What's the purpose of your visit? ~おいでませ大樹の国~
この世で成功するために何が必要か
力か? 知識か? 信仰か? 否! それは情報である!
【黒木勇斗語録・ラジアータストーリー 張り紙】
聖天の大樹の国『フォートリア』──
大陸南部の何処からでもその御姿を確認できる聖天樹をシンボルとし、一大国の領土にも匹敵する広大な森を有するこの国は、聖天樹の守り手である【大樹の聖女】を国家元首とした狩人とドルイドたちの国家である。
人口は聖天樹を祀る都市部で約二千人。その他、各地に点在する部族が約三千人。その民の大半が獣人族と呼ばれる半獣半人の種族と、この国の原住民である妖精族や妖魔族で構成されている。
規模としてはボクたちが邪竜王と戦った西部諸国と呼ばれる連合蕃国よりもずっと小さい小国家。
一般的に【大樹の聖女】と呼ばれているドルイド僧の頂点的存在が議会制でこの国の統治権を担っているが、厳密には六百年前の大陸統一期に当時の聖女がグローリア王国最初の王となった聖王ベリアとの盟約を果たしたときから、大陸的には辺境王国領のひとつとして扱われている。
もっとも聖王の軍門に下ったのは対魔王連合を組むための形式的な範囲で、そのときの軍事的貢献もあってかフォートリアは戦後六百年間ずっと聖王ベリアの遺した不干渉条約『大樹の盟約』により、南部国境付近にある辺境領土とされながらも、王都からの強い政治的圧力もなく長らく亜人種たちの自治区として存在している。
なお、聖王の大陸統一以来、このような特殊な中立国家形態を許されている領土は、あとにもさきにもこのフォートリアだけである。大陸統一期に属国化を拒み同盟にとどめた亜人種の連邦国家とドワーフ族の南部山脈国とは、現在も左手で握手で右手にナイフの睨み合いが国境間で続いている。
【大樹の聖女】の認識も王都からすれば国王を差し置いて森の統治者を名乗る僭主なのだが、これも聖王からドルイドで構成された元首制度を容認してもらったことによる暗黙の了解らしい。
一説には世界創造にも関わった聖天樹の守手として幾千年に渡ってこの領地を守ってきた獣人族や妖精妖魔の緒氏族を怒らせて、魔王軍に匹敵する第三勢力として敵に回すことを聖王が恐れたとか、下手な侵略活動で森を破壊して聖天樹のある森全土の管理者である【大樹の聖女】と背後にいる【森竜神】の怒りに触れるのを避けたとかいろいろあるらしいけど、そこんところは騙し騙され政治の世界。ボクたちみたいな冒険者が関わるべき問題じゃない。
【大樹の聖女】の後継者である『一人』を除いて──
「右も左もネコミミと、いつ来てもこの国はサイコーですなぁ」
フォートリアに到着して開口一番、ボクは心底からのこの国に対する率直な感想を口にした。
中坊当時からエルフやネコミミキャラには非常に強い萌えを感じていたクチだけど、一度帰国してより一層の日本のオタク文化に触れてから、なおそのリビドーが強まったような気がする。
メインストリートの何処を見てもケモノ耳。美少女やショタっ子はもとより、オバチャンもオッサンもジジババに到るまでみんなケモノ耳。
中年や老人のケモノ耳は初見はかなりキツイものがあるけど、慣れてくるとコレはコレとして意外と味があったりする。
残念ながらエルフは森に引き篭もりかつ総人口が少ないので街中ではあまり見かけない。
「七年ぶりにかつての仲間が統治する国に訪れた一番目のセリフがソレですか、ニートさん」
そう言ったのは旅の仲間エストリアことエスト。今回の旅の同行者にしてボクのお目付け役だ。
こういうとき持つべきものは転移魔法に長けた『天空人』である。
本来この世界の文化レベルでは王都から大陸南部への移動は馬車に揺られて二週間はかかる。
長旅は冒険の醍醐味ではあるけど、大陸間の縦断はかかる移動費、必要な時間、モンスターやヒャッハーどもとの遭遇の危険性と面倒臭いことが山積み。特に山越えになるとそういったリスクが倍近く跳ね上がる。
そんな長距離の旅におけるリスクの数々も、彼女の手にかかれば転移魔法であっさり解決。
一度行った街なら記憶容量の許す限り何時でも何処でもワープ可。1パーティー単位が限度ながらコレは便利。
精密に座標を決めての細かい位置指定はムリだけど、街の入り口付近にワープくらいなら御覧のとおりである。
「ネコミミのショタっ子を眺めながら鼻の下を伸ばしている人のセリフとは思えないな、うんこ姫」
「次の即売会に出す同人誌のネタ集めをしているだけですよ」
「ジャンルは?」
「もちろん前回同様に男の娘オンリー本です。テーマはケモノミミ少年たちの淡いくんずほぐれつ!」
ここで妄想が感極まったのか潰れ饅頭みたいに顔をだらしなく緩めるエスト。
「それはまた業の深いテーマですこと」
ダメだわこのうんこ。
聖竜神が大好物の『えっちなほん』を日本から取り寄せる使命をエストに下して七年。
日本のサブカルチャーに対する順応が早くてやばいなーと思ってたけど、近年ますます腐敗が進んでる。
ゾンビも裸足で逃げるこんな腐った姿は、敬虔な天空人信者たちにはとても見せられない。
「日本にはこの世界の春画よりもずっと高品質な『えっちなほん』がありますよ」
なんて聖竜神から聖竜騎士として戦うためのサポートの好条件を引き出すために口にした交渉のヒトコトが、まさかここまで一人の聖女のキャラを変えてしまうとは、当時のボクはまったく思いもしなかったのでした。
