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Past and Present "Staple Foods" ~食料事情~

   もしも私が悪魔でも、好きと言ってくれますか?


【黒木勇斗語録・女神異聞録ペルソナ キャッチコピー】

 まだ私が冒険者ギルド訓練場の練習生だったころ。


「つまり、俺ら地上の人間・天使と称される天空人・悪魔と呼ばれる魔族は、

 神話の時代まで遡ると原初の人間という同じルーツにブチあたるわけだ」


 ある日、教官のおにぎりにーちゃんが教科書に載ってない話をしてくれた。


「神話によると神の楽園で誕生した最初の人類は、神々に身も心も奉仕する

 非の打ち所のない完璧な種族だったらしい。まぁ、ていのいい奴隷だな。

 完成された種族とか完璧な人間ってのは言葉にするとなかなか凄いだろ?

 でもな、そこが落とし穴だ。完璧で完成ってことは成長がないってことだ。

 最初からステータスがカンストしてて、レベルもロクすっぽ上がらない。

 スキルを与えりゃ相応の仕事はするが、神々の奴隷はイエスマンの極地だ、

 自分から新しいものを発明する気概もなけりゃあ、現状への不満もない。

 そんなんじゃあ露天に出回る大量生産品の安酒となんらかわりゃしねぇ」


 おにぎりにーちゃん教官は、同郷のよしみからか私とマウスくんの二人に

 とてもよくしてくれた。特別メニューでシゴきまくってくれるくらいに。

 うん、とにかく私たちを勇者デビューさせたくなくて潰す気マンマンで。


「教官……今朝、血のおしっこでたんで半ドンでいいですか?」


「あん? んなもん気合で治せ。もりそばなんか毎月股から出血してんぞ」


「おにぎりーにーちゃん、それセクハラ」


 自分はともかくとして、マウスくんはよく生き延びれたなーって思う。

 同じ日に訓練場の扉を叩いた同期だけど、三日で逃げ出すと思ってた。


「神々は原初の人間が進化の袋小路に嵌まり込んでいることを嘆き悲しんだ。

 その中でも特に人が神への奉仕種族で終わることをよしとしなかったのが、

 のちに魔皇帝を名乗り聖王ベリアとドンパチすることになる邪竜神だった。

 その後に吟遊詩人パーティーが音楽性の違いで解散するみたいなノリで、

 思想性の違いが原因で三柱の大神による大戦争『神々の黄昏』が勃発する。

 この戦争で神の楽園は崩壊。神々も地上に直接介入する力を失ってしまい、

 神々に奉仕するしか能のなかった原初の人間は路頭に迷うことになった。

 そこで邪竜神は原初の人間たちにこれまでにない可能性を与えるために、

 神々の間で禁忌とされていた領域、人に自由意志と知恵を授けたそうだ。

 これが俗に失楽園の物語として伝わっている蛇と禁断の果実の逸話だな」


 実戦訓練のときのおにぎりにーちゃんはオーガよりも鬼だけど。


「んで、それが原因で原初の人類は完璧さを失って未知数の存在になったと。

 そりゃあもう神々の間じゃあ、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎだろうよ。

 洗練潔白で驚きの白さだった霊格が何色にも変わるよう進化したからな。

 結果として、八大神は三者三様の人類の歩むべき道を示すことになるんだ。

 ひとつは現在の地上の民の道、ふたつめが地上の民を見守る天空人の道、

 そして最後に悪魔の汚名を着て人類の敵として存在し続ける魔族の道だ」


 こうやって余った時間を使って意訳と自己分析で語る歴史が授業は面白い。


「教官、なんか魔族のところだけいやに含みを感じるんですが」


 そしてマウスくんはヘンなところばかりカンがいい。


「そう思うか? ではマウスに問題だ。魔族とはいったいなんだ?」


「魔界に住む邪悪な種族で僕たち人類の永遠の敵です」


