Past and Present "Self Mutilation" ~自罰欲動~
悪の栄えたためしはない。しかし善ばかりではこの世は成りたたない。
【黒木勇斗語録・ロードス島戦記 キャッチコピー】
「とーてすとりーぷ?」
「ふとしたときに妙に死にたくなる一瞬があると言えばわかりやすいか」
この世は創造の竜が生み出した有限の世界。
全能の造物主の死から生まれた世界は常に誕生と死に縛られている。
永遠なんてものはどこにもないし、不老不死なんてものもない。
不死身の代名詞とされているアンデッドだっていつかは昇天する運命だ。
「この世の基となった創造竜が最初に造ったのは始と現と終の三柱だった。
盛者必衰・栄枯盛衰・諸行無常。生まれし者には必ず滅びの日が訪れる。
現在とは誕生したものが終末へ向かうまでの旅路。時とは死への一里塚。
これらは忘れ去られた三柱の大神から八大神の教典に受け継がれた論理よ。
全知全能のはずの創造竜ですら叶わなかった永劫に在り続けるという理。
故に創造竜の子の子の子である我らが滅びゆく運命に抗うことは不可能。
不思議なものよな。人は不滅の魂や永遠の愛や不老不死を求める一方で、
誰もが心の底で無意識の滅びを望んでいる。まさに悲しき魂の相克よ」
「よくわかんない」
「いままさに生の全盛を謳歌しようとしている幼子には理解しにくいことよ。
娘よ、お前も全盛を過ぎて老いて朽ち行く老衰期に入れば理解するだろう。
森羅万象は永続するようには出来ていない。必ずどこかで初期化される。
神々とてやがては滅びる運命にあり、神に劣る人の魂は特にそれが顕著だ。
お前も栄華を極めた果てに自滅した古代帝国の逸話は知っているだろう?」
「うん。おごれるはいえるふはひさしからず」
世が世なら万年帝国もありえたといわれるハイエルフによる魔法超大国。
それは今も多くの賢者や学者の研究対象として調査が行われてる古代文明。
彼らは現在の魔法使いなんて及びも付かない超高度な魔術理論を展開し、
世界から無限に魔力を汲み出す装置を筆頭に様々なオーパーツを生んだ。
それらは現在でも再現は不可能な神器級のものばかりで壊れ性能も多い。
研究または封印対象として魔術師協会は古代帝国の遺産に懸賞金をかけ、
請け負う冒険者はデカい儲け口として古代文明の遺跡を探し続ける。
誰もが不思議に思うこと。
数千年の寿命を持つハイエルフが超文明を築いたのにもかかわらず。
なぜ彼らの帝国は二千年ともたずに崩壊してしまったのか。
神の存在をないがしろにし、神々を超える存在になろうと慢心をこじらせ、
魔族すら凌駕する魔術で地上に飽き足らず魔界の表層まで侵略範囲を広げ、
ついには天界まで届くバベルの塔を建設しようとした驕り昂ぶりが原因で
とうとう天空人と神々の怒りに触れたというのが定説になっているけど……
最近の研究成果では古代帝国は暇つぶしの享楽にふけるあまり麻薬に溺れ、
帝国末期には市民の大半が麻薬中毒か重度のアル中、もしくは性病を患い、
もはや国家として成り立っていないスラム状態だったって判明している。
結果として、天の裁きだと天空人が放った聖属性最終兵器の一撃で、
勇者トロとその家族を除く帝国民は消滅。生き残ったのは帝国のやりかたに
ついていけず世捨て人になっていた一部の善良なハイエルフのみだった。
彼らもまた神の庇護を受ける代償に長命を捨てて今のエルフまで退化し、
現状、ハイエルフ文明はわずかな遺跡を残し完全に消えたことになってる。
ハイエルフという無欠の種も勇者トロの死を最後に絶滅が確認されている。
現在生き残っているエルフ種は完全下位互換でもう別種族に近いらしい。
まっ、人間からすると平均寿命200年でも十分ヤベーやつと思うけどね。
「場合によっては神に最も近い種と嘯く天空人はおろか我ら始祖級魔族にすら
勝ることがあったハイエルフですら、魂の劣化には勝てず自滅していった。
娘よ、魂というものは不滅のように見えてその実、経年劣化をするのだよ。
長生きをすればするほどに魂は磨耗し、無意識下で死にたがるようになる。
魔術があれば肉体の維持は比較的容易だが、魂の維持だけはそうもいかん。
不死を求めてアンデッドになった人間が遅かれ早かれ発狂するのも自明で、
人の魂は死を迎えて常世に渡る【定期的な初期化】を行わねば壊れるのだ。
霊的に劣るヒューマンなら100年。精霊に近い魂の妖精で300年ほど。
霊的に優れた天使である天空人ですら魂の寿命は500年が限界だろうな。
我ら魔族も通常で200年。真竜を含む始祖級でも800年がいいとこだ。
稀に限界を越えて魂が新鮮なまま1000年以上の時を余裕で迎えられる
大魔王級の者もいたが、最古参の迷宮王ミノスどのが急逝されたように、
やはり神以外の存在が3000年以上を生きることは不可能なのだよ」
「肉体は滅びても魂は不滅」なんて言葉が宗教家の間にはあるけど。
それはあくまで魂の初期化が前提でのおはなしだっておじさまは言う。
