The Gold Carp"Released Prison" ~その頃の大樹の聖女4~
『ヲヤスミ、ケダモノ』
【黒木勇斗語録・R-TYPE3 キャッチコピー】
「ちょっと待って! なんで鉄人くんのこと知ってるの!?」
「知っているもなにも、彼のことは五院だけでなく局内でも有名よ。
酔っ払って暴れるミケちゃんを抑えられる貴重な人材が来たって」
「そっち方面で有名なのかい!」
「もちろん隣国のスパイとして迷いの森で暴れまわった件は知ってます。
でも彼が地竜派の諜報工作員だのどうだのはこのさいどうでもいいの。
重要なのはミケちゃんを制御できる人を取り込めた事実のほうだから」
「制御って……」
「これまでタイヘンだったのよー。ミケちゃんの酒癖の悪さはほんとに。
前の縁談のときだって酔っ払った勢いで部族最強だった見合い相手を、
いともあっさりのして裸にひんむいてケツドラムして破談させたし。
二ヶ月くらい前だったわよね。公園で全裸ででんぐりがえししてるの
衛兵に発見されて、裸でなにが悪いとか叫びながら連行されてったの。
どちらも民衆に【いつもの】で片付けられたからよかったものの……」
なにも言い返せない。
「なんであれだけのスキャンダルを起こして支持率に影響しないのか、
お母様は不思議でなりません。おしごとのストレスが溜まっていて、
ついついお酒に逃げるのは分かりますが、あの脱ぎグセと絡み酒を
必死で抑え込む衛兵の皆さんも必死なのよ。ミケちゃん強いから」
にゃははは、酒癖サイアクのAランク冒険者とかタチ悪いですわ。
「でも、ここのところミケちゃんが酒関係でトラブル起こさなくなった
って信じられない話を聞いて、なにごとかと院に問い合わせてみたら、
なんでも司法取引で取り込んだ隣国のエージェントがミケちゃんを
うまくコントロールしてくれてるっていうじゃないですか」
「単なる飲み友達なんだけどにゃー」
「単なる飲み友達は酔い潰れたミケちゃんを自宅まで届けてくれたり、
酔って正体なくして脱ぎ散らかした服をまとめて回収してあげたり、
ストレス爆発させて暴れるあなたを取り押さえたりできませんよ」
「スミマセン。色々と後始末してくれる彼には頭があがりませんハイ」
たしかに鉄人くんが一緒に飲みにつきあってくれるようになってから
酒場でのトラブルや路上で寝てるの発見される事案が減った気がする。
べつに介抱を頼んだわけでもないのになぁ。自然とこうなってた。
うっかり酔い潰れたり記憶なくしたときには世話になりっぱなし。
ちゃんと介抱してくれるし、家に届けてくれるし、愚痴きいてくれるし。
よく院長たちに「あとでガッサーさんに謝ってね」とか言われてます。
かなりいかつい顔つきで突き放したような言い方だからコワモテだけど、
鉄人くんって根のほうは善人だよね。侠気心があって義理堅いというか。
んでもって無駄にお堅い。ゴツゴツした自然岩みたいに尖った堅物だ。
「誤解のないようにいっておくけど、鉄人くんとはなにもないよ」
「あら、あれだけの回数をお持ち帰りされているのに?」
「いや、ホントに。まったくぜんぜん。手だって繋いだ事も」
「お堅いのね。異邦人の英雄なら現地妻のひとつやふたりいてもいいのに」
たしかに堅い。
ユートくんみたいに現実の女が怖くて童貞こじらせのムッツリスケベなら
万年独身で『年齢=彼女イナイ歴』なのもまぁわかる。
でも鉄人くんってそういうタイプじやないんだよね。
ヤるときはヤるタイプに見えるし、同性愛好者や不能の気配も感じない。
あっちの世界でも二十代前半なら繁殖期最盛期。いたって健全な青年だ。
なのに女性関係のカの字もないってのはカタブツにもほどがある。
ユートくんですら女友達ならそれなりにいたってのに。
「諜報部の身辺調査でも隣国に女の気配はなかったって」
「女も樽体型で髭面なドワーフは異邦人の美的感覚では難しいわね」
「ユートくんも言ってた。なんでドワーフ娘はロリっ子ではないのかって」
「……あっちでドワーフがどんな容姿で伝わっているのか興味があります」
お母様、世の中は知らないことが幸せってこともあると思うんだ。
あっちの猫獣人を取り扱ってる作品の性的趣向の傾きっぷりが……ね。
でも発情期のうちらってだいたいあんな感じだから困る。
「異邦人で神竜騎士でエージェントなら女のほうからワラワラと寄ってきて、
全国の童貞の夢であるチートでハーレム状態になってもおかしくないのに」
諜報部員ならボンドガールとかいう任務毎の現地妻を作って駄菓子みたいに
ボリボリ食い荒らすモンなのに、それがまったくみられないというね。
英雄色を好み、据え膳を食わねば男の恥。それらの格言を真っ向から無視。
いったい鉄人くんはこれまでどんなストイック人生を歩んできたのやら。
その気になれば酔い潰れた自分を襲う機会なんていくらでもあったのに、
そういう気配はいっさいナシで、それどころか全裸になろうが絡もうが、
ユートくんみたいな純情童貞によくある狼狽のひとつもみせやしない。
もしかして鉄人くんってホモかロリコンなんじゃ……と彼の性癖と嗜好に
不安さえ感じる。
「つまり地竜騎士ガッサーは狙い目の優良物件ということになりますね」
しまった! 自ら墓穴を掘った。
「ミケちゃん、種を埋めよ増やせよの言葉は知っていますね?」
「あ、うん、これでも国家のトップだし一応は」
うわー、お母様が説教モードに入った。
ここからが長いんだここから。まず国の成り立ちから入るから。
「フォートリアが建国されて六百年。かつてはゴブリンと同類の蛮族として
扱われ、原始人のような生活を送る森の獣にすぎなかった我々でしたが、
始祖たちの活躍でハイエルフの奴隷の座からいっぱしの狩猟民族に出世し、
以降は氏族がヒューム文化に溶け込むことで立派な文明を築きました」
「それ耳にクラーケンができるくらい聞いた」
「ここまではいつもの歴史の話ですが、今回はちょっと流れを変えます」
流れ?
