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Past and Present "Thanatos Libido" ~次代継承~

    ── そこを歩く、という恐怖 ──


【黒木勇斗語録・バイオハザード キャッチコピー】

 七日目の昼過ぎ、運命の日はやってきた。


「グランスターク様、聖竜騎士一行がドレイクライン入り口の蜥蜴村に到着。

 天空の聖女が邪竜王の褥に向けて転送魔法の準備中とのことでございます」


 昼食後のひとときにやってきた使用人のおねーさんの緊急報告。

 ユートおにいちゃんたちが邪竜王の褥の近くにある村に到着したとの報は、

 いつものおじさまとの気楽な団欒の時間を凍りつかせるのに十分だった。


「そうか」


 食事の手を止めたおじさまは、予想していたよりもずっと落ち着いた顔で。


「聖竜騎士たちの仕上がり具合はどうだ?」


「伝令によると聖竜騎士はこの数日間、新必殺技の体得のため戦士とともに、

 聖都領の北方にある『試練の山』で秘密の特訓に明け暮れていたとのこと。

 また、パーティーメンバーの遊び人が一人デューダーの神殿へと向かい、

 魔法使い系の最上級職である賢者への転職を果たしたよしにございます。

 最後に南方フォートリアで大樹の聖女の次代継承の儀が執り行われました。

 南方の猫姫が正式に聖女となったことで、アークドルイドの称号は……」


「で、あるか」


 あの襲撃事件以来、まったく音沙汰がなかったおにいちゃんたち。

 なぜ奮起したのに七日も動かなかったのかずっと疑問に思っていた。

 簡単なことだった。みんなが決戦に向けて特訓にはげんでいたんだ。


 ユートおにいちゃんとおにぎりにーちゃんは新必殺技の会得のために。

 リップルおねーさんは最上級職の賢者へのクラスチェンジのために。

 タマさんはドルイドとしての能力底上げのため大樹の聖女の継承を。

 それぞれがそれぞれ、対魔王のための戦力アップのため動いていた。


「それと天空の聖女は貰い物の生ガキに当たって寝こんでいたそうで……」


「……どこまでも平常運転だなアイツは……」


 エストおねーちゃんはシリアスな物語終盤でも通常営業でブレません。


「以上でございます。彼らの突入は夕刻前と予測されます」


「分かった」


 とてもとても静かな反応だった。

 宿敵の到着見込みに私はもっと大喜びするものと思っていたのに。

 運命のときが目前に迫ったおじさまは、怖いくらいに冷静だった。


「ファヴニール、お前には心配ばかりかけたな」


「ふぇっ!? いや、そんなめっそうもない。もったいないおことばです!

 魔王見習いで研修中の自分をこんなに特別に扱っていただいて恐縮です」


「なればこそよ。まぁ、人手不足でメイドの真似事までさせてしまったが、

 正規兵ではない研修生とはいえ、我が軍の一員としてよくやってくれた。

 これよりお前に最後の命令を下す。聖竜騎士が到着するまえに帰国せよ。

 また、お前を邪竜軍より除籍とする。今日まで本当に御苦労であった」


「……かしこまりました……」


 グッとスカートの裾を握る使用人のおねーさん。

 

「ともに死んでくれとは言ってくださらないのですね」


「こんな負け戦で若い命を散らす必要などなかろう。お前は次世代の者だ。

 急進派である我ら七人のうち五人が滅び、我もまた生き残ることはない。

 あのノヴァもおそらくは二度とこの地に還ってくることはあるまいよ。

 我らが全滅すれば、大戦の終結をもって魔界のありようも大きく変わる。

 これからは人間や神々との共生を模索する穏健派の時代になるだろう。

 その新しい時代を造るのが、次代の魔王であるお前たち若者の仕事だ」


 私たちに人間にドラマがあるように、魔族にだってドラマがある。

 おじさまと使用人のおねーさんがどんな関係だったのかは知らない。

 ただ、おじさまはこの人を死なせたくない。それだけは分かった。


「数年後にはアカデミーに入学だったな。魔王資格の取得に期待している。

 大公殿の孫娘にもよろしく伝えておいてくれ。我は我らしく生きたとな」


「はい……っ。おせわに……ぐすっ……なりまひっ……たっ……」


 生命は終わりがあるからこそ熱く輝ける。

 蝋燭の火が吹き消えるほんの一瞬が最も灼熱のときであるように。

 この人は、ひとときの浪漫のために命のすべてを薪にしようとしている。


「娘よ、聖竜騎士を釣る餌として長くここに引き止めてしまったな」


「ううん、たのしかったからもーまんたい」


 生まれれば必ず終わりがあるように。

 出逢いもまた同じで、必ずどこかで別れのときがやってくる。


 私は泣かなかった。

 こうなることは最初から分かっていたから。

 いつも通りの無邪気さで、いつもどおりの自然体で。


 暴虐の限りを尽くした悪逆非道の邪竜は湖みたいに穏やかだった。

 すべてを受け入れたような、逃れられない日の訪れに達観したような。

 今日に到るこれまでの全てに感謝しているような、そんな顔が素敵で。


 だから──

 死んでほしくないっておじさまの前で泣いたら失礼だと思った。


「不思議なものだな」


「え?」


「我は聖竜騎士との決戦で華々しく散る気マンマンであるはずなのだが、

 なぜだかな。お前の未来を見ると、結末は我の予定と異なるようだ」


「?」


「これでも真竜の端くれ、我には少しだけだが予知のような能力がある。

 もっとも予知した内容を鵜呑みにすると、運の流れを改変する力が強い

 勇者が出張ってコロリと結果を歪めてくるのでアテにはならんがな」


「つまりばっきゅんぼんになったおとななわたしがみえるのだな?」


「………………」


 七年後の現在、あのときのおじさまのノーコメントがリアルに怖いです。

 大丈夫だよね? いまだにロリ枠とかいわれる体型だけど大丈夫だよね?

