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第Ⅰ篇《》 第二章(誕生日)2話〔千秋の過去〕

 正午すぎ、康介と結衣がプレゼント選びをしていた頃、向日葵園では誕生日パーティーの準備が行われていた。


 昼食後、向日葵園にいる全員で食堂を隅々まで掃除し、パーティー料理の準備をするグループと食堂の飾り付けをするグループにわかれた。

 厨房では、千秋を中心に数人の子供たちがスポンジケーキ作りを行っている。

 なにも昼食を食べ終えてすぐに作らなくていいだろ、と思うだろうが、向日葵園の住人は千秋を含めて十六人。

 そのため、全員が食べれる分のケーキを作らなくてはいけない。

 電子レンジは三つあるが、型が古すぎて無駄に電流を消費するのだ。そのため、三つ同時に使うと軽く許容電流をオーバーして、ブレーカが落ちる。二つ同時使用だと、運が良ければ落ちないといった状態だ。

 なので、一つの電子レンジで全員が食べれる分のスポンジを焼かなくてはならないのだ。

 一個目のスポンジケーキを焼いている間は、千秋を除いた厨房組も食堂の飾り付けを手伝っていた。



        ☆



 ある席を見つめている少女がいた。

「これ……怒られないかな?」

「大丈夫だよ」

 自信満々に返されたが、少女――小鳥遊美咲は不安で仕様がなかった。

 何故なら、康介が座るであろう席は、座らせる気があるのかわからないほど飾り付けられていたからだ。

 美咲は見なかったことにして、他の飾り付けを手伝いに行くことにした──。



        ☆



「明日香ちゃん、何か手伝えることない?」

 テーブルで紙の花を作っていた少女、近衛明日香に話しかけた。

「えっと……もうないよね?」

 明日香はテーブルの上の状態を確認してから、他の子供たちに問いかけた。

「うん、そうだね」

「これ以上作ってもねー」

 他の子供たちの返事を聞いてから美咲を見上げた。

「美咲、ごめんね」

「ううん。いいよいいよ」

 笑顔で首を横に振った美咲を見て、申し訳ない気持ちになったのか、明日香は顔を曇らせ俯いたが、なにかを思い付いたのか、表情を明るくして、顔を上げた。

「由梨のところに行ってあげたら?」

「うん、そうするね」

 美咲は明るい返事をして、由梨のところに行った──。



        ☆



 七瀬由梨は他の女の子たちと紙の花や紙のわっかを繋ぎあわせた飾りなどを飾り付けていた。

「由梨ちゃん」

 由梨は美咲の方を向き首を傾げた。

「何か手伝えることない?」

 由梨は周りを見渡してから、少し間を置いて口を開いた。

「……ない、と……思う」

「そう……わかった。邪魔しちゃってごめんね」

 美咲が謝ると、首をブンブン振って何か言おうと口を開いたが、なにも思い付かなかったのだろうか口を閉じてしまった。

「……それじゃあ、他のところにも行くね」

 そう言うと由梨の元を離れていった。

 移動する途中、康介が座る席をチラッと見たが…………さらに酷くなっていた……。



        ☆




 康介と結衣がフードコートで昼食を食べている頃、ショッピングモールにフードを目深にかぶった男たちが入ってきた。

 男たちは全員で三人。フードを目深にかぶってる以外に変なところがあるとしたら、三人ともが手に持っているパンパンになっているカバンだ。

 真ん中を歩いているリーダーと思われる男が小声で他の二人に問いかけた。

「お前らいいな、打ち合わせどうり四時にやるからな。手間取ったら命はないと思えよ」

「ああ」

「わかってるよ」

 二人が答えると、別々の方向に歩いていった。



        ☆



 千秋はスポンジケーキが焼けるのを待ちながら、考え事をしていた。

 本当に会長に渡していいのか。

 康介を会長の手の届かないところに逃がすことは……出来ない。“レオ”だったら絶対に見つける。

(もう、あんな思いしたくないのに…………わたしにはなにも出来ない……ごめんね、康介)

 千秋は堪えられず涙を流した。食堂にいる子供たちに聞こえないように声を殺して、ひたすら泣いた…………。



        ☆



 少し落ち着きどれくらい経っただろうかと、電子レンジのタイマを見ると、五分程度しか経っていなかった。

 食堂の方からは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

 あの子たちもいつかは、連れて行かれてしまうのだろうか。

(…………そう言えば、子供たちを大切に思えるようになったのはいつからだったかしら……)



        ☆



 数年前──。

「ここね……」

 向日葵園と書かれた建物の前に立っている女性がいた。

 女性は、25、6歳くらいで、高級ブランドの服で着飾っている。

 女性の横にはキャリーバックが二つ置かれていた。

「なんでわたしがこんなことしなくちゃいけないの……」

 建物を見上げながら呟いた。

 建物の周りには他の建物がなく、あるのは草木ばかりだ。

 女性は周りを見回したあと、歩いて来た道の方を向いた。

「一番近いバス停が高校前なんてありえない」

 女性の歩いて来た道は舗装されていたがすでに使われていないだろうバス停や廃屋、草木が生い茂っていた。

 高校前のバス停から20分くらいで自然が増えてきていた。さらに10分くらいすると木々で薄暗くなり、建物が廃屋だけになっていた。さらに5分くらいで向日葵園に到着した。

