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第3章 小さな嵐


オレは足元で眠るムーと共に、朝を迎えた。

 ララがいなくなったあと、オレ達のいる木の周囲に、影が忍び寄ってきた。

 木の陰、家の陰、屋根の上、岩の陰、いくつもの影が、オレ達を監視している。

 味方なのか、敵なのか、気配で知ることのできないオレは、

 ムーを守れそうな動きのパターンを、頭の中で繰り返しシミュレートしていた。

 やがて、東の空が明るくなると、影達は音もなく消えた。

「…あしゃ、でしゅか……」

 毛布からもぞもぞと、ムーがはい出てきた。

「ああ、朝だ」

 張りつめた神経が、全身の筋肉を強ばらせている。

 軽い運動でもすればよいのだが、いま、緊張の糸を切るわけにはいかない。

「…ララしゃんは、でしゅ」

「まもなく、戻る」

「…じゃ、しょれまで……」

 もぞもぞと、毛布に戻るムー。

「もう、起きろ!」

「…や…でしゅ…」

「起きろ!」

 毛布から、しかたなさそうに頭を出す。

「…ちびと…でしゅ」

 しぶとく眠りに固執するムー。

「お前なぁ…」

「眠いん、でしゅ」

 唇をとがらせる。

 借りた家のあたりから「ペトリ殿ーー、どこにいらっしゃいますかーー」と、ドレイファスの声がした。

 ムーは、しかたなそうに毛布から抜け出ると「こちらです」と、答えた。

「いま、そちらに参ります」

 ドレイファスの走ってくる音がする。

「ムー」

「なんでしゅか?」

 ムーの肩をつかんだ。

 ドレイファスが来る前に、言っておきたいことあった。

「オレから、離れるな」

 ムーが、コクリとうなずいた。

「はい、でしゅ」


 ララがいないことに、ドレイファスは不快の色をあらわにした。

「昨日もペトリ殿に狼藉を働き、護衛の任を放棄したではないか。

 間もなく、遺跡に出発しなければならないというのに、どこかに出かけていないというのは、どういうことだ」

「心配されなくても、朝食が終わるまでには、帰ってきます」

 オレは干し肉を配りながら、ドレイファスをなだめた。

 ララと約束に時間まで、あと30分ほど。

 特に硬そうな肉を、ムーに渡す。

「やはり、暗殺者には護衛などできはしないのだ。

 こうなることはわかっていた。

 だから、私はハーウッド司教に、進言したのだ。

 今回のような重要な任務は、ローバール神聖騎士団の者がやるべきだと」

 ツバを飛ばしながら、熱弁をふるっている。

「そうは思わぬか、クリスティン」

 クリスティンは、黙々と食事をとっている。

 聞こえないふりに徹するようだ。

 オレは干し肉とパンの朝食を手早くすませ、持っていくもののチェックに入った。

 薬草、ロープ、火打ち石、ロウソクを革袋に入れて、腰にくくりつけた。

「ウィル、水筒はどうします?」

 食べ終えたクリスティンが、竹筒をかかげている。

「持っていくよ」

 オレが手を出すと、

「私が持っていきますわ」

 クリスティンが腰に下げた。

 僧侶用の白ローブを着たクリスティンは、二十センチほどの針水晶のロッドを持っていた。

 ロッドは、かすかに光っていた。

「これですか」

 オレが見ていることに気がついたクリスティンは、恥ずかしそうにロッドを袖に隠した。

「私、あまり魔力がないものですから、余っているときに溜めておくんです」

「魔力の容器なのか?」

 オレは、ムーに教えてもらったことがあった。

 魔力は、存在しない力なのだと。

「違います」

「だったら、何を溜めているんだ?」

 クリスティンが、困った顔をした。

「発動させた力の、補助容器でしゅ」

 口の周りを、ヨダレでベトベトにしたムーが答えた。

「なんだ、それ」

「魔力は何にでもなる、でしゅ。

 でも、発動させた力は火でしゅたら、火の魔術にしか使えないでしゅ」

「わかったぞ。

