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第Ⅰ篇《》 第三章(其々の道)4話〔決意。そして別れ〕

 翌朝――。

 午前6時過ぎ――。

「今日は、夢見なかったな……」

 康介が起き上がりながら言った。

 視線を右隣に向けると、今日はちゃんと隣で寝ていた。すやすやと、寝息を立てながら。

 美咲を見下ろしながら、康介は昨日のことを思い返す。

(コイツは、発育してないと言うよりも、性徴期そのものが来てない感じがした……。まぁ、根拠はないんだが……)

[やっと、結衣以外を気にかけるようになったな]

(盗み聞きか?)

 康介は、天井に座っているダークを見上げながら言った。

[隠れて聞いてないから、盗み聞きじゃない]

 ドヤァと、効果音が聞こえてきそうな顔で言い放った。

 康介は真剣な表情でダークを見た。

(それで、俺の推測は正しと思うか?)

[正しいか、か……、間違っていないだろうが、それだけじゃ、考えが浅いな]

(じゃあ、オマエの考えはどうなんだ?)

 ダークは、考える素振りを見せてから答えた。

[まぁいいか]

 そう言うと、康介の前に降りてきた。

[コイツの第二次性徴期が来てないと、推測する根拠は、約二年前父親に犯されたことによる精神的影響]

 ダークは、人差し指立てて言った。そして、中指を立てて、

[そして能力の影響だ]

(能力でそんな影響がでるのか?)

 康介は首を傾げて問いかけた。

[ああ]

(じゃあ、俺もか?)

[いや、それはない]

 ダークは首を振って続けた。

[たぶんだが、美咲の能力が発現したのは、父親に犯されてた最中か後かだと思う……]

(てことは、コイツは俺より前から能力者だったのか……)

[そう言うことになるな]

(でもよ、それが性徴にどう影響すんだよ?)

[能力によって成長ホルモンが分泌されてないってことが考えられる]

(詳しくはわからないってことか?)

[ああ。第一に特殊な血筋を持たない人間が十歳で能力が発現したって聞いたこと――]

(特殊な血筋ってなんだよ?)

 康介がダークの言葉を遮って口を開いた。

[オマエのことだよ]

(俺??)

 真顔で言ったダークに康介は、首を傾げた。

(それってど――)

[続けていいか?]

(あ、ああ……)

[特殊な血筋を持たない人間が、十歳で能力が発現したって聞いたことがない。だから、あってるかわからないが、精神的な影響だけで、全く成長しないなんて考えられない。他に考えられるとしたら、能力による影響くらいだ]

(このままなのか?)

[可能は高いな]

(そうなのか……)

 康介が美咲の頭を撫でてやると、くすぐったそうに身動いだ。

(もう明日なのか……)

 憂い顔で頭を撫で続けた。

(なんて言ってやればいいんだ…………)

 どんな方法を取っても美咲は泣くだろう。

(泣かせちまうなら俺は……)

[逃げるのか?]

(それは…………)

[美咲を泣かせない方法なんてないと思うぜ]

 康介は顔を上げてダークを見た。

(どうして言い切れるんだ?)

[一回、会長ってじいさんに会ったろ?]

(ああ……)

[その時、千秋があからさまにじいさんに対して殺気を放ってた]

(そうなのか?)

 首を傾げる康介をダークは呆れた表情で見た。

[……ああ。千秋はオマエをじいさんに渡したくないんだろうな]

(それなら拒めばいいんじゃないか?)

[それができればしてるんじゃないか。しないってことは出来ないんだろ]

(?どういうことだよ)

[会長ってじいさんは、千秋より圧倒的に力がある。どう足掻いても逆らえないほどの力]

(武力か権力ってことか?)

[その両方ってことも考えられるぜ]

 康介は俯いて黙り込んだが、すぐに顔を上げて口を開いた。

(会長ってそんなに強いのか?)

[強いなんてもんじゃない。ありゃ怪物だ]

(そんなの見ただけでわかるのか?)

[あのじいさんはあえて殺気を出してた。それだけで、どれほどの死地に身を置いていたかがわかる。怪物以外にあのじいさんに当てはまる言葉はないと思うぜ。あるとすれば……、そうだな……、悪魔だな]

(…………)

 康介は美咲に視線を向けた。

(コイツが能力に目醒めたって分かったら俺と同じように……)

[そうだろうな]

(俺には何も出来ないのか?)