ちょっと責任感じちゃうなー。やはり神竜に魔萌都市アキハバラの存在を伝えるべきではなかった。
「それで、闇落ちって結局なんなわけ?」
「それは実際に目的の場所に行ってからのおたのしみということで」
なにやら意味深な含みをもたせてエストがウインクする。
「目的の場所って『迷いの森』だっけ? たしかあそこ妖魔すら近寄らない禁忌の森だったはずじゃあ」
このフォートリアはドルイド僧たちの自治区である一方で、大陸南部最大の観光スポットの一面を持っている。
領内の何処からでも存在を確認できる天を突くほど巨大な聖天樹、その水の豊富さと純度の高さから大陸三大湖として名高い聖湖、ドルイド寺院や珍しい草花や茸が見られる近郊の森林など、多くの観光客を呼び込むこれらの名所は、アニミズム文化を尊重するあまり決して裕福とはいえないこの国の貴重な収入源だ。
実はここだけの話、一般観光客には知らさせない冒険者好みの裏の観光スポットなんてものが此処には存在する。
聖王がこの大陸を統治する以前、このフォートリアがまだ聖天樹を拠点に生活するエルフ緒氏族の共同体しかなかった太古の時代、此処にはとある魔王の一大拠点があったと文献の記録には残されている。
遥か昔に存在した魔王が密林に築いた数々の迷宮や砦の噂。
ボクたちはそれらに関わることは結局なかったけど、もし機会があれば挑戦してみたいと常々思っていた。
ただ、その魔王の拠点があった『迷いの森』はコテコテの危険区域で、冒険者はおろか自国の軍すら侵入は御法度の禁忌の地。魔王の張った結界が数百年経過した現在でも未だに存在しているらしく、過去に幾度も調査隊を派遣したがどれも中枢への侵入は失敗に終わったと聞いている。
中枢部に魔王の遺跡があるという話も、迷い森の結界が届かない上空からの調査で判明したことらしい。
それだけ秘匿された大魔境となれば当然に『なにかとんでもないお宝が眠っているんじゃないか』と邪推する冒険野郎が続出するわけで、中枢への突破は不可能だと分かっているのに密かに挑戦する冒険者はあとを立たない。
それが『迷いの森』が裏の観光スポットなどと呼ばれる所以である。
まぁ、挑戦者のだいたいが森の中で用土の仲間入りになるかケモノの餌、あるいは大した成果もあげられずにほうぼうのていで脱出したところをレンジャーに逮捕され、戦利品の没収と一週間の服役というオチらしいが。
「それがですね、ニートさんと一緒に大陸に戻ってすぐの話なんですが、フォートリア近辺担当の森竜神さまを通じて「迷いの森の結界が消えた」という報告が天界に届いたんですよ。その数日後でしたね、その森からやってきた廃城の使者を名乗る人物が、天空城に相談をもちかけてきたのは」
「廃城の使者って、人が住んでたんだ。あの禁忌の森……」
「わたしたちも驚きましたよ。あそこの森を魔王が支配していたのは、千年前の第一次迷宮戦役の時代の話で、もうとっくに魔族からも遺棄されて無人の廃墟になってるとみんな思ってましたから」
「その話と闇落ちはまったく話は繋がらないけど、ようはその森の内部の調査をボクにやってくれと?」
「んーっ、当たらずとも遠からじってところですね。とにかく詳しい話は……」
言いながらエストは目抜き通りにある酒場のひとつに目を向け、
「名産の香味野菜とキノコ料理を肴に一杯やりながらやりましょうか」
「だね」
諸国漫遊の旅の醍醐味は異文化に肌で触れること。それは観光名所を巡るのみならず。
それぞれの国の食文化を五臓六腑で楽しむ。これもまた旅人に許された道楽だ。
うっかり八兵衛の食いしん坊属性を笑うなかれ。メシと酒は冒険には欠かせない華ですよ。
「おし、七年ぶりのフォートリアのメシだ。護衛報酬で飲み食いのカネはあるし、今日は茸のソテーにキ茸酒と昼間っからフォートリア名物のキノコのフルコースでいくとしますか」
新しい街に着いたらまず酒場でメシと酒。これもまた冒険者の様式美。
中坊のときは日本の法律を気にして酒のほうはおっかなびっくりだったけど、もうボクも二十歳を過ぎた立派なオトナだもんね。心置きなく冒険者ならではの嗜みを楽しめる。肝臓への負担も待ったなし!
まずは空いている席を探そう。現在時刻は昼のピークが少し過ぎた午後の二時半。
満席ではなくなっているけど、観光地だけにまだちょいちょいと飲み食いに訪れる人は多い。
「あれ?」
そんなとき、ボクは窓際のテーブルに物凄く見覚えのある人影を見つけた。
好物のマタタビ酒をぐいっと豪快に飲み干す独特のモーション。ビンと跳ねた髪から生えるネコミミ。
黒を基調とした背中と鎖骨丸出しなチューブトップのソフトレザーアーマー。腰に下げた二本の短剣。
あれから七年、体つきはだいぶ熟れて『少女』から『お姉さん』になっていたが、その全身から発散される『御転婆』のオーラは、三つ子の魂は百までとばかりに当時からまるで色あせることがなかった。
「やは、ひっさしぶりだねぇ~ユートくん。元気にしてた~?」
それはたぶん、店に入ってきたボクの姿を見て一目で誰だかを見抜いた彼女にしても同じだったろう。
「そっちも変わらず元気そうで」
「まぁね~♪」
ほろ酔い加減で微笑むかつての旅の仲間は、オトナになっても昔とちっとも変わらず陽気で無邪気だった。