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Maize of Doom"Knight Mound" ~迷宮血風録・壱~

       You are beaten. It is useless to resist.

     Don’t let yourself be destroyed as Obi-Wan did.


       お前は負けたのだ。もはや抵抗するだけ無駄だ。

       あのオビワンのように己を破滅へと追い込むな。


     【黒木勇斗語録・スターウォーズEP5 ダースベイダー】

 武人の生き様には常に試練と障害がつきものである。

 武に憧れ、武の門を叩き、武の道を歩み、武の極みを目指そうとすれば──

 いかに才あろうと、その者は必ずどこかで厚い壁にぶち当たることになる。


 ひとつめは恵体か否かの先天的な肉体面の壁。

 ふたつめは武術者としての才能の是非という天賦の壁。

 みっつめは良き師・良き流派・良き好敵手と巡りあえるかの天運の壁。


 それらの難関を乗り越えて、一流の領域に達することが出来るのは一握り。

 彼らは様々な才に秀で、様々な条件を満たした、ごくごく一部の天才たち。

 凡人では及びも付かぬ次元で頂点を目指し、彼らは雲上にて鎬を削りあう。

 そんな天才の中の天才たちですら容易く乗り越えられぬ壁がある。


 それは師を超えて次世代の新たな伝承者となるための試練である。

 歴史のある武門ほど、この師匠越えの壁が若き門下生たちに立ちはだかる。

 師匠を打ち倒して新たな時代を切り開く。それこそが弟子の務め。

 拙者もまた同様。自分に剣を教えてくれた恩師を倒すのが我が夢であれば。

 此度ひんがしのワ国に渡ろうとしたのも、弟子最大の恩返しをせんがため。


 ならばコレは……いま目の前で起こっている情景はまさしく……


「聖竜神も悪趣味なことをしてくれるでござるな」


 当代聖竜騎士が、焦がれ、追いかけ、夢見続けてきた先代との出逢い。

 それは決してめでたきことではなく、残酷無惨な悲劇であった。

 あの聖竜騎士ユートが魔王陣営に与し、敵として我々の前に現れた。

 これが聖竜騎士である彼女にとってどれだけ辛いことか想像を絶する。


 最初から予感はあった。

 剣を斬り結ぶうちに予感は確信へと変わった。

 しかし実際に素顔を見せるまで拙者も半信半疑を捨て切れなかった。

 よもや彼ほどの勇者が魔道に堕ちるなど考えもしていなかったからだ。


 拙者ですらこの衝撃。

 ならば、拙者以上にユートどのと関係が深いであろう彼女の心境は如何に。

 闇騎士が兜をはずして素顔を曝した直後、彼女は悲壮の叫びを上げた。

 それを最後に彼女は押し黙ったまま立ち尽くしている。

 若き聖竜騎士の少女は目の前で起きた現実を受け入れられずにいるのか。


 その悲劇を見る拙者とイカルどのは場に立ち入れず傍観するしかなかった。

 なにゆえにこのようなことに。

 八年前にこの地を去った英雄は魔王の手先として舞い戻ってきた。

 神の尖兵である神竜騎士から魔王の手先である闇騎士に姿を変えて。

 それも次代を担う新しき聖竜騎士の最大の壁として。


 彼女は言っていた。

 迷宮王のダンジョンの攻略が正規の聖竜騎士になるための試練だと。

 この迷宮の支配者である迷宮王ゆかりの魔王を討伐することが使命ならば、

 その魔王の手先になったユートどのとの戦いは避けられぬ運命。


 つらいでごさるな。

 古き時代にいる先代を超えることが次世代の後継者の勤めとはいえ。

 こうして久方ぶりの再会が、このような見るに耐えぬカタチとして……


 聖竜神はすべて分かっていて彼女をさしむけたのでござろう。

 この試練を突破すれば、はれて正規の神竜騎士になれると餌を撒いて。

 結果がコレである。まったくもって悪趣味でござるよ。


「もり……」


 いたたまれなくなり、拙者がもりそばどのに語り掛けようとしたとき。


「──ッ」


 戦意喪失していたと思われた彼女の身体が大きく前方に跳ねた。

 速い! まるで大型猫科動物を思わせる柔軟で瞬発力に秀でた俊敏性。

 目標はもちろん前方にいるユートどのの貌をした得体の知れない何か!


「……それでいい」


 一足飛びで斬りかかってくるもりそばどのを見てユートどのが呟く。 

 まるで肉食獣が口の端を吊り上げるような獰猛な笑みをたたえながら。

 獣が笑みを浮かべるということは、獲物に対して牙をむくことと同義。


 ギィィィィィン!


