Past and Present "My Nihilism" ~刹那燃焼~
抗えぬ運命に導かれ、少女は生きた証として死を選ぶ
【黒木勇斗語録・エンドオブエタニティ キャッチコピー】
聖王暦六〇〇年・火竜の月──二十五日目。
「聖竜騎士とその取り巻きたちよ。よくぞ我が褥の最深部まで辿り付いた。
まずはこれまでの険しき運命の旅路の踏破。見事であったと褒めておこう」
運命に翻弄されて異世界に流れ着いた一人の異邦人の長い長い冒険の旅は、
大陸最後の大魔境と謳われる竜山脈に聳える廃城【邪竜王の褥】を舞台に、
ついにその幕を閉じようとしていた。
「過去、これほどまでに我ら竜族を震え上がらせた驚異的存在はいなかった。
魔皇帝を退けた聖王ベリアも、不壊の魔竜を斃した英雄ジークフリートも、
ここまでではなかったぞ。聖竜神も面倒極める鬼駒を招いてくれたものだ。
聖竜騎士よ、貴様は神の尖兵としてよく働いた。数多のモンスターを斬り、
幾多の悪魔を割り断ち、そして我ら神竜の眷属たる竜族さえも狩り返す。
驚嘆の一言よ。他の魔族や魔物ならいざしらず、最も神々の力を受け継ぐ
我ら竜族が、まるで幼子に食い散らかされる駄菓子のように破れたのだ」
敵は西大陸の地で暴虐と殺戮の限りを尽くし、己の欲望のおもくままに
幾千の略奪を繰り返してきた昏き竜鱗の暴君【邪竜王グランスターク】。
「神の使途である神竜騎士よ。聖竜神の手を離れ盤上を荒らす無頼の駒よ。
貴様は分かっているのか。お前が向かおうとしている道は神殺しの領域。
竜に挑み、竜を斃し、竜を喰らい、竜を越え、やがて神を殺す業と成る。
まさに神をも畏れぬ異形のモノよ。貴様はすでにそれに成りかけている」
魔界深奥に棲む真竜族屈指の『暴』の誇る邪竜にして七大魔王の六番手。
無数の村と街を焼き払い、いくつもの小国家を壊滅させ、軍事大国として
名高いドワーフたちの王国さえも畏れさせた悪竜の中の悪竜。
「聖竜騎士ユートよ。無数の竜の血を啜り、我らの力を身に染めた同胞よ。
もはやお前は地を這う脆弱な人間などではなく、我ら真竜と同じ超越者。
だからこそ我は因縁に決着をつける前に貴様に敬意をもってたずねたい」
その強大すぎる難敵を相手に、勇者とその仲間たち四人は手を取り合い、
勇気を振り絞って、命を燃やして、ついにここまで追い詰めた。
「……クロキ・ユートよ……我の仲間にならぬか……?」
そんな勇者たちを前にして魔王は威風堂々と誘いの言葉を投げかける。
「お前は何のために我と戦っている。正義感か? 義務感か? 使命感か?
まさか地上にいる皆の愛のためにとかいうおためごかしではあるまいな?
もしこのセーヌリアスの人間のために戦っているのだとしたら哀れよな。
人間は我らよりも邪悪だぞユート。やつらは極めて排他的な偏執者だ。
貴様ほどの存在が手を貸してやる理由など微塵もない無価値なゴミだ。
そんな連中のために我が身を捧げ……生命を削り……魂を磨耗させて……
愚にもつかぬ自己犠牲心の欺瞞に酔いしれながら勝利をしたところで、
貴様を待っているのは栄光の杯になみなみと満たされた猛毒の辛酸よ。
予言しよう聖竜騎士。たとえ万が一にも我に勝って凱旋したところで、
貴様は必ず迫害される。ここは貴様と我の運命を決める最後の分岐点だ。
もう一度言おう。この我と手を組み、世界の管理者気取りの神々を斃し、
天地魔の三界を支配してみぬか? さすれば世界の半分をお前にやろう」
魔王は語った。人間はどこまでも愚かで矮小な存在だと。
「人は己よりも弱きモノの前では威張りちらし、そのくせ己の手に負えない
モノが現れれば都合よく弱者面して強者に泣いてすがって救いを求める。
強者の衣を借り強者の手で己の立場が確保されれば神輿に担いで持て囃し、
強者の存在が疎ましくなってくればすぐさま不平不満を口にして掌を返す。
そして打ち込めないほど聳え立つ杭を引き抜くため迫害を開始するのだ。
あの聖王ベリアですら最終的には自ら造った王国の臣下に裏切られた。
命懸けの戦いの末に魔王を滅したところで勇者に利などありはしない。
まして貴様はこの世界の住人ですらない別世界から来た外来種の異邦人。
我に勝った直後はみなが貴様に感謝し、太鼓を打ち鳴らして賞賛しよう。
しかし誰も余所者である貴様に人類の代表になって欲しいとは思わない。
魔王がいなくなれば用済みと煙たがる。それが人間という生き物の業よ」
「…………」
聖竜騎士は黙って魔王の言葉を聞いていた。
魔王の言葉はまやかしや甘言なんかじゃない。すべてが真実だった。
