嫌な予感は当たる(俺基準)
「だ、誰だ? 嫌な予感がする……俺の嫌な予感だけは当たるんだ」
そう俺は恐る恐る声のした方を振り返る。
蒼く月の綺麗な森の中。
月を背に現れた少女はツインテールで、歳は同じ頃だと思う。
長い金髪は白い月の光の中で、怪しくきらめき、不遜な石を宿した青い瞳が印象的だった。
そして何より今まで見たことがないほどの美少女だった。
気は強そうだが。
服装は露出の多い“魔女”の格好。
手には“魔女”被る帽子のようなものと青い石のついた短い銀色の棒、恐らくは魔力を増幅する杖と思われるものを持っている。
この“魔女”とは、人族の中でとりわけ巨大な魔力を持つ種族である。
様々な魔法、それも一般公開されたものからその魔女の一族にしか伝わらない特殊なものまで扱う者達である。
魔力が強いので、貴族になっているものもいるが、魔法の研究が好きな者も多いため……その研究資金回収と自身の新魔法を販売したいという事で、貴族ではなく商家を営んでいる者が多いという。
また、魔女は聖女とも同じ存在であるため、聖女として人々のために働く公務員のようなことをやっている者も多い。
ただ多いといってももともとの個体数が幻獣よりもすこしばかり多いくらいではあるので、絶対数は少ない状態である。
この魔女と聖女の違いは、天使族と堕天使族にも当てはまるが、その説明はここでは割愛させていただく。
でも魔女と聖女が同じものであるせいか、ユニコーンやユニコーンの末裔は聖女と言うか魔女に惹かれやすいという。
それも魔女には美人や美男子が多いのだ。
なのでふらぁっとそちらに引き寄せられてしまう、と言う事があったらしい。
そんな事が一瞬にして脳裏に駆け巡ったがそこで、上から下まで値踏みをするように彼女は俺を見て、
「ふーん、この程度の山賊ごときにしてやられてしまうなんて、これは調教のしがいがありそうね」
「調教!?」
不穏な言葉に俺は顔を青ざめさせる。
はっきり言って俺はそういった趣味はない。
知り合いに一度でいいから女の子に踏まれたいと、血迷ったことを叫んでいる男がいたが(彼女持ちの男ばかりにその日は囲まれていたので、ついそう言ってしまったのだろう)彼の場合は別だろう。
俺にはそんな趣味嗜好はない。
出来れば綺麗で可愛い女の子に優しくされたい。
隙を見て逃げよう、でもその前にこの痺れを……と俺が思っていると、そこで彼女が杖を掲げる。
それを山賊達に向けて、彼女は歌うように、
「雷よ、降れ!」
短く告げる。
その言葉には魔力が宿っていた。
ほんのりと彼女と彼女の杖が白い燐光を放つ。
同時に杖から降り注ぐ雷が山賊達を襲って、一瞬にして昏倒させてしまう。
光の後の轟音に俺は小さく体を震わせながらも、その魔法について即座に理解し、それから驚いた。
「あんな風に短い呪文すらも使わずに、アレだけの威力の魔法が使える時点でかなり有能な魔法使い、なのか?」
それが何故こんな場所にいるのだろうと俺は思う。
そういった人達は貴族であるか、学生では奨学金などをもらうなどしていい生活をしているので、馬車でよく道を移動するはずなのだ。
それがこんな夜に逃げるように山道を徒歩で移動している。
「怪しい」
しかも光りに照らされた彼女は美少女だ。
それが更に怪しく感じられる。
訳有りなのかもしれない。
でもそれだけでなく言動も含めて、彼女を見ていると俺は不安を覚える。
そこで彼女が俺の前にまで歩いてやってきて、
「……逃げるわね。よし、こうしましょう」
一人呟くと同時に、彼女は箒を取り出した。
魔女っ子らしくその箒で空を飛ぶのだろう。
その箒の中心部に、筒状の噴射口のようなものがついているので、競技用の高速移動に対応した高価な箒なのかもしれないと俺が思っていると、宙に浮かんだその箒に、俺は彼女に腕を引っ張られて、そのまま腰のあたりで折れ曲がるように箒に乗せられる。
痺れて動けない俺は洗濯物にでもされた気分を俺が味わっていると、とんと彼女はその箒に降り立ち、仁王立ちする形になってから、
「上昇!」
告げると同時に空高くその箒が舞い上がる。
遠ざかる地面に俺は、しびれて動けないがために真っ青になってみていると、そこで箒の動きが止まる。
俺は恐る恐る彼女を見上げると、彼女は笑っていた。
それもあくどい微笑みだ。
「それで、助けてあげたお礼をもらおうかしら」
「た、助けて頂いてありがとうございました」
とりあえず俺は言葉だけでお礼を言う。が、
「言葉だけですむわけがないでしょう? そうね……次の3つから選びなさい」
「もしも選ばなっかったら?」
「ここら突き落とすわ。でも、貴方なら大丈夫でしょうしね」
何故か俺の能力を知っているらしくそう告げる。
だが俺は彼女に見覚えはない。となると、
「……追手?」
「あら、貴方も何かから追われているのかしら? まあ、いいわ。
1、私のペットになる。
2、私の下僕になる。
3、私の恋人になる。
好きな物を選びなさい?」
突き付けられた三つの選択肢。
そして俺は……迷わず、二番目の選択肢を選んだ。
こうして俺は彼女の“下僕”になったわけだ。
だって大丈夫だからって痛かったりするのは俺だって嫌だ。
彼女が誰だかは知らないが、彼女自身の力の強さも含めて色々と敵対しない方がいい気がしたのだ。
そして、そのうち上手く逃げてやろうと俺が画策していると、
「それじゃあ、よろしくね、ユニ」
彼女が俺の前で微笑む。
それがあまりにも綺麗で俺は胸の高鳴りを感じてしまう。
そういった趣味はなかったはずなのに。
俺がそう一人焦っているとそこで、
「それじゃあ、このまま何処に行く?」
「で、出来ればスクレーンの町に行きたいんだ」
「そうなの? どうして?」
「諸事情で友人にかくまってもらおうかと」
「ふーん、まあいいわ。私も丁度その街に向かうところだったし。下僕を連れて行ってあげてもいいわ」
下僕と言われるのは何となくアレだけれど、この箒での移動ならきっと俺が山道を歩くよりも早いだろう。
「そう考えると俺は運がいい……のか?」
なんとなく語尾に? マークが付いてしまうのは仕方がない。
下僕と言われて頷いてしまったのは俺なのだから。
「いや、だからって恋人というのもおかしい」
恋愛とはお互いが愛し合わなければいおけ無いのだ。
はっきり言って俺は彼女に恋心をほんの少しほども抱いていないのである。
だから恋人はダメだ。
そしてペットというのもこう、“ひも”みたいで嫌だ。
そうすると、彼女の提示した三択では下僕以外の選択肢がなかった。
だから仕方がなかったんだと、言い訳のように思った所で俺は気付いた。
「そういえば名前を教えて下さい」
「……」
「あの、名前……」
何故か俺をじーっと不機嫌に見てから、
「フィリアよ。それと、気絶した盗賊から武器をパクるから手伝って」
そう初恋の少女と同じ名前を彼女は告げたのだった。