Maize of Doom"Favorite Blow" ~迷宮血風録・参~
No! Try not. Do. Or do not. There is no try.
そうではない。やるか、やらぬかだ。試しなどいらん。
【黒木勇斗語録・スターウォーズEP5 ヨーダ】
新時代の聖竜騎士の前に立つ漢は一見すると冴えない青年であった。
戦士としては大柄とは言えず、ヒュームの冒険者にしては筋肉も多くない。
さりとて小兵というほどでもない。ごく普通の成人男性の体型である。
不思議なものである。
彼は地竜騎士ガッサーどののような物言わぬ大岩のような存在ではない。
戦士として完成された恵体の巨漢でもなく。
鋼鉄の筋肉に覆われた肉厚の肉体でもない。
なのにユートどのから漂う気配はガッサーどの以上に攻撃的で重厚。
体躯が大きいとか、四肢が太いとか、肉がブ厚いとかとはまるで違う。
雰囲気が常とは異なるというべきか。風格が人ならざるというべきか。
存在感そのものが容姿に似合わぬほど異質で濃密なのだ。
例えるならば、人の形をしたドラゴンを目の前にしているかのよう。
当然である。
彼は絶対強者であるドラゴンを喰らってきた竜を超えし竜殺し。
竜は多くの冒険者が挑んでは返り討ちにされてきたモンスターの最高峰。
そんな神の眷属を相手にしてきた経験が幾重の年輪のように積み重なり、
それらが芳醇な獣臭となって外にあふれ出しているのだ。
それは修羅場をくぐりぬけてきた歴戦の冒険者の風格であり。
魔王を打ち倒すことに成功した真の勇者ならではの威厳であり。
常人の精神では触れることさえ叶わぬ領域に踏み込んだ狂者の迫力。
人というものは、極みに極めるとこのような異形のモノに成るのか……
我が師、尾張柳生一門の総帥『柳生兵庫助』とてここまではいかぬ。
名刀以上に鋭い凶刃が、魔剣以上におぞましい狂刃が、そこにあった。
この威圧感、拙者の知っている頃のユートどのとは明らかに違う。
聖竜騎士の気高い聖気は感じる。だが、存在感はまるで魔王のようだ。
嗚呼ユートどの、おぬしは八年前の戦で喰らってしまったのでござるな。
邪竜神にもっとも近い魔竜と呼ばれた邪竜王グランスタークの血肉を。
竜殺しの勇者の行き着く果ては奈落。
竜を喰らい続け人であることを捨てた凶戦士ジークフリートの逸話。
これまで誇張された与太話と想われていた伝説は真実であったのか。
魔王とまで呼ばれるほどの存在を喰らえば、人でいられるわけもなく。
聖なる勇者は、魔に挑み、魔を喰らい、魔に取り込まれ、魔に堕ちた。
「先生……」
「黙って見ているでござる」
イカルどのも拙者も現状を見守ることしかできない。
二人の間に第三者が割ってはいるのは無粋の極み。
彼女が敗れるか助けを請わぬ限り、我々は加勢することは叶わない。
合理性よりも戦士の矜持を重んじてしまう。武人の悲しいサガよ。
もっとも三人同時にかかったところで、どこまで今の彼に通じるか……
しかし腑に落ちぬ──
出来すぎだ。流れがあまりにも出来すぎている。
このダンジョンに入ったときから感じている強烈な違和感。
まるで最初から拙者らが彼らの練習台として用意されていたような。
この状況にしても同じ。侵入者の排除にしては悠長に過ぎる。
Bランク以上の冒険者を差し向けられたので魔王側も精鋭を出した?
合点のいく言い訳だが、それにしては舞台設置の手際が良すぎる。
まるで最初から我々がやってくることを想定していたような周到さだ。
それともうひとつ、ユートどのが刺客として差し向けられたこと。
ユートどのが新たな魔王として地上に降り立ったのならわかる。
しかし彼は言った。自分は魔王の側近であると。
八大魔王の一角を討伐した勇者を側近に仕立てる魔王とは何者なのか。
拙者の知る限り、そんな大魔王級の存在は現在の魔界にはいないはず。
もし魔皇帝ルーシェルが復活したのならば、もっと騒ぎになっている。
魔王討伐を果たしたAランク冒険者は、国家規模災厄の切り札として、
冒険者ギルドから最優先で大仕事を任せられる特別待遇を受けている。
大魔王級降誕の動きがあれば噂程度でもAランク冒険者の耳に届くはず。
迷宮王のダンジョンの復活、聖竜騎士ユートの悪落ち、正体の知れぬ魔王。
こたびのクエスト、あまりにも計り知れぬ出来事が多すぎる。
どこまでもキナ臭い。冒険者ギルドも神々も真相を我々に隠している。
この一件を拙者に持ち掛けたガッサーとのも、おそらくグルであろう。
大陸南方の果てで、いったいなにが水面下で起きているというのか。
「私……あまり頭が良くないから……なんて言っていいのかもわからない」
落とした聖剣を広い、柄を握りなおしながら、もりそばどのは呟く。
「正直、この状況にぜんぜん頭がおいついてない。なんで故郷に還ったはずの
おにいちゃんがここにいるのか。なんでおにいちゃんが魔王の手先なのか。
本物なのか偽者なのか、頭が悪いなりに考えてもわけがわからなくて……」
スゥッ……と、彼女の唇から鋭い呼吸音が漏れる。
「そんな私でも、コレだけはわかるよ」
うつむき加減だった彼女はキッと正面のユートどのを睨みつける。
「おにいちゃんが魔王の手先なら、私は聖竜騎士としての使命を果たす!」
聖剣の切っ先をユートどのへ向け、彼女は勇者として決意表明をした。
「………………」
それに対してユートどのは無言だった。無言の反応であった。
しかしユートどのの口元は、妹の成長を認める喜びの笑みを浮かべていた。
── それでいい ──
言葉にせず、視線の機微だけで、彼は兄として師として不出来な妹を讃えた。
「燃えろ! 私の竜闘気! 唸れ! 聖剣エクスカリビャー!」
「ヴァーいえてないぞ……(ぼそっ)」
ユートどの、ユートどの、素が漏れてるでござるよ……
「聖竜剣奥義弐式」
彼女の膝の下から淡い蒼白光が迸った。
聖属性エネルギーの奔流がもりそばどのの足元で激しく渦巻いているのだ。
やがてそれは足から脚へ、脚から腰へと伝達され、右腕を介して聖剣に移る。
突きつけた剣の切っ先に集められる聖気は、圧縮され凝縮され収縮される。
先ほどの聖竜爆裂波の亜種とは構えの型も技の入りがまったく違う。
この技はまさか──!?