「現在、我々『猫獣人』に太古からの純血種はほとんどいません。
森林地区にいるごく一部の原理主義部族のみが原種の血を守っていますが、
フォートリア圏に住む猫獣人は九割九分が雑種。その意味はわかりますね?」
「ヒュームとの混血が進んでいるから?」
「その通りです。猫獣人はオスの出生率が非常に低い種族です。それゆえに
女尊男卑の文化と一夫多妻制の婚姻関係が基本として根付いてきました。
そのため同種族同士の純潔交尾ではなかなか人口は増えませんでした。
それどころか親戚同士の交配が進み血が穢れて滅んだ部族もありました」
危険な配合の近親交配で遺伝病マシマシになって子孫が続かなくなる。
狭い村社会ではよくある話だにゃー。
古い慣習に囚われている原理主義氏族の一夫多妻制になるとさらに酷い。
族長となったオスが自分の娘や孫娘とも交尾するなんて普通だし。
そんなこと続けてりゃあ、当然に種族存続の危機に陥るわけで。
「原住民として慎ましいアニミズム文化を営む分には少数民族でも問題は
なかったのです。しかしそれなりの文明を手に入れ国家の体を成すほど
ひとかどの民族として独立を果たした現代の我々はそうもいきません。
長命ゆえに種族繁栄の意識が薄く繁殖に興味のないエルフ族とは違い、
ヒュームと寿命の変わらない我々には国威発揚の人口増が必要でした。
いくらグローリア王国との盟約で不可侵条約が結ばれていたとはいえ、
建国時のフォートリアは都市にたかが数百人の人口という超弱小国家。
聖王ベリアが去った後のグローリア王家は、いつ掌を返して盟約破棄を
してくるかもわからない状態。この国には富国強兵策が必要でした」
「そこで打ち立てられたのが人口政策確立綱項に基づくアレなスローガン、
伝説の『埋めよ増やせよ種を撒け』。ヒュームとの婚姻の推奨だっけ?」
獣人族とヒュームはかなり種が近いらしく交尾で子を育める。
妖精族であるエルフよりもはるかに受精率が高いという。
ヒュームは繁殖力が高い。種として弱いけど持ち前の性欲で増えまくる。
だからハイエルフがいなくなったあとの大陸で、圧倒的な数の暴力により
戦闘民族として優れていたドワーフや獣人を押しのけて覇権を握った。
彼らは異種族交配もお手の物。
獣人族以外にもエルフにゴブリンにオークにオーガと交配対象も様々だ。
さすがに両方の特性を備えた新種を産めるほどの種の強さはないらしく、
生まれてくるのはヒュームか異種族のどちらかが基本。
ちなみに猫獣人の場合のヒュームとの交配は母系が猫獣人なら100%で
子供も猫獣人として誕生するというデータが出ている。
うちら以外だと父系遺伝子のほうが強いらしく父親がヒュームならば、
産まれてくる子供は八割近い確率でヒュームとして生まれるらしい。
その逆もまたしかり。
文明化される以前は同種繁栄のために人間の女を攫う妖魔も多かった。
あっちでゴブリンやオークによるアレな薄い本が流行るわけだよ。
その妖魔も近年の文明化政策の波を受けてマトモになったけどね。
二代前のダークエルフの女王が妖魔たちの文明改革政策を行い始めた
二百年前まではほんとに繁殖目的の農村略奪行為が酷かったそうだ。
そりゃまあ冒険者の討伐対象として長らく愛されるわけだよ。
二百年前のオーク・オーガ・ゴブリンは今と完全に別種とまで言われ、
まだまだ二等市民の扱いだけど王都領でもそれなりの地位は確立してる。
現実にあった薄い本ネタが、いまでは「ねーよw」とフィクションだけの
おはなしとして扱えるようになったのって歴史的な快挙だよね。
「埋めるならば良き種を。品種改良は新たな血によって作り出されるもの。
原種を守り続けることも大切ですが、それは進化の袋小路でもあります。
強き子を産めるなら混血は悪いことではありません。そうではなくて?」
「あー」
もうわかった。
お母様がなにをいいたいのかよーくわかりました。
「つまりフリーになってる鉄人くんを射止めてみせろと?」
「良いオスの種を狩る。それが狩猟民族である我々の本懐ですよ」
このときのお母様の目は完全に狩猟者のそれでした。