第Ⅰ篇《》 第二章(誕生日)1話〔物語の始まりはデート?〕
「もう朝か……」
康介がうっすらと目を開けて、呟いた。
[やっと起きたか]
視線を声がした方に動かすと、ダークが見下ろしていた。
康介が起き上がり、伸びをしながら口を開いた。
「もう起きてたのか……」
[いや、俺は寝てないぞ]
「寝てないのか?」
康介が首を傾げて問いかけた。
[『正確には寝れない』だな]
「なんか、大変そうだな」
立ち上がり、クローゼットを開けながら呟いた。
[そうでもないさ]
ダークがベッドに腰をおろして答える。
「そう言うもんなのか……」
康介はTシャツの上からジャケットを羽織り、ジーパンを履いた姿に着替えていた。
「これでいいかな」
[いいんじゃねえか?]
「そか。そんじゃ行くか」
康介は部屋を出ていった。
☆
結衣は自室で美咲たちと出かける支度をしていた。
膝上くらいの長さのチェックのスカートに白のTシャツ、ライトブラウンのカーディガンに着替えて、今は、髪をセットしているところだ。
「結衣ちゃんは、やっぱりポニーテールが似合うよね」
美咲が結衣の髪をいじりながら呟いた。
明日香と由梨は、髪飾りを選びながら、うんうんと、頷いた。
「はい。できたよ」
「ありがとう、美咲ちゃん」
結衣は立ち上がり、自分の格好を見回した。
「……やっぱり恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ。田中さんならきっと、かわいいって言ってくれるよ。ねっ、二人とも」
「う、うん」
コク――。
二人とも戸惑いながら答えた。
「さあ、行こう。結衣ちゃん」
「うん……」
結衣は美咲に手を引かれて部屋を出ていった。
☆
康介が部屋から出て、階段に通りかかったとき、ちょうど結衣たちが降りてきたところだった。
「田中さん、おはようございます」
「康介くん、おはよう」
「おう、おは……よう」
康介は結衣の姿を見た瞬間、ドキッとした。
「康介くん?」
「え、あ……えっと……」
康介が狼狽えていると、美咲が駆け寄ってきた。
「田中さん。結衣ちゃんかわいいですよね」
「あ、ああ……」
康介は、頬を赤くして恥ずかしそうにしている結衣を見て、微笑んだ。
「すごいかわいいな」
ポッと、聞こえてきそうなほど結衣は赤面した。
「ありがとう……」
「ああ……」
二人とも照れくさそうに微笑んだ。
☆
朝食をすませた康介は結衣と一緒に街に来ていた。
今はショッピングモールでお店を回っている。
(ふぅ……アイツ、何やってるんだろう)
康介はお店の中から行き交う人々を眺めていた。
「誕生日か……」
ボソッと呟いた。
☆
お店の中で商品を見ている結衣はと言うと、康介に「誕生日プレゼント何が欲しい?」と言えず、彼と適当にお店を回っていた。
結衣は、向日葵園を出る前からずっと、なんて言い出せばいいんだろう、と悩んでいた。
はぁ、とため息を吐き適当なものを手に取った。
結衣の胸中を知らない康介は未だに通行人を眺めていた。
(結衣と二人で街に来て、お店を二人で回る……か。これってデートだよな?)
頬を少し赤くし、頭を掻いた。
☆
「…………………」
康介はお店を出て周りを見渡した。
[レオどうした?]
康介が声のする方を向くと、そこにはガラスを叩くダークがいた。
(何やってんだ、ダーク)
[暇なんだよ]
(暇って言われてもな…………)
[結衣はオマエの彼女なのか?]
(違ぇよ)
康介は頬に熱を感じた。
(てか、なんでオマエが結衣のこと知ってんだよ)
[そりゃあ、部屋によく来てたからな、覚えたさ]
(…………はぁ、オマエよ……変なことするなよ。俺以外の人には見えないし声も聞こえないけど、物音をたてれば不審がる人はいるんだからよ……)
ちなみに康介と話してる間もダークはガラスを叩き続けていた。
康介は頭をかきながら訴えたが、当の本人はいつの間にか結衣の隣に立っていた。
[可愛いよな……触れるかな]
そう言うと頭を触ろうと右手を伸ばした。
だが、その手は、康介がダークの腕を掴んだことによって、届くことはなかった。
(いい加減にしろよ、ダーク!!)