 せめて胸だけでもエストおねーちゃんに勝ちたいんです。お願いします。


「前にお前は聖竜騎士のような勇者になりたいと言っていたな」


「うむ、わたしがゆーしゃになるのは かくてーてきにあきらか!」


「我には見えるぞ。そう遠くない未来にお前の目指す夢は叶うであろうよ。

 どういう経緯で『ああなる』かは知らんが、それもまた運命なのだろう」


 予言者特有の曖昧で聞き手に伝わりにくい雑コメント。


「奇妙なことにな、この戦争で死ぬつもりの我が、なぜだか大人になった

 お前と対峙しているのが見えるのだ。これはこの戦いで聖竜騎士に勝ち、

 敵討ちのために勇者に成長したお前が我と戦うことの示唆であるのか、

 あるいは死にぞこなった我が未来でお前と再会することになるのか……」


「またおじさまとあそべる?」


「運命の流れに逆らわなければな」


 出逢いがあれば別れがあって、別れがあるなら再会もある。


「ならば大戦後の新しい時代を担う勇者の卵に餞別をくれてやらねばな。

 ファヴニール、すまんが三番宝物庫からアレを持ってきて欲しい」


「三番倉庫というと、邪竜神さまが送りつけてきたアレですか?」


「うむ、この娘の無垢な霊なら我よりも使いこなせるであろうよ」


 別れの日に一人の少女に贈られる魔王からの賜物。


「待たせたな。未来の我らの宿敵へのはなむけだ。もっていくがいい」


「でんせつのけん?」


「いや。伝説にすらなっていない無銘剣よ。邪竜神様が暇つぶしに作った

 武器のひとつを御歳暮代わりに送ってきてな。性能は問題ないのだが、

 四天王も我も肉弾が主で剣士タイプではないから持て余していたのだ。

 無銘とはいえこれも神器だ。かなりの業物よ。伝説武器にひけはとらん」


「おもい」


「フハハハハッ、それはそうだ。これをまともに扱うには十年は早い。

 そうだな、その日が来るまで小型化の封印を施してやろう。それまでは

 アクセサリーとして身につけているといい。封印解除のコードはな……」


 魔王と村娘の物語はここで終わる。


「さて、あいつらが到着する前に先客たちの相手をしてやらねばな」


 この日をもって、邪竜王グランスタークは地上から姿を消す。


「1パーティーずつ相手するのも面倒だ。今日の我はとても機嫌がいい。

 ファヴニール、ボス部屋の人数制限を解除し全面戦争コンフリクト形式にしろ。

 廊下で暇そうにして並んでいる勇者ども全てを一括で相手してやる」


 悪には悪の美学がある。


「扉が開くぞ」

「魔王だ……」

「魔王があらわれたぞ」

「戦闘領域にパーティー制限の表示がない。どういうことだ?」

「まさか部下も連れず一人でおれたち全員と戦おうというのか」

「そのいきやよし! みんなで同盟登録アライアンスの準備だ!」

「いくぞ同胞たちよ! 全員で力を合わせて邪悪な竜を倒すぞ!」

「「「「「「「「「「おうッッッ」」」」」」」」」」


 悪竜には悪竜らしさが求められる。


「魔王め」

「魔王は倒す」

「魔王は許さない」

「魔王は死すべし」

「魔王は消え去るべし」

「魔王は滅びろ」

「魔王を討つ」

「魔王は消える運命」

「魔王よ浄化せよ」

「魔王に慈悲はなし」

「魔王は散れィ」

「魔王」

「魔王……」

「魔王ッ」

「魔王ッッッッ!!!!!!」


 だからおじさまは最初から最後まで理想の魔王ラスボスであろうとした。


「魔王、魔王、どいつもこいつも魔王。まるで餓鬼か暴徒の群れだな。

 正義の名のもとに強盗殺人や器物破損。権力者の暗殺に革命の扇動。

 殺戮に殺戮を重ね、戦場の享楽に明け暮れる神の傀儡どもが……」


 誇り高い魔王には誇り高き勇者が必要だ。


「反吐が出るな。貴様らよりもあの男のほうが、数万倍も人間らしい。

 さっさとかかってくるがいい。準備運動代わりだ。遊んでやるぞ」


 願わくば──

 あの人を倒すのが本当の意味で『人間』らしい英雄であらんことを。


「グランスターク様、なんて無茶を……」


「だいじょうぶ おじさまは あんなにせものにはまけない」


 だって── 


「ばけものをたのすことができるのは」


 いつだって『人間』だから──

祝・ブックマーク登録数100突破! 日別PV数も1位更新!

たわだん初レビュー感謝感激! 歓喜の連続でもう祭り状態です。

まさに継続は力なりですね。いつもきていただいている皆様に心より感謝。

たわだんはいつでも感想・レビュー・ブクマ・評価をお待ちしております。

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