追っては二倍になりました
武器をパクってしまった。
現在、朝焼けが美しい夜明けの空を空中で風を楽しみながら進むというプレイを堪能しながら、高所恐怖症ではないけれど高い所は怖いな~と思う程度に普通の感覚を持っていた俺は、彼女の後ろで顔から血の気が引くような思いをしていた。
こうやって荷物を持った状態で箒に乗っていると、結構高い所を飛んでいるのに気付いて、そこに意識を持っていかれないように何かを! と思っていたら俺は気付いてしまったのだ。
あの時は危険な状態でしかも、下僕にされてしまうという経験をしてしまったので気にならなかったが……。
「お、俺はなんてことを……武器を勝手に持ってくるなんて……」
そんな俺にフィリアが嘆息するように、
「だからああいう奴らの再犯率を抑えるためなら、パクってもお目こぼしをしてもらえるの!」
俺に振り返らずに言っている。
確かに武器自体もそこそこ高いし、それを奪ってしまえばしばらくはああいった凶悪な武器は持っていないので被害は少ないかもしれない。
理想と現実には大きな差があると俺は思う。
そもそもそういえば学園や屋敷、貴族同士の舞踏会といったことは知っているが、そういった“外”の事情を俺はあまり知らない。
けれど、やっぱり何か違和感があって、何かがおかしいと思いながらも俺は、
「そういうものなんですか?」
「そうよ。それにそういった奴らがここにいましたよって報告するだけでもお小遣い程度の稼ぎになるの。警察が捕まえるまで待たないといけないけれどね」
そういったシステムになっているのかと俺が頷いているとそこで、
「そしてその処理はあなたにしてもらうわ」
「お、俺ですか?」
俺がお金を持って逃げる可能性は考えないのかなとか、こういった雑用は下僕におまかせなのだろうかと俺は思った。
だがどちらもそれが理由ではないらしい。
フィリアが楽しそうな声で俺に告げる。
「ちょっと私、今、ある理由で追われていてね」
それに俺は、聞いていないよと思った。
俺も追われているのに何で彼女まで。
追手が2倍じゃないかと気づいて俺はがっかりする。
なのでそれをフィリアに告げるとフィリアは、
「そういえば言っていなかったわね」
「どうするんですか!? 俺も追われているんですよ!?」
「あら、おそろいね」
「そういう問題じゃないです!」
「貴方、何に追われているの?」
そこで不思議そうにフィリアが聞いてきた。
自分も追われる立場ではあるけれど、やはり何かに追われる状況になるのが疑問に思う程度に良識があるのかもしれない。
けれど、話しても大丈夫そうな内容なので俺は正直に、
「家族に追われているんです!」
「……何をやったの?」
「……女体化させられそうになっているんです」
「……」
「……」
フィリアはそこで俺の方を振り返りまじまじと見て、
「……見かけからして可愛いから、美人になりそうね」
「他に言うことはないんですか!? 俺は気にしているのに!」
「美形だからいいじゃない。あと、“俺”より“僕”の方が似合っているんじゃない?」
「お、女顔だから少しでも男らしくしようと努力してそう言っているんだ!」
そう言い返しながらも、俺は悲しくなってしまう。
こう見えてもムキムキマッチョになろうとプロテインを飲み、大きなダンベルを振り、他にも様々なトレーニングをするといった涙ぐましい努力を繰返したのだ。
だが結果は、身長が少し伸びただけだった。
友人は同じようにやっていたはずなのに、大きな力こぶが出来るくらいになっていたのに。
そして叔父やその他親類から話を聞いてみると、それはどうやら俺がユニコーンの血を引いているのに起因するらしい。
何でも、ユニコーンは彼女の好みにうるさいと同時に自分にも厳しかったらしい。
