第Ⅰ篇《》 第二章(誕生日)3話〔帰宅〕
無言で歩く康介と結衣。
手を繋いでいるが、照れくさいのか、お互いチラチラ見るが、目が合うと二人して顔を背ける。
そんな光景をニヤニヤしながら見ているダーク。
康介はダークが現れていることにまったく気付いていないようだ。
(まったく、面白いな)
ダークは口を押さえながら、笑いを堪えていた。
(まさか、バスに乗り損ねて、走って追い付いたら、レオが告白してるしよ。『俺は……オマエの――結衣のことが好きだ』だもんな)
康介の口説き文句を思い出して、ククク、と声を漏らすダーク。
それでも、康介はダークに気づくことはなかった。
(もうすぐ着くってのに……こんなんで良いのかねぇ……)
ダークは姿を消した。
☆
向日葵園の門を越えた二人は、引き戸の前で立ち止まっていた。
「なあ結衣。……このまま入るのか?」
「康介くんは、嫌?」
康介の問いかけに結衣は、首を傾げながら見上げて聞き返してきた。
ドキッ、とした康介は頭をかきながらそっぽを向いて口を開いた。
「やじゃ、ない……」
「ふふ、康介くん入ろっ」
結衣が微笑んだ。
「おう」
二人は一緒に入っていった。
☆
二人が建物に入ると、ドタドタと、足音が聞こえて、食堂から千秋たちが出てきた。
「康介……結衣……」
千秋は今にも泣きそうな顔で呟いた。
康介が不審に思い千秋に声をかけようとしたとき、
「結衣ちゃん!」
美咲が叫びながら結衣に抱きついた。
「えっ!?美咲ちゃん!?」
突然の美咲の行動に結衣は戸惑い、あたふたしている。
そんな二人を見ていた康介は、周りから不思議な視線を注がれていることに気がついた。
その視線の方に顔を向けると、その場にいる全員が安堵の表情をしていた。
(どうゆう状況だ……?)
康介が首を傾げていると、千秋が近付いてきた。
そして、急に抱きついてきた。
「お、おい……千秋!?」
康介が困惑していると、千秋が耳元で呟いた。
「無事で……よかったわ」
彼は、ますます訳が分からないって顔をしている。
「あのさ……状況が掴めないんだが?」
「あぁ、知らないのね」
康介は首を傾げた。
千秋が離れて語りだした。
「あなたたちが行ってたショッピングモールが爆破させたってニュースでやってたの。それで、二人の無事を確かめられなくて、みんな心配していたのよ」
「そんなことがあったのか」
康介は納得がいった、と言う顔で呟いた。
「ええ……」
「まだそのニュースやってるか?」
「やってると思うわよ?」
千秋が不思議そうな表情で答えた。
返事を聞いた康介は食堂に入っていった。
☆
康介はテレビの前に立ち、チャンネルを回した。
康介は目を細めて、画面を見つめている。
(ダーク)
[なんだ?]
呼ばれたダークは康介の背後に現れた。
(この爆発って能力か?)
[ん?……ああ、これは能力だな。でもよく分かったな]
(なんとなくさ)
[ふぅん、そうか。他に聞きたいことあるか?]
(いや、ない)
[そうか。じゃあな]
ダークは手をひらひら振りながら消えていった。
ダークが消えたことを確認した康介は食堂を出ていった。
そのとき、布が被された何かが視界に入っていた。
☆
「本当に……よかった……」
美咲は康介が食堂に入っていった後も結衣に抱きついていた。
「美咲ちゃん、大丈夫?」
結衣が心配そうに問いかけると、コクリと、頷いた。
「結衣、あなたも無事出てよかったわ」
千秋が微笑みながら近付いてきた。
「あの……千秋さん。さっき、ショッピングモールが爆破されたって聞こえたのですが……」
「ええ、本当のことよ。確か……4時頃を爆発したって言ってたわね」
「そうだったんですか……」
結衣は冷や汗をかいた。
(あと一時間、ショッピングモールを出る時間が遅かったら、わたしたちも巻き込まれてたかもしれないんだ……)
わたしも康介くんも本当に無事でよかった、と思いながら美咲の頭を撫でた。
結衣が美咲の頭を撫でてると、康介が食堂から出てきた。
「なあ、パーティー料理が出来てるように見えないんだが?」
その場にいる結衣と康介以外の全員が「あっ!?」と、声を漏らした。
康介はわざとらしくため息を吐いた。
「……まさか忘れてたのか?」
千秋は気まずそうに顔を背けて、口を開いた。
「あなたたちのことが心配でそれどころじゃなかったのよ」
「はぁ……。部屋にいるから用意出来たら呼びに来てくれ」
康介はそれだけを言うと自室に入っていった。
「手の空いてる人は、全員手伝いなさい」
そう告げると、千秋は食堂に戻っていった。
☆
康介は椅子に腰を下ろした。
ボーッとする事数十分、康介が口を開いた。
「ダーク」
[なんだ?]