 向日葵園の門前にも使われていないバス停がある。

「………………はぁ~」

 ため息を吐きながら施設の中に入って行くのだった。



        ☆




「意外ときれいなところね」

 入り口の扉は引き戸で、床はタイル張り、入って左手に下駄箱。

 上がって右手に食堂、反対側に風呂場や洗面所や個室、正面は二階に上がる階段と物置がある。

 何十年も使われていないと言われていたが、しっかり改築されているのね、と女性は思った。

 女性は左に行ってすぐの『千秋』とネームプレートがかけられたドアの前に立っていた。

「“ちあき”……ね…………」

 ぼそっ、と呟いた。

 寂しげな目でネームプレートを見ながら……。

 女性はため息を吐きながら、部屋に入っていった。

 入って左手には、『食堂、お風呂場、正面入口』と書かれた鍵かけとコルクボード。右手には机、本棚の順に並んでおり、正面にベッドが横向きに置いてある。

 ベッドの近くには、門が見える窓がある。

「…………はぁ」

 女性は部屋を見渡しただけでなにもせず、ため息を吐いて出ていった。


 部屋を出た女性は各個室を見回ったあと、洗面所、お風呂場、食堂、厨房の順に見て回って、今は食堂で紅茶を飲んでいる。

「能力資質のある子供を集める施設って言ったけど…………普通の施設よね……はぁ」

 面倒くさい、と思いながら飲み終えたカップを置きに厨房に消えていった。



        ☆



 数週間後──。

 向日葵園に最初の子供が来た。

 全員、能力資質を持たない子供達だ。

「千秋さん、おはようございます」

「おはよ」

 なんで私が能力資質を持たない子供の面倒を見なくちゃいけないのよ。まぁ子供は嫌いじゃないからいいんだけど、と毎日ように女性は思っていた。

 平凡な日々が流れた。なにも起きない平凡な日々。

 女性は自分の任されたことを忘れて、今の日々を楽しんでいた──。

 だが、数ヵ月後、平凡な日々は終わりを迎えた。

 一人の少年が向日葵園に入居したことによって…………。

 入居した少年の名前は、斉藤優(さいとうすぐる)。とても真面目で素直な子だ。

 女性は会長に優が能力資質があることを聞かされ、注意深く様子を見ていた。

 しかし、なにも起こらなかった。

 だが、斉藤優が中学校を卒業する一週間前、事件が起きた。


 向日葵園に帰ろうと昇降口にいた斉藤優はバランスを崩しとっさに下駄箱に右手をついた。

 次の瞬間、手をついた下駄箱が右に吹き飛んだ。

 幸い反対側に他の生徒がいなく怪我人は出なかった。

  下駄箱が劣化していて倒れたのだろうと丸く収まり、斉藤優はお咎め無しとなった。

 だが、今回の事件で斉藤優が能力に目醒めた。

 このことはすぐに会長の耳にも入り、「すぐさまワシのところに連れてこい」と言う命令が女性に下った。

 女性はなんのためらいもなく斉藤優を会長に渡した。

 女性に後悔はなかった。

 「これが私の仕事なのだから」と、自分に言い聞かせて…………。


 この心のもやもやはなんだろう?

 分からない…………

 今まで、こんなことを感じたことなかったのに…………

 仲間が死んでも、後輩を目の前で殺されても、なにも感じなかったのに………………

 私、どうしちゃったんだろう…………………………………………



        ☆



 女性は二週間ぶりに斎藤優に会うために会長の元に来ていた。

「おまえさんが、わざわざ、会いに来るとはの」

 女性の正面に座っている白髪に着物姿の老人――会長が笑みを浮かべながら嫌みのように言った。

「部下になるかもしれない奴の様子を見に来ては、いけないのですか?」

 女性は気にせず、問いかけた。

「いけないとは言っておらんよ……」

 会長は笑みを消し目を細めて口を開いた。

「ただの。おまえさんが丸くなったと、思っただけじゃよ」

「そんな――」

「おっ、来たようじゃぞ」

 会長は女性の言葉を遮り、視線をドアに向けて言った。

 女性も視線をドアに向けた。

 すると、ドアが開き50代前半くらいの男性と斎藤優が入ってきた。

 スーツを着ているが、斎藤優は二週間前と変わっていなかった。

 千秋は立ち上がり、斎藤優の元に歩み寄った。

「久しぶりね」

「お久しぶりです。千秋さん……いいえ、先輩と呼んだ方がよろしいですか?」

 女性が返事に困っていると、斎藤優がさらに口を開いた。

「それとも……」

 唇を歪めて、女性の目を見た。

「会長のお孫さんの“犬塚明海(いぬづかあけみ)”さんと、呼んだ方がよろしいでしょうか?」

 首を傾げ不気味な笑みを浮かべて言い放った。

 女性は頭の中が真っ白になった。

(どうして、斎藤優がわたしの本名を知ってるの?)

