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第8章 過去との決着

 最初に、真っ黒い巨大な前足が、あらわれ、

 頭が、身体、後足、尻尾と渦からでてくる。

 悠然と姿を現したそいつは、ムーに頭を垂れた。

「はじめましゅて、でしゅ、アーフヌゥ」

 背伸びをして、鼻をなぜるムー。

 家ほどもある巨大な黒い狼。

「ひ、ひぃ…ひぃーーーー!」

 クリスティンが、尻餅をついた。

 腰が抜けたらしい。

「クリスティンしゃん、石をもどすでしゅ、

 もどしゅたら、このお部屋、出ていくっしゅ。

 ボクしゃん、おしまいにするっしゅ」

「お、おしまいって…」

 ムーは、答えなかった。

「石、戻すっしゅ!」

 厳しい声でいうと、土が露出している場所を指し示す。

 クリスティンは、のろのろと起きあがった。

 ふらつく足取りで、数歩あるいたところで、扉に向かって駆けだした。

 オレとララが追おうとしたのを、ムーが腕をあげてとめた。

「アーフヌゥ」

 口から火を吹いた。

 クリスティンと扉の間を、深紅の炎が走る。

 炎の壁に阻まれて、クリスティンの立ちどまった。

「クリスティンしゃん」

 ムーに呼ばれて、クリスティンがふりむいた。

「ドレイファスしゃんの続き、ボクしゃんがしましゅ」

 ムーの手が狼の前足を軽く叩くと、狼は炎を吹くのをやめた。

 静寂が戻ってくる。

「10年前のあの日、この狼しゃん…アーフヌゥは、

 部屋を壊されたことに怒って、この部屋にいた人達を全員焼き殺しましゅた」

 静かに語るムー。

「アーフヌゥの数千度をこす炎は、焼かれた人の骨まで灰にしましゅた」

 死体がなかった理由はわかった。

 なかったのではなく、灰になって地面と同化していたのだ。

「ここが普通の場所でしゅたら、そこで終わりでしゅた。

 でも、ここには石がありましゅた。

 だから、終わるはずだったに、終わらなかったんでしゅ」

 何かが聞こえた。

 耳を澄ませて、それが音でないことに気がついた。

 空気が振動している。

「ウィル……狼が…」

 狼の毛がさかだっていた。

 その毛の先端が、細かに震えている。

 毛先につくりだす細かい振動に、壁の石が共鳴しはじめた。

「見えましゅか、クリスティンしゃん」

 石から光を帯びた綿のようなものが、ふわふわとでてきた。

 壁のあちこちから、でてきたそれは、狼とムーの周りをただよいはじめた。

 淡い光の球を、無数にまとわりつかせた狼とムー。

 ひどく神秘的でいながら、恐ろしく、悲しい光景だった。

「焼かれた皆しゃんの、知識や、理性や、感情でしゅ。

 この石の壁に吸い込まれて、お空に帰ることができなくなった、皆しゃんの心です」

 ただよう光の球に、ムーはそっと触れた。

「石を戻してくだしゃい、クリスティンしゃん」

「そんな話、信じられないわ」

「本当でしゅ」

「なぜ、本当だと言えるの?

