La Pucelle"Support Side" ~その頃の火焔の聖女1~
人は過ちを繰り返す……
【黒木勇斗語録・Fallout 3 キャッチコピー】
「では、注文したルートボックスは今日の搬入分ですべて終了っすね。
ではこちらが領収証になります。不具合が生じたら連絡しますので」
ドワーフ職人さんが運んできたルートボックス装置を受け取って、
これでダンジョンオープンを控えての準備はこれで八割がた終了。
「ちっこいの。運搬の仕事も終わったし一杯ひっかけさせてくれや。
なんでもこの酒場じゃ大陸でも珍しい異国の酒が揃ってんだって?」
「ちっこいのじゃなくて受付嬢って呼んでほしいっすね。飲食の注文は
テーブル席でどうぞ。この窓口はクエスト受注用のものなので」
「あいよ。しかし受付嬢ちゃんも若いのにがんばるねぇ」
「これが自分の仕事っすから。わりと楽しんでやってるっすよ」
自分の名はクラテル。つい半月ほど前まで八大神第四位の火竜神さまに
つかえる巫女【火焔の聖女】をしていた冒険者ギルドの若き受付嬢っす。
聖女のおしごとは現在休職中。火竜神さま直々にお暇をいただきました。
神殿を空けるのは不安だけど、これも立派な聖女になるための社会勉強。
先代のオババ様、クラテルは今日も元気にがんばるぞいってます。
「正規オープンが待ち遠しいねぇー。おーいそこのウェイトレスさんよ、
アリゲーターの空揚げにこのひんがしの酒【セイシュ】ってのくれ!」
「はーい、しばらくおまちくださーい」
迷姫王のダンジョン対策拠点テーセウスの集会場にある冒険者の酒場も、
日を追うにしたがってだいぶ完成に近づいてきました。
限定的ではありますが集会場の建築を進める作業員さんたちのために、
現在は酒場として臨時オープン中。自分にもいい研修になってます。
「えっと、この蓋を開けてカブセルを投入。専用に作ったコインを投入し、
ハンドルをガチャガチャ回せばカプセルが下の口から排出されると」
隣国から荷物を届けに来てくれた鍛冶屋さんのごはんは向こうに任せ、
本日とどいた分のルートボックスに練習用の空カプセルを仕込んで、
このまえの試運転と同様にちゃんとカラクリが動作するかを確認。
ガチャガチャ! ポンッ♪
「うし、すべて不具合なし。さすがドワーフさん、いい仕事するっすね」
この世界では冨籤箱とよばれるこの自動景品排出装置。
これまで手で無作為に景品交換の色珠を引くだけだったルートボックスに、
ちょっとしたカラクリを加えて遊びと射幸感を与えた画期的なこの遊戯。
ユートさんとエスティエル先輩はこの仕掛けを『ガチャ』と読んでいた。
最初に話を聞いたときは「ふーん」程度の簡単な玩具に見えたんだけど、
実際にこうしてダミーカプセルを入れて試運転してみるととんでもない。
これ、実際に景品を入れて設置したら、人によっては大変なことになる。
ランダムくじの怖さは自分も火竜神祭りの縁日屋台でよく知ってる。
こういうのってハマる人は資金尽きるまで底なしにハマっちゃうのだ。
カプセルに入る予定の景品はアイテム交換券と土産のアクセサリー。
冒険必需品がもらえるアイテム交換券も冒険者にありがたいものだけど、
ハズレ枠と思われそうな土産アクセサリーも馬鹿にはできません。
用途は単なる根付なんだけど、これがキャラグッズとしてかなり深い。
現在は全24種類。コレクター心を揺さぶるかなりいやらしい仕様。
エスティエルさんがデザインした建造物やモンスター絵の小物細工で、
これがまたヌイグルミみたいに造詣が簡略化されててかわいいんすよ。
『ゆるきゃら』とか『でふぉるめ』という異世界の絵画技法らしいです。
そこからさらにコモンの木製の上位として骨製・角製・牙製のレアまで
用意されていて、貴重な竜素材を使ったシークレットまであるという。
これを考え付く先輩もすごいけど、商品化できちゃう職人たちもすごい。
あまりパッとしないことで有名な骨細工ギルドの本気が見られます。
すべてコレクションするのにどれだけの時間と労力がかかるやら。
専用のガチャコインも冒険者のダンジョンの功労点で交換されるので、
単純に金にものを言わせてコンプリートできないというのもいやらしい。
神々がなんで近年に知恵をつけた大人の異邦人を召喚しなくなったのか。
そっちのほうが魔王を退治しやすくなるはずなのになぜ禁則にしたのか。
歴史書に登場する信長という異邦人がどうしてあそこまで畏れられるか。
すっかり異世界の文化に染まった先輩や、八年ぶりに異世界から再渡航を
してきたユートさんの危険な発想力を見てようやく自分も理解しました。
闇竜騎士アハトスが持ち込んだ娯楽が世界にかなり影響を与えたように、
ガチの異世界文化知識を携えてやってくる異邦人はほんとにヤバイ。
知識はあっても知恵が足りない少年少女期でないと神も手綱が握れない。
異邦人の召喚条件に自然と年齢制限が付いたのも当然といえば当然。
先代曰く召喚した異邦人を監視して導くのも聖女の役目だそうでして。
自分がその大変な御役目を担わなくて本当によかったと思ってます。