 女性は、会長の方に視線を向けた。

(いいえ、考えるまでもないわ。教えたのは会長しかいない)

 理由は、この"  "会に女性の捨てた本名を知っているのは、彼女の祖父にあたる会長だけなのだから…………。

 女性は会長を睨んだ。

「何故、優に私の名前を教えたのですか」

 殴りたい衝動を抑えて言った。

「ほっほっほっ。そんなの決まっておろう……」

 会長は唇を歪めて、

「その方が面白いからじゃよ」

 笑って言った。

 楽しそうに愉快そうに笑って。

 女性は拳を強く握りしめた。

「…………わよ」

「ん?なんか言ったかの?」

 会長は首を傾げて、聞き返した。

「ふざけんじゃないわよ!!」

 女性は叫びながら会長に向かって踏み込んだ。

 床が揺れ、女性が踏み込んだ辺りがひび割れた。

 全身の力を右の拳に込めて会長目掛けて打ち出した。

 だが、その拳は会長に届くことはなかった。

 女性は何が起こったのか理解出来ずにいた。

 今まで視界にいたはずの会長がいない。

 今見えるのは電灯と女性を見下ろしている、“斎藤優”だけだ。

 床に倒れているのは理解できた。

 だが、何故倒れているのかを理解出来ずに困惑していると、会長も見下ろして口を開いた。

「命拾いしたの、千秋」

 女性は会長の言っていることが分からない。

「あのまま、わしを殴っておったら、お前さんは死んでおったぞ」

 会長は心配したという顔ではなく、詰まらなそうな顔をしていた。

 まるで、『あのまま、殴っていれば殺せたのに。残念だ』と言いたげな顔だ。

「“レオ”もう下がってよいぞ」

「わかった」

 女性を見下ろしていた、斎藤優が頷いてドアの方に歩いていった。

 “レオ”って優のことなの?と、思いながら女性は上半身を起こし、彼のの後ろ姿を見た。

 斎藤優はドアの前まで歩き、何かを思い出したのか振り返った。

「これからは俺の事は『“レオ”』って呼んでくれ。“千秋さん”」

 それだけ言うと、部屋から出ていった。

(わけが分からない…………)

 女性は呆然と斎藤優の出ていったドアを見つめていた。

「ボーっとしとる暇があるのか」

 女性は身体を起こし、まだ愉快そうに笑っている会長を見上げた。

 何故そんなに笑っていられるのか分からない。

 会長は笑みを消し目を細めた。

「まあよいわ」

 悪意のこもった瞳で千秋見下ろした。

「これからも頼んだぞ。千秋」

「何を、ですか」

 女性は怪訝そうに聞き返した。

「化け物たちの"監視"に決まっておろ」

 女性は目を見開いて、口を開けて笑っている会長を見つめた。

(なんの躊躇いもなく言った……)