 剣と剣がぶつかりあう耳障りな金属音。


「身内が敵として現れたら、まず死なない程度にぶったたけ。訳は後で聞け。

 正義の味方気取りが多い聖竜神派の教育が行き届いているようだな」

 

「くっ!」


 彼女は茫然自失の状態よりも、考えなしで戦うことを選択した。

 正しい選択だ。身内の姿をしてても敵は敵。呑まれる前に戦って倒せ。

 本物か偽者か、敵として現れた理由はなにか、そんなものは後回しでいい。

 やらなければやられる。悩むくらいなら斬れ。それが武人の礼儀と心得る。


「しかし、その程度の腕前で俺を倒そうというのは跳ねっかえりが過ぎるな」


「たぁぁぁぁぁッッッ!」


 二合、三合、四合。

 次から次へと繰り出される彼女の剣戟をユートどのは軽くいなす。

 バスタードソードの連激を数倍の重量の超巨大剣で易々と防ぎきる豪腕。


 打っては弾かれるこの状況は、明らかにもりそばどのが不利だった。

 どれだけ素早く斬っても防がれ、どれだけ渾身を込めても弾き返される。

 通常、武器で武器を受けるのは悪手とされているが、彼の剣は例外だ。

 鉄塊といっていい巨大さから盾にもなりうる大剣ならではの防御法。

 あれ一本あれば盾などいらぬ。攻防兼ね揃えた合理的な武器といえる。

 ただし彼のように竜に等しい常識を超えた膂力があればの話であるが。


「あの嬢ちゃんが、まったく相手になってねぇ……」


 イカルどのが二人の攻防を見ながら冷や汗を流す。

 彼女は荒削りではあるが間違いなく強い。現段階でもCランク相当の腕前。

 そんな彼女が兄にじゃれつく妹のように見えるほどあしらわれている。

 必死の顔の当代と余裕の貌の先代。文字通りに大人と子供の差であった。


「同じクラス同士の戦いは熟練と経験の差が如実に出るものでござるよ」


 堕ちたりといえどユートどのは元聖竜騎士。

 ドラゴン百匹斬りの難行を成功させ、邪竜王を討伐した正真正銘の英雄。

 レベルも違えばスキルの練度も当然に違う。

 戦闘の経験量においても歴戦の彼のほうが遥か先にいる。

 技術面だけではない。あれから八年が経過して少年は青年になった。

 当時14歳のヒュームの若造が普通に22歳になったとすれば。

 精神面はもちろんのこと肉体面も最も脂が乗った時期にいるはずだ。


 実戦から離れた多少の空白期間ブランクはあるだろうが、それでもなお……

 騎士見習いになりたての幼子がベテランに勝てる道理があるわけもない。


「もりそば、太刀筋に迷いが見えるぞ」


 加えて彼女の精神状態。これがよくない。


「今、お前はこう考えてる。なぜユートおにいちゃんがここにいるのか。

 趣味の悪い魔王がどこからか情報を見つけて偽者を用意してきたのか、

 それともシェイプチェンジなどの変身能力を持つ魔物が化けているのか、

 あるいは幻術か? 幻術じゃない? いや幻術か? また幻術なのか?

 最悪なのは俺が魔王に洗脳されて悪の尖兵に改造されたという欝な展開。

 本人の意思とは関係なく戦わされ、脳内で善と悪の心が葛藤している?

 ありきたりだが悪くない。王道は美学だ。しかしどれもこれもが不正解」


 ユートどのの煽りが彼女の心境にさらなる焦りを生じさせる。


「残念だが、俺は俺の意思でここにいる。現状も全て俺の選択した結果だ」


 彼の言葉に偽りは感じられない。

 なんらかの理由で彼が魔王側についたのは明らか。

 問題は、自分の意思で、大義をもって、その道を選んだのかどうかだ。


 本人の意思とは関係なく戦わされているのならば心に隙間がある。

 最愛の者を人質をとられて魔王との取引に応じた事情ならば迷いがある。

 洗脳され改造されて操られているのならば自我に語り掛ける手段がある。


 もっともマズイのは、それらがない確固たる信念の上で敵になった場合。

 彼なりの正義があり、忠誠に足る主があり、敵として立つ理由がある。

 その場合は説得してこちらがわに引き込むことは不可能。 


「もし俺が『こう』なった理由を知りたければ」


 正義の敵は別の正義。語り合うことは出来ても譲り合うことはできぬ。

 しょせんこの世は弱肉強食。最終的な権限は強者にゆだねられるもの。

 剣士が己の信念を誇示するために命懸けの真剣勝負を行うように。

 勇者と魔王の両者が分かり合うための手段は戦いのほかない。

 どちらの正義が優れているかを力をもって示すしか解決策はないのだ。

 

「一人の聖竜騎士として魔王の側近であるこのダークナイトを倒してみろ。

 お前の知りたい真実は俺の屍の先にある」


 勇者道とは死狂いなり──

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