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Past and Present "Final Phantasm" ~最終幻想~

 あなたはそこにどんな世界を作りますか?


【黒木勇斗語録・巨人のドシン キャッチコピー】

 戦いは終わった。

 城主を失い瓦解していく邪竜王の褥。

 瓦礫と共に奈落の底へ湯水のように吸い込まれていく金銀財宝。

 飛ぶ鳥が後を濁さぬように、敗れた魔王もまた己の居城を無に還す。

 ラストダンジョンは役目が終われば崩壊する。これ古来からのマナー。


 城周辺の渓谷上空を常に覆っていた禍々しい雷雲は去り、入れ替わりに

 太陽の祝福が雲の切れ間から彼らの難行を労うように勇者たちに降り注ぐ。


 崩れていく悪竜の城の最期を、私たちは黙って丘の上から見届けていた。

 そこにいる誰もが口を開かなかった。

 誰も彼もが疲労困憊で体力も魔力もカラッケツの一桁台。

 決戦の前に大量に持ち込んだはずの回復薬も全て使い果たした。

 控えめに言っても満身創痍で全員がボロボロだ。


 だけど口を開かなかったのは疲れのせいだけじゃない。

 目的を達成した感動。夢を叶えた感動。使命を果たした感動。

 それらを素直に感じ取れる現実感をまだ受け入られずにいたようだ。

 それだけここまでに到った旅路は険しく、出逢いと犠牲の連続だった。


 だけど少年が異世界を巡りに巡る艱難辛苦の物語もようやく終わり。

 滅ぼされた一族の恨みを晴らすため黄泉の国から舞い戻った一人の戦士が、

 憎き仇敵を倒して復讐を遂げた後、その場で花吹雪となって去ったように。

 使命を果たした異邦人は、故郷に戻って普通の生活に戻るのがさだめ。


 ラスボスを倒してエンディング。人生の全てを懸けた夢の終着点。

 一年間に渡る長いようで短くも感じる壮大な旅は終わりを告げた。

 災厄級の暴を尽くして人類の敵となった悪竜は勇者との戦いによって滅び、

 その骸も魂も現世との繋がりを失い深い魔界の闇に墜ちていった。


 魔王がいなくなったこの世界で、大陸諸国はどう変わっていくのだろう。

 平和を取り戻した世の中で、人々の生活はどう変わっていくのだろう。


 そして──

 魔王退治という人生最大のクエストを終えた明日の見えない勇者たちは、

 これからどんな道を進んでいくのだろう。


 人生という名のクエストの選択肢は無数。

 どれを選ぶかは明日以降の彼ら自身が決めること。

 だから今日くらいは、悪竜討伐クエストを果たした喜びを素直に喜ぼう。


「やったなユート! これでお前も俺も立派なドラゴンスレイヤーだな」


 物思いに耽る勇者の背中をドンと叩き、最初に口を開く戦士おにぎり。


「俺は最初からお前がとんでもねーことをする逸材だって見抜いてたぜ」


 勇者が異邦人して最初に訪れた村で出会った最初の同世代。

 右も左も分からないこの異世界でできた初めての親友。

 冒険者に憧れて家出した酒屋の小倅が、いまやすっかり一人前の戦士だ。


 不遇武器だのダサいだの言われながらシンボルの両手斧をこよなく愛し、

 ホスト顔の優男やビキニアーマーの美少女が引く手あまたのこの時代に

 古風なマッチョ戦士であることを誇り続けた偉大な脳味噌筋肉。


 魔族との戦いが終結しつつあるこれからの時代、彼は村に錦を飾った後、

 いったいどんな人生を歩むのだろう。


「やっと終わったわねユート。もっとも、これからが一番大変なんだけど」


 明日以降のことをしっかり見据えたセリフを口にするのは賢者リップル。


「さぁて、これでようやく長年の夢だった酒場の開業準備に取り掛かれるわ。

 魔王にしっちゃかめっちゃかにされた街の復興にかこつけて一儲けしたら、

 王都に戻っていい立地条件の土地を探さなきゃ」


 遊び人だった彼女も賢者に転職してからすっかり思慮深い知恵者になった。

 早くも彼女はこれから自分が何をすべきかを考えている。


 この戦いが終わったら王都で酒場を経営するなんて決戦前にあぶなっかしい

 死亡フラグのセリフを口にしていたけど、こうして無事に一人の死亡者も

 出さずに帰ってこれたいま、彼女の第二の人生の成功を祈りたい。


「復興事業かぁ。僕も自分の国に戻っていろいろと頑張んなくちゃなぁ。

 スキルブーストのためとはいえ親と和解して聖女を受け継いじゃったし、

 祖国が黒焔王や鉄機王との戦いでボロボロなのはさすがに無視できないし」


