to gather mushrooms ~茸料理なんぞをつまみつつ~
さあ、私に見せてください。
生に対する執着心をッ!!
【黒木勇斗語録・タクティクスオウガ 屍術師ニバス】
「話はエストリアから聞いてるよ。なんでもコッチで爵位もらえるくらいの仕官先探してるんだって?」
テーブルの向かいで豪快に笑い、マタタビ酒をくいっとあおる彼女の名前はタマ。
七年前の戦いにおいて、レンジャー兼業のドルイド僧としてボクたちを支えてくれた、かつての旅の仲間の一人だ。
回復役やトラップ解除といった地道な作業がメインの仕事だったため、冒険中でハデな活躍こそなかったけど、彼女なくして邪竜王退治は果たせなかっただろうと今でも思ってる。
「うん。でも王都中央部には元聖竜騎士であるボクの力を生かせる場はなかったよ。やはり救世の剣は七年前の爪痕がまだ残ったままの辺境や西部蕃国で振るうべきじゃないかと思ってね。今は諸国漫遊の途中といところかな」
「ほふひひまふね。ははひがひほほほひょうはひひははっはは、へふはふひはきょうへいほうはんはっはふへに」
「はいそこのウンコっ! 焼きキノコをリスみたいに口いっぱいにしながら喋らない!」
「あっはっはっ、まぁ~、こっちも酷い冒険者の就職難だからね~。うちのレンジャー部隊もちょっと新兵の募集をかけたら応募殺到して選考処理に四苦八苦だったもん」
「まだ入団枠は残ってる?」
「補充枠ならあるにはあるけど、入団資格の最低条件がドルイド教に入信かつレンジャーレベル15からになるけどいい?」
「ごめんムリ」
ダメもとだったけど前提条件からいきなり躓いた。
「厳しいねぇ。ほぼ地元民限定じゃないか」
「そこまで制限かけないとキッついってこと。あぶれ冒険者の仕官も可能な限り自国民を優先したいしね」
「なんともイヤな世の中になったなぁ」
「腕っぷしを売り物にする冒険者にはつらい時代だよね。王都に比べれば未開地の開拓とか迷いの森の手入れとかそれなりにフリーの仕事を用意してあげられるけど、それでもやっぱり人手は有り余ってるかんじかなー」
「猫の手も借りたいなんて自虐ネタが合言葉だった頃が懐かしいね」
「まったくだよね。それで国の治安が良くなったかといえば、山賊どものせいでンなこともないのがまたね」
「ヒャッハーは1匹見かけたら30匹の法則」
「ほんとそれ」
うーん、それにしても相変わらず装備がエロい。ちょっとボンデージチックなソフトレザーが実にエロい。
カラダのラインが見えるコルセットタイプの革鎧にはビキニアーマーとはまた違った趣がある。
たしか彼女も今年で21歳だっけ。そりゃイイ女盛りだもの、当時より更にエロくなるのも当然か。
それでいて昔のボーイッシュ感がしっかり残っているのがまたいい。
「でも何でコッチに戻ってきたの? 元の世界に戻ったら向こうで平穏無事に暮らすって言ってなかったっけ」
「平穏無事に暮らすつもりで家に引きこもって隠者になったら、親に働けといわれまして……」
「あー、あるよねそういうの。僕も結局、なんだかんだで母様から【大樹の聖女】の役目を押し付けられちゃったし」
「リップルもおにぎりもそうだったけど、みんな社会的責任を負ういいオトナになったってわけだ」
「そういうことなんだよね。いつまでも子供のまま自由気ままじゃあいられないってこと」
自分には、こんな場末の酒場で昼から飲んでるあなたは、わりとまだ自由気ままに見えますけどね。
しっかし次代の聖女として箱入りになるのがイヤで国を飛び出した、あのちんまい御転婆がねぇ……
ほんとトシとったよなぁみんな。見た目が変わらないのは寿命がエルフなみの天空人エストばかりけり。
ちなみに──
