表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/177

Past and Present "Fighting Fantasy" ~英雄伝説~

 決断せよ—— 未来すべてを敵に回しても。


【黒木勇斗語録・真・女神転生DSJ キャッチコピー】

 長く長く続いた悪竜と勇者たちの因縁がついに終わろうとしている。


「うおおおおおおおおおおッッッッ! 『聖竜裂空斬』ッ!」


 幾度となく振るわれる剣戟。


「これがアタシの切り札よ。地獄最下層コキュートスの凍気は瘴気すら凍結させる。

 フィールド上に衰弱毒を撒き散らすあんたの得意技はこれでもう使えない」


「ユートさんっ! はやくして! ほんと早くして! 身体もたないから!

 ぐっさんの魔王空間を無力化させるのシャレになんないくらい辛いから!」


 幾重にも重ねられる魔法。


「邪竜王、ギガブレイズでこ……ぐぁぁああぁああぁあっ!」


「おにぎりくん! その調子でどんどん相手に必殺技スキルを使わせるにゃ。

 はい薬草、はい薬草、まだまだいくらでもあるからどんどん喰えにゃ!」


 死闘に上書きされる更なる死闘。


 戦士の大斧が悪竜の爪を弾き、賢者の魔法が悪竜が放つ瘴気を凍らせ、

 天使の援護と僧侶の癒しが何度も傷つき倒れようとする仲間を助け、

 次々と降りかかる死の運命に抗う勇者の熱き魂が皆の闘争心に火を灯す。


 これはまさに神話の世界の戦いだった。

 本屋に並ぶ絵本や伝記に記された勇者たちの伝説。

 子供なら誰しも寝物語で耳にして憧れる正義のヒーロー。


 後年に多くの人々に長く語り継がれ、絵物語の1ページと成るに相応しい

 英雄譚の全ての展開が、この死闘に溢れんばかりに詰め込まれている。


「どうした邪竜王。自慢の竜鱗をボロボロにされて怒ったか? 怒れ怒れ。

 こっちは一人の敵によってたかってスーパー戦隊なのにこのザマなんだ。

 少しは効いてますアピールしてもらわないと、こっちがへこむっての!」 


「”力こそ正義” ……それがあんたたち魔王のお題目だったわね邪竜王。

 だいたい正解よ。でもだいたい不正解。力は正義を正当化する勝利への

 掛け金の額でしかない。レイズだけで勝てるほど、バクチは甘くないの。

 アタシは詐術にイカサマなんでもござれ。尻の鱗まで毟ってあげるわ」


「おいおい、そんなに意外そうな顔すんなよ邪竜王さんよ。鬱陶しいか?

 たかが基本職の戦士が、英雄譚じゃ噛ませ役が当たり前の筋肉ゴリラが、

 負け組の装備なんて言われている両手斧を使う自分が、まさかここまで

 食い下がるとは思ってなかったか? ははっ、俺も驚いてるけどな……」


 考え付く限りの闘争の波乱。

 絶え間なく繰り返される正邪の騒乱。

 予想を幾度となく覆し続ける攻防の動乱。


「ユートさん! わたしがここまで必死でバトル頑張るのは今回だけだから。

 ほんとにマジでこんなにきっついバトルを手伝うのは今回だけだからね!

 ぐっさん倒したら、こんな世界にいられるか! わたしは日本へ行くっ!

 この戦いが終わったら未完成のままの異世界転移魔法の研究を再開して、

 噂に聞くじょしこーせーになって聖女でない人生を満喫してやるんだから。

 わたしは天空の聖女を引退して普通の女の子に戻ります!」


「それは死亡フラグにゃ! あとお前みたいな普通の女の子はいないにゃ!

 はは……それにしたって痛快だよね。これまで人生から逃げ回ってた僕が、

 箱入りが嫌で城を出た自分が、聖女を受け継ぐのが嫌で国を捨てた自分が、

 気が付いたら大樹の聖女として勝ち目のない相手に向かってるんだから……

 お母さま、あなたの5分の1、いや10分の1でいい! 僕に勇気を!」

 

