Battle Royale "Sacred swordplay" ~聖剣一閃~
「戦いは、その手に託された」
【黒木勇斗語録・GUILTY GEAR XX Λ CORE -wii版-】
冒険者というものは良くも悪くも安定しない存在だ。
蚊蜻蛉と嘲笑を受けていた新参が一皮向けて獅子と化すこともあれば、
持て囃されたベテラン冒険者が、ほんの些細な事故で死ぬこともある。
成長期真っ只中の若い冒険者に特に多い出来事だが、気軽に受けた、
たった一回のクエストの成否が、彼らの冒険者としての今後の運命を
決定的なレベルで大きく左右したりすることもある。
一握りの大成功の裏には無数とも言える致命的な失敗が隠れている。
たまたま冒険中に見つけたアイテムが後の災難の切っ掛けになったり。
たまたま出くわした予定外の上位モンスターに全滅させられたり。
たまたま組んだ仲間がやんごとなき人物で大事件に巻き込まれたり。
逆もまた然りではあるが、不思議と成功例よりも失敗例のほうが多い。
遅かれ早かれ差こそあれ、冒険者は必ず壁と好機の両者にブチ当たる。
これは未熟な新参だけでなく、慣れたベテランにもいえること。
否、むしろ仕事に慣れすぎて漫然とした時期こそが警戒期なのだ。
なぜなら成功の連続に酔い、欲をかいて次の段階に移ろうとする時期、
これまで体感してなかった未知へ挑戦する瞬間が最も危険なのだから。
イカルどののパーティーは若くしてBランクの称号を得た精鋭。
実力面も申し分なく、これまでに多くのクエストをこなした芯もある。
このところ飛空艇を使っての輸送任務ばかりやってたと謙遜していたが、
その実はかなりの回数の賊退治やモンスター退治も兼任していただろう。
彼らは決して弱くはない。
この太平の時勢でここまでの成長が見込めただけでも英傑候補に値する。
もし八年前の大戦時に今の年頃であったなら第一線で活躍できていた。
あの戦乱の世であれば難間のAクラスへの昇格も夢ではなかったろう。
あな悲しや。あな惜しや。
彼らは産まれる時代を十年は間違った。
世が世ならBクラス以上に成れたイカルどのたちにとっての不運は。
大戦時に溢れかえっていた絶対強者とあいまみえられなかったこと。
それが彼らにとっての最大の悲劇。
ダンジョンという不条理を知らず、待ち構える危機を認識しきれず、
覚悟も甘いまま常軌を逸した存在と戦った、経験薄きゆえの破滅。
あのときの悲観を見るに、彼らがここまで壊滅状態に陥ったのは初。
なにをしようと歯が立たず、成す術もなく、ものの数秒で全滅寸前。
それほどの差を持つ怪物に彼らは出遭ったことがなかったはずだ。
凡百の初心者パーティーならば近場の遺跡で割と早期に体験するが、
雑草を食み、泥水を啜るが如く這いずる万年低ランク組とは異なり、
彼らのように溢れ出る才覚でトントン拍子で成功してきた高ランクの
冒険者ほど、なかなか圧倒的力量差の怪物と邂逅する機会は薄い。
そしてレベルが高ければ高いほど、ランクが高ければ高いほど、
一つのクエスト失敗が今後の人生の明暗を分けることになる。
パーティー壊滅がトラウマになり冒険者を辞める例は珍しくなく。
そのときの悲劇を忘れたいがために酒に溺れる者や自殺をする者、
世捨て人となって引き篭もる者や神に縋り修道士になる者もいる。
冒険者とは常に死と隣り合わせの世界の住人。覚悟のいる仕事だ。
しかし拙者のように戦場を愛する死人になれる者は多くはない。
故に脆い者は一条の亀裂だけで精巧なガラス細工のように砕け散る。
正直、拙者はイカルどのの反応を見て、もうだめだと想っていた。
あのまま生き延びても、あれほどの恐怖を知ってしまったら……
生涯あのときのことを引きずり続け、悪夢にうなされ続けると。
運よく逃げおおせても彼らは冒険者家業を程なく引退するだろう。
あのときの拙者はそう察するほかなかった。
「イカルどの帰還アイテムは発動したはずでござるよ?」
「ええ、みんな無事にダンジョンの出入り口まで戻りましたよ」
