La Pucelle"Summon étranger" ~その頃の火焔の聖女2~
人類よ。これ以上、何を望むのだ。
【黒木勇斗語録・真・女神転生 STRANGE JOURNEY キャッチコピー】
冒険者ギルド酒場VIPルーム。
ここは特殊クエストなどあまりおおっぴらに出せない依頼の打ち合わせに
使用され、盗聴や盗視などの魔術にも対応した結界が張られた特別室。
ここを使用することを許されるのはAランク以上の冒険者あるいは貴族、
そうでなければ神殿の高僧クラスや宮廷魔術師級の賢人くらいだ。
もしそれ以外でここでないと話もままならない人物がいるとするなら。
「タバコねぇ?」
「ここは禁煙っす」
神殿最高権威の聖女や一国の王すら凌駕する存在、すなわち神様くらいだ。
「なんかゴテゴテしてけったくそ悪い部屋だな。一般席じゃいけねぇの?」
「とても昼飯のついでに話すような軽い内容でないのは予想つきますんで」
あんまり世間様に知られたくないんすよねぇ。特に信徒のみなさんには。
この目の前で爪楊枝を唇で上下させているチンピラが八大神の一柱である
火竜神のアバターだなんて知られたら、また神格ランクが落ちかねない。
信仰シェアを争う人気投票で聖竜神や光竜神に負けるのはいいっすよ。
あの二柱は聖と光という万年ツートップの国教持ちの実力者っすから。
一方でうちのは噴火や火事の荒っぽい災厄のイメージから荒神の扱いを
受け続け、実際に破壊神じみた粗暴な神性で怒らせるとガチで祟る火竜神。
そんな一般受けしない性分で信者もドワーフを筆頭とした鍛冶屋メインで、
あとは火山付近に住む山の民や、それと料理人や火消しなど火を取り扱う
職業の人くらい。火の神は短気で祈りを怠ると祟るからなおさらです。
おかげで戦闘力は八大神でも屈指なのにシェア争いでは常に中堅争い。
火という汎用性からマイナー神の地竜神や森竜神にはいつも勝ってるけど、
近年、黒焔王の焼き討ちが火のイメージ悪くして風竜神に三位奪われたし。
うちの神様は実は下町のチンピラ兄ちゃんですなんてとても言えません。
どこかでボロが出てコワモテのイメージが崩れたらと思うと……
「別にオレは酒飲んでモクふかしながらでも一向にかまわねぇけどな」
「ええ、酒飲んでモクふかしてましたね。人足のみなさんとわきあいあいで」
おかげでVIPルームに連れ込むのに一時間かかりましたよ。
・バーの扉が蹴りで開けられる。
・注目の的の中で一人ミルクを頼む。
・「ミルクだとよ」「ここはガキの来るところじゃねえぜ」と囁く荒くれ。
・そして「坊やはママのオッパイでも吸ってな」の一言で大喧嘩開始。
・ひととおりボコりあったところでなぜか仲良くなってドンチャン騒ぎ。
・この酒はオレのオゴリだと金貨を出して他の客も巻き込みヒートアップ。
・酒を飲みにきたんじゃねぇとか言っといてバッチリ飲んでるじゃん。
・唖然としながら見守る従業員。神様の乱痴気騒ぎに頭を抱える自分。
・客の一人が「神降臨」とか言い出して「そう、オレが神だ」とか叫ぶ。
・さすがにヤバすぎるのでVIPルームに連行←いまここ。
「いいじゃねぇか酒場なんだから人間どもと派手に騒いだってよ」
「そういうのは用事がすんでからお願いします。だいたい火竜神さまは──」
「わーた、わーたよ、うっせぇなぁ。ちっ、反省してまーす!」
「ちっとも反省していない。こんな姿を信徒の方々が見たら嘆きますよ」
なんでうちの神様はこういう荒っぽいお祭り騒ぎが好きなのか。
「おめぇ、最近ますますババアに似てきたな。教育が行き届きすぎだろ」
「オババさまの後継者ですから。では火焔の聖女として説教をひとつ」
「悪かった。だから標準語で喋るのやめろ。お前が訛り忘れるとマジ怖ええ。
下界に降りるのは十数年ぶりなんでよ、ついついハメをはずしちまったわ。
なんせ大戦中は邪竜神との紳士協定で地上への過干渉は厳禁だったからな」
「わたしも驚きましたよ。いつのまにアバターを新調なされたんですか?
先代のころはオババさまに合わせて初老の男性のアバターでしたよね?
気付くのに時間かかりましたよ。こういうのは事前に神託をですね……」
「怒ってる?」
「怒ってます」
もう方言で喋らなくなってる時点で察して下さってるはずですが?
