第10章 嵐の後に
「力をぬいて、息を深くされよ」
ドレイファスの治癒魔法で、ララの傷がふさがっていく。
「助かったわ」
「なんの、これしきのこと。さ、次はウィル殿」
オレの背中に手をかざす。
燃えるような熱が引いていき、痛みも消えた。
「すみませんでした」
「いえいえ、それよりウィル殿。
私が気絶している間に、何があったのですか?」
オレは、狼が来てクリスティンを焼き殺し、石に染みこんだ魔力を抜いて異次元に帰り、穴はムーがふさいだと話した。
「そのあと、教団のやつらがやってきて、オレ達を殺そうとした」
「そうですか」
憂鬱な顔で考え込んだドレイファスは、足音に顔を上げた。
「ウィルしゃん、ララしゃん、だいじょうぶ、っしゅか?」
心配そうなムー。
「ドレイファス、さんに、治してもらった」
「よかったでしゅ。ありがとうでしゅ」
ムーがペコリと頭を下げた。
「お礼ならば、私が先に言わねばならない。
ペトリ殿、命を救っていただいて感謝している」
怪しげな薬のことらしい。
「それで、ペトリ殿」
「はい、でしゅ」
「これから、ルブクス魔術師協会に行き、十年前のことを話そうと思う」
「いいのでしゅか?教団しゃん、め、めっになりましゅよ?」
「迷いがないといえば嘘になる。
だが、十年前、私がしたことは間違っていたのだ。
その罪は償わなければならない」
二度と、同じ間違いをしないためにも」
ドレイファスは、切なさそうにムーを見た。
「はい、でしゅ。気をつけて、いってくだしゃい」
「助けてもらった命、大切につかわせてもらいます」
ドレイファスは、ムーの目を見ていた。
大きな瞳。
母親にそっくりな、澄み切った蒼い瞳。
「元気で、でっしゅ」
「ペトリ殿も、お元気で」
ドレイファスが去ったあと、オレは気になっていたことムーに聞いた。
「召喚魔法以外、発動しないと言っていなかったか?」
「はい、でしゅ」
「さっきのは、召喚魔法じゃないだろう」
「あれは……」
袖をごそごそやると、緑の石を取り出した。
まだ、光を放っている。
「これは!」
「ボクしゃんがもっていましゅた。
うっかりでしゅ」
「石の力で発動したのか?」
ムーは力無く、首を振った。
「違いましゅ。
この石に、お母しゃまの記憶、チビっとはいってましゅた。
ホーリー・ストリーム。万物の聖なる力を集めて
奔流とした白魔法でしゅ。お母しゃまの魔法でしゅ。」
「ムーの母さんって、ほんとに凄かったんだなあ」
オレ達だけでなく、遺跡の上部を全部吹き飛ばした。
「これ、お母しゃまの記憶でしゅ。
でも、これ、ボクしゃん持てましぇん」
しょげた顔で、石を見ている。
ムーほどの魔力があれば、依存症が酷いことになるのだろう。
「お母しゃまの石、もてましぇん。
ポイしなくちゃ、いけましぇん」
白い指がひょいと石をつまみあげた。
「なにいっているのよ、ウィルに預かってもらえばいいでしょ」
ポンと投げられた石を、慌てて両手で受けた。
「どうせ、魔力ゼロなんだから」
「悪かったな。ゼロで」
ムーが困った顔をした。
「わかったよ、預かるだけだぞ、預かるだけ、いいな?」
パッと明るくなる。
「はい、でしゅ!」
「魔力といえば、ララ」
「なによ」
「魔力あるんだろ?なんで、魔法が使えないんだ?」
「方向性をチェックしたら、白魔法で、それも治癒系だっているのよ。
極めれば蘇生くらいはいけますよ、ですって。
暗殺者が、蘇生魔法を覚えて、どうしろっているのよ」
なるほど、だ。
「でもね、今回のことで、ちょっと考えが変わった」
「覚えるのか?」
「さあね」というと、ムーにひざまずいた。
「ムー・ペトリ様」
「は、はい、でしゅ」
おびえている。
「護衛はこれで終わりということでよろしいでしょうか?」
「はい、でしゅ」
「それでは、これで失礼します」
一礼をすると、
「急いで護衛料を取り立てに行かなくちゃ。
ウィルも急いだ方がいいわよ。
ストルゥナ教団は、もうダメなんだから」
そそくさと帰っていった。
「ウィルしゃんは?」
「仕事も終わったからな、エンドリアに帰る」
「一緒に連れて行ってくれましぇんか?」
「……しっかりつかまっていろよ」
「はい、でしゅ」
荷物を取りに村に寄ったオレとムーは、待っていた村長に謝られた。毒を撒いた犯人はルゴモ村の村人だった。詳しい事情は知らなくても、10年前に多くの村人が行方不明となった件にストルゥナ教団が絡んでいることは予想がつき、悲劇を防ごうとして撒いたらしい。
オレとムーはエンドリアに戻り、ストルゥナ教会の前で別れた。
ストルゥナ教団が魔術師協会の告発で、閉鎖されたのはわずか一週間後のことだった。