 『子供たち』を『化け物』と、『面倒』を見るのでなく『監視』をしろと…………。

 これが正常な人の言うことなのか…………いや違う。両親を早くに亡くした自分の面倒を見てくれた会長を疑いたくないが、これは異常としか言いようがない。

 女性は確信した。会長が"異常"な思考をもった人物だと。

 あの子達は私が――。

 会長は唇を歪めた。

「千秋よ、変な気を起こすでないぞ」

「変な気なんて起こすわけないわ」

 女性は立ち上がり平静を装い言ったが、心を見透かされたような感じがして、ドキリとしていた。

「そうかのう」

 会長は意味ありげに含み笑いをした。

 女性は無言で会長を睨み付けた。

「そう、睨むでないぞ」

 微笑みながら言った。

「…………はぁ」

 会長はわざとらしくため息を吐いて、女性に近付いた。

 女性が後退ろうとした瞬間"右肩を掴まれた"。

 えっいつの間に、と女性が掴まれている右肩を見ていると、会長が耳元でささやいた。

「お前さんが反抗しようがなにしようが、お前さんの勝手じゃが……その時は化け物たちもろともお前さんも消すからの」

 ほっほっほ、と笑いながら右肩から手を離し、ドアの方へ歩いていった。

 女性は横目で一瞬会長の顔を見た。

 とても恐ろしい表情をしていた。今まで仮面でも付けて話していたかのように別人の表情をしていた。

 恐ろしすぎて女性はその場にしゃがみこんでしまった――。



        ☆


 女性はいつの間にか向日葵園に着いていた。

 あの後どうやって帰って来たのだろう、と考えながら建物を見上げている。

 あの建物をいつ出たのか、どのように帰って来たのか、どれくらいで帰って来たのか、女性は全然思い出せないでいた。

「これからあの子たちにどうやって接していけばいいのかしら…………」

 遠くを見るように目を細めて呟いた。

「…………うじうじ考えてても仕方がないわね」

 女性は自身を奮い立てて、向日葵園へ歩き出した。



        ☆



 いつも通りにいつも通りに、と正面入り口の前で自己暗示をかけてから入った。

 女性が扉を引くと中からいい匂いがしてきた。

「帰ったわよ」

 女性がそう言うと食堂から数人の子供たちが出てきた。

「千秋さんお帰りなさい」

「早く早く、ずっと千秋さんのこと待ってたんだから」

「え、ええ……」

 戸惑う女性の手を数人の女の子たちが引いて食堂に入っていった。

 食堂に入った彼女は目を見開いた。

 テーブル上には豪勢な料理、そして食堂全体に装飾がされていた。

 状況が理解できない女性は食堂を見渡した。

 すると、女性の視線はあるものに止まった。

 視線の先にあったのは、一枚のプレートだった。

 『千秋さんいつもありがとう』と、書かれたプレートが壁に立て掛けられていた。

 女性が呆然としていると、一人の少女が歩み出て、周りの子供たちに目配せをすると、

「せーの」

「「千秋さんいつもありがとう!」」

 少女の合図で食堂にいる子供たち全員が笑顔で言った。

 女性は食堂がこんな状態になっている理由を理解した。

「これ、全部あなたたちがやったの?」

 首を傾げて問いかけた。

「うん」

「料理は、全部私たちだけで作ったんです」

「部屋の飾り付けは、俺たちがやったんだぜ」

「スゲーだろ」

「男子嘘つかない!」

「あんたたちだけでやってたとき酷かったじゃない」

「そんなことねぇよ」

 子供たちは楽しそうに笑いあっていた。

 微笑ましい光景だな、と思いながら女性は子供たちを見ていた。

 すると、前に出ていた少女が女性の方を向いて首を傾げた。

「千秋さん。どうかしたの?」

「なんでもないわ」

 首を横に振って答えた。

 私のためにこんなことをしてくれるなんて、と心の中で呟いた女性は、目頭が熱くなるのを感じたが堪えた。

「そこまでにしておきなさい」

 注意された子供たちは一斉に女性のことを見た。

 女性は自分に向けられている、子供たちの驚いた表情に疑問を抱いた。

 女性が小首を傾げていると、

「千秋さんが……笑ってる」

「笑ってるの初めて見た」

「怒った顔しか出来ないかと思ったぜ」

 子供たちは口々に言った。

(この子たちに笑顔を向けていなかったの……)

 わたし酷いわね、と思い微笑んだ。

 そのとき、一筋の雫が女性の左頬に伝った。

「千秋さん泣いてるの?」

 少女が心配そうに問いかけてきた。

「目にゴミが入っただけよ」

 女性は微笑んだまま答えた。

 そう?、と不審そうにそうに首を傾げたが、また笑顔になった。

「冷めないうちに早くご飯食べちゃお。ねっ千秋さん」

「そうね」

 女性が答えると、食堂にいた全員が席に着いた。

 女性は全員が席に着いたのを確認すると合掌をして、

「それじゃ、いただきます」

「「いただきます!」」

 食堂に子供たちの元気な声が響いた。

 この日の夕食は今までに無いほど賑やかだった。



        ☆



 その夜、女性は自室の窓から星空を見ていた。

(わたしは千秋……犬塚明美じゃない、千秋。会長がつけたからじゃない、私がそう名乗りたいから……)