[へいへい。おお怖い怖い]
左手をひらひら振りながらダークは消えた。
今の二人の会話は誰にも聞こえていない。
何故なら、ダークの声は康介以外には聞こえない。
そして、康介の心の声をダークは聞くことが出来るのだ。ただし、康介から半径2メートル以上離れると全く聞こえなくなるが……。
康介が後ろに立っていたことに気付いた結衣は振り返り、見上げて小首を傾げた。
「康介くんどうしたの?」
「何を見てるのかなって思ってな」
「そうなんだ」
そう言うと結衣は違う棚に移動した。
突如ダークが出てきて康介の肩に肘を置いた。
[可愛いねぇ]
康介はダークを一瞥した。
(なにしに来た)
[結衣が可愛いから出てきた]
(冗談はいい)
[ノリ悪いな……]
そう言うとダークは真剣な表情になった。
[オマエは結衣が何を買いに来たかわかってんだろ]
(……まあな)
[気をきかせようとか思わんのか]
康介は視線を足元に向けた。
(催促してるみたいになるじゃねぇかよ)
ダークはため息を吐き捨てた。
[オマエはバカか?少しは気を使えよ]
(…………わかったよ)
[わかればよし]
ハッハッハとダークが笑っていると、
(ぶっ飛ばすぞ)
康介が睨み付けた。
すると、ダークは頭を下げて謝った。
[すまん。少ししゃしゃった]
「まあ、いいさ」
そう呟きながら康介は、周りを見渡し結衣を探した。
「康介くん、キョロキョロしてどうしたの?」
後ろを振り返ると、結衣が不思議そうな表情で康介を見上げていた。
「結衣がどこにいるのかなって、探してただけだよ」
「えっ……探してくれてたんだ……」
俯きながらモジモジしている。
そんな結衣をダークがしゃがみこんで顔を覗き込むようにしていた。
[可愛いねぇ]
康介は、ダークを見下ろし語調を強めた。
(黙ってろよ)
[怒んなって]
茶化すように言うと、立ち上がり康介の隣に並んだ。
[結衣をいつまで困らせてるつもりだ?]
(……わかってる)
康介が声をかけようしたが、急に顔を上げた結衣によって遮られてしまった。
「康介クン、違うお店行こ!」
「お、おう」
結衣は返事を聞くと、スタスタとお店を出ていってしまった。
呆けている康介の横でダークは笑いをこらえながら、背中を叩いた。
[レオ、ドンマイドンマイ]
ダークを一瞥し、康介は結衣を追っていった。
☆
結衣と康介はフードコートで昼食を食べていた。会話をせず黙々と……。
ダークはと言うと……、何故か椅子に座っている。
(オマエなんで座ってんだ)
[結衣をよーく見るため]
(………オマエは変態か?)
[断言しよう。俺は変態ではない!]
(へいへい)
胸を張って言ったダークを康介は、軽くあしらった。
[可哀想なものを見るような目で見るなよ…………]
しょぼくれているダークを横目に昼食を再開した。
結衣は上の空気味に食べている。
ニヤニヤ、としながら二人を眺めているダーク。
そんなダークを無視して康介は、気まずいな、と思っていた。
☆
現在二人は食事を終えて、依然会話もせず飲み物を飲んでいる。
(…………よし)
結衣は意を決して、康介に話しかけた。
「康介くん」
「ん?なんだ?」
「え……あ、えっと……今日の康介くん変だなって思って……」
わたし何言ってんだろう、と結衣は頬を朱色に染めて自身の発言を後悔した。
「俺、変か?」
康介が首を傾げて問う。
「う、うん……何て言うか……康介くんにしか見えない人が近くにいて、その人ばっかり気にしてるみたいな感じかな?」
「ブフッ……ゲホゲホ」
「康介クン大丈夫!?」
結衣は自分のハンカチを渡そうとしたが、康介が手で制した。
「大丈夫だから」
ハハハと、笑いながら誤魔化す康介。
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
結衣は心配そうな表情をしていたが、渋々ハンカチをしまった。
「ハハハ………心配させて悪かったな……」
「うん………」
康介が頭をかきながら口を開いた。
「それでな……結衣…………」
「なに?」
結衣は頬を少し赤らめて首を傾げた。
「今日、街に来た理由って……その……俺の誕生日プレゼントを買うために……来たんだよ、な?」
結衣は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「……違うのか?」
首を横に振って答えた。
「ううん。あってるよ……」
「それで、俺が選んだ方がいいのか?」
「うん……」
康介は笑顔になり飲み物を飲み干した。
「そうか。なら早く行こうぜ」
「えっ?」
結衣は不思議そうな顔で康介を見つめる。
康介は首を傾げて問いかけた。
「どうしたんだ?」
「その……何でもない…………」
結衣はモジモジしながら答えた。
「そうか……それで、もう行くか?それとも少し休むか?」
「えっと……すぐ行く」
康介は空になった容器を持って立ち上がった。
「さて、行くか」
「うん」
「で、どこ行くんだ?」
結衣は少し考える素振りを見せてから、人差し指で行く方向を示した。
「あっちの方のお店に行こうと思ってるの」
「そうか。じゃあ、行こうぜ」
「うん」
二人は並んで目的のお店に向かっていった。
☆
その後ろ姿を見ていたダークはボソッと呟いた。
[付き合ってもいいんじゃねぇか?]