 それとも、あなたは過去視が、できるとでもいうの!」

 ムーは悲しそうな顔をした。

 それは、オレが見たムーの悲しそうな顔の中でも、一番悲しそうな顔だった。

「…十年前、ここで焼き殺されたラルレッツの魔術師の中に、女の魔術師しゃんがいました。

 女の魔術師しゃんには、すごい心話能力がありましゅた。

 だから、石に閉じこめられてからも、外と連絡とろうと頑張りましゅた。

 でも、女の魔術師しゃん、力がずっと弱っていて、誰にも届かなかったでしゅ。

 届いたのは、つい、こないだでしゅ」

 ムーの側の、光の球が溶けるように広がると、人に姿を変えた。

 背の高い優しそうな面立ちの男性と、大きな瞳の可愛い女性が、

 ムーを真ん中に寄り添っている。

「ボクのお父しゃまと、お母しゃまです」

 水色の長いローブを着た女性は、ムーによく似ていた。

「ボクの本当の名前は、ムー・スウィンデルズ。

 ラルレッツ王国の王室づき魔術師、バリー・スウィンデルズの息子でしゅ」

 ララと話したとき、頭に引っかかったものの正体がわかった。

 魔力は血筋だ。

 突然に生まれることが稀にあるが、ムーほどの術師であれば、家系に必ず魔術師がいるはずだ。

 それなのに、ララはいないと断言したのだ。

「もう、終わりにしなくちゃ、なりましぇん。

 石を戻してくだしゃい」

 クリスティンは、袖から石を取り出した。

 両手いっぱいの石を、ジッとみていたが、バッと身をひるがえして、扉に飛び込もうとした。

 一瞬だった。

 真っ赤な炎が、クリスティンのいた場所を吹き抜けた。

 クリスティンの身体は、白い灰となって散った。

 あとには、光る球がみっつ、ふわふわと浮いていた。

 狼がすまなさそうに頭をさげて、ムーの頬に鼻先をあてた。

「いいんでしゅ、わかっていましゅ。

 盗られて、怒ったんしゅね」

 鼻先を手の平で優しくなぜるムー。

「わかってましゅ。

 でも、っしゅ、この世界には、これはよくないものなんしゅ、

 なしにしても、いいっしゅか?」

 狼はこまったように「クゥ」と、鳴いた。

「ボクしゃんが、ちゃんとやりましゅから。

 信じてくだしゃい」

 狼がわかったというように、舌先でムーの頬をなめた。

「ありがとうでしゅ。

 じゃ、ちょっとまっててでっしゅ」

 それからムーは、異世界穴の前の地面に、指で図を書き始めた。

 ムーの両親も側に立って、色々と指示している。

 1メートル四方の、複雑な図を書き終えたムーは、

「ちょっと、大きい魔力つかいましゅ。

 ウィルしゃん、ララしゃん、気をつけてくだしゃいね」

 と、オレ達に声を掛け、異次元の穴の真正面に立った。

「わかった」

「わかったわ」

「じゃ、いくでっしゅ!」

 ムーの手が複雑な印の結んだ。

 意味不明の呪文を、ムーが唱えだす。

 唱えながらも、印を次々と変えていく。

「…ウィル」

「わかっている」

 壁の輝きが、光となって、異次元穴に吸い込まれていく。

 透明な光の筋が、乳白色の渦に流れてこんでいく。

 壁の輝きが弱くなると、狼がムーの頬に鼻先を押しつけた。

 呪文を紡いでいるムーが、笑顔でうなずいた。

 狼は大きくジャンプして、渦に消えた。

 光の筋は、どんどん薄くなった。

 やがて、見えなくなるころには、渦が小さくなり始めた。

 グルグルと渦を中心に吸い込んで、穴は消えていった。

 ドォーーンという地響きがおこった。

 壁に貼りつけられたダイオプサイドが、バラバラと落ちてくる。

「危ないじゃないの!」

 文句をいうララだが、軽いフットワークで避けている。

 光を失ったダイオプサイドが、緑の雨となって降り注いでくる。

 貼りつけられていたダイオプサイドが、落ちきったとき、

 輝いていた緑の壁の部屋は、壊れた緑の石が散った土壁の部屋になっていた。

 閉じた穴の前で、母親がムーを抱きしめていた。

「…だいじょうぶでしゅ。

 ボクしゃん、こんなに大きくなったでしゅ」

 ムーの髪になぜる父親を、ムーは見上げた。

「ペトリのお父しゃまも、お母しゃまも、とっても優しいでしゅ。

 お祖父しゃまも、お祖母しゃまも、ボクといっぱい遊んでくれましゅ。

 だから…だいじょうぶでしゅ」

 ムーを抱きしめた母親は、悲しそうな顔をしている。

「ほら、ウィルしゃんも、ララしゃんも、いましゅ。

 安心してくだしゃい」

 母親が、オレ達に会釈をした。

 澄んだ蒼い瞳が、ムーにそっくりだ。

「だいじょうぶっでしゅ…から」

 部屋にただよっていた光る球が、上へとあがりだした。

 球が、ひとつ、また、ひとつと、浮かび上がっていく。

 ふわふわと登っていく球は、光が徐々に弱くなっていき、ふっと姿を消す。

 ムーの父親が、母親の肩に手を置いた。

 母親は、名残惜しそうにムーに頬ずりしすると、立ち上がった。

「ボクしゃん……」

 光でできていたムーの両親は淡くなり、やがて、球へと姿を変えた。

 次々と登っていく球を追うように、ムーの両親の球は登り始めた。

「……だいじゅう…ぶ…しゅ……」

 登っていく球の輝きが、しだいに消えていく。

 ムーが両手を、球に伸ばした。

「…だいじょうぶっしゅ…でしゅ…から………」

 登っていく球に引かれるように、腕を伸ばし、つま先だちをし、精一杯、手を伸ばした。

「がんばりまっしゅ、からぁーーー!」

 球は、一瞬だけ輝きを増して、消えた。

 ムーは、両手をのばしたまま、立ちつくしていた。

 残っていた光の球も、次々と登っていき、

 最後の一つが消えると、オレ達は闇に包まれた。

 何も見えない場所で、時間はゆるやかに流れていった。

 オレとララはしばらく待ったが、ムーの動く気配がない。

 オレは腰袋から出したロウソクに、火をつけた。

 ムーは、まだ宙を見つめていた。

 オレとララが近づくと、上をむいたまま言った。

「ボクしゃん、泣きませんでした」

「そうだな」

「ボクしゃん、行かないで、いいましぇんでした」

「ああ、いわなかった」

 ムーの大きな瞳から、でかい涙がポロポロと、こぼれだした。

 あふれ出る涙は、両頬を濡らし、服をつたい、地面にしたたれ落ちた。

 とめどもなく流れる涙を、ぬぐおうともせず、

 震える唇を食いしばり、声を立てずに、ムーは泣き続けた。

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