 邪悪な魔竜と、正義の勇者と、不屈なる英傑たちが──

 斬り合い、潰し合い、混ざり合い──

 善と悪の壮絶な闘いの物語が一筆書きの勢いで紡がれる。


 決め手を封じながら一進一退の攻防を繰り返し、ほぼ互角の状況のまま、

 己の誇りと命をぶつけあう人間と悪竜の戦いはさらなる熾烈を極めた。


 そして──


「貴様……狙っておったな……」


 勇者が狙いに狙い続けた逆鱗への一撃。


「ああ、狙ってたよ。あんたが最大の必殺技をブッぱなすときに生まれる隙。

 腐滅のブレスを全力で吐き出したときにガラ空きになる逆鱗への一撃をさ。

 これまで二回も三回も喰らったんだ。さすがにボクたちもクセを見破るさ」


 無双を誇る邪竜王の唯一の弱点に突き刺さる竜殺しの聖剣。


「迫るブレスへ真っ向から突っ込んで耐え切れるかは一か八かだったけどね」


 悪竜の胸部に突きたてた大剣の刃先が、逆鱗をいともたやすく貫通し、

 ズブリズブリとブ厚い筋肉に覆われた胴体内部に潜り込んでいく。


 柄を通じて勇者の両手に伝わってくる確かな致命傷の感触。

 感じるのはきっと生々しく脈打つ邪竜の心臓を貫いた手ごたえ。

 幾多の竜の血を啜りってきた聖剣の刃は、ついに敵の弱点を捕えた。


 大理石の柱や天井を大きく震わせる轟咆。

 呪われた白亜の城全体を激しく揺さぶる咆哮。

 それは生まれて初めて敗北というものを知った邪悪な悪竜の断末魔。


 この会心の一撃を加える瞬間を、彼らはどれほど待ち望んでいたか。

 急所である逆鱗。そこに繋がる心臓への一刺し。

 このたったの一刺しを果たすそれだけのために彼らは命を懸けた。

 幾多の勇者の屍を越えて、沢山の人々の意思を引き継いだ旅路の果て、

 そこまでに積み重ねてきた己の持てる全てをこの一撃に乗せて──

 おにいちゃんたちはついにその途方もなく不利な賭けに勝ったんだ。


「ガァアァァアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ」


 迸る漆黒の鮮血。暴れ回る巨体。廃城を揺るがす絶叫。

 ほどなくこの悪逆非道の暴君は金銀財宝を枕にして永遠の眠りにつく。

 滅びという天地万物の理は、数百年の時を生き、最凶の暴力を誇り、

 神に最も近い上位種と称えられる竜の王族にも平等に訪れる。


 それでも、それでもなおだ。

 この仇敵は悪竜の中の悪竜。人の王よりも遥かに王。

 鱗が欠けようと、肉が裂けようと、心臓を断たれようと、

 その絶対的な【暴】はまだ生きている!


「来たぞ、最終形態だ!! 今度こそ終わらせてやる!」

「勝てるのか俺たちで、こんな野郎に……くそっ、やるしかねえのか!」

「なんて邪気にゃ! 体を貫かれるような……お母さま、父上、お力を!」

「母様の杖が……奴と共鳴する! 賢者の杖、あなたを信じていいのね?」

「聖竜神様、こんなのが相手だって知ってて私を行かせたんですかぁっ!?」


 吼え猛る魔王の咆哮が。

 鋼鉄の武具を凌駕する悪竜の爪牙が。

 触れるものを腐滅させる黒炎の吐息が。

 あらゆる自然生物を凌駕する超暴力となって彼らに襲いかかってくる。


 それでも勇者たちは負けられない。

 英雄譚に出てくる孤高の戦士なら仇敵と共に死ぬのも本望かもしれない。

 神竜の加護を受けた聖竜の騎士として魔王と共に戦場で華々しく散るのは、

 勇者の美学のひとつかもしれない。


 ユートおにいちゃんはこの世界に来た最初の頃に私と約束してくれた。

 御伽噺に出てくるような伝説の【竜殺し】になって、故郷に錦を飾るって。


 これが死出の道連れを求める邪竜王の最期の足掻きだというのなら、

 ううん、これが真の勇者へ捧げるおじさまの最後の試練というのなら、

 おにいちゃんは訪れるかもしれない【死】の運命にだって抗ってみせる。

 それが伝説の聖竜騎士としてこの世界に召喚された彼の最後の大仕事。


「この世界の神々に託されたすべての使命を果たしてボクは日本に帰還かえる!

 聖竜の劫火よ! メギドの炎よ! 我が剣に宿れ! 『聖竜核撃斬』ッ!」


 最後の一撃は……切ない。

 ついに邪竜王が力尽き、その巨大な体躯が金貨の海に深く沈んでいく。


 無敵を誇った竜王の威厳はここに堕ちた。

 滅びの運命はもはや避けられない。

 寝台でもあり玉座でもあった金銀財宝の山が崩れていく。

 邪竜王の敗北に呼応するように雪崩になって崩壊していく。


 その諸行無常の様は、たった一匹の悪竜が長らく治め続けてきた絶対王国なわばり

 消滅を示唆しているようだった。


 どれだけ強大であろうと永劫に続く王国など存在しない──

 そういわんばかりに。


 雌雄は決した。

 それは同時に、異世界からやってきた異邦人である彼の長い旅の終わり。

 つまりこの世界に住む私との永遠の別れを意味していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