何処かの誰かの一人の最後だけのお話。
主観のみの、お話にもならない綴り。
「何で、こんな事をしたんですか?」
その少女は、目から大粒の水をぼたぼたたらしながら、聞いてきた。
何故かって聞かれても、これが俺の仕事だし、それ以前に俺の趣味だし、この子が納得行くような答えなんて持ち合わせてない。
だから、顔にへばりついた汚れを袖で擦り落としながら、俺は簡潔に答えた。
「俺が何しようが、俺の勝手だろ」
そう言えば、この子も処理して欲しいって言われてたなぁ。そんなことを思う。まだ小学生くらいの年頃か。頬がぷにぷにしている。ある意味、仕事のやりがいがあるってものだ。
処理し終えたこの子の母親は、しっかりと依頼通り、家の天井を渡る一本の木材に縄で吊り下げた。父親も、火傷が残る様にこめかみを撃ち抜いたし、弟君は本棚の下敷き。今頃にようやく力尽きてる頃かな。
すべて依頼通り、滞りなく進んだ。勤務時間外にいた召使さんをうっかり刻んでしまったが、それは後で処理班に任せてしまおう。
そんな訳で、俺の仕事の残りはこの子だけだ。
「…随分と巫山戯た理由ですね」
確か、娘は逆上した父がめためたにした風にしろと言ってたなぁ。めためたってどんな言葉だよ。
今度は敵意を表した鋭い目つきで睨まれる。
俺は好きでこの仕事をやってるが、どうもこう言うの目つきを子供にされるのだけは慣れない。
「そんな理由で、わたしの家族は殺されたんですか」
「まぁ、そうなるなぁ」
相手と呑気に喋ってる場合ではない。母親に時間が予想以上に取られ、夜明けまでに処理班の行動ができなくなってしまう。
めためたと言われても。どうするか。
「アンタなんか、地獄に落ちてしまえばいいんです」
睨む目から、裸足の足まで、隅から隅まで見る。暴れた風に装うのなら、傷だらけにした方がいいのか? だが、そんなに外傷を増やしてもむしろ怪しい。
長年使う愛用の短い刃のついた道具を指で遊ばせる。
そんなこんなで、二人対峙する形で見合っていた中、不注意にも、少女の背から手が飛び出した瞬間、銀刃が反射したのに気付かなかった。
小さな体が、腕を振り上げて襲いかかった。
「××××の仇ぃっ!!」
叫んだのは、恐らく弟の名前なんだろう。少なくとも、今回依頼で受けた名前の中には無かった。
けれど、子供のそんな遅く弱い奇襲なんて、屁でもない。
「まだ、決めて無いんだけどなぁ」
ひらりとかわして、獲物を頭蓋に刺した。
少女は、一瞬何が起こったのかわからない様子で、もう一度包丁を振ろうとして…人形の様に崩れた。
嗚呼、呆気ないの。
だから、子供は好きじゃない。反抗もしないし、したとしても弱すぎる。殆どは、今日の弟の様に、泣き叫んで唯助けを求めるだけ。他力本願の精神が子供にまで伝わる。
家族とは、何とも恐ろしいものだ。
「さてと、これ、どうしようか」
とりあえず刺してはみたが、少しやり過ぎた。これでは、父親がやったとは思えない。そもそも、たった一本の刃で頭蓋骨を貫通させるなんて、できないしな。子供の骨といえど。
「あー……」
どうしようもなく、とにかくナイフを引き抜いてみた。抜く時に、深過ぎたのかなかなか抜けないので、頭を抑えて拔いた。何か、鼻が顔面にめり込んで、頭頂から血が噴水みたいに出てきたが、ま、血はどうにかしてもらおう。頑張れ処理班。
が、それはさておき、どうしたものか。
「全身に切り傷でも付けとくか? でも、それじゃ死んだ後つけたってことで奇異だよな。んじゃ、頭部に集中しとく? …あー駄目だ。あんまり顔わかんなくなると、現場調査が長くなるんだよなぁ…それはさけたいしいぃ……つか、俺が捕まりかねないから無理」
やっちまったあとに考えるのは、随分と難しいものだ。推理小説で、咄嗟的に殺しちゃった奴らが証拠隠滅するのとか、よく出来るなってしみじみ思うわぁ。
なんてことを考えてる場合ではない。夜明けまで、あと三時間くらいか。早くしないと……
「………お、あれイイじゃん」
焦って辺りを見渡したのが幸運だった。
リビングの奥の棚に、いい感じの大きなツボがあるじゃん。
十から十五キロくらいかな。まぁ、それくらいあれば、粉砕くらいはいけるよな。
仕事道具を腰にしまい、壺を下から持ち上げる形で取る………って、重っ?! どうやって入れたのさこれ。
重さに歯切りしながら、なんとか落とさずに女の子の所まで持っていく。
驚いた顔で、目を見開き、広がる瞳孔。口も半開きで、欲をそそる。
「歯形が残る様に、ちゃんと頭部に当てないと……」
失敗すると、嫌なところまで傷がつく。それだけは避けたい。
しっかりと位置を定めて、重力にプラスしてこう、ズドンと……
俺は、勢い良く壺を持上げ、勢い良く下ろした。
バリイィイイインッ!!!