ダークは返事と共に彼の右隣に現れた。
「神出鬼没だな……まぁいいや、能力の使い方を聞きたいんだが?」
[使い方ねぇ…………]
ダークは考える素振りを見せてから口を開いた。
[知らん]
「知らんってなんだよ」
康介は半眼でダークを睨んだ。
[俺とオマエじゃ、能力の種類が違うからな。……創作なら想像したものが作れるぜ]
「そうか……」
康介は目を閉じた。
(……何想像すればいいだ?……そういや、腹減ったなぁ)
[おい、レオ]
ダークに呼ばれて康介は目を開けた。
「なんだ?」
[手に持ってるそれなんだよ]
ん?、と首を傾げてから康介は、自分の手を見た。
「…………箸だな」
そう、康介は"黒い箸"を握っているのだ。
[どうして箸なんて出てくるんだ?まぁ予想はつくがな]
「ははは……腹減ったなって思ってよ」
ダークはため息を吐きながら頭をかいた。
[出すなら刃物出せよ]
「刃物かぁ……」
康介は再び目を閉じた。
そして、現れたのは、"黒い包丁"だった。
[なぁレオ]
「ん?」
[やる気あるのか?]
「あるさ」
[じゃあ、なんで包丁なんだ?]
「刃物って言われても、包丁しか思い浮かばんよ」
康介は頬をかきながら答えた。
[はぁ……。まぁいいさ]
と、そのとき、ドアをノックする音と『失礼します』と言う声が聞こえた。
(結衣かな?……いや、アイツなら『失礼します』じゃなくて、『入っていい?』って言うだろうな。多分……。千秋は、なにも言わずに入って来そうだな……。あと来るとしたら、美咲かな?)
康介は左目で入ってきた人物を確信した。
部屋に入ってきたのは結衣……ではなく、予想通り美咲だった。
康介は美咲方へ向いた。
「用意出来たのか?」
「はい。出来ま…………」
美咲は最後まで言い切らずに目を見開いて口を開けていた。
どうしたんだろう?、と康介は首を傾げた。
「美咲、どうした?」
「田中さん……、右目が赤く……」
えっ、と漏らし康介は、ホコリが被っている姿見で、自分の顔を見た。
彼の右の瞳は、血を垂らしたように赤くなっていた。
(ダーク!これはどう言うことだ!)