 魔力でなく、魔力で作った力のほうを保存してあるんだな?」

「そう、っしゅ」

 答えながら、噛み切れない肉と格闘している。

「ウィルしゃん」

「なんだ」

「このお肉しゃん、硬いでしゅ」

 ララが帰ってくるまでの、時間かせぎにわざわざ選んで渡した硬い肉だ。

「そうかぁ?」

「ボクしゃん、カジカジできましぇん…」

 歯形はついているが、減っていない肉を、ブラリとぶるさげる。

 約束通りならば、ララはそろそろ帰ってくる。

「しかたないなあ、こっちを食えよ」

 柔らかい干し肉を渡すと、すぐに食べ終えた。

「もっと、でしゅ」

「終わりだ。さっさと支度をしろ」

「もっと、でしゅ」

「いま食べると、昼飯がなくなるぞ」

「支度、するでしゅ」

 ムーが「支度、したでしゅ」と、オレに言いに来たとき、ララはまだ戻っていなかった。

「ことは、急を要します。我々3人で行きましょう」

 ドレイファスが主張した。

 それを退けたのは、ムーだった。

「ララ・ファーンズワースを待ちます」

「しかし…」

「ララ・ファーンズワースが来てからでなければ、遺跡にはいりません」

 断固とした態度で、ドレイファスを押さえ込んだ。

 ララは約束を小一時間過ぎて、戻ってきた。

「待たせてごめんなさいね。さ、出発しましょ」

「なんだ、その態度は!」

 いきりたつドレイファスを、無視してララは歩き出した。

「ペトリ殿に、きちんと謝るべきだ」

「きさま、この仕事の重大性を、わかっているのか!」

「守るべき者の側にいないで護衛など、聞いたこともない」

 遺跡につくまでの間、ドレイファスはララに様々な文句をいい続けていたが、

 ララの耳には、風のそよぎほども届いていないに違いない。

「ここが遺跡の入口です」

 クリスティンの白い手は、大きな岩に触れた。

 直径5メートルほどの大岩が、岩壁に食い込んでいる。

「この岩をどけるのか?」

「違います、ウィル」

 クリスティンは、小指の先ほどの紫水晶の玉を出すと、岩に向かってかざした。

 水晶の光を受けた岩は、ふわりと浮き上がった。

 岩壁に大人がようやく立てるくらいの穴が開いている。

「岩のように見えますが、マジックアイテムです。

 さあ、穴が閉じないうちに」

 オレ達が穴をくぐると、岩は元の場所に降りてきた。

 岩が地面に降りる前に、クリスティンがつぶやいた。

「聖なる炎よ。闇を払い、我らを照らせ」

 火の玉が出現して、穴の中を照らし出した。

 礼拝堂ほどの大きな空間が、広がっていた。

 オレは壁や天井にすばやく目を走らせたが、

 異次元の穴らしきものは見あたらない。

「どこに穴が開いているんだ?」

「ここは前室です。

 あと3つ扉を抜けたところに、異次元通路の穴があります」

「扉はすぐにあるのか?」

「次の扉はこちらですわ」

 クリスティンは、穴の奥へと進み、火の玉も、ふわりふわりとついて行く。

 遺跡と言われていたので、人工の建築物を想像していたが、

 天然の洞窟に通路を作り、そのまま利用していただけのようだ。

 むき出しの岩壁はなめらかで、採掘したあとがない。

「これが第二の扉」

 壁面に埋め込まれた扉は、ごく普通の木の扉に見えた。

 試しにオレが手で押してみたが、ビクともしない。

「これもマジックアイテムです。

 村人が間違って入らないようにしてあるのです」

 水晶玉が触れると、ギィと軋みながら開いた。

 開いた先には、地下へと伸びている長い階段。

 慣れた足取りで、クリスティンとドレイファスが降りていく。

「…なあ、ムー」

「なんでしゅか、ウィルしゃん」

「お前、遺跡は、ストルゥナ教団の教会くらいの大きさだと言わなかったか?」

「はい、でしゅ」

「なんか、やけに長そうな階段だよな」

「はい、でしゅ」

「話が違わないか?」

「違わないですわ」

 先を歩いているクリスティンが、楽しそうな声で答えた。