そう言うと跡形もなく消えた。
☆
二人は色んなお店を回り、今はアクセサリーショップに来ている。
「康介くん、これかわいいよ」
結衣がネックレスを持って康介に近づいてきた。
バシバシ
「そうだな」
康介は笑顔で返し、結衣も笑顔で戻っていった。
バシバシ
(…………ダーク、痛いんだが)
振り返り、背中を叩いていたダークを見た。
[早く帰ろうぜ]
(オマエはガキかよ)
康介が呆れたように言うと、
[ふん、俺はガキじゃないぜ。紳士だぜ]
ダークが胸を張って言い張った。
(ドヤ顔で言われてもな………)
そんなダークを無視して、康介もアクセサリーを見に行くことにした。
☆
結衣はネックレスを見ながら、康介に似合いそうなものを探していた。
(康介くん……どんなのがいいんだろう?)
康介をぼんやり見ながら思考を巡らすのだった。
☆
康介はブレスレットを見ていた。
(誕生日プレゼントか……。今までは千秋が勝手に買ってきてたから、自分で選んだことないんだよな………。どれがいいんだろう?)
ブレスレットを見ながら考えていると、急に肩が重くなった。
(なにやってんだ……)
[レオ帰ろうぜ。帰って能力の練習しようぜ]
(買い物が済んだらな)
[酷いぜ…………]
それだけ言うとダークは消えた。
(何がしたいんだ、アイツは?)
首を傾げながら頭をかいていると、結衣が声をかけてきた。
「康介くんいいの見つかった?」
「う~ん。そうだな………」
視線を動かすと1つのブレスレットに目が止まった。
何の変哲もない、特徴的な装飾もない、ただのブレスレットだった。
そのブレスレットを手に取り、結衣の方を向き手渡した。
「これでいいかな」
「これでいいの?」
「ああ」
「うん、わかった。買ってくるね」
そう言うと結衣はレジに向かっていった。
[レオ~]
(しつこい)
[ブーブー]
何をやりたいのかわからないダークを無視して、康介はブレスレットを手に取った。
(…………まぁ、いいか)
ブレスレットを持って康介もレジに向かった。
☆
二人(?)は向日葵園に帰るためにバスを待っている。
(今更だけど、殺気感じるな……)
康介はそんなことを思いながら結衣の話を聞いていた。
「康介くん聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
康介が返事をすると、結衣はまた喋りだした。
康介は相槌を打ちながら視線を足下に向けた。
そこには、ダークがしゃがみこんで"自分の影"で地面に小さな穴を幾つも開けていた。
康介は、ダークに影があることに驚いていた。だって、幽体みたいじゃん、的な……。
(…………何やってんだ?)
[見ての通り、地面に穴を開けてるんですよ]
((ここでやる必要あるのか?)