単一固体としての永遠は存在しない。始まりは終焉を求めてしまうから。
「おじさまはいくつなの?」
「だいたい700年だな。邪竜神様のアバターである魔皇帝ルーシェル殿が、
光竜騎士ベリアと熾烈な戦いを繰り広げていたシーンはよく憶えておるよ。
当時は成竜ですらなく、人間で言うところの若造の一兵卒だったがね」
「ひとにれきしあり」
「はっはっはっ、我もすっかりオッサンよ。七大魔王の中でも最年長だしな。
人間の血が濃く16歳の猛き若き最盛期にいるノヴァのやつが羨ましいわ」
「なんでもっとはやくまおーでびゅーしなかったの?」
「時期を見ていた……というのもあるのだろうな。なまじ聖王ベリアという
勇者の中の勇者を間近で見てしまうと求める勇者の質も上がってしまう。
織田信長という異邦人はなかなかの逸材だったが、あれは勇者というより
ダークヒーローだったしな。なかなかコレという逸材には恵まれなんだ。
その間は観光がてらにテキトーに暴れてつまみ食いする程度に止めてな、
地上にちょいちょいちょっかいを出して吟遊詩人の歌にされる程度には
悪行をこなしたが、魔王として本格的な侵攻をやるつもりはなかったよ」
「やっとまちにまったじきがきた?」
「そうよ。600年前の聖戦に匹敵する七大魔王の大戦こそ我の晴れ舞台。
野心むき出しで話を持ち掛けてきた雷嵐王と黒焔王には感謝しているよ。
全盛期を維持するのも限界に達していたところに、ようやく訪れた好機。
歓喜に打ち震えたよ。我が肉体と魂よ。よくぞ今日までもってくれたと。
我にとっては空位になっている魔皇帝の座など、心底どうでもよくてな。
前代未聞の地上の危機で誕生した稀代の勇者と戦って美しく滅びること。
我はそれだけを考えて今日までありとあらゆる暴虐を尽くしてきたのだ」
「はためーわく」
「人間からすれば死にたいなら勝手に死ねと思われても当然の理屈よな。
しかしこの破滅願望は我だけの業ではないぞ。人類全てが抱える業だ。
我はその逃れられぬ自殺行為に浪漫を付け足して彩っているに過ぎん。
人間とて戦場で死するなら戦果を残し誇り高く散りたいと願うはずだ。
自分の生涯を無意味にしたくないと何かを残せる死を望むのは当然だ。
死するなら前向きに、滅びる姿は美しく、伝説に残る偉大なる最期を。
もっともそこまでの露骨な死にたがりやは我くらいのものだがな」
「でもむいしきにしにたがる? うつだしのうって」
「いや、そういう衝動的な自殺行為に走るパターンもあるが通常は稀だ。
しかし死を無意識に願うようになると、本人が死ぬつもりでなくとも、
に直感が無謀な行動へと駆り立てたり、防衛本能や危機感が衰えたり、
これまで慎重に徹してたはずが最悪のタイミングで軽率になったりと、
自覚症状がないまま断崖へ続く破滅への道を自動選択するようになる。
その典型といえるのが雷嵐王の功に焦った暴挙と悪手による自滅だな」
「われはらいらんおうてんぺすと やられるのがさいそくだったおとこ」
「ハッハッハッ、まったくだな。魔界でも随一の風属性の使い手にして、
より早く、より速く、より疾くがモットーだった雷嵐王テンペスト。
さすが最速の魔王よ、勇者にフルボッコにされるのも最速だったわ」
「あれはむぎばたけをだめにしておてんとさまのばちがあたった」
「そうだな。大陸中央部の麦畑のことごとくを暴風雨で破壊しつくす。
手っ取り早く人間どもの絶望を喰らい、兵站破壊の戦略も兼ねられる
一石二鳥の作戦だと息まいてたが、あれがやつの運の尽きだったな」
あの作戦が原因で雷嵐王は麦の守護神である光竜神をガチ切れさせて、
光騎士ディーンの最初の討伐対象に指名されちゃったんだよね。
まだ当時の光竜騎士ディーンは腕も未熟な低レベル勇者だったけど、
後援者の光竜神が規約違反スレスレの直接介入アシストで大勝利。
これが光竜騎士ディーンと異邦人僧侶ハカナのデビュー戦になった。
教訓・麦を粗末にしてはいけない。おてんとさまのバチがあたる。
なんでそんなことを知ってるかって?
だってうちのお店でバイトしてる光竜神のアバター本人の弁だから。
「今年の小麦は例年になくいいできなんですよ~。収穫がたのしみ~」
と、今年の出来栄えに喜んでたとこに収穫期を狙った暴風雨だもの。
そりゃ頭が有頂天します。普段は糸目キャラなのに眼見開いてたし。
糸目キャラを開眼させちゃいけない。これバトルものの常識です。
神様が自分が地上で遊んでることは皆には内緒だって言ってるので、
こればかりはおじさまにもおにいちゃんにも光神殿にも言えません。
魔王だって常連になるうちのお店でなにをいまさらな気もするけど。
「ああなりたくないものよ。願わくば誇り高く悪竜冥利に尽きる死を」
そして今日もおじさまは雑魚勇者をボス部屋に迎えいれる。
「その栄光の日のためにも、こんな連中に負けるわけにはいかんな」
聖竜騎士ユートが邪竜王の褥に到着するまで残り18時間。