[どうだろうな]

(…………結衣も能力に目醒めたら連れていかれるよな……)

[だろうな]

 ダークは突き放すように返していた。

[……うじう――]

(うじうじしててもしょうがないよな……。コイツらが連れていかれないように俺がその分頑張ればいい、だろ?)

 遮るように康介がダークの顔を見て言った。

[あ、ああ……]

 ダークは驚いた顔をしている。

(そろそろ起こさないとな)

 康介は時計を見ながら言った。

 現在午前6時半前――。

 康介は美咲の身体を揺すった。

「美咲起きろ」

「……ん」

 美咲が目を擦りながら、むくりと、起き上がった。

「康介さん、おはようございます」

「ああ、おはよ」

 美咲が首を傾げて口を開いた。

「康介さん」

「ん?なんだ」

「誰かと話してましたか?」

「いや、話してないけど……、どうして?」

「その……、わたしにもよくわからないんですが、寝てるときに他の人の声が聞こえたんです」

「そうなのか……」

 康介は苦笑いを浮かべながら言ったあと、視線だけをダークに向けた。

(どうゆうことだよ……)

[知らん]

(知らんって……)

 眉をピクピクさせている康介を美咲が訝しげな表情で見ている。

「康介さん?」

「なんでもないぞ」

 手を振って言った。

「そうですか?」

「ああ……、着替えるからうしろ向いててくれるか?」

「うん」

 こくっと、頷いた美咲に背を向けて、康介はクローゼットから半袖のTシャツと茶色の長ズボン、靴下を取り出して、着替えた。

 振り返ると美咲がパフッと、抱きついてきた。

 勢いよく飛んで来なかったな……、と思ったが、気にせず康介は美咲に話しかけた。

「次はオマエの着替えだな」

「うん」

「さっさと行こうか」

「うん」

 美咲と康介は部屋を出た。

 階段に差し掛かり、康介が一歩踏み出そうとしたとき、うしろから服の裾を引っ張られた。

「どうしたんだ?」

 首を傾げて聞く。

「一人で行くからここで待っててください」

 康介の目をまっすぐ見て言った。

「一人でも大丈夫なのか?」

「……たぶん」

 康介は考える素振りを見せてから答えた。

「分かった。頑張ってこい」

「うん」

 美咲は微笑んで階段を上っていった。

(変わろうとしてんだな……)

 康介は美咲が上がっていった、階段を見上げている。

[なぁレオ]

(なんだ?)

 階段の横の壁に寄っ掛かって答えた。

[オマエも変わりたいか?]

 『オマエも変わりたいか?』……、ダークはどういう意図でその言葉を言ったのか、今の康介にはその意味を理解することは難しいだろう。

(どうゆうことだ?)

[まあいいから、答えろよ]

(そうだな……、変わりたいかな。ここにいる全員を守れるくらい強くなりたいって思ってるよ)

[そうか……]

(なんだその反応?)

[気にすんな]

(そうか?)

 康介が首を傾げていると、階段を下りてくる音がした。

 階段を見上げるとちょうど美咲が下りてくるところだった。少し涙目だったが……。

 美咲はそのままの勢いで、康介に抱きついた。

「美咲大丈夫か?」

「うん……」

 返事をしたが離れようとしない美咲を連れて、康介は食堂に入っていった。



        ☆



 朝食後、康介は食堂でテレビを見ながら、コーヒーを飲んでいた。その隣には、紅茶を飲んでいる美咲が座っている。

 今、テレビでは、六日前――康介の誕生日に起きた、ショッピングモール爆破事件のことが報じられている。

 死亡者は、客・従業員を合わせて、四百人に昇るようだ。

 爆破の方法も謎のようだ。何処を探しても爆破に使われたと思われる物体は出てこなかったと言う話だ。能力によるものなのだから、出てこなくて当然なのだが……。

 そんな中、『あれは、特殊能力によるものだ』と言う噂が流れ始めた。

 最初のうちは単なる噂だったのだが、爆破事件から四日後の夕方のニュース番組で何処かの評論家か何かが

『爆破現場の調査の結果、瓦礫のどこからも、爆発に使われたと思しきものは、発見されなかったと出た。原因も不明と言うじゃないか。この事を踏まえ、今回のショッピングモール爆破は、特殊な力によるものだと判断できる』