[知らんな]
(そうか………)
会話をやめて、少し経ってからバスが来た。
ダークは跡形もなく消えて、結衣と康介はバスに乗り込み、一番後ろの席に座った。
結衣は康介の顔を見て首を傾げた。
「康介くん、私といて楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ」
結衣は嬉しそうな笑顔で呟いた。
「よかった……ねぇ康介くん?」
「なんだ?」
結衣は小首を傾げて問いかけた。
「さっきのお店でなにか買ってなかった?」
「ああ、買ったぞ」
「何買ったの」
康介は悪戯っぽく笑った。
「秘密だ」
「意地悪」
結衣は膨れっ面になり、そっぽを向いてしまった。
(ああ、ダークの言いたいことがわかるような…………)
バスが発車し二人は帰路につくのだった。
☆
[早く帰せてよかったよ]
ダークが結衣と康介がさっきまで居たショッピングモールを眺めながら呟いた。
ショッピングモールが爆発したのは二人が学校前のバス停についた頃だった――。
☆
二人は自分たちが通っている学校前のバス停で降りた。
理由は、向日葵園は数年前まで、廃墟だった。改築して向日葵園と言う施設になったが、10年以上放置されていた場所なのでバス停が存在しないのだ。
今二人は康介が学校をサボるときにいたと言う公園近くまで来ていた。
(いつ渡そう……)
康介はポケットの中にある紙袋を気にしていた。
「康介くんどうしたの?」
結衣は康介の顔を覗き込みながら問う。
康介は何て言おうか思考を巡らせた。
「…………はぁ……公園で休んで行こうぜ」
「?……どうして?」
「まぁ、いいからいいから」
結衣は康介に手を引かれて公園に入っていった。
急に手を握られて、結衣は頬を真っ赤にしていた。
二人はベンチに座っている。
会話をせずただ座っている。
(なんか………気まずいな)
康介は空を見上げ、結衣は周りをキョロキョロと見ていた。
(よし……)
康介は立ち上がり、結衣の前に立った。
「康介くん、どうしたの?」
結衣が不思議そうな顔で問う。
「オマエに渡したいものがあるんだ」
「え?渡したいものって?」
首を傾げて言った。
康介はポケットから小さな紙袋を取り出し、結衣に手渡した。
「これって……」
結衣の手には、彼女が康介の誕生日プレゼントを買ったお店と同じ紙袋があった。
「まぁ、開けてみろよ」
「うん……」
紙袋を開けると中に入っていたのは、結衣が康介の誕生日プレゼントに買ったものと同じブレスレットがあった。
「え……」
「日頃の感謝ってやつだよ」
康介は頭を掻きながら言った。
結衣は俯いて黙りこんでしまった。
康介がベンチに座り、結衣の顔を覗き込むと泣いていた。
それ以上は顔を覗き込まなかった。
結衣が泣き止むのをじっと待つことにしたのだ。
☆
(暗くなってきたな……そういや、ダークのやつ出てねえな)
康介が空を見上げていると、結衣が泣き止み顔をあげた。
「落ち着いたか?」
結衣が頷いた。
「うん…………ごめんね」
「謝る必要なんてないさ」
「ありがとう……」
結衣は手の上の紙袋を見つめてから康介の方を向いて口を開いた。
「康介くん……これ」
「オマエへのプレゼントだったんだけど……俺と同じじゃ嫌だったか?」
結衣は首を横に振り答えた。
「嫌じゃないよ………でも」
「俺とオマエが付き合ってるって思われるんじゃないかって?」
「うん……」
「オマエは……嫌か?」
首を横に振ってから俯いた。
「嫌じゃないけど………」
「俺は……別に構わないけどな」
「え?…………」
結衣は顔をあげて康介を見つめた。
「俺はオマエと付き合ってるって思われても構わないぞ」
「康介くん…………私のこと好き?」
康介は少し考えてから口を開いた。
「さあな」
「わたしの……気のせいだったんだ」
結衣は俯いて小声で呟いた。
「でも、俺は……オマエをほっとけないって言うか……まぁオマエと一緒にいたいとは思ってる」
康介の言葉を聞いた結衣はまた泣いた。
☆
「康介、くん……」
結衣は康介を見つめた。
「もう大丈夫か?」
目元を拭きながら頷いた。
「うん……ありがとう」
「そうか……」
「ねぇ……康介くん……寄りかかっていい?」
「……ああ」
康介は頬を掻きながら答えた。
「ありがとう……康介くん」
そう言うと結衣は康介に身体を預けた。
☆
(どれくらい経っただろうか…………)
周りはすでに暗くなり、街灯や家の灯りがつき、賑やかな声が聞こえてくる。
「…………康介くん、帰ろう」
結衣はスッと離れて言った。
「もう大丈夫か?」
「うん……」
康介は立ち上がり、結衣に手を差し伸べた。
「ありがとう」
康介の手に掴まり立ち上がった。
なかなか手を離そうとしてない結衣を康介は怪訝に思った。
「どうした?」
「……手繋いで帰ろ」
上目使いで見上げられて、康介は、ドキッとしてしまった。
康介は困ったような顔をなったが、
「わかったよ」
「ありがとう」
康介と結衣は手を繋いで向日葵園に帰っていった。
☆
康介と結衣は、手を繋いで無言で歩いていた。
(女ってこんなに手が小さいもんなんだな……)
康介は空を見上げながら息を吐いた。
(俺は、コイツのことが好きなのかな……)
結衣のことを横目で見て、目を閉じた。
(コイツのことを見てることが多くなったのは…………)
目を閉じたまま、記憶を遡っていった。
(そうだ、コイツが二年の先輩たちに言い寄られて泣いてたところを見てからだ)
康介は目を開けて、結衣を見つめた。
(泣かせたことに何故か苛立ちを覚えて、先輩を殴り飛ばしたっけ……。そのあともコイツに言い寄ってきた男子を片っ端から殴り飛ばしてたら、不良グループに目をつけられてボコられたっけな……)
目を細めて微笑んでいると、
「康介くんどうしたの?」
結衣が首を傾げて見上げてきた。
「昔のことを思い出してな」
「?……そうなんだ」
結衣は不思議そうな顔をしている。
(俺は……結衣のことがずっと前から好きだったんだな)
康介は正面を向いて、結衣への気持ちを確かめるのだった。
☆
結衣は自分の心臓の音が康介に聞こえていないか、気にしていた。
彼女自信が提案したことだが、付き合ってるわけでもないのに手を繋いで帰るなんて、変な気がして仕様がなかった。
結衣は康介を見上げた。
(手を繋いで、照れくさいって思ってるのってわたしだけなのかな……)
彼女が見てることに気づくと、首を傾げて問いかけてきた。
「どうしたんだ?俺の顔になんかついてるか」
「ううん。なにもついてないよ」
結衣は頬に熱を感じながら顔を伏せた。
「そうか?」
「……うん」
結衣は顔を伏せたまま答えた。
(今のわたし……なんだか変だ。……康介くんが、わたしに気があるって分かったから……だよね?)