「ウィル、あなたが勘違いされたのです」

「オレが?」

「そうです。エルドリアのストルゥナ教会は、礼拝堂だけの教会ではありません。

 敷地内には、神学校、神学の研究施設、病院、巡礼の宿泊施設、聖職者たちの寮などが置かれ、

 それらすべてを含めた呼び名が、ストルゥナ教会なのです」

 大きさの想像は、つかなかった。

 つかなかったが、とてつもなく大きく、それがこの遺跡の大きさなのだということはわかった。

「大丈夫でしゅか、ウィルしゃん」

「大丈夫じゃない」

「それは、たいへんでしゅ」

「大変だと思うなら、なんとかしてくれ」

「なんともなりましぇん」

 脱力しそうになるのを、こらえた。

 クリスティンの軽やかな笑い声が、遺跡の階段に響き渡った。

 

「3番目の扉です」

 2番目の扉によく似ていた。

 違うところは、材質が木でなくて、金属だということくらいだ。

 扉をくぐると、そこは小部屋になっていた。

 壁には地図のようなものが貼られ、ランタンが天井から吊されている。

「4番目の扉は、すぐそこですから」

 最初に入ったクリスティンが、奥にある扉を指した。

 3番目の扉と4番目の扉は、部屋の向かい合わせの位置にあるのだ。

「この扉を開けると、異次元モンスターが出てくる可能性があります。

 皆さん、準備をお願いします」

「わかった」

 ドレイファスが、剣を抜いた。

「ちょっと、待ってくれる」

 それまで、黙っていたララが、4番目の扉に手をついた。

「この扉を開ける前に、質問に答えて欲しいんだけど」

「邪魔をするな、そこをどけ!」

 剣の刃を、ララの首元につきつけた。

 ララは薄笑いをうかべた。

「ねえ、誰が異次元空間の穴を開けたの?」

「知らぬわ、そのようなこと」

「だったら、あなたたちは、どうして穴が開いているのを知ったの?」

「異次元モンスターを見たという通報が村人から……」

 そこで、ドレイファスは黙った。

 ララが、扉をコツコツとたたいた。

「扉はしっかりと閉まっているわ。

 ここに来るまでの3つの扉も閉まっていたわ。

 どうやって、村人は部屋に入ったのかしら?

 それとも、異次元モンスターが出ていったとでもいうの?」

 ドレイファスを押しのけて、クリスティンが前に出た。

「扉を通れるモンスターがいるんです。

 そのモンスターは教団で始末しましたが、

 そのおかげで、この穴が再び開いたことを私たちは知ったのです」

 クリスティンは穏やかな声で説明した。

「んー、始末したというなら、証拠もないだろうし。

 ま、いいわ。

 じゃ、これが最後の質問」

 ララが扉をコツコツと叩いた。

「十年前、この先でおこった事故について教えて」

 ドレイファスが怒鳴った。

「ええい、黙れ、黙れ!

 暗殺者に話すことなどない!」

「いまは護衛よ。

 ムーの護衛として、知っておかなければならないと思ったから、聞いているのよ」

「それよりも、穴を閉じるのが先だ。

 さ、ペトリ殿、行きましょう」

 ドレイファスが、ムーをつかもうと手を伸ばした。

 その手を、オレは握った。

「そう、慌てるなよ」

「邪魔をするな!!!」

 ドレイファスが、オレの手を振り払った。

 その時だった。

 すさまじい爆破音がした。

 爆発は一度では終わらず、ドン、ドンと、何度も連続した。

 激しい振動が、オレ達がいる部屋を上下に揺らしす。

 ドレイファスが、剣を片手に床にしがみついている。

「な、なにがおこっているのだ!」

「誰かが、爆破しているのよ」

 かわらぬ調子のララ。

 振動が収まると、ララは3番目の扉のほうに近づいた。

「扉が、ゆがんだわ」

 壁と金属の扉の隙間から見えるのは、ぎっしりと詰まった土砂。

 オレ達が下ってきた階段は、完全に埋まっていた。

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