なので最適な美しい肉体を、例えどんなことがあろうとも保持させられてしまうのだそうだ。
しかもユニコーンの美学では、ムキムキは許されないものであるらしい。
そんな事情から俺は早々に体を鍛えるのを諦めて、こうやって言葉遣いから男らしさを醸し出すことにしたのである。
そんな俺を見ながらフィリアは、
「そう? 十分男の子らしいと思うけれど?」
「え、あ、はい。そうですか」
まさかそんな答えが帰ってくるとは思わず、俺は戸惑ってしまう。
でもそう言ってもらえるのはやはり嬉しい気もする。なので、
「実はフィリアは、意外にいい人だったりするのでしょうか?」
ついそんな言葉が口から出てしまう。
だがそれを言って俺は後悔した。
フィリアがにやりと暗く笑い、
「下僕には飴と鞭を与えるのが趣味なの」
つまり今の言葉は飴であったらしい。
これからどんな鞭が飛んで来るんだろう、俺がそんな不安にかられていると更にフィリアの笑みが深くなっていく。
な、なんとか話題を変えなければ、そう思って俺は、
「そ、それよりもフィリアは何に追われているのでしょうか」
「ああ“神殿”よ」
「え? “神殿”? “神殿”ってあの?」
「そうよそれ。当然の反応だとは思うけれど、私はそれに追われているの」
フィリアはそこまで言って口をつぐんだ。
だが俺としてはピンと来ないというのが本音だ。
なにせ“神殿”はとても特殊な才能を持つ人達が集められる特別な場所。
研究機関としても機能しているという色々なものがごっちゃになった場所なのだ。
なので追手というの不思議である。
考えられるのは、フィリア自身が特殊な能力を持つか、特殊な宝物を盗んだか、他にもありそうだが今は思いつかないので割愛するが……特殊な事情があったのだろう。
何でこんな人の下僕という更に厄介事に巻き込まれそうになっているのかなと思いながら俺は、遠くに見えてきた町に、ようやくこの高い場所から降りられると安堵したのだった。
街にやってきた俺は早速フィリアにお使いをさせられていた。
つまり、あそこに盗賊がいましたよといったものである。
もしもそこで家族に俺のことがバレたら拘束されるのではと俺がフィリアに言った所、
「ふーん、じゃあちょっとこっちにいらっしゃい」
手招きされたので近づくとジーとフィリアが俺を見る。
変なぐるぐるにょろにょろした魔力を感じていた俺だけれどそこで、
「大丈夫よ。そこで待っていてお小遣いを貰っても何の問題もないわ」
「え? えっと……」
「じゃあ私はこの武器を換金してくるから、お小遣いを貰ったらこの場所にすぐに来なさい。命令よ」
「え、あの……何処に行けば」
「ああ、この町については貴方はああまり知らないのね。あの赤い建物の所よ」
フィイアの指差す先には赤いレンガの大きな建物が見える。
そうして俺はフィリアに言われるままにその建物に向かった俺は、そこに入り窓口に向かい事情を話す。
すると早速確認しますと言って箒に乗り、俺が伝えた人はその場所で伸びている彼らを確認したらしい。
“魔女”って意外に沢山いるものだなと思いながら、連絡を受けた別の人に小額だがお金を渡される。
それを受け取り目的の場所に向かうとフィリアが残念そうな顔でやってくる。
「どうしたんですか?」
「良い品質じゃないと思っていたけれど、思いの外粗悪品だったのよ」
「それは……そうだったんですか」
「そうよ。あーもう、悔しい。この悔しさは美味しい朝食で晴らすしか無いわね。行きましょ、ユニ」
「ちょっ、引っ張らないで、服が伸びます!」
僕は焦ったようにフィリアと手をつなぐ。
それに驚いたようにフィリアが振り返って、それから微笑み、
「ユニは何が食べたい?私はパスタが食べたいわ」
「じゃあパスタでいいです」
「よし、このお金で美味しいパスタを食べましょう!」
フィリアがそう元気に俺に答えたのだった。