Past and Present "Mission Accomplished" ~戯曲終演~
また明日、君に会うために 僕は命をかける
【黒木勇斗語録・戦場のヴァルキュリア キャッチコピー】
こうして──
一人の少年が演じ続けた勇者活劇は最高の形で幕を閉じる。
この人は元の世界に帰り、また元の生活に戻り、元通りの人生を歩む。
これまでの旅路はうたかたの夢。悲しいけど彼はあるべきところへ還る。
魔王を倒せば楽しい勇者ごっこはおしまい。
英雄役の演者だって劇が終わり舞台を降りればただの人。
異邦人はそういう存在だ。いつまでも夢の舞台に立ってはいられない。
「流れ者のボクをおにぎりと一緒に村に迎えてくれた君に感謝してる。
だからセールリアスを去る前に二人には託しておきたいんだ。
ボクは聖竜騎士としての全てをここに置いていく。この武具の数々を。
ボクのこれまでの旅の軌跡を思い出の品として受け取って欲しい」
「おにいちゃん わたしといっしょにくらそ」
「⇒いいえ」
「そんな、ひどい……」
そして御当地ヒロインとの別れも旅の勇者の通過儀礼。
「おにいちゃん わたしといっしょにくらそ」
「⇒いいえ」
「そんな、ひどい……」
以下、ループ。
「おに……」
ぺしっ。
「あうっ」
「もりそば、ユートを無限ループ選択肢で脅迫すんな」
七回ぐらい繰り返したところでおにぎりにーちゃんに怒られた。
「寂しくなるな。村の大人連中は異世界から漂流してきたお前に対してあまり
いい顔しなかったけどよ、こんな偉業を達成したんだ。さすがのあいつらも
掌を返すだろうし、このまま村に骨を埋めたっていいんじゃないか?」
「残念だけどぜんぶ終わったら元の世界に戻るって神様と契約してるからさ。
なんだかんだ楽しくてズルズルと引き篭もったりしたけど、やっぱり故郷は
恋しいし、漫画にアニメにコンビニにジャンクフードにインターネットと、
向こうにしかないものはいっぱいあるし、特に日本の白飯が食べたくてね」
「ああ、遠いひんがしの国でしか栽培されてないっていう粒の短い米だろ?
あるある。異邦人がもちこんできた異世界料理のレシピは山ほどあるが、
どうしても材料の問題で再現できないものはあるし、現地民の舌に合わせて
魔改造されて名前だけ借りたベツモノ料理になっているケースも多いしな。
アレンジ料理でなく故郷のオリジナルが食べたいって気持ちは分かるよ」
このときおにいちゃんはまだ15歳。
ホームシックにかかって親元や故郷が懐かしくなってあたりまえ。
旅人の心というものは、最後には必ず郷里に帰るもの。
魔王退治が彼の旅の終着点。旅が終われば家に帰るのは当然のこと。
向こうには彼の帰りを待っている家族や友人たちがいるんだから。
そんなこと最初から分かっていたのに。
── なにをいまさら ──
ここにきて私は必死になってひきとめようとしたんだろう。
おにいちゃんを追いかけて異世界へ渡る度胸もなかったくせに。
どんなにわがままを貫こうとしても無駄だって理解していたはずなのに。
「だからおせわになった人たちに挨拶するだけ挨拶したら、ボクは静かに
この世界から去る。それでいいんだよそれで。それにさ──」
おにいちゃんは憂いを込めて言った。
「邪竜王が今際のきわに遺した言葉、アレもちょっと気にかかるしね」
私はラストバトルの最後のターンに起きたあの会話イベント思い出す。
おにいちゃんの竜殺しの剣が、力尽きて倒れ伏すおじさまの眉間を貫いて、
完全なトドメを刺したとき、あの人が死の間際に吐いたあの言葉。
愚かだな異邦人……神竜たちの駒よ……
神竜騎士に指名され、聖なる騎士として担がれ、無知な童がその気になり、
セーヌリアスという神々が設けた劇場で踊りに踊らされたな……
魔王たる我を倒し、英雄譚に綴られる偉業を果たし、人々にもてはやされる
英雄になれて貴様は満足か?
満足なのだろうな……故に哀れだ。
お前たち異邦人を含む全ての勇者が実に哀れだ。
我ら魔界には『魔王死して勇者煮らる』という面白い言葉がある。
我という敵を失ったお前たち舞台なき演者たちは……
これから何処に向かい何処に行く?
彷徨の果てにお前たちは知るだろう。
お前たち勇者はこの先の平和な世には要らぬモノだとな。
だから予言しよう。そう遠くない将来にお前たちは……
命を張り命を賭して守ろうとした人間たちに裏切られる。
魂を削ぎ身を焦がしてまで守ろうとした『人間』こそが真の敵と知れ。
背後から刺され、疎まれ蔑まれ罵られ、放逐されながらな。
それが神の玩具としてこの舞台で喜劇を演じた英雄気取りの末路よ。
我には見えるぞ……
お前の破滅の将来が……
慟哭の人生が……
無残な未来が……
人に裏切られ続けたお前は、いつか我らのいる魔界に堕ちるだろう。
その訪れの日を楽しみに待っているぞ……ぐふっ!
