Past and Present "Bread house" ~麺麭珍客~
その世界に、空はなかった。
【黒木勇斗語録・アーマードコア3 キャッチコピー】
村の中央にある噴水公園。
そこに邪竜王グランなんとかさんはいた。
休憩中の日雇い労働者に混じり、昼間から酒瓶片手にのんだくれて、
なにかを察した土木屋のおっちゃんたちに慰められるという異常事態。
「わざわざ中央くんだりまで足を運んで肩透かしか……フッ……」
「元気だしなって旦那。辛いよな。意気揚々と遠方はるばる赴いたのに」
「一攫千金狙ったのに倒す相手がいない。今の王都あるあるだよなぁ」
「わかるわかる。俺も冒険者休業して街道の土木維持補修三昧だし」
「良くも悪くも勇者ディーンさまさまだよなぁ。な、酒でも飲みいな」
これはひどい。
まるで騎士団解体でリストラされたけど家にも戻れない老騎士の様相。
ひどいかおしてるだろ? まおうなんだぜ これで。
「実に滑稽だ。わざわざ敵地に出向いてみれば我のことなど忘却の彼方。
まさに道化の極地よ。フハッ、フハハ、フハハハッ! はぁ~っ……」
「まぁ、敵が欲しいならまだ激戦区の南方か山脈にいくしかねぇわな」
「中央部はもう魔王が二体も光の勇者に退治されて平和そのものだしな」
「失敗は忘れろ忘れろ。いやなことは酒に溺れて忘れるに限るっちゃ」
「ストロングエール文学っつってな。酒精の高いここの酒は効くんだぜ」
「深酒で酔っちまえば、将来の不安も家庭の不安もみんな雲の彼方よ」
うわぁ、奈落。
光の勇者こと光竜騎士ディーンが仲間を集めて王都に帰還して半年弱。
彼らの獅子奮迅の活躍ぶりによって防戦一方だった人類の戦況は一変。
あわや王都陥落までいきかけていた中央は一人の勇者の登場で大逆転。
まず第一の侵略活動でブイブイいわせていた嵐の君『雷嵐王』を撃退。
続いて南方戦線から中央に移動してきた炎の魔人『黒焔王』を返り討ち。
大陸中央を荒らしに荒らしていた二体の魔王が退治されたことにより、
現在の王都周辺は実に平和。復興も進んで街道の補給線も無事復活。
現在、勇者ディーンは三千諸島まで足を運んで『死海王』と交戦中。
それが終わればいよいよ、『鬼城王』と激戦を続けてる山岳戦線か、
大森林を舞台にフォートリア軍と『鉄騎王』が膠着してる南方戦線、
そのどちらかに参戦して討伐四冠を果たすのではと噂になっていた。
「光竜騎士という対存在を持って果報者だな。ノヴァのやつは」
三本目のビールをラッパ飲みして自虐的に笑うおじさま。
ほかの同僚は歴史上稀に見る勇者にどんどん倒されてるというのに、
自分ときたら宿命のライバルと思っていた勇者がニート化というザマ。
「おじさま」
「ん? まだいたのか小娘」
そんな落胆と失望に沈んでいる魔王の姿がとてもいたたまれなくて。
ユートおにいちゃんの手綱を握る保護者としてもうしわけなくて。
「おつまみあげる。うちのおためししょーひん」
「……パンか……」
あと、優しくしたらコロっと落ちる常連の匂いがしたので、
ここぞとばかりに私は、傷心のおじさまをうちに誘うことにした。
「ふむ、うまいな。麦酒によく合う」
「びーるどころのぱんやをなめてはいけない」
ああああの村は新人冒険者たちが王都を出て最初に訪れる村。
顧客開拓の機会は逃さないよう、常に試供品は持ち歩いている。
お店の繁盛の秘訣は、こまめで地道な宣伝活動あってこそ。
「きにいった? わたしのパンやでもっとおいしいのたべてく?」
「商魂たくましいことだな」
客に種族も宗派も貴賎もなし。
相手が神だろうと魔王だろうとピンときたら店に連れ込め。
ただし貧乏神だけはカンベンな。
これが『そばがきベーカリー』に伝わる先祖代々の家訓。
「これもなにかの数奇な縁か。気晴らしにお言葉に甘えよう」
よっしゃ! 新規顧客をゲットだぜ!
