Dungeon travellers ~プロローグ~
それはとてもちいさな とてもおおきな とてもたいせつな
あいとゆうきのおとぎばなし
【黒木勇斗語録・マブラヴオルタネイティブ キャッチコピー】
「さぁて、勇者さま御一行がダンジョンの入り口に並び始めたぞ」
およそ六畳一間の貧乏臭くてせまっくるしいマスタールームの中、
このボク、迷姫王のダンジョンの守護者【ダークナイト】こと黒木勇斗は、
モニターに映るダンジョンマップを確認しながら敵の突入を待っていた。
「あっ、あのっ……本当に大丈夫なんでしょうか?」
おそるおそるボクにたずねる、ずりさがった眼鏡の似合う黒髪の少女。
「こっ、これが私のデビュー戦になるんですよね? この人たちが私たちの
最初のお客様……ダンジョン攻略に来てくださった勇者様なんですよね?」
「そうなるね。初心者向けのチュートリアルダンジョンで難易度は低いけど、
宝箱の準備はOKだし、雑魚モンスターも配置したし、ボスも設置した。
向こうは平均レベル5の若手パーティーだから、攻略難度は適正範囲。
まぁ、もしボス部屋をあっさりクリアされて向こうも味気ないようなら、
このダンジョンの中ボスであるこのボク、ダークナイトさまが出陣するさ」
「はっ、はいっ。もしものときは、よっ、よろしくおねがいしますっ」
いったい誰が信じるだろう。
緊張と持ち前の自信のなさでボクの横でプルプル震えている眼鏡っ子が、
どう見ても気弱で陰キャラな文学少女にしか見えない目の前の女の子が、
実はこのダンジョンのマスターにしてラスボス役である魔王様だなんて。
「もっと自信をもとうよミルちゃん。こんなんでもキミは魔王なんだから」
「こっ、こんなんでもとかひどいですっ! もうっ、もーっ!」
はい、千年前この異世界を震撼させた大魔王のお孫さんがプンプンです。
かわいいなー。ポカポカ殴ってきてもダメージ0なのがまた可愛い。
両手を振り回すたびにおっぱいがプルンプルンするところがまた最高。
問題は、この最弱ユニットのゴブリンを相手にしても泣きそうな小娘が、
ダンジョン最奥で勇者たちを迎え討たないといけない立場だってことだ。
頼りない顔してるだろ。ラスボスなんだぜコレで。
うん、ほんと一ヶ月前に人類に絶望してダークサイドに落ちて正解。
こんなにも頼りない魔王様が一人でダンジョンを切り盛りする姿は、
元勇者としていたたまれないし、自分が守護らねばと思いたくなる。
ボクが異世界から召喚された伝説の勇者から魔王の手先に転職して一ヶ月、
このダンジョンの中ボス【ダークナイト】としての立場も板についてきた。
いよいよ今日は自前のダンジョンに勇者どもを迎えるデビュー戦当日。
この緒戦の結果次第で、この迷姫王のダンジョンの未来は大きく変わる。
だから失敗は許されない。それはあいつら勇者たちにも言えること。
「大丈夫。まだチュートリアルのダンジョンしか解放できていない状態で、
このダンジョン運営が予定通りうまくいくかもわからない状況だけどさ、
言い換えればコレはミルちゃんが魔王としてやっていけるかの試金石」
大型エリアひとつと小型エリア四区画だけででつくられた狭小迷宮。
『迷魔の史跡』と名がつけられたこのダンジョンからすべては始まる。
クックックッ。ようこそ頭がハッピーセットな若き勇者たちよ。
魔王復活というエサにつられてやってきた貴公らを心より歓迎しよう。
新しき我が主『迷姫王』ミルさまのラビリンスの妙味。しかと味わえ。
「あの、全滅させるつもりなら、もっと強いモンスターを配置したほうが」
「いや、あまりにも凄惨な初見殺しをすると再突入者がつかないから、
今回、彼らには適度な危機感を与えつつ、満足気分でお帰りいただいて、
冒険者ギルド経由でウチを宣伝する立派なスピーカーになってもらおう」
いよいよ勇者様御一行が突入準備を終え、キャンプをたたんで動き出す。
ダンジョンマップに表示されるエネミーマークの赤い点。合計で四つ。
赤い点のそれぞれにはパーティーメンバーのクラスが表示されている。
勇者・戦士・僧侶・魔法使い。
典型的な『ゆせそま』のバランス重視構成だ。
うちのモンスターたちがどこまで働けるかの実験台としては十分。
この編成なら戦術ミスで雑魚相手に全滅ってことにはならないだろう。
「そのためにも最低限、ボス部屋までは辿りついて貰わないとね」
侵入者を撃退するだけならゴブリンにだってできる。
単純にセキュリティーを固めるだけなら要塞にしたほうがマシ。
それだけじゃあダメなんだ。ダンジョン道は一日にしてならず。
ダンジョンとは冒険浪漫の集大成でなくてはならない。
好奇心を満たす謎はあるか。物欲を満たす宝のドロップはあるか。
闘争心を満たすモンスターはいるか。歯ごたえのあるボスはいるか。
多くの迷宮探索者にご満足いただけるダンジョンの体を成しているか。
そしてすべてがおわったとき、苦難に見合った達成感は得られたか。
それをしっかり押さえられるかがダンジョンマスターの腕の見せ所。
玄関開けたら二分で全滅みたいな殺意の高いダンジョンなど下の下。
適度な広さ、適度な敵、適度な謎。最初はそれくらいで丁度いい。
「でも、ボス部屋に辿りつけてもクリアさせてあげるとは言ってない」
ある某有名RPGオンラインのディレクターも言っている。
『簡単にクリアされたら悔しいじゃないですかwww』──と。
まぁ、匙加減を見事に誤ってヘイト大爆発させましたけどね、その人。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る。
後進の者として、伝説レベルでやらかした先人と同じ轍は踏むまい。
「さすがユートさま、そこまでおかんがえだなんて」
「いや……『さすおに』みたいに一挙手一投足で褒めちぎってくれるのは
嬉しいんだけど、このダンジョンの最高指揮官はミルちゃんだからね!
