とりあえず、待ち伏せ中
とあるお店でパスタを俺たちは食べていた。
朝食用のセットで、パスタにスープか紅茶、コーヒーがついてくるらしい。
徹夜になってしまった俺は、眠気覚まし用にコーヒーを選んだ。
レイトの家に行ったら少し眠らせてもらおう……眠い、そう俺はぼんやりと思ってここでちょっとだけ仮眠をとってもいいだろうかと机にうつ伏せる。
そんな俺の頭を魔法使いのステッキらしいもので、フィリアがつんつんつつきながら、
「こら、私より先に寝ないでよ」
「いえ、昨日から山道を一睡もせずに歩いてきたわけでして……」
「私だって眠っていないのに」
「……そういえば追われていると聞いていましたが、実は最近だったり?」
追われて逃げまわっている所でたまたま会ったには違いないが、私だって眠っていないと聞くと、いくら人間でもそんな連続して睡眠せずに動けない。
そして今の感じだと一睡もせずに、という当たりと来ている服がどちらかというと清潔な点から、追われだしたのはつい最近だろうと推測した。と、
「あら、よく分かったわね。下僕なのに」
「いえ、下僕になったのは確かですが下僕なのにということは無いのではないかと思います」
「下僕は下僕よ。それ以外何者でもないわ。それとも……他の選択肢を選ぶ?」
「いえ、遠慮します」
俺がそう答えると、フィリアが一瞬冷たい凍えるような目で俺を見た気がした。
だが俺は気づかなかったふりをして、並べてちょうどミートパスタをフライパンで作っている調理場に目をやって気づかないふりをした。
そこで俺は考える。
そういえば俺はフィリアの下僕になったわけだけれど、俺だけ友人の家に少しかくまってもらう……という訳にはいかないだろう。
俺自身が下僕だということも理由の一つだが、彼女を一人にしておくのもなんというか……。
どんなに強い魔法使いでも女の子だし、と思うのだ。
危険が少ないほうがいい。
俺が襲いかかる根性はないので安心というか、多分、フィリアも俺を見た範囲ではそんな危険なケダモノには見えないので側においているのだろう。
それはそれで悲しくなるが、こう見えても男なので一緒にいたほうが心強いというのもあってあんな風にいってきたのかもしれない。
一応は山賊から助けてもらったという恩もある。
なので、レイトに頼んでみようと思う。
ただ“神殿”に追われているというのが気にかかる。
そういった意味でレイトに迷惑をかけてしまうかもしれない。
なので事前に話しておいたほうがいいのではと俺は考えて、
「フィリア。追われている相手については、話しても構わないでしょうか」
「……誰に?」
「この街に住んでいる友人です。匿ってもらう関係上迷惑がかかるかもしれませんし」
「そうね、泊めてもらえる約束を先に取り付けたら構わないわ」
ふふん、と悪女のように笑ったフィリアに俺は少し考えてから、
「そういえばフィリアの後を追う、あの追っ手ってどうやってフィリアを探しているんですか?」
「あー、私の魔力を追跡しているのよね」
「それってフィリアには特殊な能力があるってことですよね?」
ごく普通の人物であれば特徴がないのと、“魔女”という力の強い者であるというだけでは、確かにフィリアは力が強いけれど見分けるのは難しい気もするのだ。
だから簡単には追跡が出来ないだろうと俺は思ったのだけれど、そんな俺を見つめて楽しそうにフィリアは笑う。
「よく知っているわね。まあ一度叩き伏せた時に、追跡用の道具を壊したから少しは時間が稼げると思うけれど」
「そうですか」
「それで貴方、友達はこの街の人以外にいる?」
「い、一応は」
「それで自宅から一番近い友達のうちは何処?」
「えっと……ここかな?」
フィリアの言わんとすることが分かり俺は答える。
普段は学園に集まって寮で生活をしていたけれど、今、この春休みはそれぞれ実家にいるはずなのだ。
そして家を出た俺が尋ねるとするなら自分の実家から近い友人の家だろう。
つまり待ち伏せされるか、そこにいる間に襲われる。
「そうね。後で、貴方のお友達の姿を教えてもらえるかしら?」
「それはかまいませんが、何かする気だったり?」
「……もうすぐ朝食がきそうね」
「な、何をする気なんですか!」
「まあまあ」
それ以上フィリアは何も言わなかった。
そして食事を食べ終えた俺達は、俺の友人レイトの屋敷を目指したのだった。
やってきたのはこの街一番のお屋敷だった。
つまり俺の友人レイトのいる家である。
レイトは貴族であり、現在増えている貴族の地位を購入した普通の人間ではない。
“吸血鬼”というのをご存知だろうか?
