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Maize of Doom"Greatest Dragon" ~迷宮血風録・四~

     Great warrior? Wars not make one great.


     偉大な戦士? 戦争なんぞで偉大にはなれんよ。


     【黒木勇斗語録・スターウォーズEP5 ヨーダ】

 カリッ──


 犬歯を強く軋らせる音が拙者の口内から鳴り響いた。

 無意識の動作であった。

 意識的に抑えていた武者震いの代わりに歯軋りが出た。

 堪えきれぬ畏れに、悔しさに、肉体が反応せざるえなかったか。


 ユートどのの強さに恐怖し、興奮し、嫉妬し、動けぬ現状に焦燥する。

 手に汗を握り、呼吸荒く、まざまざと見せ付けられる惨劇に目が離せず。

 様々な感情のごちゃまぜが、粥のように粘っこく拙者の中で沸騰していた。


 カリッ。カリッ。カリッ。

 一度意識してしまえば歯軋りはより強まる一方。

 腹の底で蠢くは、名状しがたき苛立ちと不安と奇妙な悦び。

 自分でもうまく形容できない感情が肉体をおとなしくさせてくれぬ。


「糞ッ」


 イカルどのも同じく爪を咬みながら傍観に徹する自分に苛立っていた。

 おとなしくしていろと自分に言い聞かせるように親指の爪を咬む。

 加勢したいと想う正義感と、自分ごときではどうにもできない無念。


 悔しいでござろうな。

 拙者もイカルどのと同じ気持ちよ。

 手負いの上、手をかせず、手立てもなく、ただ見守るしかできぬ。


 三人がかりで攻撃すればなんとか勝てる?

 拙者らの最大の危機を見計らったように颯爽と真打が登場する?

 もりそばどのが都合のよい覚醒を果たし大逆転してくれる?

 ユートどのが気まぐれを起こして命だけは助けてくれる?


 どれも否だ。

 そのような希望的観測は現実主義の冒険者にとって禁忌の発想。

 我々は手持ちの札のみで鬼札相手に分の悪い勝負をするしかない。

 現実は無情よ。もし自分たちに生還の希望があるとするなら……


 せめてあと五分。

 もりそばどのがこの状況を維持してくれれば。

 ユートどのが今しばらく遊びに興じてくれれば。

 手持ちの最後の切り札を確実にもぎれる展開が訪れれば。


 ──あるいは。


「もりそば、お前は神竜騎士のスキル『竜闘気』の真髄を理解していない」


 必殺技を真っ向から破られ立ち尽くすもりそばどのへユートどのは言う。


「せいぜい他の前衛上級職が使う『闘気』スキルの上位互換くらいの認識、

 あるいは漠然と『属性付与』された高出力の闘気を引き出す特殊スキルと

 考えているくらいだろう。それ自体は誤りではないが理解としては浅い」


 地竜騎士ガッサーどのは以前に酒の席で語っていた。

 自分たち神竜騎士の専用スキル『竜闘気』は汎用性が高く奥が深いと。

 ディフェンダーの自分は防御力をブーストさせる方面に特化させてるが、

 使い手次第では攻防魔の全てに対応し万色に変化する懐の深さがあると。


 通常の闘気スキルにはそのような力はない。

 いいところ攻撃力の底上げと防御力の底上げのふたつの効果程度だ。

 ガッサーどのは言った。そもそも竜闘気は厳密には闘気とは別物だと。

 ベツモノ? ならばその正体は──?


