The Gold Carp"RED Coliseum" ~その頃の大樹の聖女6~
無敵の龍がいた。最強の虎がいた。
【黒木勇斗語録・龍虎の拳 キャッチコピー】
異邦人がこちらに伝えた文学の中に『登竜門』という古事がある。
膺は声明をもって自らを高しとす。
士有り、その容接を被る者は、名付けて登龍門となす。
竜門山の大瀑布から生まれる激しい急流を溯り続けんとする一匹の鯉は、
やがて激流を抜け、大滝さえも乗り越え、やがて天に昇り、竜へ豹変す。
これすなわち大成へ到る険しき難関に挑み事を成す立身出世の理なり。
それを実現させた一人の漢を僕は知っている。
球遊びに興じる赤い鯉の群れを愛した一人の少年は、運命の悪戯で異界の
激流に呑み込まれ、艱難の運命に抗い、数々の関門を抜けて竜になった。
たとえそれが地を這う泥にまみれた土竜であったとしても竜は竜。
神竜騎士の道という竜門を登った鉄塊の土竜は金剛不壊にして巌の如し。
もはや彼は人とは呼べず、岩石が人の形をして立っているかのよう。
と、これまでボクは鉄人くんの人間性についてそんなふうに感じていた。
普段からの仏頂面の鉄面皮。己の意思を決して曲げない頑固一徹の性根。
己をあまり語りたがらず、地味で地道で堅実な仕事ぶりが彼のモットー。
良くも悪くもマイペースで、他人を信じず他人に頼らず常にソロ活動。
孤高ゆえに孤独な漢。これが地竜騎士ガッサーに関するボクのイメージ。
だったんだけど──
「なんかいきなり売店に向かったと思えば、なにそのカッコ……」
「広島東洋カープを応援する『カープ男子』の正装だがなにか?」
人間どこで隠されていた本性がむき出しになるかわかりませんにゃー。
「そういうわけだからドラネコもコレに着替えろ」
「うえーっ!?」
彼の手から押し付けられるように手渡される赤い運動着らしきもの。
それにはエーゴという異世界言語と異世界数字がプリントされていた。
「赤いね」
「ああ、赤いとも」
「これって返り血や失血を隠すためのクロースかなにか?」
「なわけないだろ。俺のオキニのチームのユニフォームだ」
「ユニフォーム?」
「本来のホームユニフォームは白なんだが、俺は赤のビジターが好きでな」
よくわかんないけど渡された赤い服を着ろということですからゃ。
見渡すと周囲の人々も似たような赤い服のかっこうをしていることから、
どうやらこの地に赴くさいに身にまとう礼装のようなものらしい。
たぶんそうなんだろう。さっき鉄人くんも広島の聖地と言ってたし。
当の鉄人くんもすでにこのまっかっかな正装とやらを装備済み。
いいとしこいたニーチャンが、これまた見事に堂に入ったもので。
「似合うね」
「生粋のカープファンだからな。八年のブランクはあるが錆びてはいない」
ムフンと鼻を鳴らす鉄人くん。
こんな無駄にハイテンションな彼をボクは始めてお目にかかる。
「広島東洋カープの本拠地『マツダスタジアム』にようこそ異世界の人よ。
全国のカープファンを代表して、異世界人のお前を心から歓迎しよう」
目的地についてから彼のテンションがどうにもおかしい。
「偉大なる鉄人衣笠先生。生粋のカープファンの一人として、この衣笠巌、
異世界からやってきた彼女を立派なカープ女子に教育してみせましょう」
「なんか不穏なこと呟いてるなぁ」
エスティの次元転移術式でユートくんの実家の最寄にあるセーブポイントに
ワープをして、シンカンセンという超高速トロッコに揺られること数時間。
あれやこれやの未体験ゾーンに翻弄されながらも、無事に広島駅に到着。
そこから直行で向かったのが、このマツダスタジアムなる闘技場だった。
「セーヌリアスでいうコロシアムに形状が似てるね。ほら、王都北区にある」
「用途は似たようなものだが正確には競技場だ。野球専門のな」
そう、これが今回の観光の主目的。
ボクたちは『べぇすぼぅる』なる異世界発祥球技の観戦をしにきたのだ。
この世界に詳しいエスティとユートくんから教えてもらった情報によると、
その球技は国家的なスポーツ興行で、国内にいくつものプロチームがあり、
さらに現在は今年度国内最強を決める最終戦が行われるとかなんとか。
「二つの勢力から勝ち上がってきたチームが七連戦で競い合うんだって?」
「そうだ」
グッと熱く拳を握る鉄人くん。
「広島東洋カープは1991年の優勝以来、四半世紀ぶりのセリーグ制覇だ。
聖竜騎士から日本シリーズ進出の報を受けたときは耳を疑ったもんだ。
俺がセーヌリアスに召喚される前の時代の広島カープは下位争いの弱小組。