「教科書通りの答えだな。魔族を見たら石を投げろの精神が根強い光信仰が

 国教の王都周辺じゃ、そんな民族主義な思想に染まるのもしゃあねぇか」


「魔族にも人類に友好的な者がいるのは知っています。でもほとんどは……」


「人類の敵になるのがおしごと」


 優等生のマウスくんの言葉に、私が真理を付け加える。


「その通り。魔族はハイエルフの古代帝国が生まれるずっと前から人類の敵。

 不倶戴天の仇敵であり、いつまでもこれからも天敵であり続ける存在だよ。

 けどな、それだけが真実とはかぎらねぇ。だから若いうちに知っておけ」


 筋肉マッチョタイプの男戦士で両手斧使いといえば、普通のなら間違いなく

 物語の中盤で戦闘力のインフレに追いつけなくなって露払いに格下げされ、

 噛ませ街道まっしぐらの地獄に落ち、物語終盤で戦力外通告される身の上。


「あいつらは光神信仰や聖神信仰の連中が教典に記している偏った内容ほど、

 話のわからねぇ凶暴な存在ではなく、分かり合える連中だってことをな」


 なのに第一線に立ち続けて、ついに魔王退治まで果たした漢の言葉は重い。


「実をいうとな、ここだけの話、魔族どもの親玉である魔王って存在は、

 一言目には愚かな人類を滅ぼすとか、二言目には世界を支配するとか、

 そういういかにもな大義名分をもって地上に侵攻してくるのが基本だが、

 実際に戦ってみるとよ、あいつらそこまで地上の侵略に執着ねーんだわ」


「はい?」


 おにぎりにーちゃんのぶっちゃけに、マウスくんはキョトンとした顔。


「いやいや、いやいやいやいやいやいや!」


 ぶんぶんと手を振って否定から入るマウスくん。

 無理もないよね。魔王といえば邪悪な侵略者というのがデフォだもの。

 魔族のことを一般的知識でしか知らない彼には受け入れがたい事実だ。


「俺も表層までしか行ったことはねえが、魔界って実は地上より住みやすい

 環境だったりするんだぜ。ちゃんと文明もあるし観光地だってある。

 絶対実力主義で絶対強者の管理が行き届いているから領土紛争も少ない。

 魔界はある意味、王都グローリア以上に国家の理想形を体現してるよ。

 実のところ、魔族からすると地上って領土的な価値そんなにないんだぜ」


「で、でもですよ。魔王が地上に現れるのは大陸を破壊するのが目的で、

 これまで魔族によって王都以外の小国家が滅ぼされてきたのは確かで」


「あいつらが人間の領地を破壊する目的が占領のためだと思ってるのか?」


「違うんですか? それに魔族は人類を殺戮するのが本能だって光教典に」


「それはない」


 おにぎりにーちゃんよりも早く、私がマウスくんの一般論を否定する。


「美味しい魚が獲れる生簀の中を、絶滅するまで掻き混ぜるバカはいない」


「もりそばの言うとおりだ。別に魔族は人類を滅ぼしたいわけじゃあない。

 つうかやつらにとって人間は食い扶持だ。絶滅なんてもってのほかだ。

 なぜなら魔族は高等になればなるほど人間の感情を栄養素にするからな。

 そこんところは信者の信仰心を糧にしている神々と同じというべきだな。

 だから人類の絶滅だの世界を消滅させるだの、そんなもんを実際にしたら

 自分の畑に塩まいて台無しにするようなもんだ。それこそバカの極みよ」


「あの、教官……そんなの聞いたことないんですけど……」


「知らないのは無理もねぇさ。一般的に冒険者の敵になる下級悪魔レッサーデーモンは普通に

 食事するし、そいつらでさえ冒険者ランクC以上推奨の強敵なんだ。

 それより格上の中級悪魔グレーターデーモン上級悪魔アークデーモンなんて滅多に見られるものでなし。

 雑魚魔王と呼ばれてる連中でさえ中級レアなんだぜ。知られるわけねぇさ。

 だから知っておけ、魔王がなんで地上を侵略しようとするかの理由を。