「それにしても見ず知らずの大人を相手に恐れ知らずだなお前は」
「それほどでもない」
「無謀だがなかなかの胆力だ。もっとも我の本性を知ればそうも言っては」
「まおーさまの おなーりー でござーい!」
ブッッッッッッ!
「待て小娘。我が魔王様とはどういうことだ!?」
「だっておじさま、まおーなんでしょ?」
しばしの沈黙。
「……なぜ分かる?」
「エストおねーちゃんのかいてるえほんにおじさまみたいなまおーがいた」
のちにこの世界で初の同人誌となる『大天使緊縛奇譚』の誕生である。
「……あの腐れ天使はいったいどんな絵本を描いているんだ……」
「それにユートおにいちゃんにようあるひとなんて、まおーしかいないし」
悲しいけど、これ事実なんだよね。
「なら、何故に我を恐れぬ? 我は魔界に名だたる邪竜王グランスターク、
ドラゴンの最上位の真竜にして、西方で悪逆の限りを尽くした邪悪竜。
我が本気になれば、この程度の農村など鼻息のひとつで焦土に変わる。
普通は我の正体を知った途端、泣き、怯え、許しを請うものなのだがな」
「んー」
おじさまの当然の質問に、私はこう返す。
「うちのおみせをごりようしてくれるおきゃくさまにきせんなし」
ついでに言うと。
「ほう、珍しい顔が現れたものだな。相変わらず狂った店でなによりだ」
この店、勇者とか魔王とか聖女とか、すでに常連として囲ってるので。
ぶっちゃけた話、ドラゴンの王様が来店したところでなにをいまさら。
「蝕星王ノヴァ……なぜ貴様がこんなところに……?」
テーブル席でやきそばパンを齧るおにいさんを見て仰天するおじさま。
毎度の御利用、いつもありがとうございます。まおーのおにいさん。
「なぜもクソも王都中央部は俺の縄張りだ。邪竜王グランスタークよ」
おじさまは、この店の常連のおにいさんとは知り合いだったらしい。
「なにをしているノヴァ。この村は貴公の侵略拠点かなにかなのか?」
わけがわからないよ! とでも言いたげなおじさまの狼狽ぶり。
「ただのお忍び中の昼食だ。この村は初めてか? 少し肩の力を抜け」
「光竜騎士の拠点がある王都の目と鼻の先、さらには聖竜騎士の住む村に
七大魔王が二名……ありえん……ありえなさすぎて変な笑いが出そうだ」
「お前もこの村に滞在すれば慣れる。常識に囚われすぎるなよ邪竜王。
この村はそういうところだ。前にこの村を焼き払おうとした雷嵐王が
ずしおうまる、てっこうまじん、バーサクオーク、ボストロールという
そうそうたる高コストモンスターをこの村に送り込んで侵攻したら、
勇者でなく百姓ABCDに全滅させられて涙目になってたからな。
すべてがデタラメだ。この村では我々の常識は通用しないと思え」
ああ、そんな事件もあったね。
おりゃ! 『クワこうげき』! 『カマこうげき』!
いまだチャンスだ! 必殺の『いねかりぎりっっっっ』!
