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Battle Royale "Dark side HERO" ~迷宮戯曲~

  「絶望を焚べよ」


【黒木勇斗語録・DARK SOULS2 キャッチコピー】

 其処は地獄の何丁目か。

 はたまた空に墜ちていく果てに辿りつく天の獄か。

 空間湾曲がおさまり、ゆるやかに明瞭となっていく視界の先に。

 ただただ広大な地平線が続く漆黒の世界があった。


「地獄や天上界……にしては殺風景にござるな」


 延々と広がる石柱と石畳だけの空間を眺めながら呟く拙者。


「ここはいったい?」


 常夜の天をあおぎ見て、やや呆けたように言葉を漏らすイカルどの。


「うわぁ、星がキレイ☆」


 最後にもりそばどのがキラキラ輝く乙女の瞳で世界の優美に感嘆する。


「常世、天界、あるいはこれが天文学者とやらが提唱する空の彼方……か」


 拙者は周囲を見回しながら闇騎士に招かれた異界を観察する。

 三人が立っている世界は広く、冷たく、暗く、深く、遠く、美しい。

 終わらない永遠の夜。輝砂を散りばめた深海。無限に広がる常闇。


 地を這いずる古代の賢人は、我々には届かない天井の世界があると説いた。

 神の徒たちはそれを天界と称し、天空人はそれは我々の大陸だと一笑する。

 違うのだ。後に天文学者と呼ばれることになる賢人は言う。

 天空城よりも上、神々の住む天界よりも先、空の果ての果てに世界がある。


 我々が地上から見上げることしかできない空。

 昼間は太陽が照り。夜には月と星々が輝く。暗闇が光を抱き尽くす世界。

 空を彩り、恵みを与え、ときに深い恐怖と安らぎを与える深遠の領域は、

 いつしか『宇宙』と称され、八大神や時の神を生んだ創造神の理に達した。


 すべては無から始まった。

 宇宙は創造神の死骸であり、宇宙を彩る星たちは創造神の鱗の残滓。

 我々が崇める太陽と月とこの世界は三柱の時の神の化身でしかなく、

 これらを慈悲深くも無情に抱きしめる宇宙こそ世の根源である。


 しかし宇宙は八大神ですら手を伸ばしても届かぬ彼方の彼方。

 創造神の最初の子らである時の三大神ですら漂うことしか出来ぬ領域に、

 我々人が到達することは叶わぬ。たとえどれほどの知恵を得ようとも。

 もしそれが叶うとき、それは人という種が神の縛から解放されたとき。

 雛が生まれ育った巣から飛び立つように、親離れを果たしたときだと。


「なんかとても神秘的で素敵ですけど、吸い込まれそうで怖いですね」

「先生、いったいここは? 噂に聞く魔王空間とは違うみたいですが」

「宇宙でござるよ。もっといえば宇宙を模した戦場結界バトルフィールドというべきか」


 ときおり思うのだ。

 なぜ異世界からやってくる異邦人はあれほどまでに優れた知恵を持つ?

 こちらの文明の根底を覆し、新しく塗り替える影響力をなぜ持てる?