 あの子たちは絶対に私が守ろう、と千秋は心に決めるのだった────。



        ☆



 数週間後──。

 千秋はまた、会長の元に訪れていた。

 理由は子供たちに会うためだ。

 何故、子供たちが会長の元にいるかと言うと、話しは千秋が斎藤優――“レオ”に会いに行った日の数日後に遡る────。


 向日葵園にスーツ姿の男がやって来た。

 千秋は自室に男を通した。

「会長からの伝言だ」

 男は一度切り、座り直した。

「『千秋よ、隠し事をしても良いことはないぞ』だ、そうだ」

「なんのことかわからないわね」

 気づかれてる、と思いながら千秋は言い返した。

「そうか……、それとな、近々会長直々に来ると言っていたぞ」

 千秋は目を見開いた。

 なんで今なの、と思い唇を噛み締めた。

 男は立ち上がって、千秋を見た。

「会長に伝えることはあるか?」

「…………いいえ、ないわ」

「そうか」

 男はドアの前まで行き、振り返った。

「会長の使いでなく、友として言わせてもらうが」

 千秋は無言で男を見上げた。

「あまり会長に逆らうなよ」

「……わかってるわ」

「それならいいんだが……機会があったらまた会おう。アイ」

 男はそれだけを言うと帰っていった。

「あなたは、まだそう呼ぶのね……」

 千秋は男が去った部屋でため息を吐いていた。

 4月24日に向日葵園にいた子供全員が能力者として目覚めた。

 能力資質なしと言われていた子供たちもだ。

 子供たちは全員、会長に引き取られていった。


 千秋は前来たときと同じ部屋に通されていた。

「……遅いわね」

 千秋がこの部屋に通されてから、かれこれ三十分くらいは経つだろう。

 さらに五分くらい経ったとき、ドアが開かれ、会長と“レオ”が入ってきた。

「遅くなってすまんのう。準備にちと手間取ってしまっての」

 会長は詫びを入れる気などさらさら無いように言った。

「いいわ。あの子たちに会わせて貰えれば」

 会長の方を向かずに言った。

「ホッホッホ。そんなに会いたいのか」

 会長は掛け時計を一瞥してからまた口を開いた。

「もう時間がないのう……ついて来い、千秋よ」

 そう言うと、会長と“レオ”は部屋を出ていった。

 千秋は不審に思いながら後を追って部屋を出ていった。



        ☆



 千秋は会長たちについていき、『特別研究室』と、書かれた部屋にいた。

 その部屋は、床と壁が白一色で何も置かれていない。

「会長、あの子たちはどこにいるのですか?」

 千秋は部屋を見回してから聞いた。

「そう急かすでないぞ」

 ホッホッホ、と会長は笑いながら答えた。

「本当に会わせて貰えるのですか?」

「会わすに決まっておろう。お前さんが『会いたい』と言っておるのだからの」

 会長は不気味な笑みを浮かべて言った。

 千秋はそれ以上聞くのをやめて、壁に寄りかかった。



        ☆



 それから10分くらい経ったとき、千秋たちが入ってきたドアが開いた。

 入ってきたのは、向日葵園にいた子供たちと茶髪で髪を後ろで束ねた、白衣姿の女性だった。

 子供たちは向日葵園にいたときと、変わらず無邪気に笑っていた。

 千秋が声をかけようとしたとき、一人の少女が千秋の方を向き『千秋さんだ』と指を差して言った。

 すると、他の子供たちも千秋の方を向いた。

 子供たちは、『あっ、ホントだ』や『どうしているの?』と、言いながら近付いてきた。

「久し振りね」

 千秋はしゃがんで微笑んだ。



        ☆



 子供たちと一緒に入ってきた女性は会長に近寄り、声をひそめた。

「会長、あの子たちを彼女に会わせてよかったのですか?」

「何を言っておる。会わせて良いに決まっておろう」

 会長は唇を歪ませた。

「あの子らに会えるのは、今日が最後になるのだからの」



        ☆



 千秋が子供たちと楽しく話していると、会長が近付いてきた。

 途端、千秋の顔から笑みを消えて、口を閉ざし会長のことを見た。

 子供たちは、彼女が見ている方を向いた。

 すると、数人の子供が笑顔で会長の元へ駆け寄っていった。

 中には会長のことを『おじいちゃん』と呼んで、はしゃいでいる子供もいた。

 千秋は怪訝な表情で会長を見ている。

「おお、よしよし」

 会長は優しい表情で子供たちに接していた。

 千秋は目を見開いて、その光景を見ている。

 会長のあんな表情を千秋は知らない。

 会長が彼女に優しい表情を向けたことなど一度もない。

 会長の表情には、何の悪意も籠っていないように見えた。

 ただただ、孫を愛でるような表情で子供たちに接している。

 千秋は目の前で起きている状況が理解出来なかった。

(私に接するときとあの子たちに接するときとで態度が違いすぎる……。どっちが本性なの)

 千秋には判断がつかない。

 そんなことを考えていると、会長が顔を上げた。

「そろそろ始めようかの?」

 会長は、まだ優しい表情をしている。

「ホントに!?」

「やったー」

「やっと使えるようになるんだ」

 男の子たちが急に騒ぎだした。

 千秋は会長の言ったことをすぐに理解出来ず、困惑した表情で子供たちを見ていた。

 すると、子供と一緒に入ってきた女性が口を開いた。

「皆さん、こちらに来てください」

 女性は抑揚のない声で告げた。

 千秋は、何処か聞いたことのある声だと思い、声のした方に視線を向けた。

「けいこ…………」

 目を見開いて、女性のことを凝視した。

 けいこ、と呼ばれた女性は、子供たちに向けていた視線を一瞬だけ千秋に向けた。

 女性は、手に持っている、携帯端末と子供たちを交互に見ている。

 確認し終わったのか、携帯端末を脇に抱えて、携帯電話で何処かに電話をしだした。

「そろそろ始めますので、来てください……はい…………はい、それでは」

 女性は携帯電話を切り、会長に近づいた。

「準備が出来次第来るそうです」

「うむ」 



        ☆



 女性が電話をしてから10分くらいで、白衣の男女が機械や機器を乗せた台車を押して、入ってきた。

 女性は全員が部屋に入ったことを確認すると口を開いた。

「それでは、それぞれ準備に取り掛かって下さい」

「「はい」」

 白衣姿の男女は返事をすると、準備に取り掛かった。

 謎の機械が準備されていく横で注射器が用意されていた。

 千秋はその準備を訝しげな顔で見ていた。

(私のときにあんなのあったっけ?)

 少しして、準備が出来たようで、女性が会長の元へ駆け寄った。

「準備が整いました。いつでも開始可能です」

「今すぐやってくれるかの」

「わかりました」

 女性は白衣の男女に近づいた。

「それでは、じ……ゴホン。試験を開始します。子供たちに注射を射ってください」

「「はい」」

 白衣の男女は返事をすると、各々注射器を持ち子供たちに近づいていった。

 全員に射ち終わると、白衣の男女は機械や機器に電源を入れ始めた。

(何が始まるって言うの?)