「神竜騎士は人の身でありながら神竜の力を授かった神々に選ばれし者だ。

 暴論になるが理論上ドラゴンの持つ能力をあらかた使えると言っていい。

 それらを擬似的に顕現させるのが竜闘気スキルから派生する様々な術理。

 そう、根源にまで遡れば竜闘気とは人間用のドラゴンのブレスなのだ」


「ブレス……」


「ドラゴンを伝説でしか知らない連中は、ブレスを口から吐く炎程度にしか

 認識していないようだが、実際にはブレスとは吐息であり神の力でもある。

 不思議と思わないか? 綴りは違えど二つの単語がなせ同じ発音なのかを」


 ユートどのの言ってる通りである。

 ドラゴンとかかわり合いになることがないCランク以下の冒険者や一般人、

 学の浅い研究家や神の理解が足りない生臭坊主には分からぬ世界がある。


 そもそもドラゴンとは神である神竜の眷属。神にもっとも近い種とされる。

 ワイバーンなどの亜竜種まで落ちると蜥蜴の派生程度の認識でもいいが、

 レッサードラゴンクラスからは伝説に違わぬ神の眷族に相応しい力を持つ。


 鉄を引き裂く爪牙、大空を舞う翼、鋼の剣などものともしない強靭な鱗。

 人の言葉を理解する高い知能に、属性に応じた多彩な魔法を操る魔力。

 なによりもその体躯。歩く城砦といっていい巨大さはそれだけで強き者。


 彼らドラゴンは自然災害の権化。神の力の一端。まさしく暴の集大成。

 下級のレッサードラゴンですらCランクがエサ扱いにされる実力差がある。

 中級のエルダードラゴンにいたってはBランクさえ犠牲と引き換えの難敵。

 上位種のカイザードラゴンやエンシェントドラゴンになれば国家災厄規模。


 それらを従える邪竜王クラスともなれば神の直系と言って差し支えない。

 異邦人の神竜騎士と聖女が手を組んでようやく斃せたのも頷ける箔である。


「ドラゴンは強い。種として単純に強い。爪で撫でるだけ、尻尾で払うだけ、

 足で踏み潰すだけ、牙で食むだけ、それだけで冒険者など容易く屠れる。

 強烈で、シンプルで、小細工などない圧倒的破壊力を備えたドラゴンの暴。

 小賢しい策略も、そこらの数打ちの武具も、軽い一撫でで微塵に砕け散る。

 しかし彼らドラゴンの持つ真に恐るべき暴は肉体面のパワーなどではない」


 武者修行の最中に竜殺しの経験をしたことがある拙者は知っている。

 神竜騎士の端くれであるガッサーどのはそれ以上に本質を理解している。

 ドラゴンを相手にしたとき最も気をつけねばならないのは──


「神の奇跡の一端を具現化させる『神威ブレス』こそが奴らの暴の本質だ」


 ドラゴンの生態は遭遇例が少なすぎるためあまり研究が進んでいない。

 竜のブレスについても、彼らが使う一番有名な異能という認識が一般的。

 もうすこし学のある者はブレスを無詠唱で発動できる魔法と理解する。

 そこからさらに穿って真理を読み解くのは実戦が必要となるため至難。

 エルダードラゴンとの実戦経験がある拙者とて真理の理解は漠然。

 だからガッサーどののあの言葉は非常に心を打つものであった。


 ──竜闘気は神の力であるブレスの変化形だ。極めるほど竜族に近づく──

 ──行き着く果ては神の領域の力。場合によっては亜神にもなれる力だ──

 ──神竜騎士は神の加護を与えた神竜と同属性の竜闘気しか使えないが──

 ──もし、もしもだ、全属性のブレスを使える神竜騎士がいたとしたら──

 ──いつかそいつは竜を凌駕し神竜を飛び越えた神殺しになるだろうよ──


「お前たち一般的な神竜騎士は知らないだろうが、竜殺しのスタイルには、

 斃したドラゴンの特性を我が物にできるラーニングの基本スキルがある。

 俗に『竜を喰らう』と称される技能で、通常ステータスの底上げの効果、

 ドラゴン族の特性や特殊スキルの獲得などといった効果を持っている」


 言い換えれば──


「初期値はバランス型以下の性能しかない竜殺しスタイルの神竜騎士だが、

 理論上、ドラゴンを殺せば殺すほど、ドラゴンを喰らえば喰らうほどに、

 数多のスキルや特性を学習していき、最終的には他スタイルを凌駕する」


 竜殺しとして百匹以上のドラゴンを退治してきたユートどのは。


「もりそば、俺の言っている意味が分かるか?」


 これまで喰らってきたドラゴン全ての特性とスキルを持っていることに!


「いま、お前が相手をしている男は邪竜王の総軍そのものだということだ」


 ユートどのが動く。

 右腕を天に掲げ、右手に竜闘気を集中させる。

 すると無詠唱で掌の上から漆黒の炎が具現化され、次第に火の勢いを増す。

 この準備段階でも上位魔法に匹敵する威力の魔法系スキルだと分かる。


「ブレスは魔法と構造は同じだが、もっと根源的な神霊的エネルギーの塊だ。

 例えばこれは邪竜王四天王の一人、炎の竜将『獄炎竜』が得意としていた

 火属性のブレス攻撃だ。ファイアドラゴン特有の火属性特化能力に加え、

 レッサードラゴンの吐く火炎など子供の火遊びにも思える絶大な威力と、

 単純な破壊の奔流だけにとどめない芸術的な優雅さを備えたこのブレスは、

 邪竜軍の幹部内でも一目おかれ、畏敬を込めてこう呼ばれていたそうだ」


 掌の上で渦巻く漆黒の炎は、球体からゆっくりと飴細工のように変形し、

 その形状を見目麗しき黒炎の魔鳥へと豹変させる。


「魔界の太陽に住む神鳥ベヌゥの化身ほのおを使役する絶技とな」


 ドラゴンのブレスは口から吐かれるものとは限らない。

 彼らがブレスを口から吐くのは前足から繰り出すよりも口からのほうが

 射出に勢いと指向性を持たせやすいという簡単な理由によるもの。

 その気になれば手足の何処からでも、何もない空中からからでも放てる。


「受けてみるか? すべてを焼き尽くす黒き鳳凰の羽ばたきを」


 黒い太陽の炎をまとった絶望の魔鳥が!


「『鳳魔獄炎翔ベヌゥ・インシネレイト』──ッ!」


 希望の象徴たる勇者めがけて飛翔する!

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