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Past and Present "retrace one's past" ~漂流奇譚~

  「 君に出逢って恋に冒険する 」


【黒木勇斗語録・エターナルメロディ キャッチコピー】

 私の名はもりそば。どこにでもいる普通の『じょしちゅーがくせー』。

 引越しも終わって、今日はいよいよ新しい街で初登校。

 って、いけないいけない。遅刻遅刻。食パンかじって出かけなきゃ!

 右も左もわからない新天地で、どんな出逢いが待っているのかな?


 なんて──

 幼い日の私は、異世界の話をいっぱい集めるのが大好きな女の子だった。

 ううん、今も大好き。王都にある大図書館で引き篭もるのは私の正義。


 このまえはなんて神都大聖堂の前で『ウ・ス=異本』焚書反対運動の

 リーダーとして、『ぼぉいずラヴ』が大好きな教皇様と一緒になって

 けしからん本の撲滅を狙う原理主義団体PTAとガチバトルしたし。


 魔王なき新しき時代に顕現した正義の聖竜騎士とか名乗ってるけど。

 その中身は今も昔も変わらない。私はただの夢見がちな少女。

 しがない農村の、はしっこにあるパン屋の、どこにでもいる村娘。

 

 空想の世界に憧れて、夜話の主人公に憧れて、非日常生活に憧れて、

 いつか自分もああなりたい、つまらない日常から卒業したい、

 通りすがりの白馬の王子様に出会って村から連れ出してほしい。

 ずっとずっとそう願いながら焼きたてのパンを配達する子供だ。


 いまでも信じられないんだ。

 自分が神話や御伽噺に登場する伝説の勇者様になれただなんて。

 ときどき思う。これは夢なんだって。

 ベッドの上で自分が見る儚い妄想なんだって。

 現実の自分はまだ六歳の女の子のままで。

 配達を終えて、仕込みに疲れて、日の出の寸前までグッスリで。

 目が覚めたら、またいつも通りの日常に戻るんだなぁって。


 でも、これは現実。

 変えられようもない現実。

 私は聖竜神様に選ばれた伝説の勇者で。

 魔王復活阻止を願う教皇様と信徒のみんなの期待を背負って。

 右手には聖剣。左手には正義。

 今日もどこかで悪即斬! 明日もどこかで悪即斬!


 私は戦う。正義のために悪と戦い続ける。

 おひめさまをさらった悪い魔法使い倒す英雄のように。

 人間を襲う邪悪なドラゴンをやっつける勇者のように。

 世界征服を企む悪の秘密結社と戦う孤高の戦士のように。

 漫遊の旅の途中で悪徳商人や悪徳領主をこらしめる王様のように。


 何度も何度も読み返して、何度も何度もこうなりたいと夢見て。

 ちょっとした運命の悪戯で、本当に夢の世界の主人公になれて。


 だから……

 みんなに拍手されるような正義の味方に。

 みんなが褒めちぎるような正義の味方に。

 みんなの憧れになるような正義の味方に。


 幼い日に私が見つけて、私がトクンと抱いた、あの大事な気持ちを。

 私の背中を見つめる新しい時代の子供たちに与えられるような勇者に。

 いつまでもいつまでも憧れでいつづけてくれる、あの人みたいに…… 


 私は──

 わたしは──

 ワタシハ──


 ただ……そう……なりたかった──だけなんだ……


「なんで……なんで……」


 夢はいつか覚める。

 どんなに願っても妄想は妄想でしかなくて。

 どれだけ甘い空想の世界に逃げ込んでも辛い現実は追ってきて。

 夢を叶えたとしても理想としていたものとは食い違っていたり。

 そもそも最初から夢物語は夢物語でしかないと思い知らされたり。

 自分が憧れ、夢見続け、こうありたいと願ったものが否定されたり。


「おにいちゃん! なんでッッッッ!」


 だったら覚めて欲しいと思う。

 八年間見ていた夢が単なる悪夢の入り口だったと分かっていたら。

 最初から見ることも、目指すことも、追いかけることもなかった。


 これは夢なんだと信じたい。現実逃避だと理解していても思いたい。

 こんな結末が待っているんなら……叶うなら……もう一度……

 九年前のあの時間から、あの日のベッドの上からやりなおしたい。




          ──  おにいちゃん?  ──



 うん。

 懐かしいね。

 すごく懐かしい。

 思えば私の運命が変わったのは九年前のあの日から。

 いつものパンの配達の帰り、村の門番さんへ配給を終えたあたり、

 ついでにと香草が自生している村はずれで素材摘みをはじめたとき、

 突然の出逢いはやってきた。


          ──  だいじょうぶ?  ──


 村人Aで終わるはずだった私の人生に訪れた転換期。

 いきなり空から降ってきて頭から草原に串刺しになった変な人。

 見たことのないおなしな服装をした私の知らない遠い世界の人。

 彼はいろんな本で読んだことのある異世界からの漂流者『異邦人』。



            ──  よしっ!  ──


 私は知っていた。知っていたというよりも願っていた。

 伝説の本に登場するヒロインみたいに、私を日常から連れ出してくれて、

 新しい人生を、めくるめく熱い冒険を、ラブでコメな実りの恋愛物語を、

 そんな夢を与えてくれる王子様との出逢いがいつあってもいいように……


 もしくは──

 いつ異世界人に召喚されて異世界転移してもいいように!

 いつ馬車にひかれて異世界転生してもいいように!

 いつ自分の村に未来人・異世界人・超能力者がやってきてもいいように!


 夢見がちな私は予行練習という名の妄想を絶やすことはなかったのです! 


 だから私は驚かず、怖がらず、ついにキターと有頂天になって。

 おにぎり兄ちゃんがよく川でやる一発ネタ『いぬがみけー』みたいな状態に

 なっている人を地面から引っこ抜いて、村まで引きずって、家で介抱して。


 彼が目を覚ますのにあわせて、幼き日の私は練習していたキメポースで。


 ──  おお ゆうしゃよ しんでしまうとは このいなかものめ! ──


 『いやいやいやいや! 死んでないから! いきてるから!』

 『ていうかそのセリフはなに? どこでおぼえたの? って、ここどこ?』

 『ちょっ! おじょうちゃん! 所持金半分もってこうとするのやめて!』 


 蓄えてきたありったけの異世界知識を元に、この人を導くことを宣言した。


    ── ちがうの? あれ? じゃあこっちのほうかな? ── 


 * わしはまっておった そなたのような わかものが あらわれることを *


 * もし わしのみかたになれば せかいの はんぶんを おまえにやろう *


 これが、後に聖竜騎士として魔王と戦うことになるユートおにいちゃんと。

 

 『あ~、すいません。闇の世界とかいう不良債権はノーサンキューで……』


 ── うわあ! このきりかえし! ほんものの【えとらんぜ】だ! ── 


 まだしがないパン屋の娘でしかなかった私との最初のイベントでした。


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