 と言ったことにより、『あれは、特殊能力によるものだ』と言う噂は、噂の域を越えて、今ではどのニュース番組でもそのことで持ちきりだ。

(いつまでやるんだろうな……)

[知らねぇよ]

(だよなぁ……)

 康介は視線をマグカップに落とし、ため息をついてコーヒーをすすった。

「康介さんどうしたんですか?」

「いや……なんでもねえよ」

「そうですか?」

「ああ」

 康介は、再びテレビに視線を戻した。



        ☆



 時刻は12時半前――。

 千秋が昼食を作る音を聞きながら、康介は美咲の勉強を見ていた。

 12時35分を回ったとき、厨房から着信音が鳴り響いた。

 着信音が止まり少しすると、千秋がエプロン姿で厨房から出てきた。

「康介、高校まで行ってもらえるかしら?」

「どうしてだ?」

 康介は首を傾げながら問いかけた。

「結衣が倒れて、保健室に運ばれたって学校から電話があったのよ」

「そうか。でも……」

 美咲に視線を向けながら言った。

 意図を察したのか、康介の目を見ながら口を開いた。

「康介さん、行ってあげて。わたしは大丈夫だから。頑張るって決めたもん」

「オマエがそういうなら……」

「この子にはわたしがついてるから、あの子のところに早く行ってあげなさい」

 千秋が美咲の後ろに回って言った。

「ああ……。行ってくる」

 そう言うと、康介は食堂を出て、そのまま玄関を出ていった。



        ☆



 結衣は今日も一人で、登校していた。

 高校に上がってからつい数週間前までは、一人で登下校していたと言うのに、彼女の心には、はっきりと『寂しい』と言う気持ちがあった。

(早く康介くんに会いたいな……)

 結衣は天を仰いだ。



        ☆



(やっと昼休みになった~……。今日は、時間が経つのが遅いな……)

 現在の時刻は、12時45分――四時限目の授業が終わったばかりだ。

「結衣、一緒にご飯食べよ」

 彼女の背中に女生徒が抱きついて、そう言った。

「うん」

 結衣は頷きながら答えた。

 答えたを聞くと女生徒は、結衣の前の席の椅子を引き出すと、彼女と向かい合うように座った。

 結衣はカバンからお弁当箱を取りだし、机に広げて食べ始めた。。

 女生徒もお弁当箱を広げて食べ始めた。

「結衣ってこの頃元気ないよね」

「え?そうかな……」

 小首を傾げて言った。

 女生徒は、頷きながら『元気ないよ』と言って、何かを思い出すように虚空を見つめてから口を開いた。

「田中が退学したくらいには元気がなかったと思うよ」

「…………」

 結衣は黙ってお弁当箱を見つめた。

(康介くんともう一緒にいられないってわかって、わたし、元気がなくなってたんだ…………)