「ほかのものは?」
「インコに任せてキャンプに戻しました。救援出して回収待ちです」
「おぬしは? 今ならまだ逃げられるかもしれないでござるよ」
「まさか。ここまできたらもう引っ込みつきませんや」
なのに彼は帰ってきた。敗北しかないはずの死線の中に。
傷ついた女を抱え、立ち向かうことも許されず、失禁し涙を流し、
すくたれものと嘲笑されてもやむない無様を晒して逃げた青年は……
「このまま先生を見捨てるようなグズはスタイリッシュじゃないとか、
逃げるなら今日限りで空艇団は解散だってインコに脅されましてね」
ダンジョンの出口手前で仲間に何を言われたのかは与り知らぬ。
檄を飛ばされたか、背中を叩かれたか、一滴の勇気を貰ったか。
「そこまで言われたら、命懸けで一花咲かすのが男ってもんでしょう」
物の怪を前に腰を抜かした童のようであった青年は。
さきほどのすくたれぶりとは打って変わって勇士の貌になっていた。
どうしようもない力量の差があると悟っていても譲れぬものがあると、
大筒を構え、闇騎士に標準を合わせ、警戒を怠らず対峙している。
「かわいい女の子の前でダサい姿を見せるわけにもいきませんしね」
「…………」
嗚呼──
そういうことでござるか。
「それにしたって頑丈なナイト様だな。不意打ちからのクリティカルだぞ。
煉瓦ゴーレムなら半身が無くなる威力の砲弾をモロに受けてこの程度か」
拙者はとんだ思い違いをしていたようでござる。
彼は強い。挫折を跳ね除けて男を魅せる胆力がある。
女の前でイキがらねば自身が自身でなくなるという不退転の矜持がある。
この青年、軟派なところは数あれど、この一戦で化けるかもしれぬな。
登竜門に記された、大滝を昇りきって偉大な竜に豹変る鯉のように。
ふむ、困ったものだ。これでますます安易に死ねなくなった。
「俺の愛砲【獄殲滅】の直撃を受けて立ってきた人型は初だわ」
「あの漆黒の霧のせいでござるよ。アレを剥がさねばにんともかんとも」
「アレですね。伝説に聞く闇の衣かもしれないってインコが言ってました。
上級魔族が使う魔装で、かなり高いダメージカット率がどうたらだって」
闇の衣。
魔王と勇者の戦いを記す文献でときたま登場するアレでござるか。
なるほど。記載された伝聞や伝承に違わぬ禍々しさと装甲の厚さよ。
「対処法は?」
「相殺属性である聖属性または光属性でブチ破るのが手っ取り早いそうで」
「残念ながら拙者はそのテの属性攻撃は苦手分野でござってな」
「気が合いますね。俺もですよ。属性弾はどうにも高価でなかなか」
「ハハッ、ガンナー系は『銭投げクラス』と名高いでござるからな」
「笑い事じゃないですけどね」
パーティーリーダーとしての意地。それもあるだろう。
拙者を見捨てて逃げられない優しさ。それもあるだろう。
なによりもかによりも彼をここまで突き動かしたのは男の気概か。
「笑うしかないでござろう? なにしろこんな状況にござるからな」
「同感です。イスカたちは戦闘不能。インコも外に置いてきましたし、
ここにいるメンツだけでアレをどうにかするしかないんですよねっと」
「なら、なおさらおぬしではどうにもならぬことぐらい分かっていたはず」
「それでも時間稼ぎぐらいにはなりますから」
言いながら、イカルどのは大筒を発射した。
ブン──ッ!
さすがに先ほどの不意打ちののきのようにはいかず、闇騎士が反応する。
弾丸が着弾するよりも早くヤツは前に飛び出し、大きく跳躍する。
突進突きではない。砲弾を回避しつつの胴回し回転斬りか!
「イカルどの!」
「先生は一秒でも多く回復を! スキルの再使用まで持ちこたえられれば」
互いに左右に大きく飛び、闇騎士の斬撃を回避するも。
「ッッッ」
「ぬぅっ」
砕かれ、弾け、飛び散り、榴弾と化した闘技場の石畳が襲い掛かる!
敵が二人に増え、点の攻撃から面の攻撃に切り替えてきたか。
大きく飛び退いたおかげで傷は浅く済むも、散り散りにさせられた。
どちらが狙われる!?
