Past and Present "Road to destruction" ~破滅願望~
何もしなければ何も始まらない。自分が変わらなければ何も変わらない。
そんな当たり前の世界がここにある。
【黒木勇斗語録・Brandish キャッチコピー】
ラスボスはダンジョンの最奥に引き篭もって勇者の到来を待っている。
フラグを立てに立てて、まだかまだかと開戦の瞬間を夢想しながら、
ウキウキし、ワクワクし、ハラハラしながらラストバトルに備えてる。
ラストバトル──これは勇者にとっても魔王にとっても晴れ舞台。
待っている間、なんか歴史に残るようなカッコイイ口上を考えたり。
舞台をどう盛り上げようかとボス部屋のインテリアに気を配ったり。
実は彼らも楽屋裏でいろいろやっているんです。いろいろと。
魔王の仕事は侵略活動の立案と軍の組織運営だけじゃない。
自分を倒すに相応しい勇者の育成を念密な計画の下に実行し、
適度なタイミングに適度なレベルになるよう適度な敵を配置する。
勇者が最初の街から出たばかりのときに芽を摘むなんて下の下。
もちろん育成計画は命懸けの超絶スパルタ。
旅の途中で雑魚モンスターにやられるような勇者は要らない。
救世は義務です。勇者、あなたは救世主ですか?
全滅は反逆です ZAP! ZAP! ZAP!
次の勇者はきっとうまくやるでしょう。
玉座にふんぞり返るだけの毎日に見えて、彼らは意外と頑張り屋。
誰も知らない舞台の外で、魔王はいつだって下拵えに苦心してる。
最終決戦は荘厳な雰囲気で華々しくいきたいもの。
勇者たち魂までを熱くさせられない魔王など興醒めだ。
長く歴史書に記される一戦を、永く吟遊詩人に歌われるドラマを。
美しく死に花を咲かせるなら、特大の花火をハデに打ち上げるなら。
最高の宿敵と、最大の規模で、最終の決戦を。
実のところ──
魔王にとって地上侵攻後の世界征服プランとかどうでもよくて、
世界を破壊しつくした末のことや、無に還したあとのこととか、
そういった侵略後のことは実は統計的に八割以上がノープラン。
なぜなら彼らは結果より過程の面白さのほうを重視してるから。
彼らはいつだって破壊と侵略を繰り返しながら求めている。
荒らし、怖し、蹂躙した焼け野原から芽吹く人類の希望を。
勇者という奇跡。悪である自分を殺してくれる決戦存在を。
魔王を倒すのは神でも天使でもない。地上にいる矮小な人間だ。
自分を殺す存在の萌芽のために焼畑さながらに地上を壊す。
自身に滅びをもたらす者を育成するために地上を壊す。
すべては対存在のもたらす理想の死を求める破滅願望のために。
だから彼らは永遠に勧善懲悪の二元論から逃れられない。
悪の栄えたためしなし。正義は必ず悪に勝つ。
魔王を倒すことが勇者にとっての最高のカタルシスなら。
勇者に倒されることが魔王にとっての最高のカタストロフィー。
侵略される地上の人間からしたら迷惑千万もはなはだしいけど。
勇者の正義と同じくらい、それは誰にも譲れない魔王の美学。
──と、
そこらへんの正義の勇者たちが一生知りえない真実を知ったのは。
私が六歳のときだった。
「それで、勇者が潜伏している対魔王戦略型秘密基地はどこにある?」
「ただのニートのやかただよ、おじさま」
「……道連れで我の威厳が損なわれるので、そういうことにしといてくれ」
「わかった」
私は苦笑するおじさまを連れて、村の郊外にあるニートの館に案内して、
「ここが ああああのむら めいぶつ ニートのやかた だよ」
「ユートの館ではないのか?」
「ここが、ぼーけんでいっぱつあててちょーしこいて、まいにちぐーたらの
ひびをおくる、なまけもののちくしょどーにおちた、ゆーしゃのまつろ」
「子供にそこまで辛辣な表現をされる勇者とはいったい。しかしなんだこの
館に漂う酷い怠惰のオーラは。この手のソウルが大好きなベルフェゴール