 なぜむやみやたらに我らの神は彼らに敬意を払い重用するのか。


「宇宙? 宇宙って天空城や天界よりもずっと向こうにあるっていう……」

「俺たちが航海中の星読みとかで親の顔よりも見ている、あの宇宙かよ」

「そんなところを決戦の場に設けるとは、風流な騎士もいたものでござるな」


 我々は異邦人との交流の中で答えを見つけた。

 異邦人たちはとうに神から独立おやばなれした失楽園の存在なのだと。

 親である神を敬いつつも親を超えようとする存在に成れたのだと。


 その証拠のひとつがこの景色。

 おそらくは結界が映す幻影であろう。舞台装置のひとつであろう。 

 石畳と石柱だけの古い神殿にも似た廃墟が漂流する無限の宇宙。

 このような世界観は、実際に自らの知恵と技術で宇宙に達し、神を越え、

 認知として取り込んだ者たちでなければ生み出すことは叶わない。 


 常闇の先に月がある、月の向こうに太陽があり、背後には蒼い星がある。

 あの蒼い星こそセーヌリアス。現を司る時の神が化身した我々の世界だ。

 多くの天文学者が提唱していた、この世界は球体であるというと。

 だが一人として仮説を誰もが認める事実へ変えることは出来なかった。


 独り立ちできぬ我々では決して知りえぬ情報に基づくこの舞台。

 地上人の知恵ではない、天使の知恵でもない、魔王の知恵でもない。

 このダンジョンの創造には間違いなく異邦人が関わっている。

 それも昨今の幼く無知な異邦人にはない、特定の分野に詳しい者が。


 拙者には心当たりがある。

 こういう舞台構成にやたら造詣が深い異邦人を、拙者は一人知っている。


「先生、なにか来ます」


 思考をめぐらせすぎて感知が鈍ってる拙者に代わり、イカルどのが言う。


「ものすごく濃密な邪気を感じます。これは間違いなく悪です!」


 緊張の面持ちで聖剣を構え、暗闇の向こうを見据えるもりそばどの。


「ようやくおでましでござるな」


 カツン。カツン。カツン。

 金属靴が石畳を踏む音が静寂の空間に反響して宇宙に解ける。


「RPGのラスボス達は、いつだって己が座で滅びのときを待っている」


 青年の声がした。


「永く永く、自分に最高の死に花を咲かせてくれる破壊者ゆうしゃの到来を

 彼らは心から待ち望んでいる。ふと脳裏に浮かぶ自傷衝動のように」


 自嘲のように語りながら歩を進め、我々に近づいてくるのは──


「あるラスボスは剥き出しの自滅願望を口にしながら、またあるラスボスは

 自覚のないまま深層心理の中で、みながみな無意識の破滅を望んでいた。

 勧善懲悪のシナリオ、光と闇の二元論、正義が必ず勝つ予定調和の御伽噺。

 どれほど追い詰めようと、どれほど怖いし続けようと、最後は、絶対に、

 悪は正義に負けるという宿業に屈する、それがラスボス達の無念と理想」


 これまで寡黙を貫いてきた闇騎士がついに口を開いた。


「随分とおしゃべりになったじゃねぇか。狂戦士ごっこは飽きたか?」


 イカルどのの煽りに闇騎士は反応せず。


「あのときは分かりもしない。分かろうともしなかった彼らの悪の美学。

 ここに訪れて、ここに堕ちて、ようやくオレも理解するに到った。

 戦乱と災厄に呑まれ、這いずり、泣き喚き、もがき苦しむ絶対の弱者。

 そんな脆弱な人間から産まれる一瞬の輝き。希望を薪にした奇跡の火。

 絶対強者である魔王は彼らのそんな灯火を恐れ、敬い、愛でていた。

 絶対弱者たちの夢が作り出した想念にして象徴である『勇者』の火を」


 ただ語った。舞台を盛り上げる役者のように。歌劇の詩人のように。


「フッ、饒舌が過ぎたな。物言わぬ道化に扮しての場の温めは終わった」


 道化に扮したか。

 そうでござろうな。そうせざるおえなかったのでござろう。

 でなければバレる。理性無き戦士を演じなければ舞台は台無しになる。

 予定外であったのだろう? 自分を知るものが獲物の中にいたことが。


 彼は初手からの暴露ネタバレを恐れた。

 舞台の流れがブチ壊しになることを警戒した。

 物事には盛り上げのための順序というものが必要だ。

 手順を踏まず、空気を読まず、正体を明かされるのを避けたかった。


 謎の怪物が大暴れし、冒険者を壊滅させ、ギルドを震え上がらせる。

 あれはいったいなんなのか? なにやつなのか? 正体はいかに?

 そこまで場を温めてから、事実を披露するつもりであったのだろう?


 だとしたらとんだ見込み違いにござるよ。

 少なくとも拙者は、そういうムードを軽視する軽率な舌を好まぬよ。

 拙者は気付いている。闇騎士を演じるおぬし中身が何者なのか。

 拙者は理解している。無意味にも見える狂言回しがいかに大事か。


 まったく。

 立場は変われど、昔からおぬしのやることは変わらぬでござるな。


「さぁ、はじめよう」


 我が旧き同胞──


「観客も無き、この果てしなき宇宙そらの彼方で」


 偉大なる聖竜騎士──


「光と闇が血肉と信念で彩る、壮大な残酷無惨劇グランギニョールを──」


 クロキ・ユートどの──

  

「いきなりセイクリッド・エクスプロージョンッッッッッッ!!!!」


 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!


「あ……」

「うわっ……」


 幕が上がりかけてた舞台がいきなり台無しにござるよ~~~っ!