日々、畑仕事で鍛えている農夫を嘗めてはいけない。(戒め)
「とにかく黒くてデカいのが店の入り口に立っていると目障りだ。
メシを食いにきたのなら早く欲しいパンを棚から選んで会計しろ」
「慣れているな」
「常連だからな。この店は異世界のパンの再現度が高くて美味い」
改めて、いつも御利用ありがとうございます。
「杞憂とは思うが、俺の縄張りでおかしなマネをするなよ」
「愚問だな。交わした協定は重視する。魔族は契約を厳守するものだ」
「なら、なぜ西方連邦の侵略地を出てこんな辺鄙な村に顔を出した?」
「いつまでたっても目当ての勇者がこないので様子を見にな」
「ああ、例の聖竜騎士か。天空の聖女に続き、とんだババを引いたな」
「くっ、言葉の節々に勝者の余裕を感じる……」
「当然であろう? 誘拐して居城に捕らえている姫君は俺にベタ惚れ。
俺との決着を望む勇者は現在人気赤丸急上昇中の光竜騎士ディーン。
設定に恵まれた勝ち組の魔王としてふんぞり返ってなにが悪い?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
パン屋のテーブル席で、大陸を未曾有の危機に陥れた魔王が二人。
うちの村ではいつものことだけど、普通の冒険者が見たら卒倒もの。
自分がいうのもなんだけど、この『ああああ村』ってどっかおかしい。
「諜報部から西方での貴様の活動は耳にしている。見事な竜頭蛇尾だな。
天空の聖女をさらったことが全てのケチのつきはじめ。不運なやつだ」
「最初の頃に光竜騎士ディーン暗殺に失敗して以降、さしてパッとしない
貴公に言われるのは心外だな。大陸中央の侵略権をライバルに奪われ、
ほそぼそと辺境領を襲撃しては植民地化を進めて人間どもの人気取り。
若手とはいえ仮にも侯爵の出自である魔王がそんなことでいいのか?」
「機を待つのも戦争のうちだ。目立たず騒がず地固めに徹して牙を研ぐ。
好戦的な連中が我こそはと先走ってディーンに挑んでいるようだが、
俺の戦略はあいつらとは根本的に違う。本格的に出張るには早すぎる」
「フッ、七大魔王のあらかたが滅んだところで真打登場という筋書きか。
大物感の演出としては悪くないが、あまり褒められたものではないな。
早い者勝ちの椅子取りゲームの最中に、それはあまりに悠長に過ぎる」
「なにごとにも旬というものがある。光竜騎士ディーンは今も成長中だ。
他の魔王どもを糧にして、もう少し美味しく肥えてもらわねば困る。
ヤツが勇者としての最盛に入ったところで喰らい尽くしてこその魔王。
俺にとっても最終目的の邪魔になる他の魔王どもが我先にヤツに挑み、
勝手にどんどん滅んでくれるのはありがたいことだからな」
「ちくわだいみょうじん」
「博打だな。もししくじれば魔皇帝の座を他の魔王に取られていたぞ。
現状、光竜騎士ディーンを討ち取ったら勝利も同然の情勢だからな」
「もし奴らに敗れるのなら、そこまでの三文勇者だったということだ。
それに俺は、お前と同じで魔皇帝の王座にそこまでの執着はない」
「変わり者だな。その魔族らしからぬ心は、異世界人の血の業か?」
「その点については、滅びの美学に拘る貴様に言われたくないな」
「悪竜は人間の英雄に敗れてこそ華。神話の頃よりそういうものだ」
「やはり貴様は人を愛するあまり大魔王になった邪竜神の直系だよ」
「ああ、我は人間が好きだよ。特に絶対強者の暴力に屈せぬ人間が。
這いずり、抗い、知恵を振り絞り、あの手この手を試行錯誤して、
絶望的な差を埋めようと必死になる。そんな人間どもの在り様が」
「その筆頭が異邦人という神々に都合の良い尖兵であってもか?
貴様は例の聖竜騎士に恋焦がれじみた執着をしているようだが、
異世界から招かれた神竜騎士など、使い捨ての玩具にすぎんぞ」
「貴公には分かるまいよ。アレは違う。最近の幼く無知蒙昧で、
神の言いなりで魔王を倒すだけの凡百の異邦人どもとは違う。
あの天空の聖女もそうだ。恐ろしいほどに人間的で人間臭い。
我はな、使命よりも己の欲望に忠実で、それでいて眩しい、
そういう一本芯の通った信念を持つ正義の勇者が好きなのだ。
ノヴァよ、貴公は我のことを恋焦がれじみていると言ったな。
いい得て妙なことだ。根底の部分はその通りかもしれぬよ」
「悲しくは無意識に栄光ある破滅を望む魔王の業だな」
「フッ……」
………………
「「いまの『ちくわだいみょうじん』ってなんだ!?」」
その反応を待ってた。