壺が盛大に砕け、頭蓋も、潰れた鼻から下が綺麗に残ってある。脳みそ含め、頭蓋は……うん、わからないくらい上出来だ。
敷いて言えば、白い破片が床に散乱して、赤紫色のぶにぶにしたしわくちゃの塊が幾つも潰れて飛び出している。
「うん、これで仕事は終了か」
依頼は、夫妻の心中を見せかけ、目撃者は全て処分。家政婦さんは、母親の処理を見られたわけだし仕方ないよな。今のこの子は、弟を潰す所を見られたんだから。
「……? そういや、弟くんは何を見たんだっけか」
父親を手に掛けた時は、誰も見ていなかった。一人書斎でこもっていたから、やりやすかった記憶がある。家政婦さんの時は、トイレに押し込めてやったから、誰も見れないし。
「けど、俺の顔見たらビビってたんだよなぁ。うーん、気づかないうちに見られてたか」
面識がない人相手に、あんなに恐怖の顔なんてしないしな。
まぁ、結果的には関係者全員を片付けることになったけど、楽しかったし結果おーらい!!
「なら、長居は無用だな。さっさと出るか」
後は処理班の仕事。邪魔者はさっさと退散だ。
侵入してきたのと同じように、廊下の奥の窓から音も無く出る。同時に、懐から古めかしい俗にガラケーとも呼ばれる携帯端末を取り出して、一番上に並ぶ番号を選択する。
一コールもせずに、機械的な音声が流れた。
『処理依頼を承りました。所在地を検索します。……し終えました。日本国東京都23区外。これより、処理班が向かいます』
「うん、宜しくー」
何事もなかったかのように、普通に答えて一般人に紛れ込む。
極々普通の独り言に、誰が気にしようか。
後は、いつも通りあっちの通信終了を受けるまで待つだけ。
………なのだが、今日は『普通』ではなかった。
『なお、殺害量が規定値を超えましたので、登録番号00913は、本日をもって業務を強制終了させて頂きます』
耳鳴りがする。
「……は?」
思わず止めた足がもう一度動く前に、今度こそ、電話は切られた。
つーつーつー と言う、高い音が、繰り返し携帯から流れる。
聞き返すまでもない。俺の番号は、確かに00913だった。意外の古株だからな。
契約書も、意外と律儀だった頃の話だ、よく読んだ上で了承したので、覚えている。
達筆に書かれた内容に、規定量を超えれば処分とか何とか。
遠くでクラクションが甲高くなる。
正確な規定量は覚えていない。そんなもの、気に出来る精神は持ち合わせていなかった頃の話だ。
両親が無残な姿で、形すら元通りに考えられないくらいのひどい有様で殺されて、生き残る代わりに仕事をしろと言われて読んでたのだから。
いつの間にかこの仕事自体が自分の趣味になるとは想像もつかなかったけども。
2つの光の目が、近づく。
「規定量……まだ先だと思ってたんだけど、余計なもんまでやり過ぎたのかなぁ…」
どんなルールかは未だによくわからないままだが、今言えることは、有りにすれば有る。
“地獄に落ちてしまえばいい”
うん、確かにその通りだ。今更に、あの頃の感覚が湧き上がってきた。
ぶぉぉぉおおお 唸る様な音が飛び込む。
「確かに、こんな屑地獄に落ちるわな」
ぐしゃり。体の中で音がした。横から突っ込んできた車体が、胴にめり込む。めきりと肋が崩れる、腕がすごい方に曲がる、足が無くなった。いつの間にか、家が下にあったと思ったら、ごつこつしたコンクリートに叩きつけられた。
きぃいいいいいっ スリップする音。ドカーンと爆発する音。処理班の、処理。
「ま、まじ…」
体動かねーや。うーん、あっちこっち無いはずなんだけど、全然痛くない。むしろ眠いや。
黒いやつ、ドロっとする睡魔。さっきの女の子も、刺したのに少し動いてたしなぁ、人間意外と動くもんなのね。
ずぶずぶ沈む。
いつかこうなるのは、知ってたけど、さ。
うん、まぁ。
悪くない?
そう思えるようになったことには感謝かな。
貪り続けてた訳だし。
だね。
一人くらいは、
むくわれるか
うん
そう、
……
………やっぱり。
ごめんなさい。
ご無沙汰でした。