 結衣はみるみる頬が熱くなるのを感じていた。



        ☆


 今結衣は、男子生徒と校舎裏にいた。


 話は少し前に遡る。

 昼食を食べ終えた結衣はトイレに行き、その帰りに男子生徒に呼び止められて、今に至るのだ。


「話しってなに?」

 結衣は小首を傾げて言った。

「その……、えっと……あれだ…………うん……」

 男子生徒は、視線をそらしながらぶつぶつ、呟いている。

「あの、急な用事とかじゃないなら戻ってもいいかな?次の授業の準備とかあるし……」

「ゆ、言うから少し待ってくれ」

 男子生徒は、二、三度深呼吸をして、結衣の方を向いた。

「俺はずっと前からお前のことが好きなんだ!!」

 えっ?、と彼女は間抜けな声を出して、面食らっていた。

「わ、わたし、康介くんと付き合ってるし……、康介のこと好きだから……」

 それでも、なんとかそう言った。

「でも、あいつどっか行っちまうんだろ?」

「う、うん……」

「ならいいじゃねぇかよ」

「……それでも、わたしは康介のことが好きだから。ごめんなさい」

 頭を下げて振り返ろうとしたとき、男子生徒が右手で結衣の左腕を掴んで、自分の方へ引き寄せ、左手で彼女の右肩をがっしり、と掴んだ。

「あんなやつとは別れて、俺と付き合えよ!!」

「やっ……やめ、離してよっ!!」

 結衣が逃れようと動くが、男子生徒の手が離れる様子はまったくなかった。むしろ、さらに強く掴まれていることが、制服のシワから見て取れた。

「俺は、あいつよりお前を幸せにする自信がある!!お前を一人ぼっちにしないし、一生お前のそばに居てやる!!だから俺付き合え!!!」

 男子生徒はそう言うと、結衣に抱きつきた。

「ひっ…………」

 結衣は目を見開いて、過呼吸になっている。

(怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわい…………)

「おい!!答えろよ!!」

 男子生徒は、結衣の両肩を掴んで揺さぶりながら、怒鳴り付けた。

「はっ、はっ、はっ、はっ、……こ、こう……すけ……くん…………」

 結衣は意識を失った。



        ☆



 康介は正門の前に立ち、校舎を見上げていた。

「久々だな……」

[退学して四日しか経ってないのに、久々はおかしいだろ]

 ダークの顔を見たが、ツッコミに答えず康介は、再び校舎に視線を向けた。

「結衣は、どこにいるんだろうか……」

 そう言うと、校舎に向けて歩き出した。



        ☆



 康介は勝手に校舎に侵入し、職員室を目指した。

 教師に見つかったら面倒そうだけど……、なるようになるかぁ、なんて気持ちで彼は歩いていた。

 職員室に向かってる時点で、『見つかったら面倒そう』なんて関係ないと思うが………………。

 誰にも見つかることなく、職員室の前までやってきた康介は、ノックをせずに引き戸を開けた。

 教師たちは、突然開けられた引き戸に私服の青年が立っていることに驚いている顔や、不思議そうな顔をしている。

 間抜けな顔してるな、と思いながら、康介は用件を述べた。

「伊藤……結衣?さんを迎えに来ました」

 言い終わったあと、何かを思い出したのか、『あっ……』と言って、再び口を開いた。

「先日、退学した田中康介です」

 言うと一礼した。

 少しすると、元担任の教師が近づいてきた。

「田中。お前、昇降口から入ってきただろ」

「はい。面倒くさかったので」

 康介は悪びれないで答えた。

 担任は、はぁ~と、ため息を吐いた。

「今回は、見逃してやるが、次からはちゃんと、教員用通用口から入ってこいよ。また、昇降口から入って、咎められても、俺は知らないからな」

「はい」

 担任は肩をすくめて、職員室内に戻って行くと、近くにいた教師に何か言って、康介の前に戻ってきた。

「それじゃあ、伊藤のところに行くぞ」

 そう言いながら、康介の横を抜けていった。

 彼は、そのあとを追った。



        ☆



 元担任の教師が保健室の前で立ち止まった。

「保健室?ここに結衣がいるんですか?」

「ああ」

「どうして……」

「詳しいことは、伊藤が起きないとわかんないが、部室を掃除してた生徒が窓を開けたら、怒鳴り声が聞こえてきて、下を見たら男子生徒が女生徒を揺さぶっていて、少ししたらその女生徒の身体から力が抜けて崩れるように倒れた。そしたら、男子生徒が慌てたように逃げて、見ていた生徒が先生方を連れて駆けつけたら、そこに倒れていたのが、伊藤だったそうだ」

 担任は説明し終えると、引き戸を開けて中に入っていった。

 あの人は駆けつけてないのか……、

と思いながら康介も入っていった。



        ☆



 結衣が目を覚ました。

 どこか見覚えのある天井だな、と思いながら視線を動かすと、左右下方に薄ピンクのカーテンが見えた。

 彼女は今、保健室にいるのだと理解した。

(わたし……、どうして保健室にいるんだろう…………)

 結衣は時間を確かめるためにベッドから起き上がり、カーテンをめくった。

 と、ほぼ同時に引き戸が開かれ、担任の教師が入ってきた。

「伊藤、目が覚めたのか!」

「はい。さっき起きました」

 そう言うと、結衣は時計を見た。

 現在の時刻は、1時47分。

 五時限目の授業開始から半分ほど過ぎている。

(最後に時計を見てから、一時間以上経ってる……。どうして…………!?)