 千秋は怪訝な表情で周囲を見渡している。

 子供たちは、はしゃぎまわっている子やワクワクしている表情の子、友達と話している子がいる。

 白衣の男女は、機械をいじる者やモニターを見ながらメモを取る者がいる。

 会長は、ドアの横で不気味な笑みを浮かべている。

 “レオ”は、会長の隣で静かに佇んでいた。

 部屋の四隅には謎の機械が置かれている。

 女性は、書類をペラペラめくっている。

 千秋が周囲を見渡していると、ゴホンと、咳をする声が聞こえた。

「これから試験を開始します」

「「はい」」

 女性が宣言してから少しすると、四隅の機械が動き出した。

 それから、数分間は何も起きなかった。

 だが、一人の子供が苦しそうにしたかと思うと急にうずくまってしまった。

 異変に気がついた千秋がその子供に駆け寄ろうとすると、会長がその行く手を阻んだ。

「……会長、そこを退いてください」

「それは出来ぬな」

 千秋が睨みながら言ったが、会長は気にする素振りを見せず、笑みを浮かべたまま言い放った。

 千秋は殺気のこもった瞳で会長を睨み付けている。

「それは、どう言うことですか。ちゃんと説明してください」

「ホッホッホ。見ておればわかるぞ」

 会長とそんなやり取りをしていると、バタンと、何かが倒れる音がした。

 千秋が音のした方に視線を向けると、そこには子供が倒れていた。

 目を見開いていると、違う方からまた、バタンと、音がした。

 視線を向けると、また子供が倒れていた。

 千秋がそちらに視線を向けると、また違う方からバタンと、音がした。

 次から次へと子供たちがバタンバタンと、倒れていき、部屋にいた子供たち全員が倒れてしまった。

 千秋がその光景を見て、困惑していると、一人の子供が千秋の方に顔を向けて口を開いた。

「助けて……千秋さん」

 すると、至るところから、「助けて…………」「痛いよ……」「千秋さん……」と言う、子供たちの声が聞こえてきた。

 千秋が会長を退かして、一人の子供に近づこうとした瞬間、近づこうとした子供の頭が破裂した。

 そこら中に血や肉片が飛び散り、頭が破裂した子供の体は痙攣したように震えた。

 千秋はその光景を理解出来ない──いや、理解したくなかった…………。

 千秋がその子供を呆然と見つめていると、今度は違う子供の腕が破裂した。

 それを皮切りに子供たちの足・胸・腹・背中、身体の至るところが破裂し、血や肉片、内臓が飛び散った。



        ☆



 部屋にいた子供たちは全員死んだ。

 子供たちがいた場所は、血だまりが広がり、肉片や内臓が散らばっている。

 千秋はその場でうなだれた。

(何が、起こったって……いうの?)

 会長が大声で笑いながら、千秋に近づいてきた。

「千秋よ、ようやったぞ。大成功じゃ」

 えっ?と、千秋は会長を見上げた。

 会長の表情は、なんて表現していいのかわからないほど歪んでいた。

 千秋は立ち上がり、会長の顔を睨んだ。

「どういうことですか?」

「どうもこうも、これは『暴走能力の

実験』じゃぞ」

 千秋の頭の中は真っ白になった。

 そこで意識が途絶え、気がつくと床に仰向けで倒れていた。

 何が起こったのか理解出来ない千秋は周囲を見回した。

 すると、自分の右腕が何かに掴まれているのに気がついた。

 よく見るとそれは黒い炎だった。

 人の手の形をした炎が千秋の右腕を掴んでいたのだ。

 千秋はやっと今の状況を理解した。

 会長に殴りかかり、返り討ちにあったと言うことに。

 炎はいつの間にか消えていた。

 会長はしゃがみ、千秋の肩に手を置いた。

「あまり無謀なことをするでないぞ。お前さんにはまだあの施設で働いて貰わなくては困るからのう。明美よ」

 会長はそれだけ言うと部屋を出ていった。

 その後に“レオ”、けいこ、白衣の男女がついていった。

 千秋は仰向けの状態で泣いた。

 唇を噛み締めて……。

 クソジジィ……殺してやる…………絶対に殺してやる、と思うのだった。



       ☆



 時は流れ、あれから二年間、千秋は一人で向日葵園にいた。

 彼女はこの日が来るのをずっと心待ちにしていた。

 何故なら、今日は同居人が二人増えるのだ。

 12歳の男女の子供。

 男の子は何を考えてるかわからないと、言うことでたらい回しで、女の子は虚言が酷すぎて同じくたらい回しで。

「理由はどうあれ、同居人が増えるのは嬉しいものね」

 子供たちを受け取るために今は会長の元に来ていた。

 一人で部屋にいる千秋は二年間を振り返っていた。

「あの日から一週間はずっと泣いていたわね…………。それでも、お腹は空くのよね……一週間振りの食事はやっぱり涙が止まらなかったわ…………それから、部屋の片付けをして、掃除をして……ジジィのことを考えたりもしたわね。『ジジィを殺してもあの子たちは帰って来ないのよね……。それよりも、子供をしっかり守れる力をつけなくてはいけないわね…………。もう、あんな思いしたくないもの』なんて考えたっけ……新しく来る子供たちにも今までどうりの私で接しようなんて考えてたわね…………ふふふ。今から会う二人はどんな子なんだろう?事情は知っているけど、他のことは全く知らないのよね……ふふふ、本当に楽しみだわ──」