「なんだ。ぐっさんが口走ったあんな安い負け惜しみを気にしてたの?
あんなのただの恨み節じゃない。真に受けて気にすることはないわ」
「だといいんだけどにゃー」
「お誘いの言葉も含めて、けっこうグゥの音もでない正論だぜアレ。
実際に村役場の老害どもが漂流してきたユートを魔王の手先扱いして、
魔女狩りよろしく焼き討ちしかけようとしたのを目撃してるとよ」
「まさしく呪言ね。ああいうのって暗示が運命を歪ませるから厄介なのよ。
聞いた本人が肯定したら最後。無意識下に闇の雫が落ちて波紋になるの。
といっても本人さえちゃんと覚悟きめてればダメージにはならないわよ。
人間なんてモトからそんなもんなんだから。ようは世渡りしだいね」
おじさまは言っていた。
倒すべき敵を失ったヒーローは守ってきた人々に邪魔者扱いされる。
魔王を倒すほどの暴力。それを持つ単体の人間はそれだけで驚異だ。
特に国家という力にとっては秩序と利権の維持のために排除すべき存在。
英雄は往々にして横暴な権力に対する正義の旗印にされるものだから。
主人公が悲劇的結末で終わるダークファンタジー作品ではよくある話。
どうあがいても絶望。ようこそマルチバッドエンディングの世界へ。
過去、強くありすぎたばかりに厄介者にされた勇者がどれだけいたか。
あの聖王ベリアですら自らが立ち上げた国家と愛する民に捨てられた。
普通の勇者なら適当に爵位と領地でも与えて飼い殺しにすれば済むけど、
あまりにもいきすぎた成果を残した大英雄となるとそうもいかない。
人の手に負えない力を身につけた怪物は処分するか放逐するしかない。
光竜騎士ディーンはこの二日後に宿敵の蝕星王ノヴァと相打ちになって、
世界を守る人柱になった悲劇的英雄として国民に祀り上げられたけど、
あれも過去の例を見ると一番マシなエンディングなんだから救われない。
ひょっこり帰還したところで更なる悲劇しか待っていないのもまた辛い。
この世界で生まれ育った地元民の、さらに王族出身ですらコレなのだ。
異界の勇者が危険分子として追われる立場になる未来は容易に想像がつく。
ましておにいちゃんは多くの数多くの魔竜悪竜の血を浴び続けるうちに、
人間の枠を飛び越えて半竜半人の力を得た聖竜騎士。
言ってしまえば亜神や魔王の一歩手前にいる危険な存在だ。
異端として処分する大義名分にはもってこいの背景だろう。
「邪竜王が言っていたことは真理だよ。ボクはここに長くいちゃいけない。
魔物と戦う者は自らも魔物とならないように気を付けねばならない。
汝が深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き込んでいるのだから。
だからさ、ボクは英雄であるうちにここを去るべきなんだと思うんだ。
人に裏切られて絶望して魔王になるなんていう月並は御免だからね」
もうじき日が暮れる。
「さっ、悪竜の城の最期も見届けたし、そろそろ戻ろうか」
「ああ、まずは悪竜退治を果たした戦勝祝いにいっぱいひっかけねぇとな」
「賛成! 街に着いたら速攻で大宴会といきますかい!」
「おにぎりにタマ、あんたらはいつもそれね。いつか肝臓ぶっ壊すわよ」
思えば──
なぜ、あのときの空は夜明けでなく夕暮れだったのだろう。
戦闘開始時間が夜でなく普通に夕方前だったから当たり前なんだけど。
いまにして思うと、あれも勇者没落の暗示だったのではと勘ぐってしまう。
「なんだよ。いいじゃねぇか。大酒飲みは漢のロマンなんだぞ」
「城から財宝の一部を持ち出せて懐も暖かいんだしそれでいいんだにゃ」
「こういうときこそ大盤振る舞いしなくちゃ。ごっはんーごっはんー♪」
「それ、今後の軍資金のつもりだったんだけどね」
「いいじゃないか。今回は高い酒を並べてドンチャンしよう!」
旅の苦楽を共にしてきたパーティーの笑顔。
この仲間たちのとのわきあいあいも、もうすぐお別れ。
これから先、自分を含めてみんながそれぞれの道を歩むことになる。
悪竜退治を目指した冒険の旅とは違う、新しい人生の旅へ。
日本に帰るユートおにいちゃんもまた同じだ。
世界と異世界を繋ぐ門を超えた先に新たな旅がある──
「行こうみんな──光さす未来へ!」
なにもかもが終わったその日の夜の『ああああ村』。
私は宴会を続けるみんなから離れて自分の部屋へ行き2時間ねむった。
そして、目をさましてからしばらくしておじさまが死んだ事を思い出し。
………泣いた。
想定以上に長編となった勇者もりそば過去編もついに終了。
息抜きの間幕を挟み、本編は再びダークナイト戦に戻ります。
キャラ掘り下げ過去回が本編より盛り上がるのは少年誌でよくあること。