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La Pucelle"Part Timer X" ~その頃の火焔の聖女7~

          もう、勇者しない。


     【黒木勇斗語録・MOON キャッチコピー】


 それからだいたい一時間近く経過して──


「戻ったぞクソが……」


 憔悴しきった顔の獅子舞がVIPルームに帰ってきました。

 こんな疲れきった顔の火竜神さまをみるのは初めてっすわ。

 といっても、こっちも主神の顔芸を楽しんでいられるほどの余裕なし。


 自分も解読不能な固有名詞だらけの奥様トークにつきあわされ衰弱中。

 恐怖のナナコ劇場。さすがにもうついていけないですゴメンナサイ。

 この天然ものと七年間も付き合えたエスティエル先輩、マジで大天使。


「予定より25分くらい遅かったっすね」

「向こうでオフクロにしこたま説教されてたんだよ。察しろ」


 おつかれさまっす。普段から素行に問題ありまくりっすからねー。

 実家に戻った途端、ここぞとばかりに親が説教してくるあるある。

 どうせ妹神の海竜神さまと水竜神さまにセクハラして泣かせた件とか、

 昨年の神在月の会合のときに酔っ払って地竜神さまと喧嘩した件とか、

 隙あらばアバター使って地上に降りて浮世で好き放題をしてる件とか、

 叩いたらホコリどころか火山灰がバンバンでてくる問題児っすもんね。


「どこまで進んだ?」

「ナナコさんのユートさん自慢が三週目の中盤にはいったあたりっす」


「そっちじゃねーよ……つーかループしてんのかよ……」

「終わりのないのが終わり……それが息子自慢の憂鬱エンドレスユート……」


「一時間かけてまったく話が進んでねーってのだけは分かった」

「半日くらいの体感時間だったっすよ……」


 たぶん今夜は悪夢にうなされる。


「あらあら、もうそんなに~? ついつい長々と話し込んでしまいました。

 えーっとぉ、途中でユーくんがちっちゃいときの思い出ばなしになって、

 なんかだいぶ脱線してしまいましたが、特典の説明の途中でしたっけ?」


 脱線どころかせんろを飛び越えて異次元まで話題がスッ飛んでたっすよ。


「んで、本筋はどこで止まったんだ?」

「特典限定クラスの話題のところで話が息子自慢にズレました」


「まさかとは思うが、息子に倣って神竜騎士のクラスを選択したんじゃ……」

「まぁ、最初はその流れになってこちらもヒーコラしてたんすけど」


 やっぱり神様もソレだけは勘弁してくれの空気。

 そうでなくてもブッ壊れ性能で手駒として扱いづらい神竜騎士クラスなのに、

 そこからさらに八属性最大の火力持ちとして名高い火竜騎士の能力と称号を

 この人に与えたりなんかしたら、どんなハチャメチャがおしよせてくるか。


「神竜騎士クラス獲得のための連続クエストと主婦業とのおりあいつかずで、

 別の特典クラスを選択しますということで話が落ち着きましたっす」


「ああ、ぶっこわれクラスなだけに試験も兼ねたマゾ向け前提クエストが

 三つも四つあっからな。まず冒険者レベルを30にしなきゃいけねーし」


 言えてる。

 神様がどれだけ手駒をひいきにしてるかで難易度も変わるみたいですけど、

 基本的に神竜騎士になるにはトンデモ難易度のクエスト達成が不可欠。

 それまでは騎士見習いの下積み期間として前提クエを頑張ってもらう。


 ユートさんも聖竜騎士の正式認可を受けるのにドラゴン百匹斬りとかいう、

 腕の立つAランク冒険者も失禁する無茶ぶりされてましたもんねぇ。

 ヒィヒィ言いながらもクエスト達成したあの人もたいがい変態ですけど。


 八年前に四人も神竜騎士を出すという救世主のバーゲンセールが起きて

 勘違いされがちになってるけど、本来は神竜騎士は途方もない神クラス。

 これまで何百という不世出の天才や稀代の神童が神竜騎士の試練に挑み、

 その九割が見習いの試用期間で挫折した事実からも至難さがうかがえる。


 あの天才児のもりそばちゃんですら見習い期間をこなすだけでヒーコラ。

 光の寵児とか聖王の再来と呼ばれた超天才ディーンでようやく合格。

 それが普通。そんなホイホイと正規の神竜騎士になれるほうがおかしい。

 まともな常識人ならカガリさんやハカナみたいに別の職を選ぶ。

 ユート、ガッサー、アハトス、この異邦人たちが脳みそイカれてただけで。


「そうなんですよ。ユーくんと同じ最上級クラスに興味はあるんですけれど、

 主婦と冒険者の二重生活でこちらの世界と自宅をいったりきたりしながら、

 長期の前提クエストを複数こなしていくのはさすがに難しいと思うんです。

 仮想のネットゲーと違ってリアルなセカンドライフオフラインともなると、

 離席どころか家そのものを離れるわけで、夫と娘をほったらかしにして、

 家事も放棄して何日も冒険のために家を空けるのはさすがに憚れまして」


 これが神竜騎士を諦めざるえなかったナナコさんの弁。


「次点で『変身士かわりみし』を希望だそうで」

「全クラスのスキルを習得可能ってアレか。これまた玄人向けを選択したな」