 結衣はすべてを思い出した。

 男子生徒に校舎裏に呼び出されて、そこで告白されて、詰め寄られて、気を失ったことを。

 彼女は自分を抱くように肩を掴んで、しゃがみ込んで震えた。

「伊藤、どうした!?」

「な、何でもないです……」

 そう言いながら、教師の方へ視線を向けた結衣は、教師の後ろに康介が立っていることに気がついた。

「よう。結衣」

「康介……くん………」

 彼女は立ち上がり、覚束ない足取りで、康介に近づいた。

 そして、彼にたどり着くと、抱きついて泣いた。

 えんえん泣いた。

 康介が困ったような声を発していたが、気にせず泣き続けた。



        ☆



 数分後――。

 結衣は泣き止んだが、康介から離れる様子も、校舎裏に倒れていた理由を話す様子もなかった。

「詳しい話は後日聞くとして、伊藤の荷物は、持ってきて貰ってあるから、今日はもう帰ってゆっくり休むんだぞ」

 担任の教師は、長椅子の上に置いてあるカバンを指差しながら言った。

 結衣は『……はい」と答えてから、康介から離れて、とぼとぼ、と長椅子に近づき、カバンを肩にかけてから、康介の方へ身体ごと、顔を向けた。

「帰るか?」

「うん……」

 そして、二人は担任の教師に挨拶をしてから、保健室を出ていった。



        ☆



 帰り道は、二人とも無言で歩き続けた。

 康介が前を歩き、それを結衣が追う。つい数週間前のように……。

 向日葵園に帰ってくると、結衣はすぐに二階に上がってしまった。

「…………」

 結衣が見えなくなったのを確認すると、康介は千秋の部屋の前まで移動した。

「入るぞ」

 返事を待たずにドアを開けた。

 中には、ソファに座りコーヒーをすすっている千秋と、反対側のソファに座っている美咲がいる。

 康介が中に入ると、美咲が勢いよく立ち上がり、彼の元へ駆け寄った。

「康介さん、お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

「康介お帰り。意外と早かったわね」

「アイツを迎えに行っただけだからな」

「ゆっくり帰ってきても良かったのよ?」

 千秋がちゃかすように言う。

「……ゆっくりなんて帰ってこれねぇよ」

「それもそうよね」

 言ってカップに口をつける千秋。

 康介はそっぽを向いて、ため息を吐いた。

 そんな二人を美咲は、不思議そうな顔で見ていた。

「結衣の様子はどうなの?」

 不思議そうな顔をしている美咲の頭を撫でながら、康介は答えた。

「詳しいことは、アイツに聞かないと、わからないって、担任が言ってた。……なにか辛い出来事があったってことは、アイツの様子を見ててわかった…………」

「そう……」

 千秋はすすってから、また口を開いた。

「コーヒー飲んでいくかい?」

 カップを揺らして言った。

「いや、やめとく」

「そう。結衣のお迎え、ご苦労様だったわね」

「そんなことを言われるようなことは、してないさ……」

 そう言って、康介は部屋を出ていった。

 美咲がそのあとを急いで追って出ていった。

 二人が出ていく姿を見ながら千秋は、再び空のカップに口をつけた。




        ☆



(男の子ってあんなに力強いんだ……)

 結衣は自室のベッドに突っ伏していた。

(康介くんは、いつも、私が痛い思いをしないようにしてくれてたんだ…………)

 自分の顔がみるみる熱くなっていくのを感じていた。

(康介くん康介くん康介くん康介くん康介くん………………)

 掛け布団をぎゅっと、握った。

(私も、康介くんと、結婚したいな……。でも…………)

 顔を横に向けた。

(康介くんに会いたいな。康介くんとお話したいな。康介くんとお喋りしたいな。……………………康介くんのとこに行こ)

