。
自身と同じ聖属性の魔法であれば同属性に耐性を持つ彼女たちなら耐える。
だが、一分野に特化しすぎるクラスは別属性対処がおざなりになるもの。
相反する邪属性や闇属性に大しては特効持ちが多い聖属性。
反面で聖は地水火風の四大精霊力と同系の光にはこれといった強みがない。
言い換えば魑魅魍魎などの禍モノや不死族、純正の魔族たちには強いが、
それ以外のモンスターには強みがないというのが聖属性使いの最大の欠点。
聖竜騎士のもりそばどの、いったいこれをどう対処して防ぐ!?
御身に迫るは着弾と同時に全てを滅却する高位魔法と同格の炎系攻撃魔法。
魔界の太陽の炎は、片鱗でもそこらの三文冒険者など骨も残さず火葬する。
どうする?
逃げるか? 避けるか? 跳躍するか?
「くぅぅぅぅぅっっ!」
最適解──
このテのスキルは誘導弾であることが多い。避けても被弾は免れない。
ならば意を決して真っ向から敵の攻撃を受け止めるのみ。
逃げも隠れもせず、キッと魔鳥を睨みつけ、腰を落とし、正面に剣を翳す。
これは闘気スキルを用いた魔法防御行動の基本的な型。
闘気を込めた剣を媒体に気の障壁を展開し、ダメージを最小限に抑える。
受け止めるか、受け流すか、受け返すかは彼女の技量次第。
「ほぅ」
ユートどのの口から漏れる賞賛。
難しい問題を提示した師。誤れば死の最中で理想の回答を練り出した弟子。
一発勝負の難問に対して彼女のとった行動は間違ってはいなかった。
「ぐっ……! ンッッッ……! ッッッッッッ!!!」
着弾と同時に鳥の型を崩して獲物を抱擁する漆黒の炎。
かなりの衝撃波があったのだろう。彼女の両足がガクガクと震えている。
次に襲い来るのは高熱だ。炎の渦に戻った黒炎は容赦なく彼女を包み込む。
着弾時の爆発を防げばそれで終わるほど、上位魔法の炎系攻撃は甘くない。
命中後に対象を中心に広範囲に渡る灼熱を広げるのが上位炎系魔法の本質。
この段階で、正面のみにしか障壁を展開できなかった愚鈍は灰燼にされる。
「不恰好ではあるが竜闘気を用いた『陣』の基本技は実践できるのか」
ユードどのの表情は険しい。
問題はここからだといわんばかり。
事実、このままでは彼女は障壁の中で蒸し焼きにされる。
状況はまだ攻撃と防御が拮抗しているだけ。防ぎきったわけではない。
果たして魔法の持続効果が尽きて炎が消滅するまで受け続けられるのか。
もし力尽きて型を崩せば、その瞬間に黒炎の直撃を喰らうことになる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ」
当然、このまま終わるようなもりそばどのではなかった。
彼女にも意地がある。ここでサクリと殺られるわけにはいかない。
ユートどのは八年前に、この絶技を使いこなす強敵と戦い勝利したのだ。
ならば聖竜騎士の後継者である自分がコレを乗り越えなくてなんとする。
一歩、また一歩、踏ん張っている足を前に進め、彼女は強引に、力任せに。
「でぁぁあぁぁああぁぁぁっっっ!」
仔竜の雄叫びを轟かせ、急激な竜闘気の爆発で黒炎の渦を吹き散らした。
失態ッ! もりそばどの、それは悪手にござる。
今のは闘気技の防御法としてはかなりの力技。女子の身には厳しい手段。
これほどの爆発力の展開は気の消耗もかなりのものになるはず。
「はぁっ……ハァッ……」
すなわち──
「あまりのんびりもしていられんぞ。次の準備はいいか? 俺は出来てるぞ」
次の攻撃がやってきたとき、彼女は十分な気の練りが不可能になる!
「次に出す技は四天王の紅一点『歌竜将』の必殺技だ。拝聴料は高くつくぞ」
さきほどと同じくユートどのが右手を掲げ、濃厚な竜闘気を集中させる。
「もう次の行動だと!? はやすぎるッ!」
早くも次の行動に入ったユートどのを見て、驚愕するイカルどの。
上位魔法に匹敵する高度な攻撃スキルを展開後に続けざまの攻撃行動。
スキルの使用というのは一行動に一回が限度。必ず間というものがある。
あれほどの高度なスキルを使用すれば、少なくとも十数秒の溜めが必須。
なのにユートどのは続けざまに高位スキルを発動させようとしている。
魔王の中には一呼吸で二回の高位スキルを展開できる者もいると聞くが。
ユートどのは人の身で、そのような魔の領域に達しているというのか。
先手に次ぐ先手。あまりにも早い。イニシアチブの差が激しすぎる。
いかん。
もりそばどのはやっと鳳魔獄炎翔をしのいだばかり。
消耗も著しく、呼吸も荒く、気も整わず、表情も疲弊を隠せていない。
迅速に防御行動に移れたとしても、十分な竜闘気の障壁は展開できない。
つまり次の攻撃は気を伴わない肉体防御だけで受けねばならぬことになる。
「さぁ、地獄のリサイタルの開演だ」
たとえ相手が愛する妹分であろうとも。
闇に落ちた勇者は敵に回った存在に容赦などしない。
「…………」
── 獣笑……ッ ──
同じように。
勇者は絶対的に不利な状況でもあきらめることをしない。
匹夫の勇のような血気に逸る勇猛や、蛮勇のような無謀とは違う。
真の勇気。
それは絶望の闇の中でも勝利のために重い一歩を踏み出せる気概。
『勇者』とは真の勇気を振り絞れるものにのみ許された称号。
彼らは絶望のドン底の中でも前向きに進める者だから勇者と呼ばれる。
冒険者の道を歩まなければ、このような運命に翻弄されることもなく。
勇者などにならなければ、ここで命乞いをする道もあったであろう。
実に難儀なことでござるな。
「嬢ちゃんのやつ、こんな状況なのに笑ってやがる……」
真の勇者は『こういうとき』ほど燃え上がる。
背後は奈落に続く断崖絶壁という危機的状況の中とは思えぬ表情。
恐怖でタカが外れたときにでる絶望の笑いとは違う笑み。
怖くて怖くてたまらないのに嬉しいという感情が、ひしひしと伝わる。
同じ修羅の道を歩むモノとして、たまらぬ笑顔であった。