ネコミミだからタマって安直すぎね? と、ツッコミを入れたい人は自分を含めて何人もいるだろう。
もちろんこれは本名ではなく冒険者としての通称みたいなもので 実際の名前はまったく違う。
ただ、その本名がフォートリアのしきたりに沿うと「竜宮の乙姫の元結切り外し」なみにクソ長い名前になるのでここでは割愛したいと思う。
「じゃあ、昔を懐かしむのはここまでにして本題に入ろうか。話は枝の院から聞いてるわよ。『迷いの森』からやってきた使者との交渉を天界代表としてエストリアがやるから、森に入る許可が欲しいんだって?」
「むぐむぐごっくん。そうなんですよ。今日こうしてタマさんをお呼びしたのは、『迷いの森』の通行の
許可と中枢部付近までの道案内をお願いしたくて」
「カタチ的には神都からの使者ってことでよかったんだっけ」
「そうしていただけると後腐れがないんで助かります。天空城の王家が地上で直に動いたと知られるといろいろ国交問題がうるさいんで。メルちゃ……じゃなくて教皇メルビル様の紹介状もこの通り」
「ちょっと待てエスト、神都の教皇さまってまだ現役だったのかよ。ボクが聖竜騎士デビューして大神殿に挨拶に行ったときにはもう百歳いってたよな?」
「今月頭にやったの誕生日会に参加したときに、本人が『ようやく半分生きたというところか』とか言ってたから、あと百年は生きると思いますよ」
「いくら聖竜神の加護があるアークプリーストでも、もう妖怪神仙の類だな……そこまでいくと」
「あー、今回の件に教皇さんも参加しちゃったんだ。こういうとき宗派の管轄問題や派閥問題って厄介だよねー。森竜神のクソオヤジも地竜神とのナワバリ争いでいっつも睨み合いしてるし」
「まったくです」
この領地にある森はすべて【大樹の聖女】の支配地だ。
自国民さえ進入禁止の禁忌の森に入るには当然、国家元首である聖女様の許可がいる。
エストはこの世界で最も古い王家の出身だけど、世間的には一介の冒険者でしかない。
その気になれば無許可で入って天界経由で事後承諾させる権限もあるんだろうけど、そこんところはやはりちゃんとスジを通しておきたいらしい。
この国で崇拝されてる【森竜神】と【大樹の聖女】であるタマの顔にドロを塗ることにもなりかねないし。
「さすが太っ腹。やっぱもつべきものは人脈だよ」
ボクとエストがこの国の代表と知り合いだってのも面倒を避けるのに好都合だったんだろうな。
やっぱファンタジー世界で重要なのはいかにして王侯貴族とコネをつくるかだ。
仲間にしててよかった御転婆姫。冒険が終わった後もこうしてオトナの世界で大活躍だ。
「で、そこまで話が進んでいるということは、リップルと僕に手紙でよこした例のアレ、やっぱ本気でやるんだ」
「やりますよー。この仕事を成功させたら給料アップと日本の永住許可の確約を聖竜神さまからもらえましたから! この天界で立ち上がった協賛プロジェクト、かなり本格的に進めるつもりでいます」
「七年前の後始末がやっと終わったと思えば、今度は別の問題とか聖竜神もタイヘンだねー。森竜神管轄のこっちも黒焔王に焼畑にされた森の再生とかで大変なんだけどさ」
「ほんとですよー。特に厄介なのがニートさんの後始末です。邪竜王を倒した救世主が今じゃ無職のヒキニートですよ。22にもなって親の持ってる長屋に引き篭もって、親の仕送りに頼りきりで働きもしないヒキニート。御両親からは『このバカ息子をなんとかしてくれませんか』と請われるし、聖竜神さまからは『お前が拾った勇者なんだから最後まで責任もってね』とか言われて見捨てるわけにもいかないし」