ユートさんとかガッサーさんとか見てると、とても制御できる自信が……
それぞれエスティエル先輩とタマ先輩が制御してるみたいっすけど、
異世界から召喚されてくる異邦人ってみんなあんなんなんすかね。
先代が召喚した異邦人は比較的まともな部類だったらしいっすけど。
あれもあれで逸話しか聞いてないっすけど面倒な少女だったとか。
光の聖女が召喚したハカナくらいじゃないっすか? 常識人だったの。
そこはやっぱり、このガチャと同じで召喚の当たり外れかもですねぇ。
「おう、入るぜ。冒険者ギルド酒場ってのはここか?」
バーンと派手に開かれるスイングドア。
「おうおうおう、なんだテメェら。見せモンじゃねぇぞオラ」
大きな音を立てて入店する来訪者にザワつくスタッフと客たち。
それにいちいち噛み付くチンピラ声。自分で目立つことしたくせに。
あー、いるんすよねこういうの。荒くれの多い冒険者界隈では特に。
ここは冒険者ギルド酒場。そういったお客様へのマニュアルも完備。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド・テーセウス出張所にようこそ。
申し訳ありませんが当店はまだ準備中で一般の冒険者の御利用は……」
ウェイトレスさんの一人が営業スマイルでチンピラに対応。
ここ最近、フォートリア市街から流れてこっちにきちゃう人がいる。
迷宮王のダンジョンの噂を聞きつけて、勇み足でフライングする冒険者、
あるいは冒険者需要を嗅ぎつけて無許可で下見にくる露天商や行商人。
最後に集会場を新しい観光名所と勘違いして訪れる穴場好きな観光客。
いちおう門番は設置してあるんだけど、うっかりスルーもままあって、
作業員とか資材を運び込みにやってきた人足と間違っちゃうんだよね。
そういった人たちに穏便な形で対処するのも冒険者ギルドの仕事だ。
この付近はまだ一般解放されていないのでお引き取りくださいで済む。
それにしたって、こんなに露骨に怪しいチンピラ兄ちゃんを通すとか、
いくら膝に矢を受けてしまった門番とはいえ職務怠慢にもほどがある。
「ああ、違ぇ違ぇ。酒を呑みにきたんじゃねーんだ。ここにいるギルドの
従業員に個人的な用があって、わざわざ山を下りてここまで来たんだ。
ここにこんくらいのチビっこいガキがいんだろ? クソダサジャージの」
たぶん自分のことだ。それにしてもクソダサジャージとはご挨拶ですね。
このジャージという服はエスティエル先輩が贈ってくれた異世界の衣。
【たいそーふく】と【ぶるまぁ】なる衣装とセットにすることで機能美の
あふれる礼装となる由緒正しい運動着とかで。それをクソダサなどと。
「しっかし随分変わった内装の酒場だなオイ。まるで前に行った映画村だぜ。
前に召喚したビリーザキッドのクソガキの影響……ってだけじゃあねぇな。
おそらくはあのエロジジイが言っていた出戻り野郎の入れ知恵ってとこか」
まだ背後しか見えませんが、チンピラは燃えるような髪の色をしてました。
日に焼けた浅黒い肌にスラっとしていながらも隆々とした筋肉。
これは大陸を二分する天下の険を根城にする山の民に見られる特徴だ。
「クラテルっていうんだがよ、ちょいと呼んできてくれねぇか?」
「そのクラテルでしたら自分ですが、なにか御用事でしょうか?」
自分と同郷ですか。たしかに地元民は蛮族というか荒くれが多い印象。
等身が高いだけのドワーフなんて平地の民にいわれるくらい粗暴っすから。
ならなおさら、平地のしきたりというものを彼に教えないといけない。
山の民は野蛮人ばかりと世間に言われるのは地元民として癪っすからね。
「おう、そこにいたのか。あいかわらずちっこくて気付くのが遅れたわ」
「初対面の人に向かってずいぶんと馴れ馴れしく無礼な人……で……す……?」
自分の声に反応してくるりと振り返る赤髪の男。
野性味あふれる鋭利な眼差し、張り付いた不敵な笑み、口から見える牙。
年齢は二十代中頃。まさに自分はチンピラでございといった粗野な風貌。
パッと見にはスラム育ちのストリートチルドレンの親玉にしか見えない。
二枚目でなければ間違いなくヒャッハーと間違えられている風貌だ。
「都会に出ての社会勉強でちったぁデカくなれたか? 物理的じゃなくて
精神的なほうでよ。なんせこの前まで田舎の山猿と同類だったもんなぁ。
見る限り社会勉強の成果は出てるんじゃねぇか? 心底ホッとしたぜ」
その男の姿を見て自分は──
驚きのあまり言葉も失って、気安く頭を叩かれることにも無反応で。
って、なんであなたがここにいるんですか!?
「クラテルちゃん、お知りあい? それとも親戚の方?」
口悪くも親しげに自分に接する男の態度に従業員さんも困惑気味。
「あ、いや、親戚というかなんというか……」
「こいつの保護者だ。昔、世話になったババアに押し付けられてな」
「それはこっちのセリフっすよ! 目を離したらもうコレっすか!」
いや、ほんと、いったいなんの用事で下界にきたんすか!?
八大神が一柱にして荒ぶる炎の赤神、火竜神グレンさま──!!!