 結衣は起き上がり、部屋を出ていった。



        ☆



 千秋の部屋をあとにした康介は、自室にいた。

 美咲も一緒である。

 二人は、ベッドに横に並んで座っている。

「俺がいない間大丈夫だったか?」

 康介の問いかけに、「うん。大丈夫だったよ」と答えると、表情が急に暗くなった。

 康介が「どうしたんだ?」と、問いかけるよりも早く、美咲が口を開いた。

「結衣ちゃん……、大丈夫なのかな……」

 康介は答えなかった……、いや、答えられなかった。

 結衣の身に何が起こったのか、知らない彼には、『大丈夫なのかな』と言う問いに『大丈夫』なんて軽々しく答えるなんて無責任過ぎる。まして、結衣のことを心配している美咲に『さぁ?』や『どうだろうな』なんてことを言ったら、失礼だろう。

 二人とも下を向いて黙りこくっていると、ドアがノックされた。

「康介くん、ちょっといい?」

「あ、ああ。いいぞ」

 康介が返事をすると、ドアが開かれ、結衣が入ってきた。

「康介、くん……」

「なんだ?」

「…………」

「…………」

「…………」

 沈黙が流れるなか口を開いたのは、美咲だった。

「わたし、千秋さんのところに行ってるね」

 立ち上がって言った。

 美咲は二人の返事を聞かずに、さっさと出ていってしまった。

「あっ……」

「…………」

「…………」

「その……部屋に入ったらどうだ?」

 康介の問いかけに、「うん」と結衣は頷いて、部屋の中に入った。

「…………」

「……隣に座ったらどうだ?」

「うん……」

 再び、沈黙が流れる。

「その……、なにか話でもあるのか?」

 康介の問いかけに、結衣は頷くだけだった。

 また、沈黙……。

(気まずいな…………)