「あとで大神官に日持ちする故郷の食い物を送らせるから機嫌なおせ」
「んで、火竜神さま直々に自分に用事ってなんなんすか?」
「ほんと切り替えが早えなおめぇは」
「オババさまの教育のたまものっす」
ロクでもない用事なのは予想つくっすけどね。
「んとな、おめぇがちゃんと頑張ってるか見に来たってのが第一の理由で、
ここのとこ下界にちょこちょこ頻繁に降りてる光竜神に触発されて観光を
したくなったってのが第二の理由。そんで第三の理由が今回のメインでな」
そこで火竜神さまは一呼吸おいて、
「マリファナない?」
「大麻はグローリア王国領とフォートリアじゃ御禁制っすよ」
「ちっ、しけてんな」
「口元が寂しいならさっさと火山に帰って大人しく噴煙でも吸ってろっす」
「おめぇ、ちょっと砕けたっつうか口が悪くなったな。誰の影響だ?」
「箱入り娘のままじゃ冒険者ギルドの受付嬢はつとまらないっすから」
「いい返事だ。社会勉強のために下山させたかいがあったってもんだぜ」
「まさか御神酒のドワーフ酒に飽きたから降臨したとかいわないっすよね」
神様が人間の身体に魂を移しておしのびで下界に降りる。
地上のありようを見守るものとして、一部の神様が頻繁にやっているこれ。
神話の時代から神様が人間と地上に直接的に介入することは御法度なので、
信徒にも内緒とはいえこういうのはあまりやってほしくないのが本音。
神が地上に降りすぎるとあらぬ不安を掻き立てることになりますから。
また強大な災厄が地上に訪れるんじゃね? とか深読みされかねないし。
それで降臨した理由が酒呑みたくなったからとか言われたら、もう胃痛。
大戦中、魔王軍にカチコミかけようとしてた神様を抑えてた先代は凄い。
あの人にはもう半世紀くらい頑張ってほしかった。寿命って悲しいです。
「ババアのことでも考えてんのか? 辛気臭ぇツラをしてんじゃねーよ。」
「むっ」
こういうところはさすが神様。おもいっきり内心を見透かされてた。
「黒焔王の侵攻を止めるために死んだババアを忘れるなとはいわねぇが、
あれから八年も経過してんだ。いいかげんにトラウマを乗り越えな。
そんなんだからてめぇはいつまでたっても半人前以下の聖女なんだよ。
ババアが連れて来た異邦人のガキなんざぁ、あの悲しみをバネにして……」
そこまで言って火竜神さまは言葉を濁した。
「らしくもなくつまんねぇ説教なんざしちまった。異邦人の件で思い出した。
その第三の目的ってのが今期の異邦人召喚で、おめぇの力を借りたくてな」
「はい?」
えーと、待ってください。
「今期新しく異邦人を召喚するというのは分かるっす。すでに聖竜神派からも
迷宮王の復活に備えた次世代の神竜騎士の派遣の報告が伝わってますから」
「おう、火竜大神殿にも伝わってるよ。聖竜神のエロジジイが、妹系美少女の
聖竜騎士をデビューさせたぞと写真持って大神殿まで自慢しにきやがった。
わかってねぇよなあのジジイは。尖兵にスカウトすんならボーイッシュ系の
体育会系美少女だろうがよ。あのガキは最高だったな。オレ好みだったよ」
シュミまるだしっすね。
「ああ、クラテル、おめぇも最近イイセンいってるぜ。ジャージはダサいが、
その泥臭さはアリだな。向こうの世界で言えば運動部のマネージャーか。
おめぇの着てる運動着、誰がよこしたのかしらねぇがシュミは悪くねぇな。
オレとしてはブルマーよりもスパッツかショートパンツのほうが好みだが。
こう、なんつーか、もうちょい筋肉と脂肪がケツと胸に集中してると……」
「……誰が好みのタイプの話をしろと言いました?」
「そうやってすぐキレんなよ。これだから思春期のメスガキは苦手なんだ。
つまりだ、迷宮王の孫娘だったか? そいつがいまこのフォートリア領内で
面白いことをやらかすって天界で話題になっててな、その件にオレも一枚、
ガブリと噛み付いてやりたいわけよ。火神らしく火種をポーンってな」
「つまり火竜神派から一人、神の尖兵を送り込みたいと」
「話がはええじゃねぇか」
あなたが脱線しなければもっと早かったんすけどね。
「魔王にはライバルとなる勇者が必要だ。となりゃ火種はデカいほうがいい。
聖竜神は百年に一人の逸材を現地民から見つけて神竜騎士にスカウトした。
そうなるとオレとしちゃあより大きなインパクトのある人材を派遣しねぇと
二番煎じでカッコがつかねぇ。それならやっぱ異世界人の派遣が一番でな」
「火竜神さま、自分で無茶を言ってるの分かってて喋ってるっすよね?」
異世界人の召喚には神の石と呼ばれる媒体が必要不可欠。
それは神ですら百年にひとつ生成できれば早いほうとされる貴重品。
火竜神さまは前回の大戦で手持ちの神の石を使用して召喚の儀を行ってる。
現在生成中の神の石もあと五十年はかかるってオババさまが言ってた。
「おめぇの言いたいことは分かる。神の石をどうするんだってことだろ?」
「そうっす、次の神の石の完成には、あと五十年はかかるはずっすよね?」
自分の発言にニヤリと神様が口元をゆがめる。
「もし神の石のストックが手元にあるとしたら?」
「魔王から剥ぎ取ったやつは粗製品で帰還用にしかつかえないっすよ」
「そうじゃねぇよ。ちゃんと時間かけてオレが生成した火神の石だよ」
「んなもんどこから調達したんすか? まさか時間加速の禁呪とか使って」
「やってねぇよ。ンなことしたら他の神々全員にフクロにされちまわぁ。
たまには数百年ぶりに掃除すっかと倉庫に行ったときに見つけたんだよ」
「できたら神器の整理整頓は毎年の末にやってほしいんすけどね」
「話をズラすなよ。たまたま偶然だったんだけどな。掃除中に昔に生成して
すっかり忘れてガラクタ山に埋まっちまってた神の石を発見したんだわ。
さすがに保存が悪くて経年劣化はしてるが、これも神の石には違いねぇ。
せっかくだしダメでもともとってことでよ、火焔の聖女のおめぇにさ」
「八年前に先代がやったように異邦人の召喚の儀をやってほしいと?」
「そういうこった」
……想像以上にえらい話になった。