「セイクリッド・ホーリーキャノン!」
吐き出される技名とともに聖剣の切っ先から射出されるは聖気の砲弾。
高圧縮された聖属性エネルギーの球体が蒼電を弾けさせながら飛んでいく。
技の名の通り、これは聖剣を砲塔に見立てて気弾を発射する遠当ての極意。
先ほどのセイクリッド・エクスプロージョンを面攻撃とするならば。
こちらは中距離以上の遠い間合いにいる相手に攻撃を当てる遠距離攻撃。
標準・速度、距離、着弾予測地点、どれも申し分なし。
ユートどのは一歩も動かない。真っ向からコレを受け止める気か。
この聖エネルギーの密度、まともに喰らえば吸血鬼程度ならば芥も残らぬ。
「やったか!?」
イカルどのが期待を込めた顔で叫んだ。
── ほぼ同時であった ──
ユートどのが大きく深呼吸をして、真正面から砲弾を迎え撃ったのは。
「轟ッ──!」
彼の口から放たれる魔竜の咆哮。
神殿の柱や床だけでなく、大気さえも揺るがす強烈な気勢の暴力。
あのときの技だ。拙者の連携技を強引に潰したあの咆哮!
このままユートどのに着弾して聖属性の爆発を起こすと思われた砲弾は。
プッ……と割れたシャボン玉のような音を立てて砕け散り、霧散霧消した。
「うそ……だろ……?」
着弾の展開に薄く希望を託していたイカルどのが絶望的な声を漏らす。
剣や手で受け止めることすらせず、単純な気勢だけで砕き散らす。
竜の咆哮は吼える所作だけで攻撃的な効果があるとはいえ。
「あのエネルギー弾を気合だけで消し飛ばしやがった……」
神竜騎士として圧倒的な力量差がなければ、こんなことは起こりえない。
「な……」
信じられないのは砲弾を放ったもりそばどのも同じ。
彼女も必殺の効果はなくとも多少のダメージにはなると考えていたはず。
その希望的観測は、いともたやすく踏みにじられた。
「神竜の剣と呼ばれる一つの剣術スタイルを編み出した光竜騎士ベリア曰く」
低くユートどのが言った。
「各種属性に応じた竜闘気を用いて行使される神竜剣には四つの理がある。
ひとつめは竜闘気を武器に込めて属性攻撃を行う『斬』の技法。
ふたつめは竜闘気を大量放出して範囲攻撃を行う『波』の技法。
みっつめは竜闘気による結界を敷いて防の要とする『陣』の技法。
そして最後の四つめが……」
ユートどのが先ほどのもりそばどのと同じ剣の切っ先を向ける構えをとる。
「竜闘気を圧縮して属性エネルギーの弾丸を射出する『弾』の技法だ」
物真似ではオリジナルには勝てぬ。
ぞくぞくとしたものが拙者の背筋を駆け巡る。
これだ。拙者は彼の挙動を凝視しながら思う。これが本物の神竜の剣だ。
同じ構えでも所作の無駄のなさから竜闘気の圧力に到るまで段違いに違う。
彼女のセイクリッド・ホーリーキャノンが通用しないことはわかっていた。
なぜならば……
「聖竜剛砲弾──!」
ユートどのは彼女以上の砲撃技を使えるからだ。
「んな──ッッッ!?」
大剣の切っ先から射出される彼女のものよりも二回りは大きい砲弾。
それは身動き一つ取れない彼女の真横を通り過ぎ、遥か彼方で着弾し、
地響きを轟かせながら猛烈な聖属性破壊を着弾地点周辺に撒き散らす。
「竜闘気の射出など神竜の剣の基本技のひとつにすぎん」
想定していた以上の実力差を見せ付けられ立ち尽くすもりそばどの。
「もりそば、まさかとは思うが……」
次に放たれた彼の言葉は無慈悲な追い打ち。
「この程度の児戯で聖竜騎士になれたと勘違いしてるのではあるまいな?」
この男、強すぎる……