「ちょっとまて! もう引き篭もりじゃないから! 冒険に出てるから! あとニートでもないから! ちゃんと勇者として現役復帰したから! あとボクを拾ったはいいけど飼い切れなくなって始末に困ってるペットみたいに言うのやめて!」
「聖女も楽じゃないね。よし、それならかつての旅の仲間の頼みだし、通行許可の件はお安い御用だよ。こっちも『迷いの森』からやってきた使者の件で院の連中が旧魔王支配区の扱いをどうすべきか悩んでたところだし、渡りに船で調査団の名目で許可だしとくよ。 ただし、僕も同行するって条件付でね♪」
「そう言うと」
「思ってました」
やはりそういう条件を出してきたか。
この御転婆がこんな話を聞いてジッとしてられるわけないもんなぁ。
「もちろん歓迎します。タマちゃんがいてくれるとなにかと助かりますから」
「同感。魔物に罠に猛獣に山賊、禁忌の森だけになにがあってもおかしくないからね」
「うしっ、交渉成立。じゃあすぐにでも許可証の発行するから、またよろしくねユートくん」
タマ が なかまに くわわった
「と、かつての仲間がまたパーティーに加わってくれたのを喜んだはいいけどさ」
「なんですか?」
「トイレならそこ右に曲がったところだよ」
「そうじゃなくて、ボクいまだにこの件の詳しい話を聞いたないんだけど」
闇落ちとか使者とかアレの件とか言われても、こう蚊帳の外じゃどうしても話のスジが読めない。
「ユートくんに詳しいこと話してないんだ」
「そうですね。まだ企画段階でちゃんと向こうが実施するかも怪しいんで伏せてましたけど、ここまできちゃいましたし、さわりだけでも伝えておきましょうか」
ここでエストはすっくと立ち上がり、かなり久々に見る聖女らしい威厳をもって、そのひとさし指をボクに向けた。
「元聖竜騎士ユートよ、天空を守護する『聖女』エストの名のもとに、ひとつ使命を与えます」
ビシっとカッコつけるのはいいんだけど、その口元の食いカスつけっぱはどうにかなりませんかね。
そこのところのヌケかげんがエストらしいといえばエストらしいんだけど。
「まだ聖王も王都も存在しなかった千年もの昔、この地には迷宮戦役と呼ばれる魔王降臨による大事件がありました。現在は深い森に覆われていますが、『迷いの森』と現在呼ばれている地域には、かつて迷宮王の挑戦と呼ばれた数々の大迷宮が存在していたそうです。それらの多くは魔王の撤退と共に消滅しましたが、かつての戦いの名残はこうして森に点在する遺跡として今も残っています」
おおっ、なんかすっごくファンタジーの大冒険チックな前フリがきたぞ。
「天界の至宝の一つである聖天樹を我がものにせんと数多くの迷宮を生み出し、大陸を惑わせた迷魔王が
多くの冒険者と、当時の聖女たちに選ばれ召喚された四人の異邦人によって倒されて千年。なんとふたたび、このフォートリアに迷魔王の魔の手が忍び寄り、八年前以上の未曾有の危機がやってきたのです!」
なんと! 千年前の魔王の復活だって!? そんな大事なことなんでこれまでボカしてたんだよ。
なんという奇遇。なんという好機。これだよ。これこそがボクが求めていた冒険だよ。
就職活動に失敗したのなら、またどっかで活躍して名声上げて引く手数多になればいいじゃない。
よし、魔王の名前を聞いて俄然やる気がわいた。
待ってろよ迷宮王! ボクはいまモーレツに熱血して……
「それでですね、ニートさんにはこれから迷宮王のところに赴いて、迷宮管理人の面接を受けてもらうことになってまして。あとで履歴書をお渡ししますんでチャチャっと記入をオネガイシマス」
「はい?」
このときボクは──
「履歴書?」
「はい、写真添付で」
自分の綴る物語が魔王退治のコテコテ王道ファンタジーから完全に脱線した音を……たしかに聞いた。