The Gold Carp"Cait Sith Zone" ~その頃の大樹の聖女1~
きみがいつか見た物語は、終わらない旅の途中だったんだ。
【黒木勇斗語録・ワイルドアームズ アルターコードF キャッチコピー】
ネコはとても旅が好きだ。
見知らぬ森、見知らぬ道、見知らぬ町、見知らぬ国、見知らぬ地を渡り、
背負い袋と長靴だけを友にして、好奇心のおもむくままにぶらり一人旅。
耳長どもみたいに狭い森の縄張りに引き篭もり続けるなんて無理。
かわいいネコには旅をさせよ。かわいくないネコにはもっと旅をさせよ。
たとえ好奇心がネコを殺すことになっても、我々は尻尾を立てて旅をする。
それはフォートリア建国の主である初代女王から続く血の業。
この僕、大樹の聖女タマことミケ・シャムコラット・マンクス(以下略)が
堂々と胸を張ってそう言うんだから間違いない。
だけど僕たちも昔から『こう』だったわけじゃない。
かつて猫獣人の緒氏族はゴブリンと同格の原始人だった。
自然信仰主義といえば聞こえはいいけど文化的に遥かにヒュームに劣り、
森に隠れ住むほとんどモンスターと大差のない蛮族的な存在だったらしい。
古代ハイエルフ文明の崩壊後、奴隷階級のに末端にいた獣人の身の上から、
千年前の大陸七央政権時代までの間にエルフやドワーフに匹敵する大種族に
躍り出たのは、先祖が人間の知識で外の世界の魅力に気付いたからだ。
ネコのフットワークは軽い。高台にも狭いところにも悠々と入り込む。
千年前にはもう猫獣人といえば流浪する民としての地位を確立させていて、
大陸を席巻していたヒュームの国家で腕を振るう傭兵として活躍していた。
ネズミ捕りはお茶の子さいさい。生粋のゲリラとして敵兵狩りもお手の物。
冒険者になる者も亜人種ではエルフやドワーフを押しのけトップだった。
猫獣人は生まれもっての狩猟者。戦争と冒険は彼らの適材適所だった。
大陸が七つの小国と皇国によって統治されていた七央時代が終焉を迎え、
聖王ベリアと魔皇帝の人魔聖戦が勃発する少し前。
群雄割拠の戦国時代の真っ只中で一匹の長靴を履いたネコが誕生した。
大陸南方に森竜神を祀る小国を作り上げた猫獣人『ケットシー』。
三獣士なる尼僧の共を連れて80日間をかけた大陸一周の巡礼の旅を経て、
彼女はこれまでエルフに継承されてきた『大樹の聖女』の座を戴冠。
以降、南方のシンボルである世界樹の管理と守護はケットシーの末裔により
行われることになり、百年後に五代女王バステートと聖王ベリアとの契約で
はれて大陸に名だたる国家としてフォートリアは六百年の繁栄を得る。
それもまた少年ベリアとともに旅をしたバステートの流浪癖があってこそ。
ケットシーの子らである僕たち南方猫族は真面目にガチ勢の流浪人ぞろい。
老若男女おそらく誰一人としてひとつの国に留まり続けられた者はいない。
多かれ少なかれ、なにかと理由をつけては一度は国外に飛び出す運命。
自分の森の縄張りからは一歩も出ようとしないエルフたちとは対極である。
特に女系は家出傾向が強い。より優秀なオスを探す本能もあるんだろう。
母もそうだったし、祖母もそうだった。たぶん御先祖も大半がそうだろう。
僕の父親は一介の冒険者のヒュームで、母が強奪同然に連れてきたとか。
母系が獣人だとヒュームとの異種交配で生まれる子供は100%で獣人。
なので血統で父親が獣人でないケースは特に珍しくない。
というか猫族の男子の出生率が低いのでそういう進化をしたっぽい。
聖女の後継者たるもの品格ある淑女であるべしと吹聴していたお母様も、
その実、ケットシーの系譜の血は争えなかったというわけだにゃーと。
そんな一族の生まれだから、当然にボクも若い頃はやんちゃだったわけで。
ん? 今もだろって? いやいや、これでもかなり落ち着いたほうだよ。