「アレも前例こそ少ないですが、かなりの壊れ性能っすよね?」

「使い方によりけりだが、直球で性能がヤバい神竜騎士よりはマシだろ」


 ナナコさんはかなり『変身士』の説明に食いついていた。

 このクラスは遊び人クラスの最上位で、物真似士と双璧をなす芸人クラス。

 あらゆるクラスのスキルを習得できて、さらに全基本クラスに変身が可能。

 汎用性と芸の幅広さでいえば全クラスで最高峰といっていいかもしれない。

 ただし本職には及ばない下位互換ため万能なんだけど中途半端という……


 自分的にはなんにでも成れるけどなんにも極められないクラスという印象が

 強い『変身士』なんだけど、異邦人にしかわからない妙味があるのかも。

 特に前提クエストもなくすぐになれる最上級職というのも魅力なんだろう。

 

「んで、二重生活とか言ってるが、例の天使経由で話をつけたのか?」

「エスティエル先輩には事後承諾でなんとかしてもらうっす」


 たぶん初任給がカラッケツになるまで飯おごらされるんだろうなぁ……


「まだ天空の聖女に話をつけてないんなら好都合だ」

「はい?」


「オレとしても聖竜神ジジイにカリをつくるのは気にくわねぇからよ」


 神様は懐から一枚の鍵を取り出すと。


「クロキナナコだったな。こいつは上からの選別だ。もっていけ」


 ナナコさんの前に無造作においた。


「鍵……ですか?」


 見た目はちょっと小奇麗な装飾と意匠が施された古いタイプのキーだ。

 シーフ職のキーピックや開錠スキル対策で錠前の構造が複雑化したため、

 近年の都市圏ではとんと見なくなった旧時代的な鍵デザイン。


「ああ、鍵だ。ちょいと特別製のな」


 特別どころじゃない。

 聖女である自分にはわかる。一見では鍵型のアクセサリーに見えるけど、

 これは神の力を宿した神器の一種。聖遺物クラスのマジックアイテムだ。


 どの錠の鍵穴に対応しているのかも判別しずらい独特のカタチを見るに、

 鍵の形状をしているのはおそらく『開く』というイメージ的なものから。

 本来の用途は開錠の理屈は同じでも次元の異なる別物と考えられる。


「こいつはあんたが住んでいる世界とセーヌリアスを繋げる次元門の鍵だ。

 その鍵があれば多少の条件はつくが、好きなときにこちらへ渡航できる」


 んなっ!?


「火竜神さま!? それって『神々の道』の通行許可証ってことじゃ……」


 次元の位相が異なる世界同士の行き来は神にしか許されない禁忌だ。

 世界同士が繋がる次元の通路は常に門の神に守護および管理されていて、

 偶発で発生する次元のひずみに呑み込まれ転移するなどの事故を除けば、

 人間が異世界間の通路に干渉することは不可能に等しいといっていい。


 神様の従者である聖女も知識程度でしか知らない『神々の道』。

 世界同士は隣接しているけれど、連絡通路を使えるのは神々の特権。 

 異世界人を召喚することさえ神の同意がなければ不可能な難行なのだ。

 そもそも異世界を好き勝手に渡るエスティエル先輩が非常識の極みで……


幻竜神オフクロが少しばかり試してみたいことがあるんだとよ」

「幻竜神さまが?」


「どこぞの腐れ天使が境界を好き勝手に越えまくっているせいでここ最近、

 隣接する世界同士を遠ざけてる結界壁がガバガバになったらしくてな、

 この世界を次のステップに移行させるのに都合がいいとかなんとかでな」


「ナナコさんを自由にこちらに招くテストケースとして使ってみると?」


「そういうことだろうな。オレにもあの女の考えてることはようわからん」


 幻竜神は時を司る神にして、このセーヌリアスの次元を守護する門の神。

 異邦人を招く許可も最終的にかの女神の承認を得て初めて行使される。

 健在、地上を守護する八大神の母神にあたる幻竜神がこの世界の最高神。

 その最高神の通達とか、もう自分程度の存在じゃ途方もない話すぎて。

 

「まぁまぁまぁ、ではわたしはいつでもこの世界にログイン可能なんですね」


 ログインってなんだ?


「出入口の扉はこちらで設定しておく。一番都合のいいのはアンタの自室と、

 この冒険者ギルド酒場の空き部屋だな。それなら人目にもつかねぇ」


「そうですね。そうしていただけると助かります」


 とりあえず話がこちらの都合のよい方角に向いてくれて助かりました。


「ユーくんが知ったら驚くだろ~な~。おかーさん冒険者になっちゃった☆

 なんと奥様は魔女ならぬ勇者だったのです! なーんちゃって♪ ふふふ」


 異世界を繋ぐ鍵をうっとりとした目で見つめながらナナコさん。

 世界の根底にも関わる大変なシロモノを大変な人に渡してしまった。

 神様、次元の門は管轄外なんで自分は責任もちませんからね。


「クラテル」

「なんすか?」


「面白半分に火種を投げ込もうとしたら自宅が全焼した気分だわ」

「火遊びなんてするもんじゃあないっすね」


 火の用心 召喚一本 火事のもと。

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