ミルちゃんは魔王でラスボスだからね! もっと経営を頑張ろうね!」
「はっ、はい、がんばり……ます……なんとかして……ハイ……」
不安だ。
ボクを含めて魔王様に付き従う大幹部がうちに四人いるけど不安だ。
先月末に、まるで高校のサークル気分で立ち上げた新時代の魔王軍。
主は頼りないし、本陣狭いし、迷宮は一つだし、問題は山積みだけど。
「エネミーが入り込んでもダンジョンエリア構造に変化や不具合はなし。
ニートさん、ぼちぼち雑魚モンスターのシンボル設置いくわよ」
「ニートさん言うな! もう働いてるから! 魔王軍に就職したから!」
ダークサイドに加わったボクの傍らには一緒に堕ちた仲間たちがいて。
「おう、ユート。宝箱に薬草を詰め終えたぜ。スタンバイOKだ」
「トラップ配置も問題ないにゃー」
七年前のあの日、ともにドラゴン退治に明け暮れたあの頃そのままに。
子供からオトナになったボクらは、後進となる次世代の勇者のために!
邪悪なドラゴンを倒した勇者パーティーという地位も名誉も捨てて!
「サンキュー! じゃあ、いよいよタワーディフェンスを開始しますか」
「ユートさま、『たわーでぃふぇんす』……って、なんですか?」
「ボクのいた世界で流行してた多人数参加型防衛ゲームのジャンル名さ。
自分の陣地を改造して、侵入してくる敵をバッタバッタと撃退してく。
まさに魔王討伐のためにこのダンジョンへやってくる勇者様御一行を、
持てるユニットを総動員して盛大に歓迎する今の状況そのものだよ」
魔王を守護する闇の陣営となって。
ダンジョンという舞台で、あえて悪の花を咲かす!
「道中はヌルいが、さすがにボスモンスターだけは辛めのやつでいくぜ。
今日はβテストを兼ねた接待プレイだが、楽にクリアできると思うなよ。
さぁ勇者たちよ、ダンジョン探索に生きがいを求めるトラベラーたちよ、
いざ参るがよい、卿らの実力をこのダークナイトさまが計ってやろう!」
そう──
「んぷっっw 四天王最強の男www 【ダークナイト(笑)】とかwww」
「おいエスト。かっこわらいかっことじとわざわざ言った上で草生やすな!」
昔、邪悪な竜を倒すためにボクを日本から異世界に召喚した聖女さまが。
「22歳にもなってそのネーミングセンスはどうかとおもうにゃー」
「タマまで? わかりやすいじゃん! ダークサイドっぽいじゃん!」
昔、南方の国の御転婆姫だったネコ獣人のレンジャーが。
「だから俺は初期はせめて【ダークナイト(仮)】しとけとあれほど」
「(仮)はギャグだろ! だいたい本名が『おにぎり』のお前が言うな」
昔、異世界に渡って初めての親友として共に魔王と戦った戦士が。
「えっと、みなさん……勇者様たちが無事にダンジョンに入りましたので……
あっ、あらためてお礼を申し上げます。こんなふつつかな魔王の私ですが、
このダンジョンの主として、精一杯、初仕事を、タワーディフェンスを、
今日も、次回も、これからもずっと成し遂げていきたいと思いますっ!」
「はいはい、そういうお礼は初仕事を終えてから。んじゃ、いきますか」
「ミルちゃんはおとなしく、そこで経過を見てるといいにゃー」
「心配すんなって。大船に乗ったつもりで任せておきな」
それぞれがそれぞれの配置について一人の頼りない魔王を支えている。
バトル漫画の前作主人公が次回作の二世もので敵側に回る展開。
それは月並みで、陳腐で、見飽きたネタで、バカバカしく見えて──
「あ……ありがとうございますっ」
だけど、こんなにも熱い!
「今回、使用可能な『LP』の予算は500pt!
接待プレイだから赤字覚悟とはいえ、この低予算でどこまで勇者たちを
満足させるダンジョンを作れるか、ボクたちの腕の見せどころだっ!」
墓守りどもを呼び醒ませ!
守りを固めろ!
罠を忘れるな!
これは──
「イクゾオオオオオオオオオオッ!」
「デッデッデデデデ! カーン! デデデデ!」
「でっでっでででで♪ かーん♪ でででで♪」
「ぺ~ぺぺぺ~ぺ~ぺ~ぺ~ペペペペッペ~♪」
とある魔王と、とある闇落ち勇者が、世界を敵にして織り成す──
「あの……ユートさま。その変な軍歌みたいなのはなんなんでしょう?」
「うっ……知らないならいい……」
── あいとゆうきとせいぎの だんじょんけいえいものがたり ──
1/08 第一話の内容を全体的に大幅改稿しました。