大好きだったアライさんがFA宣言してカープを抜けたのは衝撃だったよ。
まさかこの八年でアライさんが帰還して、さらにチームも大幅強化されて、
セントラルリーグ首位を駆け登るほどの強豪になってるとは思わなかった」
「相手は?」
「対戦相手は北海道日本ハムファイターズ。こちらも10年ぶりの優勝狙い。
やつらも必死よ。これまでの五連戦の戦績は3-2で日ハム側が王手だ。
この五戦でどちらもホームでの勝率が10割という異常事態ときている。
ならば六回戦の戦場が本拠地の広島である以上、王手がかかっていようと
好きにはさせん! ここで3-3のタイにして、明日に勝利を捥ぎ取る!」
言ってることは固有名詞だらけだけど、内容はほどほど分かる。
ようするに鉄人くんのオキニのチームが優勝の一歩手前なわけだ。
しかし優勝決定戦のところで対戦相手に劣勢を強いられて崖っぷち。
そりゃあファンとしては熱も入るわけだよ。
さらにいえば自分の年齢よりも長い低迷期間から不死鳥のように復活して
25年ぶりの優勝という伝説的場面が見られるかもしれないという状況。
その土壇場をナマで見られる観戦チケットを司法取引のエサに使われれば、
さすがのカタブツの鉄人くんも取引に応じざるえなかったわけで。
「それにしてもこんな瀬戸際の闘いが予測される六回戦チケットをよく入手
できたもんだな。競争率の激しい日本シリーズで砂被り席のチケットとか、
ファンクラブの重鎮でもそうそう簡単には手に入らないプレミアムだぞ」
「エスティはこっちでもコネがいろいろあるみたいだからね」
ほんと、いったいどんな手を使ったのやら。
競技場に集う観客の数を見るだけで、この魔法のチケットの希少性が判る。
セーヌリアスにもこういった大規模な競技と大型競技場は存在するからね。
王都で開かれてるオリンピアの人気競技もファン同士の席の奪い合いだし。
「なんかいも同じこと言うけど、とことん赤いね」
「広島カープのシンボルカラーだからな」
観客たちが赤なら、競技場も見事な赤。
大陸東方では赤は魔除けの色とされていて、極東の港町では神殿から何まで
真っ赤だったのが印象的だったけど、ここもそれに匹敵するくらい赤い。
まさか近くの万屋まで真っ赤になっているとは徹底している。
「この様子だと内装も真っ赤なんだろうなぁ」
「当然だな。といっても俺もマツダスタジアムに入るのは初だがな」
「ファンなのに初めてなの?」
「俺が召喚されたときはまだ建設中だったからな」
コレ出来たのわりと最近なんだ。
「話をしよう。あれは今から8年、いや、12年前だったか。まぁいい……
俺にとってはつい昨日の出来事だが、きみたちにとっては未知の出来事だ」
ファン特有の一方通行ウンチクをいきなり語りだしましたよ、この人は。
「このスタジアムには複数の名前があるから、なんと呼べばいいのか……
たしか最初にできたときの名前は広島市民球場。昭和32年の頃の話だ。
半世紀以上の歴史で老朽化が進んだ広島市民球場は後年に建て替えが決定。
2007年の着工から俺が異世界に渡った翌年の2009年に完成に至る。
新しい球場はネーミングライツによる新名を与えられ、広島市民球場から
MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島、正式名マツダスタジアムとなる。
ファンの間ではマツスタやズムスタの愛称で親しまれているそうだ」
「ニホンにくるの八年ぶりなのに詳しいね」
「ここに到着するまでに必死で広島カープの現状を調べた」
ああー、だからシンカンセンでずっと読書とかしてたんだ。
「べぇすぼぉる……か」
競技場に訪れる客たちの数はとんでもない。
まだ試合開始前だってのに正門は入場待ちらしき長蛇の列。
指定席券でよかった。こんなの自由席で座れる気がしない。
「人気なんだね」
「かつての旺盛はなくなったが今でも国民的スポーツだからな」
「異邦人の伝えた王国の球技に『べぇすぼぉる』に似たのがあるよね」
「俺はアレを野球とは認めんぞ」
うん、ああいう舶来文化って現地風にローカライズされるからね。
だからボクとしてもこっちの世界のスポーツにとても興味がある。
過去に異邦人がもたらしてきた球技のオリジナルのひとつがここにある。
特定のチームのファンでなくとも好奇心の強いネコは未知に興味津々。
はたしてこの真っ赤な競技場の中にはナニがあるのか。
「じゃあ説明も済んだしさっさと行くぞ。途中ではぐれるなよ」
「了解」
ながいたびがはじまる──