 千秋がにやけ顔で呟いていると、ドアが開いた。

 入ってきたのは、会長と“レオ”。その後ろから事前に渡されていた写真の子供たちが入ってきた。

 男の子は光が宿っていない目でドアの近くに立っており、女の子はおどおどしながら周囲を気にしていた。

「待たせたの」

「そんなに待ってないわ」

「そうかの…………まぁよいか。この子たちが、今日からお前さんが面倒を見る、田中康介と伊藤結衣じゃ」

 会長から紹介された二人に近づいて、しゃがんだ。

「はじめまして、康介君、結衣ちゃん。私は千秋って言うの。これからよろしくね」

「よろしくおねがいします」

 女の子はお辞儀をしながら言って、男の子はただ立っているだけだった。

 千秋は二人と手を繋ぐと立ち上がった。

「もう帰っていいんですよね?」

「話があったのじゃが…………まぁよいぞ。今日は帰って」

「それでは失礼します」

 千秋はお辞儀をして、部屋を出ていった。

 この子たちも、これから向日葵園に来る子供たちも私が絶対に守ろうと、千秋は決意するのだった。



        ☆



 タイマを見つめて昔のことを振り返っていると、厨房に入ってくる足音が聞こえた。

 振り返ると入口に立っていたのは美咲だった。

「美咲、食堂の飾り付けは終わったの?」

 笑顔で問いかけた。泣いていたことに気付かれないように、なるべく自然な笑顔で。

「えっ……えっと…………」

 美咲は視線をそらしてモジモジしながら黙った。

 千秋は首を傾げて問いかけた。

「終わってないの?」

「…………終わってます……」

 美咲は俯いた状態で答えた。

「そう、ご苦労様。もう行っていいわよ」

 えっ、と顔をあげて素っ頓狂な声を出した美咲は、再び電子レンジの方を向いた千秋を見つめた。

 千秋は美咲の反応に振り返り問いかけた。

「他にも用事があるの?」

「あっ……えっと……その…………見に行かなくていいのですか?」

 千秋は少し考える素振りを見せてから口を開いた。

「行かなくていいわね。それで、もう用は済んだ?」

「はい……」

 美咲はそう言うと厨房を出ていった。

 彼女が厨房から完全に出ていったことを確認した千秋は再び電子レンジに視線を戻した。

「…………やっぱり、私が守っていかなくちゃ駄目よね……康介も結衣もあの子たちも…………」

 千秋は自分の胸に手を当てて呟いた。



        ☆



 康介の席はオブジェと、化していた。


 最初に手をつけられたのは、康介の座る背もたれのある椅子だ。

 背もたれに紙の花を付けよう、となり出来たのが背もたれの縁だけでなく、背もたれ一面に花が付けられていた……。

 次にテーブルだが、何処からか持ってこられた箱が積まれて、箱の周りにも花が付けられていた……。

 退かせば大丈夫だろう、と思いきやガムテープでテーブルクロスに固定されていた。

 テーブルクロスを取れば解決だ、と思いきや、テーブルクロスは、テーブルクロスでガムテープでしっかりとテーブルに付けられていた。

 テーブルの縁にも紙の花が付けられていた。

 『田中さんたんしょうびおめでとう』と、書かれたプレートは、'宙に浮いている'。

 プレートをどうやって浮かせているのかは、謎だ。

 その他にも色々あり、積まれた箱の周りに付けられた花の数はさらに増えていたり、プレートに骸骨の人形がかけられていたり、何がなんだか分からない状態になっていた…………。