 賢者の意見に同意したのはドルイドのタマ。


「めんどいけどこれでも一国の王女だしさ。祖国の建て直しがんばんないと」


 退屈な森を飛び出して、自由気ままに諸国漫遊の旅をしていた放蕩お姫様の

 ものとは思えない珍しいセリフ。

 どうやら彼女もこの一年間の冒険でだいぶ精神的に成長したらしい。


 いつか彼女も祖国の象徴『聖樹』を管理する次代の【大樹の聖女】として、

 国を守る女王として、母親が治める国を正式に継ぐことになるんだろう。

 だからいつまでも天衣無縫なおてんばじゃいられない。

 今後は一国の姫君としての毎日に追われることだろう。


「あー、しんど……もう嫌こんな生活。【天空の聖女】の役職ブラックすぎ。

 アストおねーさまが仕事をほんなげて男と一緒に逃げた気持ち分かるわ」


 天使は相変わらずの平常運転。

 異世界から勇者を連れてきた天空のプリンセスはなにを思うのか。

 この時点でも自分には分かった。この人はいつかこの世界を離れると。


 かつて一人の男に恋をして自ら聖女の座を捨て堕天した天使がいたという。

 その天使がどうなったのかは誰も知らない。伝承にも記録が残ってない。

 それでもその天使は幸せになれたに違いない。知らないけどきっとそう。


 この天使の行く道の果ては彼女にとって悪くないものになると信じたい。 

 だって彼女の目指す世界は──あの人の住んでいる異世界だから。


「それでユート、アンタはこれからどうするの?」


 賢者に問われ、勇者はほんのすこしだけ憂いを込めた笑顔でこう答える。


「名残惜しいけどボクは帰るよ。もといた世界に」


 大陸を脅かす悪竜を倒して伝説の聖竜騎士としての使命は果たした。

 もうこの世界に居続ける理由はなくなった。

 彼は神の手によって異世界から流浪してきた異邦人。

 すべてが終われば故郷に戻れる。もとからそういう約束になっている。

 紆余曲折はあったけど、その目的があるから彼はここまで戦ってこれた。


「まさか『おれ消えっから』とか言うつもりじゃないねぇだろうな?」


「ボクもそこまでせっかちじゃないよ。旅先でお世話になった人たちに

 別れの挨拶をするくらいの余裕はあるさ。村への凱旋はしとかないとね」


「それならよし。おにぎりくんの村の子供たち、ユートくんに憧れてたから、

 ちゃんとしたお別れくらいしとかなきゃね。このまま黙って去られたら、

 さすがに応援してくれたサラちゃんやマウスくんたちに不義理だにゃ」


「だよな。ガキどもに別れの挨拶もせずに帰られちゃ、俺も気まずいからな。

 お前はあんま自覚なかっただろうけど、戦災で周辺の村から疎開してきた

 教会のガキどもにとっちゃあ、聖竜騎士の存在は精神的支柱だったんだぜ。

 あいつらの身からしたら逢ったこともない雲上人の光竜騎士ディーンより、

 地に足の着いた地域密着英雄のユートのほうがずっと頼もしかったろうさ」


「そうそう。だから異邦人らしくラストは子供の前できっちり決めなさい。

 聖竜騎士はクールに去るぜってカンジで、声援を背にスパッと爽やかにさ」


「もしかしたらその子供たちから第二の聖竜騎士ユートが生まれるかもね」


「ぶふっww 二代目ユートさんとかwww それって完全に汚名wwww」


「なにおー!?」


「はいはいはいはい。死に掛けの身体で喧嘩しないの二人とも」


「ったく、姉弟みたいに仲のよろしいこって」


「ほんとだにゃー」 


 悪を倒し目的を遂げたヒーローはただ静かに去るのみ。

 飛び立つときは跡を濁さず綺麗に去りたい。

 虎は死して皮を残し、英雄は去りて伝説のみを残す。


 この旅路には思い出がいっぱいある。

 ここでの生活に未練がないわけじゃない。

 だけどユートおにいちゃんはヒーローだからあえて去る。

 カッコイイとはこういうことだから。


 これでいい。

 きっとこれでいいんだ。

 そう自分に言い聞かせるのに必死だった私の姿は茫然自失にみえたろう。


 実際そうだった。

 たぶん六人の中で私が一番、現状に現実味を感じていなかった。

 目の前で起きていることを絵本の中の幻想世界のように認識することで。

 ストーリーテラーみたいに第三者視点で勇者の物語を観測することで。

 おじさまの死を、おにいちゃんとの別れを、英雄譚に置き換えることで。

 私はかろうじて泣かずにいられたから。

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