どのですら、脂臭くてとても喰えた者じゃないと便器に流すレベルだぞ」
「このゆーしゃはできそこないだ たべられないよ」
「いや、しかしだ、過去に魔王を倒した歴代の勇者の中には、相手が警戒を
している最中にあえて怠惰な生活に移行してやる気を失ったように見せ、
敵が完全に警戒を解いたところで一転して進撃を開始した搦め手もいた。
これはおそらく来るべき奇襲のため、目立つ行動を避け、引退を仄めかし、
警戒MAXでボス部屋で待ち構えている我を焦らせ、困惑させる策と見た。
恐ろしい男よ。もはや聖竜騎士は戦意を喪失した。我らの勝利だと思わせ、
我らの目が次の目標の勇者ディーン一行に一点集中したところを見計らい
横槍の強撃を打ち込むつもりなのだろう。そうだ。そうに違いない。
甘いわ聖竜騎士。我の目は節穴にあらず。貴様の思惑は見切ったわ!」
「ふかよみの フレンズが あらわれた!」
おじさま、今更だけどそれはただの現実逃避の自己暗示です。
あと、魔王ってみんな、誰も聞いてないのに無駄に説明口調になるよね。
「小娘、世話になったな。これより我は館に住む勇者へ宣戦布告に向かう。
我のことは忘れよ。人が魔のモノと関わるとロクなことがないからな」
それが私が見た邪竜王の最後の姿でした。
……なんてことはなく。
その後、おじさまは威風堂々と単身で勇者の館の扉を叩き、
「はーい、なんですかー? 新聞の勧誘はお断りなんですけどー」
「一ヶ月ぶりだな天空の聖女」
「って、ぐっさん!!!???」
「ぐっさんはやめろ。我が褥に聖竜騎士を送り込む計画はどうした?」
「あっ」
「あ?」
「いやいやいやいや。忘れてたわけじゃないのよ。うん、忘れてない」
「おもいっきりさっきまで忘れてましたって顔だぞ」
「だからね、ほら、ユートさんたちってぐっさんに囚われてた私を救出する
ために邪竜の離宮に突入して四天王最強の赤竜将と戦ったじゃない。
んでそのまま勢いで本殿に行ってぐっさんの影武者とバトったじゃない?
あのままぐっさんの本体が眠っているって設定の邪竜王の褥に突入しても
よかったんだけど、ボス二連戦のせいでわりと全員ダメージ深くてさ、
まず私の解放を優先して、傷を癒すため少し休もうってことになって。
そしたら報酬と貯金でマイホーム建ててのんびりしようってことで、
いざ建てて暮らし始めたら、魔王とかクエストとかどうでもいいやー
って気分になって、どーせほっといても魔王は勇者ディーンがみんな
やってくれるだろーって最近の情勢見ると普通はそう思うじゃない?
だいたい別にぐっさん倒さなくても日本に戻れる手段はあるわけだし、
その手段を知ってる私を奪還したらもうメインシナリオクリアなわけで。
そうなると『めんどくせー、息をするのもめんどくせー』ってなってさ、
えっ? ユートさんが来ると思ってラスボス部屋でずっと待ってた?
今日までずっと? んで、全然こないから焦れて直に様子を見に来た?
ぶっwww ブブッwwww! ユートさんこないのにwwwwww
ずっと張り切ってwwww ボス部屋で待ってたとかwwwwwwww」
おじさまは応対した天空の聖女様(クソダサジャージ姿)と会話して、
「………………」
チラリと先週からバーベキューの鉄板として第二の人生を送ることに
なった、地上界で唯一自分を殺せる可能性がある伝説の聖剣グラムの
諸行無常の扱いを見て「うわぁ……」という顔になったりしながら、
「ユートさん? ユートさんなら今日発売のドラポンクエスト3を買いに
王都まで言ってるわよ。品薄で整理券抽選になってるみたいだから、
いまごろ『物売るってレベルじゃねーぞ』とか喚いてるんじゃない?」
宿命のライバルが自分よりもゲームソフトを優先した現実を知って。
「すまんが出直す」
改めて、魔王は人類の愚かさに失望したのでした。