 康介があちこちに視線を巡らせていると、結衣が口を開いた。

「今日ね……」

「ん?」

「今日ね、告白されたんだ……」

「えっ?……」

 康介は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。

 なにか言わなくちゃいけないのに言葉が出てこない……。

 まったく思考が働かない……。

 なにか……、なにか言わなくちゃと、言う思いでやっと出てきた言葉は、

「オマエ、なんて答えたんだ?」

 俺は結衣を責めたい訳じゃないのになんであんな言葉しか出てこないんだ!!と、自己嫌悪した。

 結衣は気に止めてないのか、ゆっくりと首を横に振った。

 康介は安堵の息を吐いた。のも束の間、彼女は口を開いた。

「わたし、気を失っちゃったから、返事してないの……」

「…………」

 康介は、再び頭の中が真っ白になった。

「わたし……、分かったんだ……」

「えっ?……」

 康介が間抜けな声を出したが、結衣は気にせず続けた。

「今日、告白させて……、康介くんのことが本当に好きなんだって」

 結衣は下を向いた。

「わたし、康介くん以外の男の人と付き合いたくない………………」

 康介は、ただ聞くことしか出来なかった。

 何も言葉が浮かばない……。いつもは、なんて言葉をかけているのだろうか…………。わからない……。思考がまったく働かない……。

「……わたしね…………、わたしもね………………」

 結衣は、康介に顔を向けた。

「康介くんと結婚したい」

 今にも涙が溢れるのではないだろうか、と思うほどに結衣の目は潤んでいた。

 そんな目で見られた康介は、思考が加速していくのを感じた。


結衣が結婚したいって言った。俺と、

他の男とじゃなくて、

俺は何を――

指輪――

金――

千秋――

ショップ――

――――――――。


 康介は、思考がまとまるより早く、立ち上がっていた。

 急に立ち上がった彼を驚いた顔で結衣が見ている。

「ちょっと出掛けてくる。オマエは、ここで待ってろ」

 康介は、結衣の返事を聞かずに走って出ていった。



        ☆



 康介は、千秋の部屋のドアをおもいっきり開けた。

 千秋も美咲も驚いた顔で、康介の方を向いている。

「千秋、いいか」

「え、ええ……」

「…………その、お金を……貸して欲しい」

 千秋は康介の顔をまじまじと見つめた。

「………………わかったわ。いくら、必要なの?」

「25万くらい」

「25万…………、少し待ってなさい」

 そう言うと、彼女はクローゼットから金庫を出して、中からお札が入っていると思われる封筒を取りだした。

「30万円入っているわ」

「ありがと……。お金はいつか返すから」

「ええ」

 封筒をポケットに入れて、康介は部屋を出ていった。



        ☆



 千秋の部屋から出てきた康介は、そのまま玄関へ向かった。

 外に出て、引き戸が閉まったことを確認すると、全力疾走した。

 ひたすら走った。下を向いて。何も考えずに。ただただ走った。息の続く限り……。脚が動く限り……。

 立ち止まり、どれくらい走ったのだろうか、と顔を上げると、先日来たアクセサリーショップの前にいた。

(……ここまで走って来たのか………。実感ないな)

 康介は、ポケットに手を突っ込み、封筒がちゃんと入っていることを確認した。

 深呼吸をすると、アクセサリーショップに入っていった。



        ☆



 目的のものは、店内に入ってすぐ見つかった。

 前来たときと、ショーケースの配置が変わっていなかったので、すぐに見つけるとこが出来たのだ。

 康介がキョロキョロしていると、女性店員が近づいてきた。

「お客様、どうなさいましたか?」

 笑顔で問いかけてきた女性店員に、康介は指輪を指差しながら口を開いた。

「この指輪が欲しいのですが……」

「かしこまりました」

 そう言うと、女性店員はショーケースから指輪取り出した。

「こちらでよろしいでしょうか」

「はい……」

「レジへどうぞ」

 康介は促されるまま、レジの前まで移動した。

「お会計は、23万5000円でございます」

「はい」

 そう言って、ポケットから封筒を出して、一万円札を24枚取り出した。

「…………24万円お預かりいたします。5000円お返しいたします」

 康介は、受け取った五千円札を、封筒に入れた。

「少々お待ちください」

 そう言うと、女性店員は指輪を指輪ケースに入れ、紙袋に指輪ケースを入れた。

「お待たせしました」

 紙袋を受け取った康介は、足早にアクセサリーショップを出た。



        ☆



[とうとう、買ったな]

 アクセサリーショップを出て、歩いていると、ダークが出てきた。

(なんか久しぶりな感じがするんだが……)

[気のせいだろ]

 康介が息を吐き捨てて、視線をそらした。

 彼の視線の先には、店先にネックレスやブレスレットなどが並べられてある、小物店があった。

(ネックレスか……)

 康介は手に下げている、紙袋を見た。

[どうしたんだ?]

(結衣が指輪をつけてくるかなぁって思って)

[?そりゃつけるだろ]

(恥ずかしいとか言って、つけないと思うんだよなぁ……)

[…………]

 ダークは、何も言わずに消えた。

 康介は立ち止まり、無言でダークのいた場所をしばらく見つめたあと、小物店に入っていった。



        ☆



 帰りは、バスに乗って帰った。

 学校前のバス停に着くと、康介は向日葵園まで、全力で走った。


 無言で引き戸を引いて入ると、乱暴に靴を脱ぎ捨てると、自室に入った。

「康介くん、お帰り」

「ああ、ただいま……」

 部屋の中には怒った様子のない、結衣がベッドに座っていた。

「どこいってたの?」

「ちょっと買い物にな……」

「そうなんだ」

「ああ…………」

「…………」

 沈黙が流れる。

(どう切り出したもんかなぁ……)

 康介がどうやって、指輪を渡そうか悩んでいると、結衣が口を開いた。

「ねぇ……、康介くん」

「……ん?なんだ」

 思考に気を取られていて、答えるのに少し遅れてしまった。

「わたし、康介くんと結婚したいって言ったじゃん……」

「ああ」

「まだ、その答え聞いてない……」

「答えも何も、前オマエとけっ――」

「ううん。そう言うことじゃなくて」

 康介の言葉を遮り、結衣は首を横に振って、続けた。

「今、ここで、康介くんの口からちゃんと言ってほしいの」

 結衣はまっすぐ康介の目を見ていった。

「…………」

 康介は右手に下げている、紙袋に視線を落とした。

 顔を上げて、意を決して、口を開いた。

「オマエに渡したいものがある……」

 そう言って、康介は紙袋から指輪ケースを取り出して、無言で差し出した。

「これって……」

「婚約指輪だ。……その、俺もオマエと結婚したい。でも、俺は明日にはここを離れなくちゃ、いけないから……、今日みたいなことがまたあっても何も出来ないから……、その……男避けって言うか……、何て言うか……、その、うん、まあ……――」