結衣はしばらくの間、康介に手を引かれながら歩いた。
だが、そのことを彼女は自覚していなかったのだった。
☆
二人は向日葵園まで、あと10分くらいのところまで来ていた。
すでに街灯はなく、道を照らしているのは月と星の光だけだった。
(俺は、結衣のことが好きだ)
康介は、これで何度目だろうか、と思いながら息を吐いた。
ここにくるまでの間ずっと心の中で『俺は、結衣のことが好きだ』と呟いていたのだ。
康介は急に止まり手を離して、結衣の方へ振り返った。
結衣は立ち止まった康介を首を傾げて見上げている。
少しの沈黙のあと、意を決して康介は口を開いた。
「俺は……オマエの――結衣のことが好きだ」
まっすぐ結衣の目を見てそう告げた。
康介は耳まで真っ赤になるほど恥ずかしかったが、結衣の目を見たまま、彼女の返答を待った。
☆
「俺は……オマエの――結衣のことが好きだ」
結衣は康介の顔を見つめたまま、固まっていた。
(康介くんが……わたしのことを好きって言ってくれた。それに初めて名前を呼んでくれた……)
結衣は俯いてから瞳を閉じて数秒後、康介を見上げた。
「おい、どうしたんだ?」
「えっ?なにが」
結衣は首を傾げながら答えた。
「なにがって、……オマエ涙出てるぞ」
康介が困惑したように言った。
結衣は自分の頬を触って驚いた。
確かに涙が出ている。でもどうして?……いいや、もう答えは出ている。
涙を拭かず結衣は、康介の顔を見つめた。
「この涙は、嬉し涙だよ……」
「じゃあ……」
「うん、わたしも康介くんのこと好きだよ」
☆
長い間見つめ合っていたが、結衣がゆっくり瞳を閉じた。
「康介くん……」
「ああ」
康介は結衣の肩を抱いてから目を閉じて、そっと唇を重ねた。
唇を離して、お互い瞳を開いて、見つめ合う。
二人とも耳まで真っ赤にしている。
「恥ずかしいな……」
「うん……」
先に口を開いたのは康介だった。
「でも、悪い気分じゃない……」
「うん……」
康介は自然と頬が緩んでいた。
「もう一回……して、いいか?」
「うん……」
結衣はそう言うと再び瞳を閉じた。
康介も瞳を閉じて、唇を重ねた。
さっきよりも長く……。
唇を離して、また見つめ合う。
「やっぱり恥ずかしいな」
「うん……」
康介はこそばゆくて、視線をそらした。
「ねえ、康介くん……」
「ん?なんだ」
首を傾げて聞いた。
「わたしたちって恋人同士になったんだよね?」
「ああ、そうなるな」
「わたし嬉しいな……」
「どうしてだ?」
康介は再び首を傾げた。
「だって、ずっと好きだった人と付き合えるようになったんだもん」
「そう……なんだ」
「うん。康介くん大好き」
「ああ、俺もだ」
二人はその場で抱き合った。
☆
どれくらい経っただろうか、康介は空を見上げてそう思った。
「なあ、結衣」
「なに?」
スッと、離れて首を傾げた。
「そろそろ帰らないか?」
「うん、そうだね」
「ほら、結衣」
康介は、結衣に手を差し出した。
「うん」
結衣は手を繋ぐと、見上げて微笑んだ。
康介は、公園から今いる場所までの道中で感じていた照れくささと、違った恥ずかしさと心地よさを感じていた。
二人は向日葵園へと向けて歩き出した。