邪竜神の化身である魔皇帝を退け人間の可能性を神に示した勇者ベリア。
しかし大陸最大の国家を築いた英雄は、一人の臣下の呪言で破滅した。
『邪神を倒したという事は、王は神竜以上の化け物ではないのか?』
神竜の庇護を受けて人間が営みを続けている大陸でそれは最大の禁忌。
神すら殺しかねない男は建国の英雄から一転して世界の厄介ものへ。
聖王は国民の不信が革命や暴動に発展する前に甥に国家の全権を託し、
自身の血を残すことなく、後の聖王廟となる大迷宮深くへ姿を消した。
国家というコミニュニティーの前に一人の人間の個人的感情など無力。
『大衆』という絶対弱者によって形成される圧倒的多数の意思の暴力は
一人の英雄の個人的な都合や感情なんて簡単に踏み躙るし磨り潰す。
それこそが魔王を越える真のラスボス。我々が倒さねばならぬ敵だと。
それに対する聖竜騎士の返事は──
「最近さ、日本のジャンクフードが恋しくなることがあるんだ」
魔王が予測していた肯定や否定の言葉とはまったく違っていて──
「そいつは安い・早い・不味いの三拍子が揃ったお手軽なクソ食品でさ、
使いまわされた油で揚げたポテトフライだの、やっすい肉で作られた
ハンバーグだの、おねだん相応のアレなのに、何故かクセになるんだ。
近所にある『スーパーサイズミー』はボクら中坊の最高の溜まり場だ」
それでも自分は人間の愛を信じるだとか──
「そこのLLLサイズセットをテイウアウトで頼んで家に持ち帰って、
ガツガツ喰いながらやる午後のネトゲときたらもう至福のひとときだ。
故郷の飯が恋しくなったら、急に勇者を目指した初志を思い出したよ。
ボクは元の世界に帰るために勇者として魔王たちと戦ってるんだって」
地上を救ったら自分はこの世界から消えるだとか──
「エストから聞いたんだけどさ。一年近くこっちで浦島太郎してる間に、
ボクの大好きな『モンスタープレデター』のオンライン対応最新作が、
発売決定になっていたらしいんだ。もう来週には発売なんだってさ。
さらに発売前特集が掲載されたハミ通の今週号を見せられたらお前、
そりゃあもういてもたってもいられなくなるわけよ」
そんな愛に溢れた勇者の綺麗ごとなんてクソくらえな──
「いよいよのんびりしてらんなくなったからさ。ガチでいくわマジで。
あと世界の半分なんかいらん。とりあえずもりそばを返してもらって、
それと帰国後に一生楽して暮らせる分だけの金銀財宝をもらっていく。
ボクは「さすが勇者様」の拍手喝采がピークのうちに勝ち逃げするわ。
だいたいこっちは建国ゲームさえまともにクリアできないってのに、
世界を支配して三界の統治なんて面倒なことやってらんないっての」
ユートおにいちゃんならではの俗物全開な身勝手の極み理論。
「そんなわけだから邪竜王、ボクが近日中に日本へ帰還するためにも、
あんたの体内にある帰還の儀式に必要不可欠な神の石を貰い受ける。
そして大陸を震撼させた悪竜を斃すことで、ボクは真の英雄になる!
人々の笑顔のために魔王と戦え? 奪われた王の財宝を取り戻して?
悪竜に虐げられる弱き民を救ってください? それが救世主の義務?
ンな他人事なんて知ったことか、そんなことよりモンプレ新作だ!」
こんなキャラだからこそ──
「フフッ、フハハッ、ウワーハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ユートおにいちゃんは、世界中のどんな勇者よりも人間臭い。
「そうだ。それでいい。貴様はそれでいい。それでこそ『人間』よ。
だから我はお前が好きなのだ。つまらぬ誘い水をしてしまったな」
「頭に角はやした髭のオッサンに告白されてもエストしか喜ばないよ。
んじゃ、魔王が勇者をスカウトする王道イベントもこなしたところで、
宴もたけなわ。ボチボチはじめようか。死にたがりの邪竜王さんよ!」
「ああ、はじめるとしよう。誰よりも勇者らしくあろうとした中二病よ。
貴様の『人間』を見せてもらおうか。魅せられぬならそこで終わりだ」
私は二人の姿をおじさまが用意した黒水晶の檻の中で見ていた。
この決戦の見届け人として、おにいちゃんを本気にさせる役として、
英雄になりたがる勇者と死にたがりの魔王の結末を観測する者として、
そして最後に偉大な英雄に救出される囚われのヒロインとして。
「さぁ、みんなでひと狩りいこうか──!」
私は──
どんなに辛くても二人の戦いから決して目を逸らさないと決めた。
先日、日あたりPVが初の四桁を達成いたしました。
ついに自分も1000アクセスとれる下級作家の身分に(感涙)。