 康介が思考を巡らせていると、結衣が抱きついてきた。

「康介くん、わたしうれしい」

「……うん」

「康介くんがわたしのことを一生懸命考えてくれてるって、わかってわたしうれしい」

「ああ」

「康介くん……」

 結衣はゆっくり目を閉じて、唇をつき出してきた。

 康介も目を閉じて、唇を重ねた。

 一度離して、康介は結衣をベッドに押し倒した。

「こ、康介くん!?」

 結衣の声を気にせず、康介は彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 しばらくして離しては、どちらともなく唇を重ねた。

 何度も何度も何度も。

 部屋には、吐息と布ずれの音が響き続けるのだった。



        ☆



 翌朝――。

 清々しい朝だなぁ、と思いながら、窓の外を見ていた。

 隣には、制服がはだけている、結衣が寝ている。

(結衣に抱きつかれて、キスをしたあとの記憶がねぇ…………。あのあと何があったんだろう……)

[すごい激しかったぜ]

 康介は視線を声のした方へ向けた。

(どう言うことだ?)

[そのまんまの意味だぜ?]

(…………)

 結衣を見る康介。

(男女が一つのベッドにいて、すごい激しいことって…………)

 康介は生気を感じられない顔をしている

(激しかったのかぁ……)

[ああ、激しかったぜ。寝落ちするまでキスし続けてた。あれは、すごいの一言に言い尽きる]

(えっ?キス?)

[ああ、キス]

 康介の顔に生気がよみがえった。

(よかったぁ……)

[?……もしかして、やったとでも思ってたのか?]

(……ま、まあ…………)

[そんなことになったら、俺が止めてるぜ]

(あ、ああ……)

 康介は安堵の息を吐いた。

(ホントによかった……)

 康介は結衣の頭を撫でた。

「ん……。康介……くん?」

 結衣は、目を擦りながら起き上がった。

「おはよ、結衣」

「ねえ、康介くん……」

「ん?なんだ」

「どうして、わたしの部屋にいるの?」

「え?……いや、ここ俺の部屋なんだけど……」

「え?……」

 結衣は部屋を見渡した。

「あっ……」

 何かを思い出した顔をしたかと思うと、急に顔を赤くしている俯いた。

「ごめんなさい……。わたし……」

「いや、気にしなくていいぞ。……それより……、その……」

 康介が顔を背けていることに疑問を抱いて、首を傾げた。

「どうしたの?」

「その、制服が……」

 言われて、結衣は顔を下に向けた。

 スカートから出てしまっているワイシャツ。ブレザーのボタンは全開。ワイシャツのボタンも上から何個か外れている。可愛らしい、下着が見え隠れしている。

 顔が真っ赤になったかと思うと、結衣はベッドから立ち上がると、急いで、制服を正した。

「康介くん……、見た?」

 結衣は胸を押さえながら言った。

「えっと……、その…………うん。すまん」

「…………わたしも悪かったと思うから、お相こ様ってことで……」

「ああ……」

「わたし、自分の部屋に戻るね」

「ああ……」

 康介の返事を聞くと、そそくさと出ていった。

「…………」

[ドンマイだな]

「うるせぇ……」

 ニヤッと笑って、消えた。

 康介は立ち上がり、クローゼットを開けた。



        ☆



 朝食後、すぐに康介は向日葵園を発った。


 荷物(と言っても、衣類と教科書やノートなどだけだが)は事前に会長のところに送ってあるので、手ぶらで向かっているだ。

 ちなみに、昨夜、康介は夕飯と一緒寝ていたので、美咲がどうしたかと言うと、結果だけ言うと、明日香と一緒に寝たのである。

 発つ前に康介は、結衣にチェーンを手渡していた。『指をはめるのが恥ずかしかったら、それで首をかけても俺は構わないぜ』と言って。


 ここから田中康介の新たな生活が始まる。

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