Past and Present "Dragon spirit" ~邪竜奮起~
幸せとは何か、正義とは何か
【黒木勇斗語録・SHADOW HEARTS II キャッチコピー】
その日の夜──
邪竜王のおじさまと私によるニート邸の襲撃計画が実行されました。
「ひぃぃぃぃぃあぁあぁぁあああぁっっっっ!!!!!」
真夜中の郊外に響き渡るおにいちゃんの断末魔。
後にも先にも、あの人がこんな絶望的な声を上げたのはこのときだけ。
情けないけど、しかたないと言えばしかたないと言うしかありません。
【 黒木君の家 火事になる 】
泣きもしますよね。
財産はたいて建築した夢のマイホームが焼け落ちたんですから。
それも宿敵である邪竜王じきじきの襲撃で。
「ボクの家が……ボクの部屋が……ボクの大切なドラクエがぁぁぁぁっ」
今思い出してもいたたまれない……
有閑貴族気分のニート生活で集めた娯楽品の数々が灰になれば当然。
でも彼を社会復帰させるには、これくらいの荒療治は必要だったんです。
それと──
「うにゃゃぁぁぁぁ! 密造酒が! 僕の秘蔵の密造酒の施設がぁ!」
「離して! 行かせて! 中にまだ土地の権利書と借用書がぁぁぁぁっ!」
「いやあああああ! あともうちょっとで入稿だった私の原稿が~~~!」
と、あの館は密造酒施設とか闇賭博の舞台とか自作H本の仕事場とか、
お役人に見つかったらけっこうあぶない犯罪の温床になってたので、
燻蒸消毒して正解だったと思います。おじさまの仕事はナイスでした。
やはり堕落と退廃に満ちた悪の栄華は長くは続かないのです。
「フハハハハハハ! ハーッハッハッハッハッ!」
そんな慌てふためくユートおにいちゃんたちを見ておじさまは御満悦。
あの空を飛びながらノリノリで嬉しそうに笑っていたところを見るに、
だいぶストレスたまってたんだなーと、子供心におもいました。まる。
「娘よ、これでよかったのか?」
「うむ、ぐっぢょぶ」
そんな私はドラゴンの姿になったおじさまの頭の上に乗ってセコンド役。
空から見下ろす村の夜景と、燃え盛る館の最期はとてもステキでした。
洋館ものってやっぱり最後は悪もろともに燃えてなんぼだと思います。
というより、最初に付け火しちゃえば解決してる事件って多すぎません?
なぜ人は、怪物が中にいると分かっている洋館に無用心に突入するのか。
それはさておいて、完全な不意打ちで起きたこのニートの館の全焼事件は、
怠惰な生活で完全に腐っていた勇者一行を奮起させるに十分な効果があり。
「ボクは怒ったぞぉぉぉぉぉ! グランなんとかぁぁぁッッッッ!」
「絶対に許さんぞクソトカゲ! じわじわとなぶり殺しにしてやるにゃ!」
「二度と生き返らないよう! そのハラワタを喰らい尽くしてあげるわ!」
「たとえ便所に隠れていても、必ず息の根を止めてやるんだからッ!」
この一件でパーティーの打倒邪竜王の心が見事ひとつになりました。
一つの目的のためにまったく立場も年齢も異なる人たちが結束する。
とてもとてもすばらしいことだと思います。
「……娘よ」
「ん?」
「あいつらのセリフが正義からほど遠く聞こえるのは気のせいだろうか」
「きにしてはいけない」
あと、ダメ押しとばかりに。
「わー(棒)、おにいちゃんー(棒) たすけてー(棒)」
私はおじさまの頭上で魔王にさらわれるヒロインを演出。
どう足掻いてもクソ茶番で思い出すと顔真っ赤な棒読み演技だったけど、
魔王に連れ去られる乙女を前にして立ち上がらない勇者なんていません。
実際、おにいちゃんには効果はテキメンだったようで。
「邪竜王……! よくも、よくもボクの大切な妹分をっっっっ!」
かなり久しぶりにシリアスなおにいちゃんを見ることができました。
「おーい、もりそばー」
そんな中で、私と一番付き合いの長いおにぎり兄ちゃんだけは冷静で、
「むこうさんにあんまり迷惑かけんなよー」
なにもかも見透かしたような手馴れた対応でした。
「ここまでやらねばいかんとは。どれだけこいつらは腐ってたのか」
「うーん、さすおにさすおにってあまやかしたのがよくなかった」
「なんだそれは」
「なにかするたびに『さすがおにいさま』ってほめたたえるたいこもち」
おにいちゃんは褒めると伸びるタイプ。
とりあえず「すごいすごい」と褒めればその気になって頑張ってくれた。
思えばそれがよくなかったのかもしれない。反動でああなっちゃったし。
「……きょーかしすぎたか……」
「娘、こっちからは見えんが、お前いま悪人顔してるだろ?」
そんなことありませんよ。私はかわいいので。
「ぇー、コホン……聖竜騎士よ! 我ら竜族を滅ぼさんとする我が仇敵よ!