もうさすがに暴れん坊プリンセスだった当時の活力はありませんにゃ。
七大魔王との戦いから既に8年、僕もいいとしぶっこいたおねえさんです。
思えば僕も若かったよ。大樹の聖女の後継者としての責務に耐えかねて、
短剣一本ときのみきのままで祖国を飛び出したのが13歳の頃。
野生の勘と子猫の好奇心に誘われるままに大陸を巡って100日あまり。
その旅路の途中で偶然の巡り合わせからユートくんと出逢うことになって。
そこからはもう御存知の通り、運命に導かれるように邪竜王退治へ一直線。
魔界を統べる邪神を退けた大先祖バステート様にはさすがに負けるけど、
僕は僕なりに、とても壮大でアンタヤルーニャな旅をこなしたと思う。
少なくとも若き日の過ち度合いでは確実にお母様に勝った。
でもまぁ、うん、冒険者としてはそこそこやれはしたんだけどね。
こうやって政治がなんだ社会がどうだと大人の生活を送るようになって。
為政者の立場がこんなにタイヘンなものとはと親の偉大さを知るわけよ。
ぶっちゃけお母様のこと嘗めてましたハイ。
若き日に味わった旅の経験は確実に大人の今になっても生きている。
見聞を広め、他国を知り、探求と探検を繰り返し、世界を五感で学んで、
これまでの旅で培ってきた様々なものが意外と政治や社交で役立ってる。
今ならわかる。ご先祖たちが旅を推奨するのは社会勉強のためだと。
酸いも甘いも嗅ぎ分けて出逢いと別れの経験を重ねて立派な大人になる。
御先祖たちが長靴を履いて体験した旅は、成人になるための通過儀礼。
だけど、ひとつ旅を終えた程度で故郷で生涯を終えるほど僕は甘くない。
僕はけっこうな欲張りさん。魔王退治で満足な安い好奇心は持っていない。
そうなのだ。
タマの未知を追い求める冒険はまだはじまったばかり!
三つ子の魂は百までで、御転婆姫は百万回死んだって懲りやしない。
院の連中に仕事を押し付けて、長靴を履いての旅は新たなるステップへ。
「つーわけで」
僕はここにきて未知なる甘露を知る。
過去、千年近くにわたって先祖たちが行ったどの旅よりも未知数の旅。
大陸の末端ではない。七海の果てでもない。天界でも魔界でもない。
それすら飛び越えた遥か彼方! 時空を駆け抜けた世界のむこうがわ!
「はるばる来ました! 異世界チーキュー!」
トンネルを抜けるとソコは日本だった。
着のみ着のまま長靴を履いたネコの旅はついに異世界まで及びました。
これだよこれ。なにもかもが未知。これこそが旅の醍醐味だよ!
この異世界渡航のお膳立てをしてくれたエスティに感謝。
「うおおおおおお! 鉄の馬なし馬車がいっぱい走ってるー!」
砂利らしきなにかでガッツリ舗装された街路を走る車に驚いてみたり、
「うほーーーーっ! ほんとに右も左もバベってる石の塔だらけー!」
伝説のバベルの塔もかくやの高層タワーがならぶ景観に仰天してみたり、
「やばい。一般人がAクラス冒険者や王侯貴族しか持ってない通信機器を
あたりまえのように使ってる……ていうか映像機器の発展がハンパない」
王都中央でやっとこさラジオ放送が一般層に普及し始めている御時勢に、
こっちの世界は魔術師ギルドの上位階級しか所持できない映像魔道具を
ポンポンと店頭に並べている始末。なにこれ? 神の世界かここは?
「戦国時代から現代にタイムスリップしてきたみたいなテンプレ反応だな」
ここは異国にして異世界。
なにもかもが未知で未体験で驚愕の連続。
もちろんそんなところに別の世界の住人が一人でこられるわけもなく。
「まぁまぁ、こうやって大げさに驚くのも旅の様式美みたいなもんだから」
僕は日本生まれの異邦人、鉄人くんと一緒に修学旅行を愉しんでます。
うんうん。持つべきものは悪友だよ。もっててよかったコネクション。
聖女の仕事? ンなものは知らんにゃ! そんなことより観光にゃ!