合い挽き素数ハンバーグ、素揚げ共産主義、明朝体のゼリー
目を覚ますと、信じられないほどに空腹だった。
食い物を求めて台所を覗いてみると、恐ろしい事に何もない。缶詰の一つ、米の一粒すら残っていない。
「どういうことだよ、姉貴!」とおれはパンツ一枚で転がっている姉に尋ねる。
「足が来て、みんな食べちゃった」
「足!?」
「なんだ知らないの。最近、足が出てくるのよ。そいつが家に現れると、ごはんはみんな食べられるの」
「なんだよそれ」
「江戸七不思議にも足洗屋敷ってあるでしょ? たぶん、アレの同類ね。ちょっとは勉強しておきなさい」
姉に見下されたままではムカつくので、おれはネットで簡単に調べてみる。
確かに姉の言う通り、足洗邸というものは存在したらしい。一番目には本家足洗邸が来て、二番目には、それを題材にしたとおぼしき漫画がヒットした。なんとなく画像検索をしてみると、殆ど漫画の画像で埋まった。オタク業界の汚染、深刻なり。
閑話休題、足洗邸とは巨大な足が天井を破って現れる怪異である。それの正体は狸が変化姿で、食い物を勝手に食べる事はない。なら、なにをするのかというと、足を洗えと強要してくる。わりと意味不明な怪異だった。
「ちょっとちがくね?」
「他に似たような妖怪、私は知らないし」
「別に妖怪に限定する事はないと思うが」
「けど、あれが妖怪じゃなかったら、なんだって言うのよ」
そんな事を言われても、おれは知ったことではない。今俺が問題としているのは、食べ物が何も無いという事だ。それを食っていったのが、足だろうが手だろうがどうでもいい。
そういうわけで、おれは料理をする事にした。このままでは、腹が減って死んでしまう。
「でも、材料ないよ」
「食べられる材料はな。だから、食べられない材料を使って、料理すればいい」
「それって食べられるの?」
「大丈夫だ。おれは調理師免許を持っている」
そういうわけで、おれは材料集めを開始する。家の中を探し回り、足が残したものの中で、比較的食べられそうなものを見繕う。
「おーい、こんなのはどう。クツズミ!」
「靴墨って、こんなのを食わせて、姉貴はおれを殺す気か?」
「ぶー、だったら、オメーはどんなのを見つけてきたんだよぅ」
「おれ? おれが集めたのはこういうの」
おれは姉に見せつけるように、テーブルの上に材料を並べる。
最初に出したのは、素数、関数、円周率だ。関数は癖が強すぎるし、円周率は大味で量が多すぎる。この辺は素数と混ぜてしまって、合い挽き素数のハンバーグにするのがいい。
それと共産主義だ。こいつは醜い内部闘争を美辞麗句で塗り固めているから、外は甘く、中には大人の苦みは詰まっている。これをこんがり揚げて付け合わせにする。
デザートは明朝体だ。スッキリしていてほんのり甘くて、なめらかな食感がたまらない。こいつは、石川啄木と混ぜ合わせてゼリーにする。
「どうだね」とおれが料理をテーブルに並べると、姉は「ははーっ」とひれ伏した。
「じゃあ、食べよう!」
「ああ食べよう。でも、その前に姉貴、服を着ろよ!」
それから、二人で飯を食べた。
自画自賛となるが、なかなか美味くできたと思う。特に合い挽き素数のハンバーグは絶品だ。共産主義の素揚げも癖は強いがなかなかのものだ。デザートの明朝体のゼリーは爽やかに仕上がった。
「どうよ?」
「美味しい! ……けど」
「けど、どうした?」
「共産主義がちょっと苦い……」
「成る程」とおれは頷いた。確かに共産主義という奴は甘苦い。子ども舌な姉には、少し辛いかもしれない。
「民主主義の方がよかったかな」
「そっちの方はちゃんと甘いの?」
「いや、そこまで甘くはない。ただ、民主主義ってやつは、あらゆる政治形態の中で一番マシって話だから、共産主義よりは美味いだろ」