この娘は預かった! 娘を取り戻したくば我が【褥】まで来るがいい!
これが最後の決戦だ! 宿星の邪竜と竜殺し、勝つのは我か貴様らか。
世界の命運と一人の小娘の運命は、貴様にかかっていると知るがよい!」
ステキですおじさま。最初の咳払いがちょっとアレでしたが。
「もりそば! もりそばぁぁぁぁぁっっっっ!」
「フハハハハハッ! ハーッハッハッハッハッ!」
私を連れて羽ばたき去っていく魔王。悲痛な叫びを上げる勇者。
ここだけ切り取ると英雄譚そのままのクライマックスシーンなんですが。
館で門前払いされたり、酒瓶片手にグダったり、パン屋で茶しばいたり。
けっこう魔王らしからぬシーンがいろいろありましたね。いろいろと。
「娘」
「んー?」
「改めて訊くが、これでよかったのか?」
「うん、これでよかった」
勇者は魔王を倒すのがおしごと。
悪竜は勇者に倒されてこその華。
ヒロインは悪者にさらわれてなんぼ。
そして勇者とヒロインは崩れるラスダンを背景に熱烈なキスをして終了。
私が邪悪なドラゴンによって魔王の城へ連れ去られることで──
長く戦いから離れていたユートおにいちゃんは再び剣をとり旅に出る。
あとは聖竜騎士一行がラストダンジョンにやってくるのを待つばかり。
うんうん、我ながら非の打ち所のないカンペキな計画でした!
「しかしなんだな」
「なに?」
「お前、この状況にまったく臆していないのだな」
「なれてるから」
この五年後。
ギルドから冒険者カードを発行してもらって初めて知ったことですが。
「なれてる?」
「さらわれなれてる」
私のスキル欄に【さらわれるLV∞】という謎スキルがあるんですよね。
どういうことなんでしょこれ。
「そういえば例の戦士だけ『いつもの』みたいな対応をしていたな」
「おにぎりにーちゃんもなれてるから」
「………………」
「………………」
「娘、これまでどれくらい誘拐されてきた?」
「えっとね……」
あの当時でも両手の指では足りないくらいだったはず。
「しらないおじさんに5かい。しらないおばさんに2かい。さんぞくに1かい。とーぞくだんに2かい。ごぶりんに5かい。おーくに1かい。あやしいまほーつかいに1かい。まおーのてしたに2かい。まおーのかんぶに1かい。かいじんあかまんとに1かい。あとおじさまをいれて、のこりはえーと……」
「多すぎるわっっっっっ!!!!」
自分でもそう思う。
なお現在、100から先は覚えていない。
「よくこれまで生きてこれたな、お前……」
「それほどでもない」
お前は攫われ癖がつきすぎとおにぎりにーちゃんに言われるけど。
ヒロインとはかくあるべし。これは今も昔も変わらない私の持論。
なぜか誘拐先でみんなに優しくしてもらえるのは人徳のなせるワザ。
それってもう一種の才能だよって、おにぎりにーちゃんも呆れてます。
「はぁ……またババ引いたか……」
「エストおねーちゃんとどうるいよばわりはしっけいだなチミィ」
人類と七人の魔王の戦の終戦まで残り10日のとある夜のこと──
「あ、なんかきた」
「フン、天下の険を根城にしている鬼城王シダテルの偵察機どもか。
自分のテリトリー上空をうろつく我らを侵入者と認識でもしたか。
だが、相手が融通が利かぬカラクリだからと遠回りするつもりもない。
しっかりつかまっていろ。城まで最短で行く。強引に突っ切るぞ!」
伝説にも残らない、誰も知らない、ほんのささやかな偶然の出逢いが、
未来の勇者と現役の魔王の間で奇妙な友情を育みました。
「おらおらおらおら~」
「一気に葬り去ってやるわ!」
「ゆけ! じゃりゅーおー! ひゃくまんぼるとだ!」
「でるか!」
この数日の出来事を私は決して忘れない。
いつも「たわだん」をありがとうございます。
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現在、たわだんの裏番組としてスピンオフ作品「だんこん」を同時連載中。
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