やたら弱点の多い、血を吸う幻獣の一種である……のだが。
「ふーん、“吸血鬼”なんだ」
「……あまり興味がなさそうですね」
「だって蚊みたいなものでしょう? “吸血鬼”に関してはほとんど迷信だし。やっぱり現存する“幻獣”でそこそこ多いからかしらね」
「フィリアは“幻獣”に詳しいんですね」
「その程度はね」
「でも結構怖いと思うひとが多い気がするだよな、俺達。“幻獣”と言っても人間とそんなに変わりがないのにな」
「まあね。でもやっぱり血を吸うのが怖いのかしら、“吸血鬼”は」
「確かに怖いですよね」
「ただ私の場合、“吸血鬼”の実物を見たことがあるのがね」
どうやら吸血鬼の知り合いがいるのでフィリアは怖くないらしい。
そんなフィリアは遠くを見るように俺に告げる。
「考えてみて。海辺のビーチで日光浴をしている“吸血鬼”。彼女サーフィンが得意でね……流れる水に弱いって話はどうなったのかと」
「あー、確かに」
「やたら弱点が多い病弱な感じなのも、期待してしまうのかもね。屈辱に震える“吸血鬼”を」
「え?」
サラッと何か危険な言葉が付け加えられた気がして俺は聞き返すけれど、フィリアは相変わらずにこやかで、
「さて、もう少し移動しましょう。あそこの家の影が屋敷を見張るのにはちょうどいいわね」
「あ、あの、今不穏な言葉が聞こえた気がしましたが」
「さて、移動しましょうか」
俺に問いかけに答えないフィリアに俺は必死で何をするつもりなのか聞き出そうとするが、笑顔でかわされてしまう。
そもそもどうしてこんな場所ではりこみをする必要があるのか。
「フィリア、何で正面から正々堂々と……」
「全くユニは、やっぱり調教が必要ね」
「ど、どうしてですか!?」
「既に貴方の家族が彼らに手を回している可能性は考えられないのかしら」
「あ……」
「本当に気楽ね。だからこの外で待っていて、貴方の友人が出てきた所で少し事情を聞けば、貴方の家族の手が伸びているか分かるでしょう?」
「もっともです……」
「だからその友人の特徴を教えてちょうだい?」
とりあえずは家族とぐるになっていたら嫌なので、レイトについてフィリアに教えた。
「ふーん、女の子の血が飲みたいと嘆いていたと」
「たまに血が飲みたくなるけれど、女の子の友達には気持ち悪がられるから出来ないしってことで俺の血をあげていました。いつも何で男の血なんだと嘆いていたな……俺、血を吸われていたのに。何で文句を言われるんだろうな」
「……そう。でも姿がわかったら、それで十分だわ」
フィリアが悠然と笑う。
その表情から俺は、何をする気なんですかと問い詰めたい衝動に駆られた。
同時にフィリアから妙な魔力を感じた気がした俺だけれどそこで、
「私たちは運がいいわ。もうすぐ出てくる」
そのフィリアの言葉通り、レイトが俺達の前に姿を現したのだった。