「こなくそっ」
イカルどのが大筒から短筒に持ち替えて連射する。
カキン。カキン。カキン。
三連射の銃弾が闇騎士の頭部に当たるも、やはり豆鉄砲では……
「…………!」
闇騎士の視線がイカルどのに向いた。
「鬱陶しいかいナイト様? だけど空賊には空賊のやりかたがあってな」
時間稼ぎ。
イカルどのも自分の攻撃がまるで決定打にならないくらい分かっている。
狙いはおそらく拙者の回復待ちと、足止めの役割。
だからあえて挑発を混ぜて攻撃対象を自分に向けている。
撃ち尽くした短筒を腰のホルスターに戻し、次なる手は──
「輸送物資目的の盗賊に襲われてもいいよう、切り札は山と残すもんだ」
イカルどのが空いた右手から薄ら輝く線状の箱を具現化させる。
Cランク冒険者以上ならば嗜みとして身に着ける『収納』の簡易魔術だ。
不思議な箱と呼ばれ、異界に繋がる箱にいくらかの品を詰め込む術である。
収納できる総量は決して多くはないが、予備の装備品の収納くらいは可能。
「ところで、ナイト様はマッシュポテトはお好きかな?」
『収納』の異界から取り出すは、先端が膨らんだ棒状の何か。
ひとつ・ふたつ・みっつ・よっつ。
あの形状、八年前の大戦で見たことがある。
たしかあれは芋潰機の異名を持つ柄付焙烙玉!
「めいいっぱいクソ喰らって腹くだしな」
焙烙玉とは陶器などに火薬を詰めて作られる手投げ式の爆弾。
五百年前に異邦人の織田信長が火薬とともにドワーフに伝えし殺戮兵器。
威力は火薬や器の質にもよるが、上質ならば中級の爆発魔術にも匹敵する。
たちまちにして連続的な爆発に巻き込まれる闇騎士。
拙者も戦乱の折にこれの威力はたびたび目にしている。
素材が希少で生産量こそ少ないものの、無詠唱で誰でも使えるのが強み。
軽量かつ小型であるため消耗型の携帯武器としては下手な巻物より有用。
あまり魔法クラスに向いていないドワーフたちは八年前の大戦のおりに、
鬼城王の下僕を相手に大筒と焙烙玉を主武器にして戦った。
なまなかな武器では太刀打ちできぬゴーレムにも効いた爆発力。
コブリンやオークの群れ程度ならば、いまの連爆で粉微塵だっただろう。
ゴブリンやオーク、程度ならば。
「チッ、足を鈍らせる程度にしかならねぇか」
大気を揺らす爆発、弾けとぶ榴弾、吹き荒れる爆風。
破壊力は十分。殺傷力は十分。しかし闇騎士を屠るには足りない。
せいぜい動きを鈍らせる程度。
爆音で聴覚を乱し、爆風で足を止め、爆煙で視界を覆うのがやっと。
「なら、サラダのあとのデザートにパイナップルはいかがかな?」
いまいち効かぬならと、さらに楕円状の焙烙玉の追加。
これもたしか『パイナップル』なる名の焙烙玉。
次から次へと爆弾を投下する姿は、まさに空爆を開始した飛空艇のよう。
接近せず、中距離から手投げ武器と射撃武器で応戦するイカルどの。
空賊には空賊なりのやりかたがある。そう彼は言っていた。
その通り。なにも接近戦で斬りあうだけが戦いにござらぬ。
砲撃、銃撃、爆弾、なにをつかっても良いのだ。これもまた戦の習い。
いやらしいが卑怯とは言うまい。
距離をとる戦いでいうなら魔法使いもこれくらいのことはする。
しかしだ──
中級爆発魔術程度の破壊力では、この闇騎士の動きは止めきれない。
せめて爆裂魔法級の大破壊力を用意せねばドラゴンは倒せない。
「──────!」
闘技場を覆う爆煙から飛び出してくる闇騎士。
多少のダメージは与えたが、それが逆に闇騎士の怒りに油を注ぐ。
拙者に眼も向けず距離をとっていたイカルどのを狙って突進する。
焙烙玉の追加はない。玉切れ。もう敵の動きを鈍らせる策はない。
拙者の呼吸は……まだ整わない。
回復を待つ時間稼ぎならば、せめてあと十秒は欲しい。
あの五連撃で拙者は強化系の技能を重ねがけですべて使い切った。
技能の充填時間が終わるまで、拙者は動くに動けない。
アレを完全にしとめるだけの一閃を放つには全技能の上乗せが必須。
横槍の一撃で救うにしても、彼を凶刃から救いきるにはまだ火力不足。
このままでは時間稼ぎと引き換えにイカルどのが殺られる。
そのときだった。
「それでいい。その角度だ。いまだ嬢ちゃんッッッ」
いよいよ突進してきた闇騎士がイカルどのを死の射程に入れた瞬間、
「神竜剣──」
闘技場の影から飛び出した聖なる光が──
「せいくりっどをををををををををぉ~~~~っ!」
一直線に闇を切り裂き──
「えくすぷろーじょんんんんんんんッッッッ!!!」
闘技場中央で爆発した!