「フッ、正義は勝つ」


「いやいやいやいや。いやいやいやいやいやいや」

「そこはさすがに空気を読むでござるよ、もりそばどの」


 イカルどのと拙者の同時ツッコミ。

 いや、合理的なのは分かっているのでござる。

 やぁやぁ我こそはと前口上してる阿呆な敵将に弓を射掛けるのは当然。

 でも、そこは場の盛り上げというか、見せ場というか、せら勇者的に。


「難しい言葉だらけでよくわかりません! あとセリフがくっそ長い!」


「お前も無駄な前口上とか無駄なポージングとか大概だけどな」


「正義側はいいんです! 一見して無意味に見えるポースの連続とかも、

 実は叫んだり踊りながら気を練ったりとかいろいろありますから!」


「とりあえず、空気読め。お前、ゴーレムが五身合体とか始めたら、

 男のロマン無視で完成する前に隙だらけだと攻撃するタイプだろ?」


 と、漫才を開始するイカルどのともりそばどのであるが。


「これで取れたのは相手の命ではなく、冷えた笑いだけでござったな」


 こんな安い先制攻撃で倒されるような相手なら苦労はござらぬよ。


「正義か。この世で最も都合の良い大義名分にして最も安い免罪符だな。

 あの聖竜神クソジジイめ……この人選はオレへのあてつけのつもりか」


 やはり……


「オレもそうだった。正義の味方を名乗ればあらゆる暴虐が許されると。

 平穏に暮らしているモンスターを虐殺し、古代遺跡で盗掘を繰り返し、

 他人の家に押し入ってタンスを開け壷を割り、王権簒奪の補助をする」


 来ると分かっていたな。あの爆発を大剣を盾にして防ぎきった。


「過去の自分を行いを鑑みると笑ってしまうよ。若く無知で純粋だった。

 少年の頃のオレは、光が善玉で闇が悪玉であると信じて疑わなかった。

 人間同士の戦争も良い国が悪い国と必死に戦っていると思っていた。

 お笑い草だ。善と正義は別物で、正義の敵は悪でなく別の正義なのに」


 語りながら、闇騎士は剣を振り上げた。


 これは──!?


「いかん! 二人とも横に飛ぶでござるッ!」


 拙者の叫びと同時に振り下ろされる大剣。そして大爆発。

 荒れ狂う破壊エネルギーは蒼白い聖光を帯び、その色は残酷にして美麗。


「そんな……なんで……?」


 直撃を回避して後退したもりそばどのが信じられないという顔になる。


「私の技を一目でコピーした? 違う、でも、こんなこと……」


 驚くのは無理は無い。

 技の入りや型こそ異なるが──

 これは先程もりそばどのが撃った必殺技とまったく同じものだった。


「聖竜爆裂波──見よう見まねの独学にしてはよく再現できていたぞ」


 闇騎士は言う。

 彼女のセイクリッド・エクスプロージョンが自分の見よう見まねだと。


「ありえない……ありえない……」


 呆れ果てる闇騎士とワナワナと震えるもりそばどの。


「熟練度も相当だな。どれだけの数の『悪』に、この神竜の剣をブチこんだ?

 どれだけ聖なる力で悪を殺戮した? 人間は斬ったか? かつての冒険者を

 ヒャッハーどもを、正義の名の下に殺し尽くしてどれだけ経験値を稼いだ?

 正義を名乗り、聖人を気取り、神に選ばれし勇者だとその気になって、

 たかが傀儡、たかが手駒、たかが尖兵と知らず、どれだけ屍を積んだ?」


「だってユートおにいちゃんは八年前に……」


「勇者? 救世主? 正義の味方? 片腹痛いわ。たかが聖なる殺人鬼が。

 お前の暴挙暴虐に敬意を表し、伝説の勇者(笑)とでも呼んでやろうか?

 もりそば、お前がどれだけ聖竜騎士の称号を受け継いで浮わつこうが、

 現実は所詮こんなものだ。愛と正義のおとぎばなしの主役には程遠い。

 ラスボスを喜ばせる相手として、お前はあまりにも足りなさすぎる」


「八年前に世界を救って、伝説の勇者になって、元の世界に戻ったもん!」


 慟哭だった。


「だからあなたはユートおにいちゃんなんかじゃない!」


 彼女の絶叫は現実からの逃避。


「甘いな」


 だからこその嘲笑。


「正義に縋り付く真っ直ぐな勇者ほど、脆く儚く移ろいやすいもの」


 これは己自身の弱さを語る自虐。


「純粋であれば純粋であるほど染まりやすく極端から極端へ飛びやすい」


 実体験から学んだ真理。


「そして故郷の生活が、異世界での生活よりも幸福であるとは限らない」 


 生々しき苦悩。


「それでも! あなたがユートおにいちゃんであるはずがない!」


 それでも現実は無情。

 パチンと兜の留め金が外れる音。

 闇騎士は砕け歪んだ兜を脱ぎ、その全貌を露にする。


「しばらく見ないうちに大きくなったな、もりそば」


 知っていた。

 分かりきっていた。

 だから拙者は最後まで口にできなかった。


 旅先でユートどのがよく口にしていた妹みたいに可愛がっていた村娘。

 それが次代の聖竜騎士である彼女であることは優に察しがついていた。

 でなければここまで彼女の雰囲気がユートどのに似るわけがない。


 心底からの憧れであったのだろう。

 永遠に追い続けたい目標であったのだろう。

 いつか再会を果たして共に人生を歩みたい兄であったのだろう。


 故に悲劇だ。

 聖竜騎士と聖竜騎士が、兄と妹が、このような業を背負った。

 なんと陳腐で、月並みで、残酷にして無惨な戯曲の舞台か。 


「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」 

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