康介の背後に立っているダークを鏡ごしに睨んだ。
[能力を使ったからだろうな。まぁ、そのうち治るだろ]
(能力を使うたび、赤くなるのかよ……)
[使い慣れれば赤くならないだろうよ]
(そうか……)
康介は胸を撫で下ろした。
そんなやり取りをしているうちに康介の目は元に戻っていた。
「あの、田中さん?」
「えっとな……」
康介はなんて答えようか思考を巡らせた。
「あれは、カラーコンタクトだよ」
「そうなんですか」
「それで、用意出来たんだよな?」
「はい。みんな待ってますよ」
「すぐ行くから、オマエは先に戻ってろ」
「分かりました。それじゃあ、失礼します」
美咲はペコリ、と頭を下げて出ていった。
「…………まさか、目が赤くなるとはな……」
[いやぁ……面白いもの見せてもらったよ]
「面白いものってなんだ?」
[オマエのあたふたする姿]
「はぁ……そんじゃ、俺も行くわ」
[はいよ]
そして、康介も部屋を出ていった。
☆
調理開始から一時間が経とうとしていた。
千秋の指示で着々と料理が出来ていき、どんどん運ばれていた。
「これで最後……」
最後の料理の盛り付けを済ませると同時に千秋は一息ついた。
「千秋さん、お疲れ様です」
千秋は、少ししてから声のした方に視線を向けると、厨房の入り口に美咲が立っていた。
「ええ、疲れたわ」
千秋はため息を吐いてから続けた。
「美咲、康介のことを呼んできて貰えるからしら?」
美咲は、えっ、と驚いた顔をしたが、俯いて「分かりました」と答えた。
「お願いしたわよ」
「はい……」
ペコリと、頭を下げてから出ていった。
「そう言えば、美咲は男性恐怖症だったわね……。でも、出ていくときのあの子の表情は…………、ふふふ。少しは変わってきたってことなのかしらね」
千秋は歩きながら伸びをした。
「わたしもそろそろ行こうかしら」
厨房の電気を消して、千秋も出ていった。
☆
美咲は千秋に言われた通りに康介を呼びに部屋の前まで来ていた。
深呼吸をした美咲は、ドアをノックしてから、「失礼します」と言って部屋に入った。
「用意出来たのか?」
「はい。出来ま…………」
康介の目を見ないようにしていた美咲だったが、康介の右目が赤く輝いているのを見て、目を見開いて、口をぽかんと開けて驚いていた。
(田中さんの目が赤くなってる……どうして…………)
康介は訝しげな顔で口を傾げて、問いかけた。
「美咲、どうした?」
美咲は、康介の言葉で我に返った。
「田中さん……、右目が赤く……」
美咲の言葉に驚いた康介は、姿見で自分の顔を凝視している。
数秒すると、彼は険しい顔になった。
康介はすでに自分の顔を見ていなかった。今は、鏡ごしに自身の背後を見ているように見える。
(どうしたんだろう?)
美咲が首を傾げていると、康介が、ふぅ、と息を吐いた。
彼女は恐る恐る口を開いた。
「あの、田中さん?」
「えっとな……」
康介は考える素振りを見せてから口を開いた。
「あれは、カラーコンタクトだよ」
「そうなんですか」
さっき自分で驚いてたよね?、と思いながら答えた。
「それで、用意出来たんだよな?」
「はい。みんな待ってますよ」
「すぐ行くから、オマエは先に戻ってろ」
「分かりました。それじゃあ、失礼します」
美咲はペコリ、と頭を下げてから部屋を出た。
「田中さん、様子変だったな……」
食堂に向かいながら小声で呟いた。
「それにカラーコンタクトって言ってたの本当なのかな?……隠し事をしてるように見えたな」
美咲は小首を傾げながら入っていった。
☆
康介は食堂を見渡し、自分の席を探した。
「なぁ……俺の席ってどこだ?」
康介が問いかけると、子供たちが一斉にプレートが浮かんでいるところを見た。
不審に思い康介は、プレートのしたまで行った。
プレートには、『田中さんたんじょうびおめでとう』と書かれている。
康介は、誕生日用の椅子がないな、と思っていた。
康介は頬を掻きながら口を開いた。
「俺はここに座ればいいのか?」
「うん、そうだと思うよ……」
結衣が俯いて答えた。
「そうか」と言うと、康介は席についた。
彼の右隣は千秋、左隣は男子中学生、正面は結衣だ。
(……落ち着かないな)
康介はパーティーが終わるまでずっとそわそわしていた。
☆
パーティー中こんなことがあった。
千秋が急に、
「康介。あなた、結衣と付き合ってるの?」
とにやにやしながら言った。
話を振られた康介は、
「な、なに急に言い出すんだよ」
と戸惑いながら言った。
「帰って来たとき手を繋いでたじゃないの」
と面白がっている口調で千秋が言う。
気づいてたのかよ、という顔に康介はなった。
康介が結衣の方へ視線を向けると、結衣は顔を真っ赤にして俯いていた。
「どうなのよ、康介」
と千秋がにやにやしながら問いかけてくる。
「ああ、付き合ってるよ」
康介は観念したように肩を落として言った。
「おめでたいわね」
と思ってもいないだろうことを千秋は口にした。
「あ、ああ……」
「でも……」
康介に顔を寄せると、
「やるときは静かに頼むわよ」
にやにや顔で囁いた。
対する康介は顔を真っ赤にして、
「なっ!?……そ、そそ、そんなことするわけねぇだろ!!」
と立ち上がって叫んだ。
愉快そうに笑う千秋と耳まで真っ赤にした康介とそんな二人を見つめる子供たち、そして不思議そうな顔をしていた結衣……………………。
幸せそうな光景をダークは見ていた。
その後ケーキを食べて、パーティーはお開きになった。
☆
康介は今、自室のベッドに寝っ転がっている。
「はぁぁぁ……」
これで何度目のため息だろうか?