 誰も康介の席を見ようとしない。

 大きい布で隠されているが……存在感がすごすぎる。

 誰もが思っていた。やり過ぎた、と。

 みんな椅子に座り俯いて、千秋の元へ行った美咲の帰りを待っていた。

 美咲が厨房に入ってから、一分も経たないうちに戻ってきた。

 全員ドキドキしながら厨房の入口を見ていたが、千秋が出てこない。

 不審に思った子供たちは美咲の元に駆け寄った。

「千秋さんは?」

「千秋さん、来ないの?」

「ババァは、来ねぇのか?」

「お腹すいた~」

「姉御はどうした?」

「男子は美咲に近づかない!」

 などなど、余計な発言も多々あったりしたが、美咲は、みんなに駆け寄られて少し後退ったが、みんなの方をまっすぐ向いた。

「千秋さんは、来ないって言ってたよ」

「そうなんだ……」

「どうしたんだろうね……」

 全員口を閉ざしてしまった。

 みんな千秋のことが心配なのである。

 だが、こんなとき、何をしたらいいのか、何をするべきなのか分からない……。

 今までは、結衣がそういったことを指示してきたからだ。

 彼女がいつもどうやってみんなを引っ張っていたのか誰も分からなかった…………。

 沈黙が流れるなか美咲が口を開いた。

「もう飾り付けは終わったんだよねっ!だったら掃除しようよっ!」

 食堂にいる全員が驚いていた。

 美咲が大声を出すなんて珍しいなんてものじゃない。

 ここにいる全員が美咲が大声を出したのを初めて見たのだ。

 口ごもらないで、言葉が途中で切れないで、ハキハキと話す姿を見たのもこれが初めてだろう。

 みんなが顔を見合わせていると、明日香が前に出た。

「もっとピカピカにして、千秋さんと結衣ちゃんと田中さんを驚かせようよっ!」

 そう言うと、男子も女子も悪戯っぽい笑顔になり、おーと、声をあげて掃除に取りかかった。



        ☆



 食堂も食堂の出入口も向日葵園の入口も向日葵園の門から入口にかけての通路もきれいに掃除された。

 オブジェ(仮)は手を付けられていないが…………。

 何故なら、パーティーが始まる前に大量のゴミが出ると千秋に怒られた、と言うことが何回かあったので、誰も片付けようとしないのだ。

 掃除が終わり、勉強熱心な中学生組は自室で勉強するために食堂を出ていった。

 残った子供たちの誰かがテレビをつけると、建物が爆発した映像が流れていた。



        ☆



 ショッピングモールの近くにある公園にフードを目深に被った三人の男がいた。

 現在の時刻は15時55分。

「なぁ、ホントにやるのか?」

 一人の男が呟いた。

 リーダーと思われる男は唇を歪めて答えた。

「やるに決まってんだろ。おもしれぇことになるんだからよ」

 リーダーと思われる男はハハハと笑い、他の二人は黙り込んだ。

 そんなやり取りをしていると、いつの間にか16時になっていた。

「4時になったな。それじゃあ……壊すか!!」

 そう叫ぶと、リーダーと思われる男は指をパチン、と鳴らした。

 すると、ショッピングモールの至る所から爆発し、倒壊した。

 粉塵を巻き上げ、倒壊していく様子を見ていた人々は騒然となり、パニックに陥った。

 そんな中、リーダーと思われる男は空を見上げ、両手を広げて、高笑いしていた。



        ☆



 二つ目のスポンジケーキを焼き上げた千秋は、冷ますために型から出して、厨房を出ていった。

 彼女が食堂に来ると、子供たちがテレビの前に集まっていた。

 不審に思った千秋は、首を傾げて問いかけた。

「どうかしたの?」

 すると、美咲が涙を浮かべながら彼女に駆け寄った。

 千秋が戸惑っていると、嗚咽混じりに喋りだした。

「ひくっ、結衣、ちゃんと……ひくっ、田中さんが……ひくっ」

「み、美咲落ち着いて」

「はい……。結衣ちゃんと田中さんが行ってる、ショッピングモールが爆発したってテレビで……」

 えっ、と顔を上げた千秋はテレビを見た。

 確かにテレビでショッピングモールが爆破されたと、報道されている。

 すると、ショッピングモール近くの防犯カメラの映像が流れた。

 ショッピングモールの至る所から爆発が起きたかと思うと、粉塵を上げて、あっという間に倒壊した。

 あれでは、中にいた人々は助からないだろう……。

「結衣のケータイに電話したの?」

 千秋はすがる思いで問いかけた。

 だが、

「結衣ちゃん……ケータイ置いてちゃったみたいで……」

「そう……なの」

 千秋は途方に暮れて黙り込んだ。

 食堂にいる子供たちも黙り込んでしまった。



        ☆



「加藤、本当にバレないのか?」

 フードを目深に被った男たちの一人が口を開いた。

 リーダーと思われる男――加藤が振り返り唇を歪めた。

「バレねぇよ。瓦礫の下からは爆発物なんて見つかんねぇ……。アルミ缶が爆発するなんて誰も考えねぇからなっ!」

 男たちは、ずっと不信感を抱いていた。


 朝、加藤から「ショッピングモールを爆破するから手伝え」と電話がかかってきた。

 不審に思ったが、二人は彼の元に行った。

 そこで、爆破方法を聞くと、「アルミ缶を爆発させて、ショッピングモールを破壊する」と言い出したのだ。

 アルミ缶を爆破させてショッピングモールを破壊する?、と疑問に思った二人だったが、加藤の勢いに気圧されて、手伝うことを了承した。

 了承後は、町中のアルミ缶を集めて回り、潰した缶を袋に詰めて、さらにその袋をカバンに詰めていった。

 そして、パンパンのカバンが、計六個用意された。

 用意したカバンを持った三人は、ショッピングモールの至る所に袋を置いていき、4時に爆破し、今に至る。


 どういう原理で爆破したのか想像もつかない二人が不審に思い不信感を抱くのは仕様がないことだ。

 加藤は再び、空を見上げ、両手を広げて、ハッハッハッ、と高笑いしだした。



        ☆



 食堂に沈黙が流れてから、約一時間経ったとき、ガラガラ、と扉が開く音がした。

 千秋たちが食堂から出て目にしたものは――。

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