 やつらにとって人間は美味しい御馳走をひりだしてくれる装置なんだ。

 味覚は魔王それぞれだが、恐怖や畏怖の感情が美味だって聞いてる。

 つまり村や街を破壊して回って侵略し、自身の存在を誇示することで、

 あいつらは沢山の人間に恐怖心を植え付けて美味い飯にありつくんだ。

 邪竜神や闇竜神なら神話や伝承だけで十分な畏敬や信仰が集まるが、

 無名の魔王じゃそうもいかねぇ。だから我こそはと前線に出張るのよ」


 おにぎりにーちゃんは語る。

 魔族は人類の敵でなければ存在すらできない虚ろな存在だって。

 私たちが山菜や家畜を食うように、彼らも人間の感情を食らっている。

 そうなると、よりたらふくに、より美味にを求めてしまうのが人の性。

 人に恐怖を与えるために残酷に、人に畏怖を抱かせるために大仰に。 

 そして絶対強者としての圧倒的な力を示せれば恐怖は畏敬へと変わり、

 やがては極上の信仰へと昇華される。そのために魔王は戦い続ける。


「少なくとも俺が戦った邪竜王はそういうタイプの魔王だったよ。

 無差別に亜人の領土を焼き払い、ドワーフの国から金銀財宝を奪い、

 破壊と殺戮の暴君竜として人々から畏れられるようになったアイツも、

 その行動のすべてが今日を生きるための食料調達が真実と思うとな、

 あいつって一般に言われてるほど邪悪じゃないんじゃねって思うのよ。

 そこはもう価値観の相違だけどな。利害とイデオロギーの対立だよ。

 光と闇の善悪二言論なんて通用しない、実に原始的な問題なんだよな」


 冒険者界隈では光竜騎士ディーンがあまりにも際立ちすぎてたせいで、

 どうにも戦果が低く見られる傾向にあるおにぎりにーちゃんだけど、

 この人は基本職でありながら八大魔王の一角を倒した魔王殺しの一人。

 だから嘘じゃない。現場の人にしか分からない世界がここにある。


「つまりだ。俺が言いたいのはな、魔族ってのは絶対悪なんかじゃなくて、

 食糧問題のせいで人類に恐れられなければならない存在だってことだ。

 だから友好的な魔族は普通にいるし、対話し和解する道もあるにはある。

 だからお前らは魔族だからって即殺しにかかるような殺人鬼にはなるな。

 光竜信仰の頭でっかちや聖竜信仰の秩序バカみたいな狭い視野で見るな。

 もし遠い未来、まかりまちがってお前らが勇者として魔王に出会ったら、

 一般論や偏見でモノを見ず、まずはそいつの本質を見極める努力をしろ。

 同じ結末でも、分かり合えないまま殺しあうのと、分かり合ったうえで

 お互いの意志に敬意を払って誇り高く殺しあうのでは浪漫が違うからよ」


 それはおにぎりにーちゃんの実体験からくる生々しい忠告。

 それは一般人のマウスくんが知らなかった深いところの真実。

 それは魔族という存在にとって本能ゆえに逃れられないカルマ。


 でもね──

 それだけだとまだ説明不足なんだよ、おにぎりにーちゃん。


 ほんの数日だけど邪竜王と一緒に暮らした私は知ってる。

 魔王の浪漫という破滅しかない道に殉じた悪竜の哲学を知ってる。


 他の魔王たちはどうだかしらないけど、少なくともあの人は……

 勇者に倒されたいという夢のために、あらゆる暴をつくしてきた。

 だから分かり合えるけど殺し合わなきゃいけない運命なのは正解で。

 竜殺しのユートお兄ちゃんと悪竜のおじさまの戦いも決定事項だった。


 改めて思い出す。

 ユートお兄ちゃんが邪竜王の褥に到着する数時間前のことを。

 あの出来事が、あのときの対話が、聖竜騎士の私を造った。


 おじさま──

 カタチはかなり違いましたけど──

 あのときあなたが幻視して幼い私に伝えた予言は──

 八年後にめっちゃくちゃ大当たりですよコンチクショウ!!!

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