「はぁぁぁぁぁ……」
[なぁ、レオ。さっきからどうしたんだ?]
「いや、大したことじゃねぇよ」
[ならいいんだがな]
ダークは含み笑いをしながら椅子に座った。
「はぁ……」
[当ててやろうか?]
康介は身体を起こして、首を傾げた。
「なんのことだ」
[オマエの、悩み事を、だよ」
「悩み事なんて……」
康介は顔を背けた。
[告白したはいいけど、本当にそれでよかったのかって考えてるんだろ?]
「それは……」
康介は下を向いて自分の手を見つめた。
[ん?図星か?]
「……ああ、そうだよ」
[まぁ、オマエのことが好きって言ってたが……]
ダークは、ニヤリと、笑って続けた。
[アイツ、押しに弱いところがあるから、仕方なく付き合って、……そのまま結婚しちまうかもな]
ハハハ、と面白ものでも見ているかのように笑った。
「…………」
[反論しねえのか?]
笑うのをやめて問いかけた。
「オマエの言う通りだからな……。千秋の上司……会長だったけか?まあ、その人のところに行って、あの高校に通い続けられる確証もないし…………」
何故、康介が会長のことを知っているかと言うと、夕食後、千秋に「来週中に会長――わたしの上司ね。その人のところに行くと思うわ」と、言われたからだ。
康介は窓の方を向いた。
[告白したのに諦めるのか?]
ダークが真剣な表情で言った。
「諦めるわけじゃ……」
康介は、一度きり首を横に振って、ダークの方を向いた。
「諦めたくねえけど、……いつ再開できるかわかんない俺より、これから会う奴と付き合った方が幸せになるんじゃねえかって、考えちまうんだよ」
[お互い好きならそれでいいんじゃないか?それによ、連絡取るくらい出来るだろ?]
「それは、そうなんだけどさ……」
[あ~、めんどくせ]
ダークが息を吐いて、頭をかいた。
[いっそのこと、婚約指輪でも渡しとけばいいじゃねえか]
康介は目を丸くして、みるみる顔を赤くしていった。。
「いや……それは、その…………か、考え、させて……くれ」
[おう?]
ダークは、どうしたんだ?、という風な顔で首を傾げた。
康介は急にベッドから立ち上がった。
[どうした、レオ?]
「……水飲みに行ってくる」
[おう、いってらっしゃい]
康介は返事をせず、部屋を出ていった。
[………………盗み聞きなんて趣味が悪いな]
ダークが窓に視線を向けて口を開いた。
「盗み聞きをした覚えはないのだがな」
ダークの視線の先に現れたのは、ローブを羽織った男だった。
[した覚えはないねぇ……。で、長のあんたがなんか用か?]
「用件を知っているくせに白々しいな……。もちろんレオを取り込みに来た」
[そんなことさせると思うのか。カイザリオン]
ダークは、怒気を含んだ口調でローブの男――カイザーを睨んだ。
「カイザーでいいのによ……。まあ、今すぐやろうってわけじゃないさ。今のあいつを甚振っても面白くないからさ」
カイザーは唇を歪めて言った。
「それじゃあ、俺は帰るぜ。また会おうな、ダーク」
[待てよ]
立ち去ろうとしたカイザーをダークが呼び止めた。
カイザーは首だけをダークの方に向けた。
「ここでやるか?」
[いや……。オマエの片割れを見かけた。こんな近くに住ませるなんて、何を考えてるんだ?]
「たまたまだろ。……アイツは元気にしてたか?」
[ああ、元気そうだったぞ]
「そうか……それじゃあ」
カイザーは、手をひらひら振りながら去っていった。
[…………同い年でも、アイツの方が何十倍も上だな。……のんびりしていられないな]
ダークは、康介が出ていったドアを見つめながら呟いた。
第二章END